彼岸花****
地球から久しぶりに帰還したおれが見たのは、疲れのためか憔悴しきったみんなの顔。
そしてそのみんなに聞かされたのは、ヴォルフラムが行方不明になったという信じがたい事実。
もう何月も行方不明だという。
その事がただ信じられなくて、一刻も早くあの煌めく笑顔に会いたくて、
濡れた服を着替える事もせずに捜索に加わった。
_____今思えば、あの森を選んだのも君の声が聞こえたからかもしれない。
森の中を探しながら、ふいに呼び起こされた記憶の中のヴォルフが笑う。
「丁度今頃地球では、お彼岸だな〜。」
「お彼岸?」
小首を傾げるヴォルフラムにおれはお彼岸の知識を総動員して話して聞かせた。
「川辺に彼岸花っていう真っ赤な花が沢山咲くんだよ。」
「ひがんばな?」
「地球では死んだ魂はこの時期に帰ってくると言われているんだ。
そして丁度そのころに咲く真っ赤な花があってそれを『彼岸花』って呼ぶんだけど・・・。
それがまた綺麗な赤い花で・・・まぁ咲く時期が時期だし、
死体の上に咲く花とか言われたりすることもあるけど、おれはお袋からはこんな風に聞いたよ。」
興味深げにおれを見るヴォルフに、おれは聞きかじりの言葉を口にした。
「彼岸花は、死んでしまった人が愛しい人の元に帰りたくて姿を変えて咲いたものなんだって。
会いたい会いたいっていう、一途な思いが彼岸花になって咲くんだって。」
その言葉にヴォルフラムは、ふと表情を柔らかくした。
「思いが咲く、か。ならば・・・」
「ヴォルフ?」
「もしもぼくがお前の元に帰れない状態になったら、ぼくも花になってお前に会いに行こう。」
「なっ・・!?」
「お前に会いたいという思いで、真っ赤な綺麗な花を咲かせてお前のところに帰ろう。」
「なにいってんだ!?おまえ、おれから離れていくつもりなのか?!」
思わぬヴォルフラムの言葉に無性に腹が立って、
おれは彼の真っ白な頬を両の指で摘んで引っ張った。
けれどヴォルフはそんなおれの行為に怒る事もせず、引っ張る手をそっと静止する。
そしていつもとは違う、酷く穏やかな表情で笑うヴォルフラムが、念を押すように繰り返した。
「そういうわけではないが・・・でも・・・もし、ぼくが帰れないときは探してくれ。
他の誰にも分からなくても、きっとユーリには分かるはずだから。」
だってぼくはユーリだけを呼ぶからな!・・・そういって確かにヴォルフラムは笑ったんだ。
捜索に入った森の中、おれの目に飛び込んできたのは一塊の真っ赤な花だった。
背中を嫌な汗が伝う。
意図せずに思い出された記憶が、信じたくない事実を突きつけてきて、更におれの手足を震わせる。
そしておれはその中の一輪の花に、煌めく何かが掛かっているのを見つけた。
「うそ、だ。だって・・・あれは・・、」
震える足で、一歩一歩それに近づく。
足元では、ぱき・・ぽき・・と小さく軽い音が響き、
折れた花たちが地面へ倒れ付し、おれの歩いた道行を示す。
ようやく手に取った光るそれは、見覚えのある細い鎖。
それはヴォルフラムが好んでつけていたスカーフ止めの鎖だった。
ゆるゆると鎖をなぞると、所々ついた、赤黒い、妙な汚れに気付く。
赤黒いそれは見覚えのある、汚れ。
それは信じられずにいるおれに与えられた『確証』
「なん・・・っ、なんでっ・・っ!」
悔しくて悲しくて、真っ赤な花の群れの中に座り込み、おれは叫ぶ。
_____________一度死んだ魂達が帰ってくる、と言われるこの時期に。
「どうして、こんなことにっ・・・っ・・くっ・・」
目の前の花を、地面を、乱暴に掻き毟り、引きちぎっても、慟哭が止まらない。
_____________目の前に咲く真っ赤な花は、眞魔国には咲かないはずの花。
それは一度きり、君に話して聞かせた、あの・・・
「ヴォルフっ・・・っ!」
それは、森の中に一塊だけ咲いた、彼岸花。
『ユーリ・・・会いたかった・・・』
|