ダイエットしたいっ!……のに
都心の高層マンションの一室。一児の母となっても、その美しさの衰えを知らない我らがヒロイン森、いえ、今は古代雪は、ご機嫌な様子でお出かけの支度をしていた。
「あら、もうこんな時間…… そろそろ支度していかないと、守ぅ〜 久しぶりにパパに会えるわよ!」
「あ〜う〜」
母の呼びかけに、遊んでいた手を休め、わけのわからない返事をしたのは、進と雪の愛の結晶、守。
まもなく10ヶ月になる守は、お座りハイハイお手のもの、つかまり立ちも始まって、もうすぐ歩き出すのが目に見えている。一番目の離せない時期になっていた。
仕事を持つ雪は、いつもなら朝の出勤時に実家に立ち寄り、母の美里に預けて保育園まで連れて行ってもらうのだが、今日は帰還する夫の出迎えのために休暇を取った。
ということで、同じく守も保育園はお休みをもらって、家で遊んでいるというわけだ。
その雪の愛する夫、古代進は、長い航海を終え、今日2ヶ月余り振りに地球に帰還する。
「あ〜、やっと帰ってくるんだわ。結婚してから一番長い航海だったものねぇ。待ち遠しかったわ! 2ヶ月も会ってなかったら、守パパの顔を忘れてないかしら? ねぇ、守!」
「あい?」
雪は、ニコニコしながら、これまたにっこりと微笑む愛息子を抱き上げて、その愛らしい頬に頬擦りした。それから家族3人で撮った写真のところに連れて行って、一人一人に指差しながら、守に教えて聞かせた。
「ほら守、これがあなたでしょう? そしてこれがママ、それからこれが、パパよ! 帰ってきて久しぶりに顔を見ても泣いたりしないでね!」
守はちょうど人見知りが始まっている。それでなくても、2ヶ月のブランクは相当大きい。
それでも、たまに進から連絡が入ると、画面越しに守と対面させていたし、毎日写真を見せては、パパを宣伝してはいたのだが……
守に夫の写真をじっくりと見せてやると、雪は再び守を足元に下ろした。するとまた守は、近くにあったおもちゃで遊び始めた。
今日の守はとても機嫌がいい。ママの機嫌のよさがそのまま伝わっているようだ。コロコロと一人でよく遊んでいる。
「えらいわね、守。ママちょっとお着替えしてくるから、賢く遊んでてね!」
意味がわかっているとは思えないが、雪は守にそう伝えてから、クローゼットルームに入った。
「えっと、どれを着ていこうかしら? 久しぶりに会うんだし、やっぱりおしゃれしていかないとね……うふふ」
夫との再会の時を思うと、ひとりでに笑みがこぼれてくる。ただいま、と笑顔で降りてくるであろう彼の姿が目に浮かんできて、今更ながらに心ときめく雪であった。
その雪が目を止めたのは、結婚してすぐの頃買った、スリムなデザインで体の線が綺麗に出るスカイブルーのスーツだった。
ふらりと入った店で、店員に勧められるまま試着したその服は、雪のためにしつらえたように、ピッタリと体にあった。いわば、スマートでスタイルのいい雪ならばこそ着れるデザインとも言える。
進とちょっとしたレストランなどに行く時などに何度か着ていったが、口下手な進にしては珍しく、よく似合うよ、と褒めてくれたのを覚えている。
「そう言えば、これ、しばらく着たことなかったわ。うふふ、進さんもお気に入りだったし、久しぶりに着てみようかしら?」
これを着たときの進の賞賛の眼差しを思いだしながら、雪はいそいそとクローゼットを出て、鏡台の前に立った。
部屋着を脱いで下着姿で、まずスカートを腰に通す。ピッタリした余裕のないデザインなので、はく時も少しきつい……のだが。
「あら? なんだか、今日は特にきついような気がするわ。久しぶりだから、生地が縮んでるのかしら?」
などと、生地のせいにしながら、スカートを腰まで上げホックを止めようとして、そこで雪は固まってしまった。
「えっ!?」
もう一度両手に力を込めてみた。しかしやはり同じだった。そう、ホックが……
「止まらない……」
雪の顔から、サーと血の気が引いていく。
「ふ、太ったの……!? うそっ!!」
雪は大慌てで、そのスカートを床に下ろすと、下着姿のまま洗面所にある体重計に走った。守は何事が起こったかと、遊ぶ手を止めて母親の後姿を呆然と見ていると……
洗面所から悲痛な声が響いた。
「やだぁ〜〜! さ、さん……キロも〜〜〜〜〜!!」
