誓い合った愛の証が、今揃ってぼくらの指に光る。
銀の輪****
第27代魔王陛下の治世も今年で5年目、
そして同時にユーリとぼくが出会ってから、5年の月日が流れた。
眞魔国と地球では時間の流れが違うらしい。
ユーリに言わせれば『5年?!地球では2年そこらしか経ってないからおれはまだ18だよ?』と笑うが、
ぼくの目から見れば出会った頃より確実に精悍になってゆくユーリに、
あまり姿に変化の無いぼくがなんだか置いて行かれていくようで怖かったりするのだけど。
5年。
短いようだが、長かった気もする。
その間にぼくらの間にはいろんな事件や問題が起こり、
その一つ一つを乗り越えていくうちに、ぼくらの関係にも変化がおきた。
あれほど男同士だと頑なに言い続けていたユーリが、ある日ぼくに一つの贈り物をしてくれたのだ。
「これ、貰ってよ。」
「なんだ、これは?」
執務の合間のティータイムに、突然渡された小さな箱。
ユーリはほんの少し緊張した面持ちで、ぼくの軍服のような濃紺のビロードの手触りの小さな箱を
開いて中身をぼくに見せた。
「指輪?」
「あぁ。なんか、さ・・まぁ、今更って感じもするけど。」
そう言いながら線の細い銀の指輪を取り出し、翳しながらユーリがそう呟いた。
「今更?贈り物をするのがか?おまえが何を言いたいのかが分からないぞ?」
「え?!眞魔国では、結婚の約束に婚約指輪や結婚指輪を贈る習慣って無いの??」
急に驚いた声音で叫んだユーリの言葉に、今度はぼくが驚かされる番だった。
「眞魔国では結婚の約束に・・・は!?け、結婚の約束!?これが?この指輪がか!?」
思わず驚いて立ち上がったぼくは、大きな音を立てて椅子を倒してしまった。
「あ〜・・うん、そう。地球では結婚の約束に、指輪を贈るんだ。」
照れ笑いの顔で、ゆっくりと立ち上がったユーリが指輪を持ってぼくの前にひざまずく。
目の前で繰り広げられる予期しない出来事に瞬きすら忘れて、ぼくは無意識に両手で口元を覆い隠した。
「5年も待たせて、ごめん。本当はここでカッコよく決められたらいいんだけどさ、
なにせおれってばへなちょこだろ?だから、幸せにしますとか、守りますとか
そんな風には言えないんだけど。」
笑を消して見上げてくるユーリの瞳が常になく真剣な色をしている。
「ずっと、おれの側に、いてください。」
ユーリの言葉がどくんとぼくの胸の鼓動を大きくした。
「で、でも、ぼくらは男同士で、ずっとお前はそれを気にしていただろう?なのに、そんな、急に・・・」
声が震えた。
でも声を止められない。
どうしてもそれだけは言わずにいられなかった。
「そうだよな、おれそんな風にいい訳してずっとお前のこと傷つけてたんだもんな。」
「傷ついて・・なんか・・・」
口元から下ろしたぼくの手をとって、ユーリは続けた。
「男同士だとか、政治的にどうだとか、そんなの全部取り払ったら、答えは凄く簡単だった。
おれが一緒に居たいのは誰かって、側に居て欲しいのは誰かって思ったら、
ヴォルフラムのことしか思い浮かばなかったから。なぁ、ヴォルフ?」
握り合った手が熱い。
そこから溶けていきそうな位の熱さの中で、ぼくはユーリの言葉を聞いた。
「おれに呆れたんじゃないなら、これを受け取って、ずっとおれの側にいて?」
誓い合った愛の証は、あの日から揃ってぼくらの指に光る。
今日は国境付近の村の視察に行くと言うユーリの共としてぼくもついてきた。
5年という期間でユーリが成し得たものは大きく、村でのユーリの人気も上々といったところ。
相変らず分け隔てなく笑顔を向け、村人の声に耳を傾けるユーリに、村娘たちが花を抱えて渡しに来る。
照れながらそれでも一人一人に声をかけ、花を受け取るユーリの姿。
『相変らず、へなちょこなんだから。』
だけどもう、間に飛び込んでみっともなく騒いだり、引き離したりなんかしない。
指輪を受け取ったあの日から、ユーリの心はぼくに向いているのだと、知ったから。
ユーリの心が見えなくて、今まではずっと不安だった。
叫ばないと忘れられてしまう、置いて行かれてしまう、そればかりが頭を過ぎって、
はしたないとは思いつつも、なりふりなんて構っていられなかった。
だけど、今は。
『誰を見ていても、何処にいても、ユーリはぼくを忘れたりしない。』
だから、こうして、婚約者が沢山の若い娘たちに囲まれて、
少し嬉しそうに・・・いや、ちょっと下心が見えてきそうな顔をしていたって・・・、
我慢が・・でき・・・
その時、理性と戦うぼくの目に飛び込んできたのは一人の娘の暴挙。
なにを思ったのかユーリの頬に口付ける、姿。
『なっ!?』
思わず駆け出そうと体が動きかけるのを何とか止めて、ぼくは拳を握り締める。
固く結んだ掌に、銀の輪が小さくその存在を囁く。
『今までとは違うんだ。ユーリを、あの言葉を、信じなくては。』
己に言い聞かせるように、きつくきつく拳を握った。
対するユーリは、周りが酷く騒ぐ中、娘に優しく囁きかけて笑う。
「好きでいてくれて、ありがとう。でも、ごめんね?おれには大切な人がいるんだ。」
怒るわけでもなく、優しく宥め、人の輪の中から抜け出して、ユーリがぼくへと歩いてくる。
「ヴォルフラム。」
「・・・・。」
「お前っ!手!!爪が食い込んでるじゃんか!ほらっ!」
驚いたユーリが握りしめたぼくの拳を取って、固く結んだぼくの指を解いていく。
そしてほんの少し血の滲んだ掌に口づけて、ぼくに笑いかけた。
「分かってるとは思うけど・・・おれには、ヴォルフだけだから。」
いつからこいつはこんな顔をするようになった??
余裕の笑みが憎らしい。
でも________その言葉が、眼差しが、たまらなく嬉しい。
「この、へなちょこめ・・・!」
ほんの少しだけ高くなったユーリの肩に額をこつんと乗せると、
ユーリが優しくぼくを抱きしめて、呟いた。
「今までが今までだったから、『この尻軽!浮気もの!』ってやられないのって、
『あ〜、信じられてるんだな〜』って肌で感じられるから凄く嬉しい。でも・・・」
「でも?」
「今みたいに妬いてくれるのも、やっぱり嬉しいんだよなぁ。」
人前なのにそんな事を呟きながら、ぼくの髪を梳くユーリの指に銀の輪が酷く大きく輝いて見えた。
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