星に願いを***
「ねぇヴォルフ、七夕どうする?止めちゃう??」
可愛いグレタの淋しそうな声音に、ぼくは逡巡した。
部屋の隅に目を向ければバルコニー近くに置かれた細めの木、
地球の笹というものに似ているというそれが、
開けられた窓から入ってくる風に小さく葉を揺らしている。
『地球ではこの時期に七夕っていう行事があるんだよ。』
そう言ってユーリが楽しそうに話してくれた、七夕。
笹に願い事を書いた短冊を吊るすとその願い事が叶うんだって、と、
グレタに言うと予想通りに『やりたいやりたい!』とはしゃいでいた。
ユーリの想像通りのものをこちらの世界で集めるのは結構骨が折れるが、
『願いが叶う』という言葉にぼくも多少心惹かれたので、
ユーリと二人、図鑑を片手に『笹』に似た木も探したし、
グレタと紙を切ったり、飾りを作ったりして、用意していたのに。
それはふいにやってきた。
「お〜い、ヴォルフ!笹が枯れないように、水持ってくるから〜!」
そう言って出て行ったっきり、ユーリは帰ってこなかった。
「ユーリ、地球に行っちゃったんでしょ?」
「そうだな、水瓶が廊下の真ん中に置かれていたところを見ると・・・。」
「ユーリもいないのに、やっぱり七夕、出来ないよね。」
淋しそうに続けるグレタの様子を見ていたら、やっぱり止めてしまうには忍びなくて、
勤めて笑顔で励ます。
「いや、七夕はするぞ!ここにいないユーリが悪い!!」
「ほんと?七夕するの??」
「あぁ、それに願い事がこれで一つ決まったしな!」
少したくらんだ笑みを向けると、聡い娘は何の事なのか気付いたらしく、
パッと顔を明るくして、机に向かって走っていった。
二人並んで短冊に願いを。
『ユーリ、早く帰ってきて』
『ユーリに会いたい』
『ユーリが戻ってきますように』
『ユーリ大好き!!』
ぼくらの願いは一つ。
空に輝くお星様。
願いを叶えてくれるというなら、どうぞ今すぐこの願いを・・・。
ユーリに習った七夕の歌を口ずさみながら、二人仲良く笹の飾りつけ。
このあと部屋にやってきたコンラートが、あまりの短冊の重さにしなり、
多少の風でもびくともしない笹を見て苦笑するまで続けられた。
グレタを寝かしつけて、戻った魔王用の寝室で、
服の隠しに入れておいた一枚の短冊を取り出す。
まだ白紙のそれを眺め、ユーリがグレタには内緒で話してくれた七夕の話を思い出す。
それは一組の恋人の物語。
分を弁えずに愛し合った結果、年に一度しか会えなくなったという話。
七夕って本当は少し切ない話なんだよと聞かせてくれたとき、ユーリはどんな表情をしていたっけ?
「ほら・・・お前の分だ。何を書こう?ユーリ・・・」
顔を清める為に置かれた器の中に水を張り、窓辺へと置く。
水面に映る無数の星の川に、まっさらな短冊を浮かべて、思う。
ユーリの願いが、叶えばいい。
そしてその願いが、自分と同じなら、もっといいのに。
「会いたい・・・ユーリ。」
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