体重計に表示された数字は、何度見ても、前回計った時より3キロ重い。雪はもう一度体重計から降りて、乗ってみた。それでも同じ。やっぱり前測った時よりも3キロ増えていた。
前回、と言っても、体重をあまり気にしたことのない雪のことだから、体重計に乗るのも久しぶりだった。夫が不在であり、かつ、子育てと仕事の忙しさも手伝って、よく考えたら夫の出航後、ほとんど測った記憶がない。
「まあ、どうしましょう……」
と焦ってみても後の祭り。増えてしまったものは、今すぐ簡単に減らせるわけもない。
とぼとぼと洗面所から出てきた母に、守がハイハイしながら寄ってきた。
下着姿のまま守を抱き上げた雪は、恨めしそうな顔で息子を見つめたが、彼に母のその表情の意味がわかるわけもない。にっこりと微笑みながら、かわいらしい両手で母の首をぎゅっと抱きしめた。
「あなたはいいわね…… 増えれば増えただけ、みんなに喜んでもらえるんですもの……」
いくら増えてもいい、とは言わないが、まあ、赤ん坊の体重が増えるのは喜ばしいことにちがいなかった。
が、その母の体重となると、全く別問題である。重い足取りで、再びクローゼットに戻った雪は、一人でぶつぶつとつぶやき始めた。
「一体、いつから太ったのかしら? 守を産んだ後は、それほどダイエットしなくても、体重もウエストも、出産前まで戻ったのよね。守がおっぱいを飲んでくれたからだわ、きっと……
それからも時々チェックしてたし、やっぱり今年に入ってからかしら? そうよ!進さんがいないこの2ヶ月の間に太ったんだわ! でも今の今まで気がつかないなんて…… ああ、どうしよう……」
毎日着ている防衛軍の制服も、割合スリムなデザインではあるが、動きやすさを目指すために、素材自体に若干の伸縮性がある。だから少々のサイズの変化はわからなかったのだろう。
雪はもう一度、恨めしそうに着るつもりだったスカイブルーのスーツを見た。だが、そんなことをしてみても、もう始まらない。
雪はふうっとため息をつくと、ふと時計を見た。夫の帰還の時間が迫っている。
「あら、大変! もう行かなくちゃ!」
雪は仕方なく、支度を再開した。今度は体の線はあまり出ないふわりとした余裕のあるワンピースを選んだ。ウエストはゴムが入っており、妊娠初期の頃も着れた服だ。
「ふうっ…… まさかこれを着て行く羽目になるなんて……」
とりあえずは時間に遅れまいと、雪は支度を整えて、守を抱いて家を後にした。
エアポートに行く道筋、車を運転しながらも、雪の頭の中はさっきの出来事のことで一杯になる。
「ダイエットしなくちゃ…… でも、進さんに気付かれたらどうしよう…… 顔を見るなり、『太ったんじゃないのか?』なんて言われちゃったら…… ああ、どうしよう」
進が自分の外見だけに魅力を感じているわけではないとは思うけれど、それでも夫にとって美しい妻は、自慢の種には違いない。
それにまだまだ新婚気分の雪としては、夫からいつだって綺麗だと思ってほしい。
だからこの3キロ増は、彼女にとっては一大事なのだ。
せっかく2ヶ月ぶりに愛する夫に会うというのに、雪の心はすっかり沈んでしまった。できればこの体重増のことを夫には知られたくない。
「進さんの注目が守のほうにいってくれるといいんだけど……」
ちらりと隣の息子に目をやる。何も知らない守はチャイルドシートの中で大人しく外の景色を見ていた。
「はぁ〜〜〜〜〜」
雪は再び大きなため息をついた。
二人が乗った車がコスモエアポートに到着した時、既に進の艦は到着していた。
雪は、駐車場に車を止めて送迎ゲートに向かうと、ゲート近くには、同じ艦のクルーの家族たちが大勢待っていた。
その家族の中には雪の顔見知りも多く、艦長の妻であり長官秘書でもある雪に対して、皆笑顔で頭を下げてきた。雪もそのそれぞれに丁寧に挨拶し、柔らかな笑顔とともに短い言葉を返した。
通り過ぎた後ろで、賞賛に満ちた羨ましげなため息とともに、雪を見やる人々の視線も感じる。容姿やスタイルを褒める言葉も耳にちらちらと聞こえてきた。
いつもなら気恥ずかしいような嬉しいような気分になるのに、今日はどうもそんな気持ちになれそうもない。
逆に、褒めるどころか、小さな声でこっそり「古代艦長の奥様、ちょっと太ったんじゃなぁい?」なんて噂しあってるんじゃないか、などと被虐的なことまで考えてしまう。
(よぉしっ! 今日から、絶対にダイエットしなくちゃ!!)
