ヴォルフラムの呼吸が止まった。
理由は今でもはっきりとまぶたの裏に映る信じがたい光景が教えてくれる。
そう。
おれの目の前で箱の中から現れた「真の敵」。
そいつがヴォルフラムを「人形」と呼んで、
彼の差し招く手に誘われるようにふらふらと歩むヴォルフラム。
そして、その胸に差し入れられた指に、つかみ出された生命の源。
それを奪われた瞬間、糸の切れたマリオネットのように膝から崩れるヴォルフラム。
混乱の中、運び出された体はまだ温かく。
心臓が止まったとは思えないほど、穏やかで、やわらかくて、
まるで・・・・・眠っているようで。
このまま彼が失われるなんて信じられなくて、
しきりに「大丈夫だから」と繰り返している自分に気づく。
その言葉はヴォルフラムに対してなんかじゃない。
そう・・・失いかけた大切な人を目の前に動揺している自分自身に、だ。
鼓動を失ってなお、暖かなヴォルフラムの体は、
アニシナさんの手によって、保存されることになった。
「ヴォルフラム・・・」
服剥がされ、剥き出しの白い肌が眩しい位だ。
小さな箱の中に収められたヴォルフラムの表情は、ひどく穏やかだった。
「必ずお前を助けるからな・・・」
ふいに脳裏に『へなちょこ!』とおれを叱咤するヴォルフラムの声が聞こえた。
あぁ・・・そうだ、彼ならきっとこういうだろう。
へなちょこなおれなどに助けられたくないと。
だけれど状況的に仕方ないから自分を助ける栄誉をやるから、
やるならば抜かりなくやれと腕組みでもしながらいうのだろう。
「へなちょこ・・いうな。」
でも、きっとそんな台詞の最後には、ほんの少し瞳をそらして、さりげなく、
ヴォルフラムならこういうんだ。
『でも・・・無理はするなよ。』
いつだって彼は、やさしい。
言葉にしなくても、視線が、態度が、まっすぐな彼の心根を教えてくれる。
そしておれは気づかぬうちにそれに癒されていたんだ。
そう・・・失えかけている今でさえ、彼の面影を思い出すことでこんなにも癒されてる。
振り向けばおれの知らない顔で、ヴォルフを見つめるコンラッドが見えた。
「どんなことがあっても、ヴォルフラムは取り戻すよ。」
行こうと促せば、いつもよりゆっくりの足取りでコンラッドが着いて来る。
「・・・行こう、おにいちゃん。」
とりもどそう、おれたちの大切な宝物を。
たった一つの宝物を。
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