秋の日の……



朝……AM 8:00 ところ……二人の愛の巣

 『進さん…… 進さん!』

 (遠くで呼ぶ声がする。誰だ?)

 「進さん、起きて…… もう朝よ! ねえってばっ!」

 今朝は快晴。おてんとさまはキラキラと輝いているのに、まだ熟睡している進を、ゆり起こしているのは雪。

 「う〜ん、んん?」

 寝ぼけ眼でうっすらと目を開けた進。ぼんやり見える美しい顔。進はほぼ無意識に両手を伸ばして、ベッドの上から自分を揺り動かす人物を抱きしめた。

 「きゃっ!」

 不意に伸ばされた手で雪の体はバランスを崩し、彼の胸に抱きすくめられた。

 「もうっ、古代君!!」

 怒って両手で胸を押しつけ、体を引き剥がそうと思っても、力強い腕が離さない。進はすっかり目を開けて、目の前の愛しい人の顔を見た。

 「おはよう……」

 そして、片手はそのまま雪の体を取り押さえたまま、もう片方で雪の頭を自分の顔の方へ押し付けた。雪の顔がそのまま近づいてくる。進が再び目を閉じ、雪の瞼も閉じられる。柔らかいものが進の唇にあたった。甘い甘い彼女のくちづけ。彼女を抱きしめる手にさらに力が入り、くちづけも少しずつ少しずつ濃厚に…… 進の舌が彼女の唇を舐め、そしてそっと押し開いた。絡まる舌と舌……

 (ん? 卵焼きの匂いとソーセージの匂いがするな…… もう、朝飯食べたのかな?)

 などと、進が思った瞬間、

 「んっ! もうっ!! やだ……酔っ払いっ!」

 と、雪が小さく叫びながら唇を離した。そしてドンと勢いよく彼の胸をつき、腕の中から体を離すと、立ち上がって両手を腰に当て睨んだ。

 「どうした?」

 「お酒臭いわ……もうっ!」

 「ああっ……そっか」

 ばつが悪そうに苦笑いするのは進。そうだ、昨日はしこたま飲んで帰ってきたんだった。

 ヤマトがアクエリアスに沈んだあと、進はしばらく地上で様々な残務処理していた。それもほぼ片が付き、色々な思いにも何とか整理をつけた。二人が幸せになること、共に生きていくことが自分たちにとっても、そしてあの人にとっても一番の願いであることは、二人ともよくわかっていた。
 だから、落ち着いた頃を見計らって、二人はこのほど雪の両親に会って結婚の意志を伝えた。

 その後、進は再び宇宙へ出ていった。それが彼の選択だった。

 昨日の夕方、進はその初航海から帰ってきた。地球に着くなり、南部・太田・相原といういつもの同期メンバーに拉致され、飲みに連れて行かれた。雪には断ってあるからと、だから結婚を決めた前祝をするのだと……夜中まで飲んで騒いだ。
 朗報も聞いた。あいつも順調に回復しているらしい。付きっきりのかわいい人もいるから回復も早いだろう。
 飲み会では、当然進が酒の肴にされる。しかし何を言っても、からかっても、最後は惚気を聞かされるのだから、付き合ってる方はたまらないらしい。その上、最近は、相原まで惚気るらしいから、シングルたちは大変だ。
 大騒ぎして進が帰宅したのは、もちろん午前様。雪のあきれる顔も何のその、いい気分でバタンキュー。朝まで熟睡モードというわけだ。あれからまだ数時間しかたっていない。当然、進の体には酒が残っていた……

 「二日酔い……してな〜い?」

 「いや……そうでもない」

 頭を振って見たが、頭痛はしない。気分爽快というわけでもないが、悪くもない。基本的に酒には強い進である。

 「そう、よかった。じゃあ起きて! とってもいい天気よ。家に居るのはもったいないわ。お弁当作ってどこかに出かけましょうよ!」

 「へっ? 出かけるって?」

 そんなことより、このまま雪をベッドに引っ張り込んで、昨夜しそこねた事やりたいんだけど……と心の中で思ったりしたが、爽やかに微笑む雪の前では、そんなこと言えそうになかった。

 (次のチャンスを待つしかないか……)

