山手線
地球に逆スタツアしてきたヴォルフを連れて、おれは今山手線に乗っている。
流れる景色を楽しげに見つめる碧の瞳に、おれの育った「世界」を切り取りながら。
せっかくの逆スタツアだから、少しでもこの世界を知ってほしいと思って彼を連れ出せば。
地球のものはなんでも珍しいヴォルフは、「あれはなんだ?これはどうなっている?」と
子供の様にちょろちょろと辺りを歩き回る。
可愛らしいのだけど、同時に危なっかしくて堪らないから、
それとはなしにヴォルフの手を取って歩くことにする。
ただでさえ、金の髪に碧の瞳の天使系美少年は道行く人が思わず振り返ってしまう程の目立ちぶりなのに、
天使の横には不似合いな野球少年が立っていて、
あまつさえそいつらが仲良く手を繋いで歩いているとなれば彼らの目には異様に映るのだろう。
さっきよりヒソヒソと何やら呟く声が多くなり、まわりの視線もかなり痛い気がするが構うものか。
だっておれの隣で、ヴォルフは本当に嬉しそうに笑っている。
新しいものへの好奇心と…おれのうぬぼれかもしれないけど、
こうやって手を繋いで歩くというささやかで甘やかな時間に。
そうやって町中にあれもこれもと興味を示していたヴォルフが一番気にしていたのが「電車」だった。
「ユーリ、あれは?」
「え?あれ?あれはね、電車だよ。」
「でんしゃ?」
「あれに人を乗せて運ぶんだよ。」
「それでは、く、く、くるま?と同じではないのか?」
「車はもう少し小回りが効くというか…えぇと、眞魔国でいうなら…馬と馬車?
いや、馬が自転車だとすると馬車が車になるから…凄く長く繋がった馬車?」
おれの答えにしばらく考えるそぶりを見せていたヴォルフだったが
「これだけの人が移動し続ける国だ。馬や馬車では間に合わないのだろうな。」
と一言。
ごった返す人波を見てヴォルフなりに整理したのだろう。
それでも電車から興味が逸れないらしく、線路上を滑る車体から目を放せないでいる。
「・・・ヴォルフ、電車乗ろうか?」
「え?!・・・ほ、ほんとうか??」
嬉しそうに笑うヴォルフを引っ張って、おれは山手線に飛び乗った。
がたんごとん・・・がたんごとん・・・がたんごとん・・・・
揺れる車体。
流れる景色。
ぐるぐる廻る山手線は、電車を満喫するのにはうってつけ。
黙って乗っていていもいつかは元の駅に帰れるから、一駅分の切符を買って乗れば何駅分も楽しめちゃう。
貧乏な学生風情のおれにぴったりだ。
『次は〜上野〜!上野〜!』
車内に響くアナウンスにヴォルフがびくりと身を固めた。
「ユーリ!だ、誰か喋ってる?!」
「あぁ、アナウンス・・・えっと、お知らせだよ、お知らせ。
次はどこの駅に着きますよっていう、お知らせ。」
「そうか。親切な乗り物なんだな。でんしゃ、というのは。」
またニコニコと笑って車窓から景色を眺めるヴォルフ。
嬉しそうなヴォルフにおれの顔も緩む。
何度も響くアナウンス。
その度にヴォルフは声の行方を捜すように、車内に目を移す。
そして数駅が静かに過ぎた。
ところがあるアナウンスが入ったとき、ヴォルフが驚いたように一声叫んだ。
「あ!」
「ん?どうした?ヴォルフ?」
「今、聞こえたんだ。」
その言葉にかぶるようにまたアナウンスが流れる。
「あ!!!」
「どうしたんだよ?」
「間違ってなかった!聞こえたんだ!!」
ヴォルフが誇らしげに叫ぶ。
「しぶやって言った!今、しぶやっていったんだ!」
「え?渋谷?・・・あぁ、確かに次は渋谷駅だけど。」
「しぶやは、ユーリの名だろう?!しぶや・・・しぶやゆーりだ!」
アナウンスに耳を傾けたヴォルフは、微笑みながら瞳を閉じた。
アナウンスが途絶え、車体が渋谷駅に滑り込むとヴォルフはおれを見つめてほんの少し意地悪く笑った。
「なんだ、地球では一介の高校生で何の地位もないといいながら、
この街にこの世界に、お前の名の付いた街があるじゃないか!」
「ヴォルフ・・・・」
ヴォルフの背中越しに、流れる渋谷の町。
目の前で見せられる可愛い勘違いに胸が熱くなる。
可愛いヴォルフの瞳の中に、映る地球はおれが知っているものよりずっと、深くて綺麗な色をしていた。
だから。
「ヴォルフ、もう一周まわろう?もう一回、一緒に渋谷の町を見よう。」
そうすれば。
君の好きになったこの世界を、おれももっと好きになる。
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