チェリー・ブロッサム

 

ユーリが地球に戻ってしまったので、

久々に領地へ帰ってみようかと、早馬を走らせて数日。

ようやくビーレフェルトの城に着いて人心地ついた頃、

城の中庭にある木には、目にも鮮やかな赤に近い濃い紫の色の花が付いた。

あたりには優しい春の香り。

(そういえば・・・)

前にユーリに聞かれた事をふと思い出した。

『こっちは春になったらどんな花が咲くんだ?』

『花か?ぼくはそちらの方面の知識には強くないので、上手く答えてやれないな。』

『う〜ん、そっか、残念。もしかしたら、こっちにも桜みたいな春の花があって、

皆でお花見〜とか、出来たら楽しいだろうなと思ったんだけど。』

『・・・さ、くら?』

『あぁ、日本で春の花っていえば、やっぱ桜だよ。綺麗な薄い桃色をしていて・・・』

ユーリは楽しそうに、そして少し懐かしそうに、

地球のことを話してくれた。

(今頃、地球も春、なのだろうか。)

だとしたら、今頃ユーリは桜の木の下で、お花見、とやらを、

家族や友人と楽しんでいるのかもしれない。

薄桃の花びらが、雪のように柔らかく舞い散る、木の下で。

でも。

「こっちの世界の春の花、直接見せてやりたかったな。」

あの時は思いつかなくて、教えてやることも叶わなかった春の花。

今、現に目の前で咲いている姿を見せてやりたい。

この花は話に聞いた桜とは色が違うが、もしかしたら香りは近いのかもしれない。

もしかしたら、花びらは似ているのかもしれない。

あのユーリのことだから、これだけ花が咲き誇ってるのを見れば、

似ていなくったって「花見をしよう!」と叫びだすに違いない。

それは嬉しそうに。

楽しそうに。

思いを馳せるぼくの横を一塵の強い風が通る。

風に吹かれ、ざわりという音と共に、花びらが、落ちる。

(待って、まだ・・・)

思わず手を伸ばすが、それは叶わぬ事。

(焦らなくても、ユーリはきっと帰ってくる。)

今年でなくとも次の春に、彼と花を見ればいいじゃないかと、

伸ばした掌を拳に変えて、己の胸に引き戻した。

彼を待つ時間は、花が開く時のように、緩やかで、重たい。

 

数日で花は全て落ち、地面でその色を土に合わせて濃く変えた。

気付けば木には、目にも鮮やかな新緑の葉が煌めいていた。

新緑の美しさも堂に行って、とうとう深い緑に変わった後。

そこには、紅玉のような小さな実がついた。

それでも、まだ、ユーリは来ない。

「早く帰って来い、花よりも、食い物の方がお前は嬉しいんじゃないのか?」

魔王に対してちょっと失礼かもしれないけれど。

せめてこの実が落ちるまでには。

 

帰ってきて。

 

ごぽっ!と背後の噴水から、奇妙な音が聞こえ、振り向くとそこには。

「ユーリ!?」

「・・・っはーっ!!またもや水溜りからのお呼び出しとはね!」

ザバザバと音を立てながら、噴水からユーリが現れた。

「お!ヴォルフだ!よかったよかった!・・・でもここ血盟城じゃない、な。」

漆黒の髪から、しとどに水が伝い落ちる。

会いたかった彼が、まさかここに現れるなんて。

嬉しさだけでなく、戸惑いがぼくに舞い落ち、何だか居た堪れなくなって思わず目を逸らした。

「ここは、ビーレフェルト城。こんなに濡れて・・何か拭く物を。」

そういって歩き出そうとしたぼくに、ユーリがすかさず声をかける。

「まって、ヴォルフ・・・。あ〜、よかった。」

振り向いたぼくの眼前でユーリは、

小虫か何かでも捕まえているような格好の自分の両手をそっと開く。

「ほら・・・。」

「??なんだ?」

「こっちはもう秋みたいだけど、向こうはちょうど春なんだ。だから・・」

掌から現れたのは、一振りの薄桃色の花。

「これが、さくら?」

「お!さすが、ヴォルフ。あったり〜!」

ユーリはぼくの手を取ると、桜の花を握らせた。

「お土産〜・・なんてね。本当は水溜りに浮いてたこの桜が綺麗で、

もって帰ろうかと手を伸ばしたら引っ張りこまれたんだけど。」

でなきゃ、桜を折ったり出来ないしなーと苦笑いで続ける。

「でもホント・・」

「なんだ?」

「スタツアの激流で花が落ちなくて良かった!咄嗟に『ヴォルフに見せよう!』って思って

ガードしたんだけど、自信なかったから。」

嬉しそうに笑う、ユーリ。

そう、この顔だ。

見たかった、ずっと。

この笑顔を。

「ユーリ・・・有難う。」

「どういたしまして!」

 

花より綺麗な君の笑顔を。

 

 

 

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2005/4/21

桜が散って、若葉が芽吹く今日この頃。

ちょっと時期物を書いてみようかとはじめてみました!

実は10000HIT御礼SSと対になっておりますが、こっちはフリーではないので、

お持ち帰りはご勘弁くださいませ!!!