雪が固い決意を心に誓っていると、進の艦のクルー達が次々とゲートから出てきた。
そしていつものごとく、艦長である進は、一番最後にゆっくりとゲートの奥から現れた。
(あっ、進さんだわ!!)
雪の顔がぱっと明るくなった。進の姿を見ると、さっきまでの浮かない気持ちもダイエットへの強い決意も、一瞬のうちにどこかへ飛んでいってしまって、嬉しさだけが雪の心に満たされた。
進は始めきょろきょろしていたが、すぐに雪と守を発見して嬉しそうに駆け寄ってきた。厳しい艦長の顔から、優しい夫でありパパの顔に変わる。
「雪! 守っ!! ただいま!」
「あなた、お帰りなさい!」
互いに駆け寄って見つめあう。2ヶ月ぶりの再会に胸踊る瞬間だ。互いに相手が元気そうなのを確かめると、今度は進の視線は守へと動いた。
「おっ、守! 大きくなったなぁ」
「もうハイハイも立っちもすごく上手なのよ」
「そうなのかぁ〜」
進は目を細め愛しそうに愛息子に手を伸ばしたが、守はひどくいぶかしげな顔をした。手も母の首にしがみついて、父の方に伸ばそうとはしない。
「どうした、守?」
困った顔の進を見て、雪はクスリと笑った。
「あら、やだ、守、パパの顔忘れたのね?」
「え?」
驚いて守をじっと見つめる進に、雪はしたり顔で話した。
「だってもう2ヶ月も会ってないんだもの……」
「しかし……電話では何回か会ってるだろう?」
進はすがるような顔で、視線を守から雪に向けた。
「実物とは違うのかもね、うふふ…… とりあえず、はいっ!」
実力行使とばかり、雪は守を夫の腕の中に放り込んだ。進は、ずっしりと重くなった息子をしっかりと抱きとめ、懸命にあやし始めた。
「あ、ああ…… 守、守? お父さんだよ! ほら、電話でこの前も話しただろう? お父さんのこと忘れたわけじゃないだろう? おい、守?」
心配げに息子を抱く進と、泣きはしないもののまだ怪訝な表情のまま見知らぬ人に抱かれているように緊張している守。その二人を交互に見ていると、雪はおかしくて仕方なかった。
「うふふ……」
「まったく! 笑ってる場合じゃないだろう!」
「ふふ、そのうち思い出すわよ、さ、行きましょう」
「あ、ああ……」
とりあえずは泣かないだけ良しとしようと、進は不安げな顔付きの守を抱いたまま、そして雪は進のトランクを持って、駐車場へと向かった。
雪が運転する車の中で、家に到着するまでの間中息子と格闘した進は、なんとか守の笑顔を勝ち取ることに成功した。
「あははは…… 笑ったぞ、こいつ! やっとお父さんを思い出したんだな!! よし、よし、いい子だ! 帰ったら一杯遊んでやるからなぁ〜〜!!」
心から嬉しそうな声と顔で、守を抱きしめる夫を見ながら、雪は暖かい気持ちになると同時に、守のおかげで、とりあえずは自分に関心を向けられなかったことに、ほっと一安心していた。
(とりあえず、今は進さん、守に夢中ね…… 私が太ったこと、全然気が付かないみたい。よかったぁ……)
が……一難去ってまた一難である。
家に帰ってくると、息子と遊ぶ進をリビングにおいて、雪はさっそく進の着替えを洗濯機に放り込み、夕食の支度を始めた。
久しぶりの進の帰宅に、雪は夫の好物をたくさんそろえようと、台所で腕を振るった。
そして、テーブルには豪華なご馳走が並んだ。まず守の離乳食を夫に渡して食事させてもらう。すると守は、ご機嫌で食べた後、すぐに眠くなってうとうとし始めた。
「守ったら、今日お昼寝し損ねたから眠いのね。いいわ、寝かしておいて。このまま朝まで寝てしまうかもしれないし……」
進は眠ってしまった守を抱き上げた。
「そっか、もう相手できないのは残念だな。……あ、でも、まあ、朝まで寝てくれるのはいいかもな?」
そう言いながら、進が雪にウインクを送った。
「え?」
意味深な夫の笑みにドキリ。やっぱりそれって……あの……こと、よね?
