最期の微笑

 

箱を封じる戦いは、自然豊かなこの世界に、抉る深い傷跡を残して終焉した。

魔族も人間も神族も、種族を超えて結束し大きな困難を乗り越えた今、

あれほど深かった種族同士の隔たりは無いに等しく、

ただこの星の受けた傷を埋める作業に没頭するのみ、だった。

犠牲も多く、長く苦しい戦いだった。

だけど、その代わりに得たものは大きい。

おれが目指す「平和な世界」に確実に近づいたのだから。

あとはこの結束が壊れてしまわないように、

そして国の王として魔族の民の生活を元に戻さなくてはならない。

やることはたくさんあった。

そう。

なにもかもがこれから、だった。

なのに。

 

 

魔王としての力を振り絞り、おれは戦った。

そしておれの仲間たちも、命をかけて戦った。

皆、満身創痍で生きているのが不思議なくらいだった。

そして愛すべき国とその国の住まわる星の平安と引き換えに、

おれが失ったものは強大な魔力と魔王の地位。

おれを支える為に輪廻を繰り返したムラケンも、

持てる力の全てを使い、もはや大賢者としての力は、知識のみにとどまった。

 

そうして、体の傷が癒えるまでの間に、おれたちにはひとつ、

決めなければならない事ができた。

王座を失った王。

力を失った大賢者。

残りの人生をどう生きるか、ということ。

 

悩んで、悩んで、悩んで、悩んで、悩んで・・・。

地球を選べば二度と会えなくなる皆と、思い出を作る事もせずに。

荒れて、怒って、泣いて・・・。

眞魔国を選べば、もう二度と会えない家族を思いながら。

 

そして、おれは_________選んだ。

 

「お願い、ユーリっ!!グレタをおいていかないで!!」

「・・・ごめん。おれが父親だって大きいことを言っていたのに。」

泣きじゃくる娘に謝罪の言葉しか吐けない、おれ。

「今このような状況で、シブヤユーリという人間の、存在を失うのは辛い。」

「魔王としてではなく、一個人としても陛下は私達の支えでありますのに。」

ギュンターもグウェンダルも、嬉しい言葉をくれる。

魔王としてだけではなく、一個人としておれはこの国に、人々に、

愛されていたんだと改めて気付いた。

 

本当は決めたくないんだ、どちらかなんて。

そんなのずるいだろ?

生まれる前からおれの事振り回して。

いきなり王になれと言ったかと思えば、今度は帰れ、だって。

もう、おれにはどちらの世界にも、離れがたい人が出来てしまっているのに。

 

愛する人が、いるというのに。

 

「グレタ、聞き分けてくれ。」

その声に皆がシンと静まり返った。

それはおれが地球に帰ることを一番反対するだろうと思っていたヴォルフラムの声だった。

「なんで?!ユーリ、帰ったらもう二度と会えなくなるんだよ?それでもヴォルフは平気なの?」

ヴォルフはグレタの肩に手を置き、そっと呟く。

「では、グレタは自分が淋しいからといってユーリにもう一つの世界を捨ててくれといえるか?」

「でも・・・だって・・・」

「ユーリだってどちらかを選ぶのは、辛かったと思う。どちらにも、大切な人が居るのだから。」

それでも、ユーリは選んだんだ、ユーリのことを思うなら望みを叶えてやるのも優しさだぞ?

