星降る空の王子様
「くそ!渋谷の足取りを追いきれないなんて・・・!一体何が起こってるんだ!?」
空港のベンチに腰掛けながら、指先や足先が勝手に動くのを抑え切れない。
焦燥で身が焦がれそうだ。
だが、今出来ることが、向こうの世界とこちらとを繋ぐ者を『待つ』ことしかない以上、
今の僕はこうして座っている事しか出来ない。
「あーっっ!もうっ!!」
くしゃくしゃと髪を乱してみても、何も変わらないのは分かっているんだけどね。
「・・・まぁ、落ち着いたらどうだ、ケン。この場合、急いては事を仕損じる。
君の育った国の言葉で、良い言葉があるだろう?」
この世界の魔王であるボブが、落ち着いた声音でそう言った。
頭では良く分かっているさ、といいたかった。
僕の中にある「大賢者」の知識と記憶は酷く冷静にこの件を片付けようとしているが、
生憎僕は「村田健、16歳」。
友達の緊急時に、そんなに悠長に構えていられるほど、オトナじゃない。
だけどそんな言い分をボブに突きつけたからといって、
この状況の改善に繋がるわけでもない。
・・・まぁ、議論しあって多少時間を潰せるとか、その程度はあるかもしれないけど。
溜息を一つ吐いて、『そうだね』とだけ答える事にした。
周りには雑踏。
雑音。
途切れる事の無い、人の波。
だが僕らの間には、またしばらくの沈黙が落ちる。
しかしその沈黙を破ったのは、ボブの方だった。
「・・・以前、向こうの世界から来たものに貰ったんだが。」
「え?」
「あちらの世界の、どこかの国の、工芸品だとか・・・」
ボブはジャケットの隠しから小さな黒い手帳を取り出すと、
挟んでいたしおりを取り出し、僕に差し出した。
先端に紅い短いリボンが結んであるしおり。
薄くて固くて光沢があるが・・・何かの、骨のような?
「これを貰ってから、たまにどこかで声がする錯覚を覚えるようになってね。
もしかしたら霊感の上がるオプション付きかもしれないな。」
先ほどよりおどけた調子の声音は、僕を励まそうとしての事だったかもしれないが、
僕の頭の中はまったく別のことで一杯だった。
骨・・・工芸品・・・不思議な声・・・もしかして、これは・・・。
「申す!申す!こちらダイケンジャーっ!!誰か聞こえる?!」
もしもこれが、骨飛族か骨地族ならば、
渋谷言うところの「骨パシー」で僕の声が誰かに届くはず!
願いを込めて叫び続けるが、僕の願いもむなしく、骨は何も発しない。
ふと、我に帰って自嘲気味の笑いが漏れた。
汗ばんだ手で白い骨片を握りしめながらなにやってるんだか・・・。
大体こちらとあちらの世界を越えた骨伝導が出来るかなんて、
4000年分の知識の中にも成功例は無いのだし、
加えてこれが骨飛族なり骨地族だという確証もない。
これがただの動物の骨だとしたら・・・いや、それ以前に、
しおりに向かって叫んでいる人間を傍から見たらどんなに滑稽な事か。
滑稽な僕の姿を横で相変らず落ち着いた表情で見ているボブに、
まずは応えの礼を返そうかと、笑ってみせる。
「これが向こうの世界から来たものなら、耳に押し当てれば懐かしい波の音の一つも・・・」
聞こえるんじゃないかな、とおどけて耳に押し当てた時だった。
ざざ・・・ざざ・・ヴォルフ・・・聖砂・・ざざっ・・・
「え?!今のは・・・!?」
細波のような雑音に紛れて、声が聞こえる。
ど・・ですか・・・ボルテールきょ・・・ざざ・・・
ヴォルフ?ヴォルテール?