と夫の顔をもう一度見直すと、彼はさらにニンマリと笑った。
雪の頬がポッと染まる。嬉しい気持ちで一杯になるけれど、今日だけはちょっとばかり胸に重くのしかかるものがある。
「あ……あはっ……」
笑ってごまかしながら、頭の中に不安が走った。
(服脱いじゃったら、やっぱり太ったこと気付かれるわよね? ウエストの辺りのお肉の付き具合とか…… ああ、ど、どうしましょう……)
「ま、とりあえずは腹ごしらえからだな。守を寝かしてくるよ、それからたっぷり食べるぞ!」
息子を抱きながら、妻を襲うわけにもいかないし、まずは食欲の方をまず満足させねばならない。
「ええ、お願い……」
夫が話題を変えたことに安心して、雪はほっとして食事の支度の続きを始めた。ご飯をつぐ。夫の分はもちろん山盛り、そして自分の分は……ほんのちょっぴり。
雪がついだご飯をテーブルに置いていると、守の部屋から戻ってきた進は、不思議そうにお茶碗を見た。
「どうした? 雪はずいぶん食べないんだなぁ」
「あ、あたしね、今日はなんだかお腹すかないの、だから……」
雪は、ダイエットしたいの、とはいきなり言い出せなくて言葉を濁した。
「どうかしたのか? 具合でも悪いのか?」
心配そうに顔を覗き込む夫から、雪は視線を逸らした。ちょっとばつが悪い。雪は、なんて言ってごまかそうかと言葉を捜した。
「そ、そういうわけじゃないのよ、心配ないわ。あなたが帰ってきてくれて胸がいっぱいなのよ」
妻の言葉に気をよくして、進は笑った。
「はは、よく言うよ。ま、いいや、そう言わずに一緒に食おうぜ。せっかく久しぶりに俺が帰ってきたんだから、食い始めたら食欲も沸いてくるさ」
「え、ええ……そうね」
雪はひきつりながらも笑みを浮かべた。確かに夫が帰還した今日まで、食事も付き合わないなんて申し訳ない気もする。
「ほら、一杯飲めよ」
などと夫にビールを勧められては、断ることもでない。
(仕方ないわ、今日は少しだけ付き合いましょう……)
初日からのハードダイエットはあきらめた雪は、コップにたっぷり入ったビールをぐいっと一気に飲んだ。
「ふうっ!美味しいっ!」
「なぁんだ、いい飲みっぷりじゃないか! 胸は一杯でも腹は空いてるみたいだぞ。さ、食うぞ!」
結局、夫に勧められるがまま、雪はいつもと同じだけ、いや、いつも以上に食事を美味しく食べてしまった。
食後、満足そうに食後のコーヒーを口にする夫を見つめながら、雪は一人心の中でため息をついていた。
(はぁ〜〜、いきなりダイエット失敗だわ。こんなにお腹一杯食べちゃったりして…… でも進さんが久しぶりに家でご飯食べるのに、楽しく食べたかったし、今日は仕方ないわね。でも明日から、きっと……!)
雪は一人心の中で、強く決意するのだった。
しかし、さらに次なる難儀が……!?
食事を終えて、二人で団欒していた進が、時計を見ながら呟いた。
「守、起きないなぁ?」
「ええ、今夜はこのまま朝まで寝ちゃうかもね。最近、よく寝るのよ。私はとっても楽でいいけど……うふふ」
「いいさ、寝る子は育つって言うからな。けど、久しぶりに風呂入れてやりたかったのにな、あ〜〜あ」
さも残念そうな様子で、進は両腕を頭の後ろに持っていって、ソファの背もたれに大きくのけぞった。
「うふふ、また明日お願いしますわ」
「そうだな。ってことは……」
進は、今度はむっくりと起き上がって、目を輝かせながら雪を見た。
「え?」
ドキリ……やな予感が、雪の心をよぎる。夫の考えることくらい、妻たるもの容易に想像できる。次なる彼の言葉は……
「久しぶりに一緒に入るか?」
(やっぱりっ!! どうしようっ…… 一緒にお風呂になんか入ったら絶対ばれちゃう!)