 「さあ、はやく朝ご飯食べて、はい、これ着替え」

 雪が差し出す着替え一式を抱きしめて、「ん……」と返事。しょうがない、と進はベッドからするりと降りた。

 「ありっ!?」

 自分の姿を見下ろしてびっくり。何も……着ていない。つまり、すっ裸! 雪が驚く進を見てくすくす笑い出した。

 「だって、進さんったら、昨日の夜、ベッドの前でさっさと着てるもの全部脱いじゃって…… 私をベッドに押し倒したじゃない。でも、あんまりお酒臭くって嫌だったから押しのけたら、うふふ……そのまま1分もしないうちにグーグー眠っちゃったんだもの」

 「そ、そうだったっけ……」

 冷や汗たらり…… なんとなく覚えているような覚えていないような…… なんと惜しい事を、と思ってみても後の祭り。抱いて寝たのは枕だけだったようだ。

 「じゃあ、今からその続きは?」 と上目遣いで雪の顔を覗いて見たが、返ってきた答えは……

 「だ〜めっ! さ、早く着替えてご飯食べてちょうだい」

 やっぱりだめか…… 進はふーっとため息一つ。二度目も失敗。ごそごそと着替えを始めた。それを確認すると、雪は足取り軽やかに寝室を出ていった。

 進がダイニングに行くと、テーブルには一人前の食事が用意されている。コーヒーのいい匂いが漂ってきた。

 「あんまり腹すかないな」

 「でしょうね。あんなに遅くまで飲んでたんじゃ…… 適当に食べられるものだけ食べてちょうだい」

 「はい……」

 今は立場が弱い。ここはおとなしく言うことを聞いた方が得策のようだ。
 進はテーブルに座ると、パンを1枚、後は冷たいミルクをコップ1杯一気に飲んだ。ひんやりとした液体が喉を通ると気持ちがいい。

 「ああ、うまい。お代わり!!」

 進はもう一杯冷たいミルクを要求して、またごくごくと飲んだ。ミルクを飲むと、口のアルコール臭が抜ける……と聞いたことがある。これで、雪にキスしても大丈夫かな? などと、またそんなことを考えている。雪が見ている。進は、雪にそんな思いを悟られまいと、慌ててパンをかじった。

 進がパンを食べ終えると、雪が食後の飲み物を尋ねた。

 「何かあったかいもの飲む? コーヒー?それともレモンティー?」

 「カフェオレにするかなぁ」

 最近、進はコーヒーもよく飲むようになった。といっても、アメリカンタイプの浅煎りコーヒーを、たっぷりのミルクで割った、コーヒーのこげ茶色よりミルクの白の方が目立っているカフェオレだが。結構それが気に入っている。

 「いいわ、カフェオレね」

 雪はもう準備してあったのか、すぐに大き目のカップにコーヒーとミルクを順に入れて差し出した。そして自分のカップにもコーヒーだけを注いで、進の向かいに座ってにっこり笑った。

 「だいぶん目がさめたみたいね?」

 「ああ……」

 「昨夜(きのう)はなんの話で盛り上がったの?」

 「んっ? ああ、結婚式の準備がどうのこうのって……」

 「南部さん達ね?」

 「そう、雪、あいつらに全部任すって言ったのか?」

 「ん、この前南部さんが電話してきたの。相原さんから結婚を決めた話を聞いたからってね。披露宴の方は、南部さんが自分に任せてくれって言うから。そのうち、ゆっくり相談しましょうって……」

