お願い、もう一時だけ
<ユーリ編>
眞王の願いも、大賢者の想いも、おれがここに・・眞魔国に来たわけも、
今全部が明かされて、全てはおれの背に任された。
モルギフのその一振りに。
世界の全てを・・。
おれの想いの通り、創主のみを消し去る事が出来たそのあとの話。
「さて、僕らもこの世界とお別れだ。」
「村田?」
「これが最後の次元移動になる。今を逃せばもう、日本には帰れなくなるよ。」
いきなり告げられたその一言に、おれはなにひとつ残す事も出来ずにあの場を去った。
あの時。
突然のことに動転するおれの背中を押したのはヴォルフラムだった。
本当に。
お前だけは反対してくれるって思ったのに。
『お前はこの国の王だ!そうしてぼくの婚約者だろっ!』
柳眉を顰め、眦を吊り上げて、きっとそういって引き止めてくれるって。
おれは予想だにしていなかったその言葉に思わず俯いてしまった。
ふいに、懐かしい情景を思い出す。
地球に返りたいと泣き言を言ったおれを、叱ったヴォルフの顔。
『このへなちょこっ!そんな覚悟もなかったのか?!』
なぁ?あの日のあの言葉はなんだったんだよ?
なぁ、ヴォルフ?
問いかけても凛としたあのアルトの声は返ってこない。
ただ、あいつが好きだといったこの黒髪から滴り落ちる雫が歪める水面に、
歪んだおれの顔が映るだけ。
水面のせいだけでなく、酷く、歪んだおれの顔が。
「渋谷、ありがとう。」
それは村田から・・というよりは、彼が背負ってきたすべての魂からの感謝の言葉だろう。
でもそれをおれは素直に受け止めることができなかった。
「終わったんだな。」
「あぁ、君のおかげでね。」
労いの言葉すら、絞首刑台に上る階段と同じで。
もう、あの国に二度とは戻れないのだと、そう言われている気さえした。
「あぁ・・・おれ。」
「ん?」
「一個だけ、約束、破っちゃった・・・。」
「なにをだい?」
「グレタに、ヴォルフを助けて、すぐに帰るって・・・いったのに。
初めて約束、やぶっちまったな。」
それ以上は、勘のいい友人は何も言わなかった。
おれももう、なにも話すつもりはなかった。
また日常が始まる。
心の中であの国のことを思い出さない日はないけれど、
おれは眞魔国に行く前の平凡な日本人としての生活を送るように努力している。
簡単なことだ。
机の引き出しに眠る金の翼と胸に光る青い魔石と、
勝利がボブのところに魔王としての修行に行っている事や、
彼らが地球へ来たときに貸した服を母が洗濯しているときに漏らす呟きや、
父に土産だとあいつが置いていった酒瓶を目にしなければ、
あんな突飛な話、ただの夢に決まっているんだから。
考え出した思いを、ぶるぶると頭を振り、打ち消した。
しばらく瞳を閉じて、深呼吸。
眞王が落としたボール。
それは確かにおれの家に転がっているのに。
それは確かに眞王から託された『未来』のように思えるのに。
でももう、おれの手の中にあの国はない。
そして、愛しい婚約者も、もう________。
ふと、おもう。
もし、あの別れの瞬間に、後一時の猶予があったなら、と。
そうしたら。
おれは、彼に、何が出来ただろう。
何が言えただろう。
彼に何が・・・・。
きっとあと一時の猶予があったなら。
おれは。
地球を、選んだ、ろうか?
|