想像通りの誘い文句に、雪はおたおたしてしまった。
「え? えっ、ええっと…… あ、私まだ片付けしなくちゃならないし、今日は、ほら、あなたも疲れてるでしょう? だから、あなたゆっくり入ってきて」
心の中は汗だく状態の雪の応答振りに、進は不満たらたらだ。
「なんでだよ、なぁ、たまにはいいだろ? 最近は守を風呂に入れるから、雪と一緒に入ることほとんどないじゃないか」
しかしここは心を鬼にして、雪はきっぱりと断った。
「いいから、今日は一人で入ってちょうだい。ほら、お楽しみは後で……ねっ!」
「ふふん…… まあ、いいけど…… 仕方ない、今日は一人ではいるとするか」
必殺極上の笑顔を動員して、雪はなんとか、渋々ながらも進を一人風呂場に送ることに成功した。
「着替え後で持っていくから」
「OK!」
「その代わり! 後で覚悟しとけよ!」
数歩歩き出してから立ち止まり、進は振り返って軽く睨みながら、そう告げた。
「え、ええ……」
笑顔がひきつるとはまさにこんな笑顔のことを言うのだろうと思いながら、雪は進に頷いた。
(はぁ〜〜〜 疲れた…… 後は、夜ね。今夜は明かりを消してもらって暗いところで何とか切り抜けなくちゃ…… でもこれから1週間、もつのかしら……)
嬉しいはずの進との交歓の時が、今日に限ってはちょっぴり憂鬱な雪奥様であった。
そして……夜。雪にとって最大の難関!?が待っている。もちろん、2ヶ月ぶりに帰還した夫は、やる気満々である!
さっきの風呂でお預けを食っているから、さらに気分が盛り上がっているはずだ。
案の定、進は雪が風呂から上がったのを確認すると、さっさとベッドルームに入って部屋から妻を呼んだ。
「雪! 早く来いよ! 守はぐっすりなんだろう?」
「ちょっと待って……今、行くから」
風呂から上がった雪は、眠っている守の様子を見るために、ドア一つ隔てた隣の子供部屋のベッドサイドにいた。
幸か不幸か、今日の守は見事にぐっすりと眠っている。横で雪が大声を出しても起きそうにない。たぶん、久しぶりに父と遊んで疲れたのだろう。
雪としても、早く愛しの夫の下に飛んでいって思いっきり抱きしめてもらいたいのは山々なのだが、同時に、お腹の辺りが微妙に気になるのだ。
そっと、手でお腹の肉を引っ張ってみる。
(さっきお風呂場でたっぷりマッサージしてみたけど…… やっぱり、少しつかめちゃうかも〜
ああ、私ったらどうして今まで気がつかなかったのかしら? もう少し早く気付いていれば、進さんが帰ってくる前になんとかできたのに……
裸になったら、きっと気付かれちゃう。彼に、太ったのか?っていやぁ〜な顔されちゃったらどうしよう……
守が生まれた後だって、ちゃんと管理してすぐに体重もスタイルも戻したっていうのに……)
すると、また声が聞こえた。
「雪〜〜〜! 何してんだよ!」
「はぁい! 今行くわ!」
(ああ、もう待たせられないわ。仕方がないわ、やっぱり部屋を暗くして何とかごますしかないわ)
雪は、意を決して進の待つベッドルームに入っていった。
「お待たせ……」
雪は、上半身裸でベッドに横たわっている夫の隣に、そっと腰掛けた。
「遅いぞ、守はもう寝たんだろう? 早くこっち来いよ」
もう待ちきれないとばかりに進が手を伸ばすと、雪がそっとその手を押さえた。
「なんだか私……ちょっと恥ずかしいわ。久しぶりだからかしら」
初々しい恥じらいを見せながら、夫を上目遣いで見つめてみたが、既にやる気満々の夫には通じなかった。
「え? 何を今更、いいから早く来いって」
「あ、でも…… 恥ずかしいの。だから今日は明かりを暗くして……」
「だ〜めだ!」
断固とした口調で睨む夫に、雪は最後の抵抗を試みたが……
「でも……あっ……」
とうとう進は実力行使にでた。微妙に抵抗する雪の手を強く引き込んで自分の体の下に組み敷くと、小さな驚きの声を上げる妻の唇を激しく奪った。
なにせ2ヶ月ぶりの味である。進はすぐにその行為に夢中になった。
それと同時に、進の手はさっそく妻の胸の周辺をまさぐり始める。きめ細やかで柔らかな肌が、進の手に吸い付くようになじんでくる。この感触がなんとも言えずに気持ちいい。
「雪……雪……」
「あ…… はぁ……ん〜」
手馴れた夫の手の巧みな愛撫に、雪は思わず声を漏らしてしまった。
雪とて同じく2ヶ月ぶりの夫の愛をたっぷりと味わいたいというのが本音だ。明かりを暗くすることを拒まれたことも忘れて、その迫りくる快感に浸リ始めた。
