お願い・・もう一時だけ。

<ヴォルフSIDE

ぼくが敵の手に落ちたことで、ユーリはぼくを取りもどすと誓って城を出たという。

そうして、すべてをかけて、ぼくを眠りの淵から引戻し、

この世界に光を、平安を、取り戻してくれた。

そう。

彼の、魔王としての、この世界とのつながりを、犠牲にして。

 

「すまない・・・グレタ。ぼくは・・・ぼくは・・どんなことをしても、

 必ずユーリを連れ帰ると約束したのに・・・っ、それ、なのに・・っ!」

もう泣かないと決めたのに。

娘の前で、こんな姿を、晒したくは無いのに。

「ヴォルフ・・っ!」

飛び込んでくる小さな体を抱きとめて。

その健康的な肌を滑り落ちる涙を自分の肩に受け止める。

そして己の涙は、その幼子の肩に。

「すまないっ・・っっ、すまなっ・・グレタッ・・っ!!」

「もうっ・・っ、いいのっ!いいのっ・・っ!」

嗚咽を上げ、震える声でグレタは続ける。

「だってっ、・・っ、だってヴォルフは、ユーリのことが大好きなんだもんっ!

 だから・・・だからっ、さよならしたらグレタも、コンラッドも、

 グウェンも、ギュンターも、国の皆も、そして、

 ヴォルフが一番悲しいって分かってるのに、そうしたんだよね?」

幼い娘のその言葉にぼくは頷くことしかできない。

「だって、ヴォルフが教えてくれたでしょう?

 本当に大好きで大切な人のためになることだから、そうするんだって。

グレタのおかあさまがスヴェレラにグレタを送ったんだって、

本当にグレタを愛していたからだって!だから・・・・っ!だから!」

抱きしめていた腕の中から顔を上げたグレタは、丸い大きな目でぼくを見上げる。

瞳に浮かんだ涙の雫に歪んだぼくの顔が映っていた。

「これでいいんだよねっ?これでユーリはきっと幸せなんだよねっ!」

あぁと、吐き出すようにぼくは呟いて、目の前の聡く愛しい娘を抱きしめる。

そうだ、僕は何もかも失ったわけじゃ無い。

この腕の中のぬくもりも、平和な世界も、全部ユーリが残していってくれたものじゃ無いか。

だけど・・・・その中に、最も愛しい、彼の姿は無いけれど。

ユーリという大切な存在を失うという、大きな犠牲を伴いながらも、

この世界には平和が訪れた。

その喧騒の中、ぼくは兄上に呼び出された。

「グレタを、養子に出す・・というのは、どういう意味ですか?」

ある日突然、長兄から言い渡された言葉をぼくは理解できずに反復した。

「お前は確かに陛下と婚約をしていたが、婚姻の契りを結ぶにはいたっていない。

 つまりグレタの養育権は今のお前には無いということだ。」

「では、今すぐにでも、ぼくはグレタと養子縁組をいたします。

 確かにユーリの伴侶ではありませんがこれならば、グレタを正式にぼくの娘として・・・」

「それは賛成しかねるな。」

「なぜです?!」

確かにぼくは頼りない。

それは認める。

今だってまだ、彼を失ったことを受け入れ切れていないのはぼくだけだ。

だけど、どうか今は。

グレタまでぼくから奪っていかないで。

「お前とあの子では生きる年月が違う。」

「それは・・っ!それでもぼくのグレタへの愛は・・・・」

「あの子はすぐに大きくなる。それこそものの数年でお前を追い越して

 あっという間に大人になってしまうだろう。そうして姿変わらぬお前を父と呼びながら、

あの子だけは駆け足で老いの道を進むんだぞ?」

兄上の言葉が、ぼくとグレタとどちらにも配慮されたものと理解しながらも、

ぼくはその言葉に頷くことは出来なかった。

「それでも・・それでも!グレタが大人になるまで、ぼくは側で見守ってやりたいんです。

ユーリが・・・彼女にしてあげられなかったこと全部を引き受けて、

ぼくが彼女の父親になってやりたいんです!」

「それでも・・・・現状での養子縁組は、許可できない。」

「そんなっ・・!」

「これは一時の、猶予だ。お前の精神が落ち着くまで、

 彼女はゲーゲンヒューバーの元へ預ける。」

重い言葉が耳に届く。

まるでそれは死刑を受けるための刑場に引き出されているような気分だった。

「やつの伴侶は生粋の人間だ。姉のような存在として、

 グレタとわかりあうことも出来るだろう。それにあそこには赤子も居る。

 大人ばかりの血盟城で暮らすより、弟分の世話をして過ごすのも、

あの子にとっては良い経験だろう。」

兄上の判断はいつも正しい。

きっと冷静に考えるならばこれが一番良い選択なのだろうと思うのに。

「心を穏やかにするんだな。そうすれば・・・おのずと未来も見えてくるだろう。」

優しい、大きな手がぼくの頭を撫でる。

でも・・・・ぼくはまた大事なものをひとつ、失った気がして、

駆けもどった魔王部屋で声を上げて泣いた。

 

日常が始まる。

それは残酷なようで、とても優しく、ぼくの横を通り過ぎる。

ユーリが築きたいといった世界の欠片が今、ここに見えているのに。

ユーリが守りたいといった人々の笑顔が、今ここにあるのに。

ユーリがいた記憶が、この部屋にも、この城にも、この国にも、

この世界にも、一杯一杯あるのに、でもそこにユーリはいない。

その身に受けた傷は、緩やかにその姿を隠してゆくけれど、

ぼくの心の中では今でもまだ、お前はぼくの婚約者で、

ぼくのたった一人の大切な、魔王陛下なんだ。

 

ふと、思った。

彼の背中を押した自分の思うことではないかもしれないけれど。

もしあの時、あと一時猶予があったなら。

ぼくは、彼に、何が出来ただろう。

何が言えただろう。

彼に一体何が・・・・。

一時の猶予があったなら。

ぼくは。

彼の背中を、押せた、ろうか?

 

 

********************************

2006/12/13

マニメにあわせてUP。

だからヒューブ一家と一緒に過ごしていたグレタがいたのだよ、とか。

平然として日常を送っているようで寂しげな三男とか。

噴水に入り、無言でユーリを見詰める三男があまりにもいとおしいですVv


.