それはもしかして、あの人たちの事だろうか。
あまりに小さく雑音も多い骨パシーを聞き取るには、
周りの騒音は致命的な大きさだった。
その音の洪水から逃れるように、僕は席を立ち、歩き出す。
音を一つも逃すまいと、骨片は耳に押し当てたままで。
骨パシーの通信は途絶え、今ではもう何も聞こえない。
それでも得た情報は整理しようと僕は無言で、座り込んだ。
「それで、懐かしい波音は聞こえたかね?ケン。」
「あぁ。聞こえた。色んなものが。」
何時の間にか横にボブが追いつき、隣に腰を落ち着ける。
一見こちらの世界には関係のない話のように思えるが、
箱を挟んでの世界の関係はあちらの世界と深く関わっているから、
まずは掻い摘んで説明しようかと、箱の行方とその鍵と、主立った事を伝える。
「そうか・・・これは、長丁場になるな。」
溜息を吐くボブを横目で見ながら、曖昧に頷いた。
そうだこれは長丁場になる。
ゆくえの掴めない渋谷とそれを追ったであろうフォンビーレフェルト卿。
二人の行き先に箱があるとしたらそれは・・・。
「どうにでも避けなきゃ、ヤバイことになるだろうね。」
呟きながらふと懐かしい人に呼びかけた。
眞王・・・君はどうにも僕を困らせるのが好きなようだね。
でも、これはたくさんの命を巻き込む無謀な賭けではないのかい?
それにね・・・アニシナ女史のカンが正しいとしたら・・・。
嫌な汗が背中を伝い落ちる。
「『星の王子様』か・・・。」
「ケン?」
「ねぇ、ボブ。『星の王子様』の話を知ってるかい?」
「あぁ・・・有名な童話だからね。」
星の王子様の粗筋はこうだ。
小さな小さな星に住んでいる王子がいた。
彼は自分の小さな星のことしか知らず、その中で勤めを果たし生きていた。
ところが或る日何処からか花の種が飛んできて、それは美しい薔薇になった。
見事に花開いた薔薇を見た王子は思った。
「なんと美しい花だろう・・・」と。
そして王子は薔薇に恋をした。
だから王子は薔薇に愛情をひたむきに注いで育てたし、
薔薇お得意の「私のいた場所では・・・」という決め口上も、
理解できない内容であっても、その思いに沿うように献身に勤めてきた。
しかしある時、薔薇からの愛を感じられないと感じるようになり、
王子は旅に出ることにした。
星も、薔薇も、全てを捨てて、旅をして。
たくさんの人と出会って、王子は成長していく。
そして最後に王子は「目に見えない大切なもの」の存在を知るんだ。
そしてそれに気付いた王子は、愛する薔薇の元へ帰る為に・・・。
その為に・・・・。
アニシナ女史のなぞらえた、「星の王子様」という言葉が、
頭の中で見知った該当者たちの笑顔に摩り替わる。
眞魔国にあっても自らの生まれた世界の事を高らかに謳う渋谷と。
その想いを受けて精一杯に尽くす、フォンビーレフェルト卿。
二人の間に流れる空気が、友人の枠を超えて、
もっと深く大切なものに変わろうとしている、今。
そしてそれに続く結末がもし考えている通りなら?
「その結末が訪れるとするなら、やっぱり・・・」
「なにか、問題が?」
「あぁ・・・一刻も早く、向こうに帰らなくちゃいけない。」
それは、二人の友人と世界を救う為だ。
「それでは、そろそろロドリゲスを迎えに行こうか。」
ボブは立ち上がり、そっと手を伸ばす。
その瞳が優しく笑っていた。
心配されてたってわけね。
大丈夫、もう冷静だから。
冷静に戦局を読む。
そして渋谷の進む道が少しでも緩やかになるように、力を注ごう。
それが僕に出来るすべての事だ。
立ち上がり歩き出す。
気付けば傾いだ太陽が背中へと光を投げかける。
ねぇ?眞王と呼ばれた君よ。
君の思いは一体どこにあるんだ?
僕は君との約束の為、こうして何度も輪廻を超えて、また戻ってきたよ。
なのに・・・。
「ようやく気付きかけた幸せなカップルに嫉妬して意地悪しなくても良いんじゃない?」
僕は君と共にある。
それはずっと変わらないはずなのに。
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