しかし……その手が、腹部へと下りていくに従って、再び雪の心に不安がもたげ始めた。
「あ、だめ…… いや……」
のびた夫の手を、雪の手がそっと押さえる。
「なにが?」
きょとんとして尋ねる夫に対して、雪はお腹を触れられたくないとは言い出せない。
「ちょっとくすぐったかったの、それに恥ずかしいわ。だから明かりを消して……」
うまくごまかそうと、もう一度頼んでみたが、進はうんとは言わなかった。
「だめだよ、せっかく久しぶりなんだから、たっぷり見せてくれよ。ああっ、もう限界だ。これ以上じらすなよ、雪!」
進はそう言い放つと、雪の着ていた寝巻きを一気に取り去ってしまった。
雪は、夫の半ば強引な手の動きに、軽く抵抗を示しながらも、結局はその巧みな動きのままになってしまう。
そして、あっという間に雪は生まれたままの姿にされ、覆いかぶさった夫からじっと見下ろされていた。
「きれいだ……」
進は一言そう呟くと、今度は唇を妻の胸のいただきに寄せ、手は再び腹部へと伸びていった。そしてへその周りで、なんども円を描くようになぞると、お腹の皮をつかむように、手をぎゅっと握り締めた。
「い、いやぁ〜〜!!!」
雪は思わず叫んで、夫を力いっぱい突き飛ばしてしまった。もちろん、びっくりしたのは進のほうだ。
「ど、どうしたんだよ!? 俺、今、そんなに痛くしたか? それとも、まさか俺に触れられるのが嫌だなんて言うんじゃないだろうなぁ?」
「ち、ちがうの…… ごめんなさい」
「何が違うんだよ? いったいどうしたってんだよ!」
これからというところで制止された進は、ひどく険しい顔になっている。半分怒っているようにも見えた。
「だって……だって……」
雪は、どうしようと思いながら夫の顔を見る。が、夫は恐い顔で睨んだまま。
とうとう雪は観念して、正直に話すことにした。
「私、太っちゃったの! だからお腹を触られるのが嫌だったのよ!」
「へ?」
進は、毒気を抜かれたように、あっという間にほうけた顔になった。雪のほうは、情けなくて涙が出てきそうだった。顔を上げることすらできない。
「何度も言わせないでよ。私、太っちゃったのよ、だから……」
「それがどうしたってんだよ?」
進の声は、あきれたようなそれでいて優しい声だ。雪は恐る恐る顔を上げた。
「だって……」
「ばかだなぁ〜 太ってないよ、全然」
夫の優しい瞳が、雪を包んだ。だが、そんな慰めの言葉も今夜の雪の耳には悲しく響く。
「そんなことないわ、現に今日来て行くつもりだったスーツが着れなかったし、お腹だってちょっとぷよぷよしてて……」
「お腹? どれどれ?」
進の手が、雪の腹部に、にゅっと伸びた。
「だから、いやだって、あ、だめっ!」
慌ててその手を押さえようとしたが、時既に遅し、進の手は雪のお腹をむぎゅっとつかんだ。
「ふん…… はは、そういえばちょっとぷよぷよしてるかも」
今度は進はニヤニヤし始める始末。雪はとうとう口を尖らせて夫に抗議した。
「あ〜〜ん、だから嫌だって言ったじゃないの! それにさっきだってダイエットしようと思ってたのに、あなたったらたくさん飲ませて食べさせるし……」
「ああ、それでさっきお腹すかないって言ってたのか…… あっ、もしかして風呂も?」
口を尖らせたままこくんと頷く雪。そんな妻を見ながら、進はふっと笑った。
「まったく…… あのなぁ〜、雪。少々太ろうが何しようが、雪は雪じゃないか。俺は全然気にしないぞ」
「でも私は気にするわ」
「いいから、とにかく俺は全然平気!」
平然とそう言いのける夫の言葉は嬉しかったが、女にとってはやはり一大事。
「それじゃあ、私がぶくぶくに太っちゃってもいいの?」
「健康に問題さえなければ、別にいいよ。太かろうが細かろうが、雪は雪だし……」
「でも……」
さらに主張しようとする雪の唇を、進は人差し指で制した。
「ってことで、この件はおしまい! 俺はもう限界なんだよう!!」
そして再び、勢いよく妻を押し倒すと、後は気持ちの赴くまま、体の欲するがまま、愛する妻を存分に愛することに専念し始めた。
「あっ、あ……あん…… はぁ〜〜〜〜」
奥様ももう思考ストップ! 愛する夫の熱くて激しい行為に、あっという間にめくるめく快感の渦の中に飲み込まれていくのであった。
そして……第1ラウンド終了!
