別の人
『おれたち男同士だろ?』
『かっわいくないなぁ、ほんとに!』
・・・ユーリに好きでいて欲しいと思うのに。
ぼくはいつだってお前の思う姿にはなれない。
だったら。
ぼくは、別の人になりたい。
独り、窓辺に座ってぼんやりとそんなことを思う。
たとえばお前が好きだというこの髪と瞳だけを残して、
あとはユーリより小柄な丸みを帯びた女の体になって。
白く剣ダコなどない華奢な指の先に、
桃の色の整えられた爪。
同色の柔らかな頬と朝露に濡れ咲いた薔薇のような唇。
口唇の両端を軽く横に引いて微笑めば、
周りのものが感嘆のため息を漏らす。
もちろん悪態をついたりなんてしないで、
いつでも思慮深く、けれど素直で、疑うことなど知らず、ユーリに付き従う。
お前の望むままに、生きられる娘であったなら。
「そうしたら・・・お前はぼくを好きになるか?」
日差しに翳すぼくの掌。
母に似て白磁の肌と皆は言うけれど、武人として生きてきたこの手はもう、
ユーリの望む手には・・・ならない。
「・・・いきなりどうしたんだ?そんな一人ごと言って。」
気配無く現れたユーリに、意識は驚くのに、ぼくの体はわずかに目を見開けただけ。
「考えていたんだ。」
「なにを?」
自嘲気味に毀れた笑みが不審気に見つめる黒曜石の瞳に映っていた。
「今とは違う、ぼくになれないかと。」
伸びた金の髪を風に燻らせ、幸せそうに笑うぼくではないぼくの姿を脳裏に浮かべて、
ユーリに話して聞かせた。
「それって・・・もうすでに、別人じゃん。性別すら違ってる。」
あぁ、知ってる。
だって、今のぼくをお前は好きにならない。
だけど・・・
「だが、そんな人ならお前はぼくを、好きになる。」
それは真実で、現実を最もよく表した言葉だったのに。
零れたのは、一粒の涙。
転がり出た先は・・・・ユーリの瞳から。
「・・・なぜ、お前が泣く?」
お前は、ぼくでない、誰かしか、愛さない。
だから、泣くべきはぼくのほうなのに。
「だって・・っ、そうなったら、お前は・・ヴォルフはどうなるんだよ?!」
「・・言ってる意味が、よく分からない。」
「だからっ・・っ!そのときお前は・・・っ!・・っ!!」
突然抱き込まれた腕の中。
あたたかい、そして力強い腕に締め上げられて少し痛い。
「離せ。ユーリ、ぼくは・・・」
「お前が新しいお前になったら、その時、『ヴォルフ』はもう、
どこにも、いないじゃないか。」
吐息と熱い雫がぼくの首筋を、伝い落ちる。
「ただの・・・冗談だ。気にするな。」
あぁ・・・だから、ぼくは別の人にはなれない。
決してお前に愛されることは無いと知りながら。
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