夕方……PM 5:30 ところ……いつもの海

 ぐっすり眠って気分爽快だ。そろそろ日が陰ろうとしている。二人は立ち上がってシートを片付けた。進が再び雪に次の行き先のお伺いをたてた。

 「さて、お嬢さん、次はどちらへ?」

 「うふっ、じゃあねぇ……いつもの海。夕日が見たいわ」

 「え゛……」

 にっこり笑った雪の返事は、夕日をご所望。二人が大好きな場所からの夕日を見てみたいというのだ。快晴の今日、夕日もさぞ海に映えることだろう。だが、進はちょっと変な都合の悪そうな声をだした。

 「どうしてそんな返事するの?」 雪が首を傾げる。

 「い、いやぁ…… あそこは…… ちょっとまだ……どうも……」

 進が困った顔をして恥ずかしそうに返事した。いつもの海……そこは、進がほんの数ヶ月前、雪にプロポーズした場所だった。プロポーズは思いっきりキザに決めた。だから、あそこに行くのは、進としては実はまだちょいとばかり気恥ずかしいのだ。
 けれど、雪にすれば最高の思い出の場所。進と二人で、もう一度あの時の気分に浸りたい。だから、ここは絶対に譲れなかった。

 「だぁめっ!絶対あ・そ・こ!!」 きりっと睨む雪の目は真剣だ。

 「う〜ん…… 仕方ないなぁ」

 雪の迫力勝ち。進はすごすごと降参して、いつもの海へと車を走らせた。到着する頃には、思った通りのベストタイミング。まもなく夕日が海に沈もうとしていた。

 「素敵…… ねぇ、進さん。あの日と同じね」

 雪が隣に立つ進の腕を取って体をもたせかけた。うっとりと真っ赤に燃える夕日を見つめている。

 「ん……」 生返事。進はどうも照れてしまう。

 「私、ほんとにうれしかったのよ。あの時の言葉…… どれもこれもがとっても」

 「い、言っとくがな。あれは一生で一回きりのことなんだから。もう二度と言わないぞ」

 進は雪からそっと視線を外してそっぽをむく。自分があの時言った言葉を思い出すと、今でもこそばがゆくて、恥ずかしい。それに、あの後も……雪には相当心配をかけてしまったという反省もある。
 雪はもちろん、その当たりをよくわかっていて、進の困った顔を楽しんでいるように、追い討ちをかけた。

 「ふふふ…… はいはい。でも、古代君、あれからも何回夕日になって沈んだかしらねぇ」

 「うっ!」

 やっぱり言われたかと、ぐっと言葉が詰まってしまう。痛いところをつく奴め……と思う。

 「でも……ちゃんと朝日になれたわよね?」

 進が背けた顔をわざと覗き込んで雪が笑う。

 「ま、まあな……た……ぶん」 進はポリリと鼻の頭をかいた。

 「私が居るから?」

 「……二度と言わないって言っただろ!!」

 進はまだ雪の顔を見ずに叫んでいる。照れてるのはわかってるけれど、少しくらいロマンチックな言葉をかけてくれてもいいのにと、雪は思う。だから少しすねてみた。

 「あんっ! いじわるっ!!」

 そう言って進の腕を強く掴んだ。

 「うるさいっ!」

 進がやっと振りかえって雪の顔を見た。彼の顔が赤い。紅潮しているのか、ただ夕日が映えているだけなのか……

 「だって……あ」

 雪の減らず口はそこまででおしまい。進に強引に抱きすくめられて口をふさがれた。もちろん、ふさいだのは進の唇。
 進は言葉でもう一度伝えられない代わりに、態度で示した。雪の華奢な体を壊れるほど力一杯強く抱きしめて、そして……思いを全て込めたくちづけ。むさぼるような唇の動きに、雪は飲みこまれそうになった。そのキスに答えながら、雪は心の中に進の想いが伝わってくるのがよくわかった。

 しばらくして離れた唇から漏れた言葉は……小さな声で「アイシテル……」


 雪は再び燃える夕日の中で、幸せに包まれた。

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