最初はちょっとハプニングもあったが、さすが2ヶ月ぶりの行為だけに、今夜の二人は俄然盛り上がった。
「はぁ〜最高! 気持ちよかったよ、雪」
「私もよ……あなた、んふ……」
雪はうっとりとしながら、夫の逞しい胸に体を摺り寄せた。その妻の髪の毛を優しくなぞりながら、進は口を開いた。
「なあ、雪。さっきの話だけど、変にダイエットなんてするのはやめろよ」
「別に変なダイエットだなんて……」
「俺は君が少々太ったって全然気にしないんだからな」
夫の気持ちは嬉しい。外見なんて関係ない。雪が雪ならそれでいい、と言うのだから、妻としては嬉しい限りだ。それでも女心はそう簡単に頷くわけにはいかないと訴えている。
「でも……私は……」
どうしてもうんと言わない妻に、進はとうとう痺れを切らした。
「とにかく! 俺の前ではやめてくれ。君が食事を我慢してるのを見ながら飯食うのは嫌だからな。やるんなら、俺が宇宙に行ってから好きなだけやっていいから。もちろん、無茶はしちゃだめだぞ」
「え、ええ…… わかったわ。そうね、あなたと一緒に過ごす間は、楽しくお食事したいものね」
雪もやっとその言葉に同意することにした。
「ああ、まぁ、ランニングとか運動したいのなら俺も付き合うからさ。けど、そんなに太ったようには見えないけどなぁ」
進が再び雪の腹をつかもうとするのを、雪は慌てて仰け反って逃れた。
「きゃぁっ! もうっ!!」
抗議する妻に睨まれながら、進は大笑いだ。
「はっはっは…… さぁて、もう一回戦、お手合わせ願おうかなぁ」
「あんっ!……」
第2ラウンドのゴングが鳴る。後は二人にお任せ…… 素敵な夜をお過ごしくださいませ。
そして……あっという間に進の休暇は終わってしまった。
ダイエット禁止命令を受けた雪は、結局、進の休暇1週間の間中、いつもの彼の休暇以上に、よく食べよく飲むことになってしまった。
進が2ヶ月ぶりに帰還したということもあって、付き合う相手には事欠かないのだ。
まず、帰ってきた翌日は、雪の両親のいる森家を家族3人で訪れた。するともちろん、美里おばあちゃんの心づくしの料理が並ぶ。これがまた美味しい。その料理に舌鼓を打った。
その次の日は、島家を訪問、他に帰還していた仲間たちも集まって、大騒ぎの宴会になり、また次の日は、昨日会えなかった他の仲間が、今度は古代家にやってきた。
そんな日々が、きっかり6日間続き、雪は毎日ご馳走を食べる羽目になったのだ。
もちろんそれと同時に、毎晩夜になると古代家の旦那様はさらに元気、ハッスルしちゃったりもする。
昼間は息子の守君と遊んだり、お風呂に入れてやったり、今しかできないとばかり、仕事のあるママに代わって、ちゃぁんと子育ても頑張るパパだ。
で……慣れない子育てに疲れるかと思いきや、この旦那様、意外と子供相手が得意らしく、ちゃあんと夜にエネルギーを、それもたっぷり残しているのだ。
だから奥様も、結構大変……、いえいえ、結構嬉しかったりもして……
「さぁて、今夜も頑張るぞ!」
「何をかしら?」
「問答無用!」
「あんっ♪」
ちなみに、夜も元気だが、朝になってもまだまだ元気らしい。
「もう守起きたかしら?」
「まだ声しないぞ。寝てるって……大丈夫だ」
「でも、見てくるわ……そろそろ」
「大丈夫だって、それより起きるにはまだ早い時間だぞ。なぁ……」
「あんっ♪」
そんなこんなで1週間。飲んで食べて騒いで飲んで、そして夫婦は仲良しこよし。雪奥様は、ダイエットのダの字も忘れて、それはそれは楽しい時を過ごしてしまいましたとさ。
そして今日、再び進は宇宙へと飛び立つことになった。家で出発の支度をする旦那様の隣では、奥様が着替えの手伝いをしながら、しんみりし始めた。
「もう行っちゃうのね……」
ちょっぴり潤んだ瞳で夫を見上げる妻は、いつも増してかわいい。進は優しい笑顔で妻を慰めた。
「何言ってるんだよ、いつものことだろう? それに今度はきっかり2週間で帰ってくるからな」
