◎ おうちにかえろう ◎
がたんごとんと揺られる電車。
おれは、話す相手もいなくて、なんとはなしに窓から外を見やった。
線のように流れる景色。
色を変え、次々と過ぎるそれらが、じきに緩やかになって、本来の形を見せはじめてから、
ようやくおれは、おれの乗っているその車体が、駅へと滑り込もうとしているのだと気づいた。
アナウンスが流れる。
そこはおれの知らない街。
目を移した先に雑居ビルがあり、その一室の、カーテンを開けた窓に止まった。
そこには二人の男がいた。
おれの目に豆粒くらいの大きさで映る彼らは、
一人は頭を抱えて机にかじりつき、もう一人は笑いながらそれをみて、
何か飲み物を軽くすすった。
片手にマグを持ったその男が窓辺に近づく。
開いてはいたが、だらしなく垂れていたカーテンを空いた手で端へ除けて、
空を・・・・見上げて。
おれを、見た気がした。
思わずおれはその窓から目を逸らすと、いつの間にか詰めていた息を吐き出し、車内に目を遣る。
眠る人、笑う人、本に没頭する人。
本当にいろんな人がいて、でも、誰もおれを見てはいなかった。
不思議な気分だった。
この世界には沢山の人がいて、いくつかの偶然と不思議な縁で、
同じ時に、同じ空を見て生きているのに、
こうして同じ車内に、同じ空気の中に生きているのに、でも交わらない不思議。
「会いたいなぁ。あいつなら、こんなこと言ったらなんていうだろう?」
最近のおれはいつもこうだ。
自分の中に小さな疑問や不思議が湧くと、無性にあの強気なエメラルドの瞳に会いたくなる。
答えが欲しいワケじゃないんだ。
ただ同じ思いを共有して、共に怒ったり笑ったり悩んでくれる、
そんな大事な存在に会いたいだけ。
「ヴォルフ、今頃何してるだろ?」
口に出して、はっとする。
ぽつりと口から飛び出した名前を取り戻すように、
思わず口を押さえるけれど、それはもう後の祭り。
きょろきょろと周りを見渡すおれの頬は、熱を持っている。
恥ずかしさと共に、思い出してしまったぬくもりを、かみ締めるようにため息を一つ。
とうに自覚はしてるんだ。
おれがどんなにヴォルフを大事に思っているかなんて。
あいつのことを考えると、胸の奥から、くすりと笑い出したくなるような、
そんなくすぐったい想いが溢れてしまう。
こんな想いが恋でなくて、愛でなければなんだというのだろう?
「あー・・・どうしよう。マジで、今すぐ、会いたいよ。」
同じ世界にも、同じ時にも生きてはいなかったおれたちが、
出会って、触れて、交わって、想いををかわして生きている不思議を、
その尊くてかけがえのない奇跡を、今、深く感じているから。
だから____
ぴりりりと、高音の笛の音が聞こえた。
発車の音だ。
がたんごとんとゆっくりと車体が滑り出す。
また規則的な揺れとともに、景色がその姿を変えた。
「帰ろう、眞魔国へ。」
電車を降りたら、すぐにでも。
今なら素直に言えるかもしれないと、そう思った。
強気で、高慢で、でも優しくて頼りになる、おれの相棒へ。
普段なら絶対にいえない、恥ずかしい台詞を君にあげよう。
______『君と出会えたことに感謝を。そして、愛してる。』と。
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