そういうとヴォルフラムは、常の彼でもなかなか見せてくれないような笑顔でおれを振り向いた。

「・・・さぁ、もう行けユーリ。グレタのことは、心配しなくてもぼくが父親としてきちんと面倒を見る。」

意外だった。

というか、他の誰が可を唱えたとしても、彼だけは否を唱えてくれるものと、

おれとずっと一緒にいてくれるものと、思っていたから。

「・・・引き止めて、くれないのかよ?」

「止めたらお前は、地球を捨ててくれるのか?」

「それは・・っ!?」

「これは、ぼくがお前に出来る最後の愛情表現だ。お前と会えなくなることが淋しくないといえば嘘になる。

 だが、お前がどこかで生きていて、この世界で暮らすよりもずっと幸せで居るとしたら、

 ぼくにはそれに勝る幸せは無い。」

「ヴォルフ・・・。」

「ユーリ、ぼくはお前を愛している。だから同じようにぼくのことを愛してくれとは・・・

もう、言わない。けど、」

困った顔で笑うヴォルフ。

違う、こんな君を見たいんじゃない。

「もしもこの国のことを思い出す時があったなら、少しでいい、ぼくの事も思い出してくれ。」

「忘れるわけっ・・忘れられるわけ無いだろっ!?だって、おれだって・・・お前をっ、」

おれが吐き出そうとした言葉を、白磁の指先が押しとどめる。

その言葉は確かに、いままで彼が欲しがっていた言葉だったはずだ。

そして、おれに勇気が無くて、ずっと言えずにいた言葉だった。

なのに。

「・・・その言葉は、いつか出会うお前の大切な人の為に。」

「何でだよっ!?大切な人って、それはお前のことだろっ?!なのにどうして・・・」

せめて言葉だけでも受け取ってくれないのか、と。

「受け取ったら、もぅ、戻れなくなる。」

いつでも、おれを理解してくれた君。

わがままを言うのはいつだって、とてもささやかな事だけで、

本当に言いたい事があったって、周りの為に、心を殺すことの出来る君。

おれの為の、天使。

例え手を離しても、追いかけてくれた君はもう・・・。

 

「馬鹿ヴォルフっ・・っっ!!おれは!お前が好きなんだよっ!!」

 

叫び声と共に、最後のスタツアの渦に、引き込まれた。

 

 

 

「あの、へなちょこ。何て顔で、行ってしまったんだ。」

「ヴォルフ・・」

「もう、二度と会えないのに、思い出せる最後の顔が泣き顔なんて、無粋なやつめ。」

慰めの言葉を掛けることも出来ず、次兄がヴォルフを呼び肩に置いた手に、ヴォルフラムも掌をのせた。

「あぁ、だけどぼくも責められたものじゃないな。せめて最後の顔は、

笑った顔を覚えておいて欲しかったのに・・・だめだな、」

重ねたコンラートの手を握ったまま、振り向いたヴォルフの顔は、この上なく美しい笑顔だったけれど、

その頬には一筋だけ、涙の流れたあとが残っていた。

「ついて行きたかったのではないのか?」

グウェンダルのその言葉に、一瞬ヴォルフはふいを突かれた様な顔をして、

そしてまた困ったように笑った。

「許されるならば、そうしたかった・・・でも、ぼくにはまだ、守らねばならないものがあるんです。」

愛している、と残されていく想いが辛かった。

彼の地を捨ててくれと頼む前に、

自分自身が彼に付いて眞魔国を捨てる事が出来ないと理解してしまったから。

だからもう、決して、残ってくれとはいえなくなった。

憔悴し、荒れ、落ち込み続けたユーリの背中。

あの姿を見たとき、彼がこの地を去ることを選ぶ事は薄々分かっていたし、

そこに至るまでにどれだけの焦燥を感じていたのかも知っているから。

責められはしない。

望む事も出来ない。

結局ぼくもユーリと同じ。

この地を、生まれ育ったこの世界を、捨てきれはしなかったのだから。

 

そう言ってヴォルフは眞王廟を見上げた。

「今日ここに来るようにと、眞王陛下から。」

 

ねぇ、ユーリ。

もしも望みが叶うなら、貴方の最期の瞬間に、ぼくが貴方を迎えに行こう。

貴方の守ったこの世界で、今度こそ二人生きてゆけるように。

 

もう届きはしないのに、愛しい人へ向けて慟哭のように叫んだ。

「へなちょこユーリ!ぼくだって、おまえのことを愛してるんだぞ!!!」

 

 

 

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2006/2/9

ファイルを整理していたら、勝手に最終回予想みたいな文章が出てきました。

捨てるのも勿体無いし、せっかくだからUPしますです。