その言葉に雪の顔にも笑顔が戻る。
「ええ、そうね。2週間なんてあっという間よね。1週間がこんなに短かったんですもの。2週間だって……」
「ああ、また守がどれだけ大きくなってるか楽しみにしているよ」
「ええ…… ふふ、それから今度までにちゃんとダイエットして元の体重に戻しておくからね! ほんとこの1週間は食べ過ぎちゃったわ、ずっと恐くて体重計に乗れなかったもの」
「はっはっは…… ダイエットするものいいけど、やっぱり健康的なのが一番だぞ。無理はするな」
「わかってるわ」
微笑みあう二人は、互いを愛しそうに見つめた。お互いに吸い寄せられるように軽く唇を合わる。温かな唇の感触が二人の官能をくすぐった。
「さすがにもう、時間ないな?」
「ばか……」
それから、進は雪の着替えのかかっているスペースに目をやった。
「ところで君が着れなかったスーツってどれなんだい?」
「え? ああ、このスカイブルーのスーツよ」
雪はクローゼットにかかっているスーツを手に取って、体にあわせてみた。進もそれを着た雪を思い出したらしい。
「ああ、すごいスリムなやつだな。君、似合ってたもんな」
「そう、でもね…… ほらこれ、スカートを履こうとしたらきつくて……」
スカートを取り出して体に合わせてみる雪を見ながら、進は首をかしげた。
「ふうん、そんなふうには見えないけどなぁ」
「それがだめなのよ。見てて……」
雪は着て見せようと、着ていたスカートを脱いでスーツのスカートに足を通した。すると……
「あら!?」
なんと、この前はけなかったスカートがすっと雪の腰を通り、ホックも普通にかけられてしまったのだ。
「なぁんだ、ちゃんと履けるじゃないか」
「え〜〜 でも本当にこの前は履けなかったのよ、ちょっと待ってて……」
進が首をかしげている間に、雪はスカートを履いたまま洗面所に走っていった。程なく声が聞こえてきた。
「あれぇ〜〜〜 減ってる!!」
「どうした?」
「体重がね、元に戻ってるの」
洗面所に駆けつけた進の顔を、雪はさも不思議そうに見た。進もよくわけがわからないが、とりあえず吉報であることには変わりはない。
「よかったじゃないか。それとも、この間見間違えたんじゃないのか?」
「ううん、そんなことないわ、だって、何度も何度もこのスカート履こうとしたけど入らなかったし、体重も何度も測ってみたんだからぁ」
「ふうん、じゃあ、この1週間で元に戻ったんだな」
「まさか、そんなはずないわよ、あれだけ食べて飲んだのよ。3キロも太ってたのが戻るはずないわ。どうして!?どうしてなの???」
さっぱりわけがわからないとばかり腕を組む雪を、しばらく見ていた進だったが、突然ニヤニヤと笑い始めた。
何やら思い当たることがあるらしい。
「ははぁ〜〜ん、なぁ雪」
進の顔がやけにニヤついている。雪のほうは全く見当が付かない。
「なあに?」
「今度もし太ったらさ、休みとって宇宙でもどこでも俺んとこまで飛んで来いよ」
「え??」
頭の上にクエスチョンマークがたくさん飛んでいる雪に、進はさらにニヤニヤしながら、こう言い放ったのだ。
「ま、1週間で3キロだとすると、1キロ分なら2晩でOKだな。俺、頑張るからさっ!」
「え? それってどういう?」
と尋ねる雪奥様の耳元で、進はそっと一言呟いた。
「えっ?えっ?えぇ〜〜〜〜〜!?」
それはそれは真っ赤になる雪奥様を、進はとっても得意げな顔で抱きしめた。
雪奥様の究極のダイエット法、どんなに食べても飲んでもすっきりやせられる!題して『旦那様ダイエット法』!!
太り気味が気になるあなたも、試してみてはい・か・が?(*^^*)
ただし、体力に自信のある旦那様がいらっしゃる方のみ挑戦してくださいませ!
結果がどうなろうとも、当方は一切の責任を負いませんので! あしからず!!
おっしまいっ!
(背景・ライン:いちごのキッチン)