こちらは原作「宝マ!」のネタばれがあります

ネタばれが嫌なかたは、この先お進みにならないようにお願いします。

大丈夫な方は、こちらから。

 

二つの手のひら

 

『知らなかった・・・っ!!本当に見えなかったんだっ・・!!』

悲痛なユーリの叫び声が耳に痛い。

大丈夫だ、安心しろと応えを返すこともできない自分が不甲斐なくて辛い。

そしてそれと同時に。

自分の呼気が妙に激しく頭の中に響いて、

せっかく愛しい人の腕の中に居るというのに、

その温もりも、打つ鼓動も掻き消えてしまっていることが、とても悲しかった。

 

 

聖砂国に着き、異国のものが出入りできるという小さな島からも

監視の目を潜り抜けて抜け出した。

すべてはユーリ奪還のため。

砂を受け、足を取られてもただ、ユーリの元へと急ぐ思いだけで進む。

『ユーリは無事でいるだろうか。辛い思いはしていないか?

 何か困ったことに晒されてはいないだろうか?』

自分よりもよっぽど腕の立つ人物が、ユーリにはついている。

『大丈夫だ。きっと・・・』

自分自身に言い聞かせるように、初めて見るその土地を数人の兵と共に馬で駆ける。

その視線の先に小さな人だかりが見えた。

「閣下!あそこに人の一群が見えます!」

「敵か味方か分からない。気を抜くな!」

「はっ!」

言葉も通じず、習慣も情勢も何も分からない土地。

遠目に注目してみると、武器を構えた一群の真ん中に居たのは、

枯れかけの枝かと思えるほどほっそりとした男と、腰の曲がった老婆の姿。

一体こんなところで何をしてるんだ?

疑問の狭間にふと、ユーリの顔が浮かぶ。

あぁ、そうだろう。

そんな顔をしなくてもわかってる。

お前ならきっとこうするはずだ。

力弱き者を虐げることを、極端に嫌うお前だから。

「事情は分からないが、あの老婆を救出するんだ!」

「はっ!!!」

馬を走らせ、不穏な輪を分断する。

突然躍り出たぼくらの影に荷物を持って逃げる、3つの人影に違和感を感じた。

『三人?それに今の影は・・?』

見覚えがある気がしたその影が、砂煙の中を足早に逃げ出すさまを、

ぼんやりとした視界の端に一瞬見止めながら、しかし次の瞬間には、

ぼくは背後から襲ってきた敵をなぎ払うことに意識を集中しなければならなかった。

「はぁぁぁぁ・・・っ・・!」

「閣下?!」

「大事無いっ!気を抜くなっっ!」

「はっ!」

一人の敵を切り、倒した時、その男が倒れ落ちる音が予測よりとても遅くて。

『穴?』

その時初めてそこにぽっかりと開いた穴に気づいた。

『こい・・・・・さぁ・・・くる・・んだ・・・・』

「何の声だ?」

近づけば奇妙な「声」が聞こえる。

「閣下!いかがなされました?!」

「いや・・何か下から声が・・・・」

「声?・・・・何も聞こえませんが?」

『さぁ・・・・さぁ・・・・こい・・・・こい・・・』

「いや、やはり聞こえる。」

小首をかしげる兵士の様子から見て、彼にはこの声が届いていないらしい。

それでもどうしても囁く様に響くその声が気になって、

ぼくは穴を降りていった。

 

だから____だからぼくは知らなかったんだ。

 

奇妙な声に導かれたその先に、

愛しいユーリが、いた、なんて。

 

シマロンと戦ったあの武闘大会の席で、

他の誰でもなくぼくはユーリにぼくの剣の鞘を預けた。

『ユーリの許しなく剣は置かない』と。

それはぼくの武人としてのすべて。

愛する王への忠誠のすべて。

この身を、この命を、そしてこの愛を、ぼくはユーリに捧げた。

そう・・・この剣に誓って。

なのに。

ぼくの分身はぱっくりと二つに分かれ、

よりにもよって守るべき大切な人を傷つけた。

ぼくはただ、生きたかっただけ、なのに。

ユーリを無事にこの手に掴む為に、生きて、彼の元へゆきたかっただけ。

けれど結果としてそれが、その人を守るべく向かった自身をも傷つけ、

結局ぼくはこの手にユーリを取り戻せただけで、

彼を守ることも出来ず、今_______________


「本当に・・・っ、しらなかったんだっ__っ!ごめんっ、ヴォルフ!!!」

 

悲痛な声が耳に届く。

これがユーリの声だと分かっているのに、

その顔を見て『怖がらなくていい、一緒に帰ろう』と、

そういって励ましたいのに瞼が重い。

「おまえの・・・せい、じゃない・・・」

震える唇を渾身の力で動かして、ようやく紡いだ言葉に、

ユーリが小さく身を震わせたのがわかった。

あぁ・・・ユーリ。

ぼくは、どうしたら、お前を救ってやれるのだろう_______?

 

 

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2007/4/20(2007/5/2再UP)

UPしどきを失って、今頃UPです。
下は、宝マ!を読了後の感想。
この気持ちは今でも変わらないです。
早く新刊読みたいなぁ・・・・。




目が見えなくなってしまったのに、陛下が気づいたヴォルフの香り。
「しらなかった!みえなかったんだ・・・!」
慟哭のように叫んだ愛しい陛下のその声に、
三男はどれだけ安堵し、どれだけ傷つき、どれだけ後悔したことでしょう。
やっと出会えた喜びと、守れなかった悲しみと、
・・・・自らの手で傷つけてしまった、後悔と。

今は愛しい人の腕の中に身を委ねた三男の、
その心情を思うと涙が止まりません。
あまりに・・・・あまりに、かなしいよ、これじゃ。


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