 「なんか心配だなぁ。変なことさせられないんだろうな」

 「うふふ…… さあね、でも今度一緒に相談しましょっていうんだから、あなたも希望を言えばいいじゃない」

 「希望って……別にないけど。なんか暴露話でもされそうで……」

 「あはは、そんなに『脛に傷』をたくさんもってるんだ?古代君は」

 「ば、馬鹿言うなっ」

 「うふっ、きっと楽しい式になるわ。楽しみよ、私……」

 「はぁ〜、まな板の鯉の心境だよ、俺はっ!」

 進の最後の一言に、雪はおお受け。けらけらといつまでも笑いつづけていた。

 二人がコーヒーを飲み干すと、雪が立ち上がった。

 「さ、お弁当詰めて出かけましょう。進さんも手伝って」

 「ああ…… 俺は何をしたらいい?」

 「そうねぇ、簡単なものしか作ってないんだけど、もうほとんどできてるの。後は、おむすびを握って卵焼き焼いて詰めるだけ、ね」

 「ふ〜ん、雪は卵焼きを作るのがう・ま・いからなぁ」

 進もテーブルから立ち上がって、チラッと雪の顔を見てにやり。

 「そ、そうよぉ! 卵焼きは私と〜〜〜っても上手ですものっ!」

 プイッとあごを突き上げて、雪は言ってのけた。進を家に招いて初めて食べさせた雪の手料理が、ひどく塩辛い卵焼きだった。最初で最後の(と雪本人は思っている)大失敗を、進はいつまでも忘れていない。進は事あるごとに、卵焼きの話題を出しては雪をいじめて楽しむのだ。

 「あっははは……」

 「んっ、もうっ!」

 「さっきのお返しさっ! やられてばっかりじゃ、先が思いやられるからなっ」

 横から雪を抱きしめて頬に軽くキスをした。雪がくすぐったそうにくくっと笑う。あれっ?案外反応がいいじゃないか…… 進は意外な反応振りに欲求がむくむくと沸いてきた。抱きしめた彼女の体を自分のほうに向けて、今度は彼女の唇を奪った。

 「あん……」

 不意打ちをくらって唇をふさがれたのに、雪は怒る風でもない。まんざらでもなさそうだ。進の首に腕を回してキスを返してきた。しばらく唇の攻防が続く。三度目の正直、今度はいけそうだ。進は唇をそっと離すと、耳元で囁いた。

 「なあ、ベッドヘ行こうよ……」

 「ん……ううん…… だ……め……」

 「だめ……? でも、ここはそう言ってないよ」

 とどめの一発。進の手が今度は雪の秘めたる場所へ伸びていく。進の愛撫に促されて当然潤っている。だって、君だってしばらくお預けだったんだろう? 進はそんなことを囁きながら、さらに手で刺激する。

 「や…… こだい……く・ん…… あ……」

 言葉と体が全く逆の反応をする。態度は口ほどに否定的ではない。雪は、体をすっかり進に預けていた。進はすっと雪を抱き上げると、ベッドルームへ戻って行った。

朝……AM 10:00 ところ……On their Bed

 おてんとさまは高く上がって青い空で輝いている。まさにピクニック日和。だけど二人は……まだベッドの中!?
 進の朝からの願い?(狙いか!?)がやっと成就され、二人は熱いひとときを過ごした。

 「……よかったよ、雪」

 進は、隣に寝ている雪の髪をなでながら、抱きしめる。

 「……んっ、もうっ……」

 予定の狂った雪は、進にちょっぴりヤツ当たり。進に背を向ける。そんな雪に苦笑いしながら、もう一度彼女の体を自分の方へ向けなおした。
 窓のレースのカーテンの隙間から入ってくる朝の光が、彼女の白い肌をさらに輝かせる。

 「何がもうっだよ。君がその気になったんだろう?。別に俺はむりやり押し倒したわけじゃないぞ」

 雪のその光る肌を肩から胸にかけてすっとなぞりながら、進が笑いながらつぶやいた。
 そうだけど……雪は、誘惑に負けたのがちょっと悔しい。でも、彼が恋しかった…… たくさん抱きしめて欲しかったの…… だけど、ちょっと悔しくて恥ずかしい。

 「あぁんっ! いじわる……」

 「かわいいな、雪は」

 進は可笑しそうにくすくすと笑った。あんまり彼が笑うので腹が立ってきた。幸せなひとときだったけど、雪はわざとすねて見せる。

 「今何時……? ああ、もう10時過ぎてるじゃない! せっかくお弁当作って出かけようと思ってたのに」

 「いいじゃないか、今から出かけよう。あとは、おむすびと卵焼きだろ?手伝うから…… 雪は卵焼き焼いて、俺はおむすびを作るよ。できたらすぐ出発だ。どこへでもお供しますよ、お嬢さん」

 進のやさしい言葉に、雪は折れた。顔を彼のたくましい胸に摺り寄せて、小さく頷いた。

 「ん……」

 そして二人は、お弁当を作って家を後にした。

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(背景:Accesory item,写真:地球屋)