年に一度男のモテ度を測るイベント、バレンタインは、
今年も例年のごとくおれの頭上を見事にスルーしていった。
予想はしていたことだったけど、やっぱりどっか寂しくて。
そんなことを思って歩いていたら、水溜りにハマって、さぁ大変!
気づいたときには、血盟城の噴水に浮かんでいた。
「あー・・・来ちゃった。」
「なんだ?!こちらに戻ってきたのがそんなに不満か?!!」
ぷかりと浮いた水面で、見上げた視線にぶつかったエメラルドグリーンが、
不機嫌な色で揺れていた。
見回しても彼以外見当たらないから、今日のおむかえはヴォルフだけのようだ。
「ただいま、ヴォルフ。」
「・・・・帰って来たく無かったものに掛ける言葉なんて無い。」
尖らせた唇でそんなことを言いつつも、水にハマッたままのおれを引き上げてくれるヴォルフに、
苦笑して、でもひどく素直な気持ちで毎度の愚痴をぶつける。
「帰ってきたくなかったんじゃなくて、毎回唐突に送られるから驚くんだよ。
心の準備ができないって言うか・・・」
「・・・大方浮気でもしていてそれで・・・」
「おいおいおい!毎度のことながらお前は・・・」
愚痴の内容も毎度のことならば、返ってくる言葉もおなじみで。
でも今日は、おれがもてないということを重々確認した後なので、結構つらい。
「あのなぁ〜、ヴォルフ。おれのことをかっこいい!とか思ってくれるのは、
はっきり言ってこっちの皆だけで、地球ではおれ本当にもてないんだから、
浮気なんて・・・やってみたくても出来ねーよっ!」
「・・・では、出来る機会があるのなら、やるということか?!
このっ、裏切り者――――!」
「うわぁぁ・・!ギブギブ!ヴォルフ!!!」
胸倉を引っつかみ、容赦なくシェイクする婚約者を何とか宥める。
まだまだ納得していない顔のヴォルフの機嫌をどうやって直そうかと、
頭の中はフル回転、そしてため息を一つ。
まったく・・・今日は本当に厄日だ。
「あぁ・・・早くこの濡れた服を着替えてあったかい風呂にでも浸かって、
気分を変えてしまいたい・・・ん?」
握った上着のポケットに違和感を覚え、手を突っ込んでみれば、
中から出てきたのは小さなのど飴だった。
「あ〜、そういえばおふくろが前にくれたやつ、入れっぱなしだったんだ。」
「なんだそれは?」
「これは〜・・・」
未だ不機嫌な顔で手元を覗き込んできたヴォルフラムに、
またいらぬ誤解を受けないうちに事情を説明しようと思ったが、
ことの発端になったバレンタインのことを思い出して一瞬言葉に詰まった。
ヴォルフラムと婚約してもう随分と経つ。
初めは抵抗していた男同士での『婚約者』という関係は、
いつしか空気のように当たり前におれとヴォルフを取り巻いて、
いまでは性別云々では割くことが出来ないような、そんな関係になった・・・と自負している。
その、つまり、いわゆる、両思いというか、恋人同士というか・・・運命の人?
そんな大切なヴォルフが初めてバレンタインの慣習を知った時、
おれの希望通りの手作り手渡しを実行してくれて、それがとても嬉しくて、
でもどことなく面映くて、たまらなかったことをふいに思い出してしまったのだ。
「なんだ?!もしやそれは浮気の証拠・・・」
「違うって!」
沈黙を負の意味に取ったらしいヴォルフが、予想通りの言葉をぶつけてくる。
小さな一粒の飴玉。
これはあの日のヴォルフのように、相手のために特別に用意したものじゃない。
だけど、他の誰にも渡さないバレンタインの贈り物だとしたら、
あの日おれが貰った嬉しかった気持ちのほんの何分の一かでも、
ヴォルフに感じさせてやることが出来ないだろうかと。
脳裏に湧いたそんな思いを込めて、ほんの少し包装に乗った水滴を手の平で拭ってから、
さっきから堅く拳を握ったままのヴォルフラムの手を開かせ、その手に飴を握らせた。
「はい、これ、バレンタインだからな。お前にあげる。」
ゆっくり手を開き、中身を確認して、ヴォルフラムは唇を尖らせる。
「ばれんたいん?ばれんたいんとやらの贈り物は、
ちょこれいとだとお前は前に言ってただろうが?」
「仕方ないだろ。だってこっちに呼び出されるのっていつも唐突で、準備なんか出来ねーもん。
でもさ、せっかくのイベント事だろ?なんか形だけでも・・・なんていうか、
ヴォルフことは特別なんだって、そう・・・そのっ、照れずにさ、
言える日があってもいいんじゃないかって、そう思って。」
言い終えた瞬間から、かぁっと自分の頬が熱くなる感覚。
と、まるでそれに合わせたように目の前のヴォルフの頬が朱に染まり、
同時に丸い大きな瞳が伏せられて、きらきらの長い睫の陰に隠れてしまう。
「・・・そうか。」
「あ、あぁ、うん。その、たいしたもんじゃ、ないんだけど。」
「いや・・そんなこと、ない。」
小さな飴の包装を陽にかざしてヴォルフは笑う。
「ぼくはお前がくれるものなら、道端の石でも、野の花でも、何でも嬉しい。」
「ヴォルフ・・・」
その笑顔は、特別だという言葉しか上げられなかったおれには勿体無いような笑顔だった。
「ユーリ。」
「なに?」
「ぼくを、おまえの『特別』に、選んでくれて、ありがとう。」
両手の平に捧げ持つようにしたそれを、もう一度ぎゅっと握り締め、
拳の上からヴォルフラムが口付ける。
そうして、恭しく包みを割くと、ほんの少し溶けかけているのか個包装のセロファンにややくっついたそれを、
白い指先でつまみあげて、口に放り込んだ。
「甘い。」
べたついたらしい指先までぺろりと舐めて、笑ったヴォルフラムに、
おれは彼と出会った幸せを、胸いっぱいに感じていた。
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