「裏・動きだす影」
「ようやく手に入れた・・・私の世界を開く鍵よ・・・・」
誰かがそう呟いて、冷たい指先でぼくの頬を撫でた。
『一体・・・なにを?』
心の中でそう問い掛けるも、答えるものは何も無く。
静かに密やかにもう一度深く意識は落ちていった。
目覚めた時、ぼくは狭い檻の中だった。
「ここは・・一体・・・」
曖昧な記憶を必死に脳内から手繰り寄せ、傀儡との戦いを思い出す。
何度斬りつけ倒しても、起き上がってくる気味の悪い傀儡は一体なんだったのだろう?
そして僕がここに居る訳は?
そもそもユーリとグレタ、それからベアトリスは無事なのだろうか。
一向に状況は掴めないが、ふと、さきほど聞こえた不思議な言葉を思い出す。
『ようやく手に入れた・・・私の世界を開く鍵よ・・・・』
鍵?
そのたった一言の単語が酷く重く、胸に響く。
「まさか・・な?」
一瞬過ぎった嫌な予測を振り解くように頭を振った。
「それよりももっと確実な理由を考えよう。」
分からない出来事がぐるぐると頭を廻る。
その間にふと。
尊敬する長兄の声で、幼い頃より重々言われてきた言葉は思い出された。
『いいか、ヴォルフラム。お前は現魔王の嫡子として、そして十貴族の子弟として、
己の価値を見極めて行動しなくてはならない。』
そう。
そうだった。
ぼくは前魔王の息子で、十貴族の子弟で、また現魔王の婚約者という立場だ。
自国の中にあっても、他国からみても、ぼくの位置する場所の利用価値は高い。
もしこの誘拐が、ぼく自身を餌に眞魔国へ不利益をもたらすつもりなら、
それだけはなんとしてもそれは避けねばならない。
ぼくはスカーフ止めのブローチを外し、握り締める。
「もしぼく自身を餌に、眞魔国が・・ユーリが・・・」
そうなる前にぼくが出来る事は一つだけ。
ごくり、と生唾を飲む。
ブローチを裏返せば小さなつまみがあって、そこを回せばロケット状になった部分が開く。
かちり・・と音を立てて開くとそこには、白い粉が入っていた。
それは、致死量の毒薬。
幼い頃より貴族の、そして王族の当然のたしなみとして持たされていた毒薬。
それは『己の価値を知り、国に不利益をもたらす前に、誇りを持って死を選ぶ事』を
全うする為に持たされていたものだった。
「長年持たされたこれを使う日がくるとはな。」
白い毒薬に唇を寄せてふと思う。
グレタが贈ってくれた可愛らしい贈り物も、大切なパーティもめちゃくちゃになった。
「ケーキ、一口だけでも食べておけば良かったな。」
そうすればユーリとグレタと三人の、幸せな思い出を胸に抱いて逝けたのに。
「でも・・きっとまた会える。」
もう一度意を決して、唇を寄せたそのとき。
「はなせよ〜っっ!!はなせっ!!」
「・・・・ゆーり?」
聞き覚えのある声が、愛しいものの声が、あたりに響いた。
「ユーリ・・?なぜ?」
こうあるべきでないと分かっているのに、ぼくは胸に溢れる喜びを押さえる事が出来なかった。
あぁ、ユーリ・・・愛しい人よ。
お前はいつだって、ぼくに生きる意味をくれる。
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