昼につくはずだったグレタの船が、天候不良で遅くに着いた。
父上たちに会いたかったと飛び込んで来てくれた愛娘は、
城に着く前に疲れて眠ってしまって、ろくろく話も出来ずじまい。
待ちに待っていたおれたちにしてみれば、不完全燃焼この上なく、
結局眠った彼女を部屋に送らずに、自分たちの寝室のベットへと運んで、
今二人、グレタの寝顔を心行くまで眺めていた。
「そういえば、ぼくもこんなことを思い出したぞ。」
それはまだ、ぼくがうんと幼い頃。
すぐ上の兄の素性を知るずっと前のこと。
ある日ぼくはコンラートと手を繋いで裏の山へ、散歩に行った。
食べられる木の実を拾いにいったんだ。
ちょうど秋の山は木の実で一杯で、厨房係が木の実を集めたら、
その日のお茶菓子にしてくれるというので、すぐ上の兄と共に、
小さな籠を一つ筒下げて。
その林は城の真裏に当たるため、一般のものがなかなか踏み入れてこない場所。
だから目的のものは、それはそれは無造作に地面の無数に転がっていた。
兄にとってはなんでもないその作業が僕にはなかなかの重労働で、
「どうして木の葉は落ちてしまうの?」
「それは秋に実って地面に落ちた木の実たちが、
春まで凍えずに休めるように掛け布を掛けてやっているんだよ。」
「木って優しいのですね。」
「そうだね。」
「ちっちゃい兄上みたいだ。」
優しいそれはまるで次兄のようだったから、幼かったぼくは素直に思ったままを口にした。
その言葉にほんの一瞬驚いたように目を見開いて、
そしてほんの少しはにかんで笑った、次兄の思いも知る由もなく。
「コンラッドらしいなぁ。」
子供の夢を壊さないよう、さりげない例え話をするあたりがコンラッドって感じだと、
ユーリはくすくすと肩を震わせて笑う。
「だろう。でもこれには続きがあるんだ。」
「へぇ!どんな?」
くるくると瞳を輝かせてユーリがぼくに続きを促す。
ぼくはその古い記憶を掘り起こして、もう一人の兄のことを語った。
コンラートはああいったが、森を眺めれば落葉しない木があるのに気づいたんだ。
それが不思議でたまらず、兄上に訪ねたことがあるのだが。
「ちっちゃい兄上は、木の葉が落ちるのは木の実が冬の間凍えないためだといいました。
なのにあの木の葉は何故落ちないですか?あの木が親切ではないから?」
「・・・・森中の木の葉が落ちてしまったら、木に住まう小鳥や栗鼠はどうなる?
吹き付ける吹雪に凍えてしまうだろう?」
「ではあの木は小鳥さんたちを守っているのですね。」
「あぁ。」
「だったらあの木も優しいです。そして・・・あの木はとても強いのですね。」
「そうだな。」
「じゃぁ、この木は・・・おっきな兄上みたいだ。」
だからぼくは、森に聳える大木のように力強い兄たちのようになりたいとそう思った。
「いいな。おまえら、やっぱり、いい兄弟だ。」
「そう・・・だろうか。」
「あぁ、そうだよ。」
普段なら照れくさくて否定してしまう兄弟仲だけれど、
ユーリにそう言われると気恥ずかしさの中にやはり喜びが溢れてくる。
「そういうユーリだって、ショーリとの思い出もあるのだろう?」
「まぁね。おれと勝利の場合は、まぁおれが月が欲しいって駄々をこねた時の話だけど・・・。」
そういってユーリはほんの少しはにかんで、
どこか恥ずかしそうに、でもその表情の奥に情と望郷を滲ませて話し出す。
そうしてユーリの口から飛び出す、彼とその兄の思い出。
幼い二人を瞼に浮かべて、ぼくが口に出来た感想もやっぱり「いい兄弟だな」だった。
愛されて、守られて育ったぼくらは、居心地の良いふかふかの木の葉に落ちた木の実から芽を出した、
まだ小さな双葉に過ぎない。
大きな大きな木の陰に守られながら、天に向かって聳え立つそれを目標に、
いつかは誰かを守れる木の葉を沢山つけて、
地のものにも、木の上のものにも、それを与えることができるようになりたいと願いながら、
ただまっすぐ伸び行く若葉だ。
いつか、この地に根を張り、腕を伸ばし、
春には花を、夏には木陰を、秋には実りと冬に向けての準備を、
この背に任された民たちに与えられるように。
「お互い、がんばろうな。」
「あぁ。」
でもできたらそれを、ともに並び立ち、力及ぶ限り、共に成したいと願う。
そう、あの、二本の大樹のように。
|