進&雪,義一&晶子のよにんででえと♪

 (1)発端

 アクエリアスでヤマトが永遠の眠りについてから約一ヶ月が過ぎ、進も雪も徐々に普通の暮らしを取り戻しつつあった。冬月での地球への帰還以来、諸処の業務の関係で地上勤務を続けている進も、雪と一緒に自宅に帰り、夕食を済ませてくつろいでいた。

 「トゥルルル……」 TV電話の受信機の呼び出し音がなった。

 「はい」 雪が出た。まず最初は音声のみで受信するのが常だった。

 『あ、雪さんですか? 相原です』

 「あら、こんばんは。お元気?」

 『はい、あの、古代さんもいますか?』

 「ええ、古代君に用なの?」

 『いえ、お二人に……』

 「わかったわ、今、画像の受像機もオンにするから…… 古代君! 相原さんからよ」

 そう言って雪がスイッチを押すと、画面に相原の姿が映った。相原の方には、雪と、今雪の後ろからやってきた進が見えているはずだった。

 「どうした? 相原?」

 『あ、古代さん、こんばんは…… さっそくですけど、今週末ってお二人空いてますか?』

 「今週末? 土日が連休だろ。横浜に行くつもりしてたんじゃなかったか?雪」

 「ええ」 そういいながら、雪が少し頬を染めた。

 『? 横浜? ……ああ、雪さんのご両親のところですか? じゃあ、そろそろ本決まりなんですね?』

 「ん? まあな…… いつまでもこのままにしておくわけにもいけないしな」

 進も照れたように笑った。

 『ああ、そりゃあよかった! おめでとうございます!! 横浜は横浜でも、やっぱ、無理かなぁ……』

 「どうしたんだ? 相原」

 『いえ…… あの、僕、今度の土曜日に晶子さんとデートするんですけど…… 一緒にどうかなって思ったもんですから……』

 「一緒にって、俺達がお前達のデート邪魔してどうするんだよ」

 『今度、横浜に新しいテーマパークができたでしょ? あそこに晶子さんが行きたいって言う話になったんですけど、大勢の方が楽しいかなって思って、古代さん達も誘いたいな、って話になったんですよ。でも、だめですね。そんな大事な事があるんじゃ……』

 「テーマパークって言ったら遊園地じゃないのかぁ!」

 進は呆れたような顔をしたが、雪はうれしそうに答えた。

 「あぁ。知ってるわ。海辺の遊園地でしょう? 世界一大きな大観覧車ができたんですってね。行ってみたいわ♪ 私もたまには外でデートもしたいわ。この1ヶ月全然そんな時間取れなかったし…… 次の日も休みなんだから、両親のところへはその日の夜にでもつけばいいし、行きましょう!」

 「雪がいいっていうなら、俺はいいけど……」

 『ほ、ほんとですかぁ!! じゃあ、決まりですね。あ、お昼は晶子さんが、お弁当作ってくれるって言ってましたから…… あと、僕らの車に乗って行かれますか? 帰りは雪さんの実家に泊まられるんなら、別になるからエアトレインか何かにで帰ってこなくちゃなりませんけど……』

 「いいよ、それでも」

 『じゃあ、土曜日、9時にそちらへ迎えに行きますね!』

 相原は、ニコニコして電話を切った。


 「遊園地かぁ…… さすが、ほやほやカップルはかわいいもんだな」

 「あら、私は今でも進さんと一緒に行ってみたいわ。最近は、全然連れてってくれないんだもの……」

 雪は、進に向かってすねて見せた。

 「前行ったことあるじゃないか……」

 そういいながら、進はいつ行っただろうと考えていたが、ずいぶん前のような気がした。

 「前っていつのことよ! もう、何年も前のことのような気がするけど……」

 「そうだったっけ…… どっちにしたって、ここ1年くらいはそんな暇なかったからな」

 「そうね、でもこれからは時間も取れるわよね!」

 「うーん、でも、雪と二人っきりでこうして家にいるほうが、俺はいいんだけどなぁ……」

 そう言いながら、進は雪を抱きすくめると、首筋にキスをした。進の手が雪の体の上を動く。

 「だーめ! ちゃんといろんなサービスしてくれないと雪ちゃんはあげませんよっ!」

 笑いながら雪は進の手を軽く払った。

 「ちょっと、おい! 雪!!」

 「どっちにしても、今日は私、仕事持って帰ってきちゃってるの…… ごめんね、先にお風呂入って寝ててね! 土曜日は、楽しみねっ。お・や・す・み!」

 そういうと、雪は進の頬に軽くキスをすると、足元も軽やかに書斎の方に入っていった。書斎には雪と進それぞれの机がおいてある。二人とも多忙な時には仕事を持って帰るので、仕事場のようになっていた。
 進が書斎を覗くと、雪は既に数枚の書類を広げて何か書物をしていた。

 (こりゃぁ、マジで相手にしてもらえそうもないな……)

 進は、今日のところはあきらめることにした。

 (遊園地か…… 雪は好きだからなあ、ああいうところ。けど……雪と行っても男としては楽しみがないんだよな。)

 進は、以前行った時のことを思い出して苦笑いした。

 (2)出発

 土曜日の朝、9時にはふたりはすっかり準備万端だった。

 「はりきってるなあ、雪は……」

 「だって、久しぶりだもん。遊びに行くのなんて……」

 「そうだな…… それより俺は明日の事の方が心配だけどな」

 「ふふ…… それは大丈夫! パパもママも待ってました!だ・か・ら!」

 そんな会話をしていると玄関のベルが鳴って、相原が声をかけた。

 「こんにちは! 古代さん」

 「おう! 今行くよ」

 3人は、連れ立ってエレベーターに乗った。

 「なあ、相原、お前達ってどこまでいってるんだ?」

 進がニヤッと笑って相原に聞いた。

 「どこまで?って、今まで行った事あるのは、この近くばっかりで遠くに……」

 「ばぁか!」 進は相原の頭をゴチンとこづいた。雪は横でくすくす笑っている。

 「えっ? なんですかぁ! いきなりぃ!」

 「そういうことじゃなくてさ、キスくらいはしたのか?」

 「!…… あの、あのですねぇ…… 僕達は古代さん達とは違いますから、清く正しく……」

 「どういう意味だ!? 俺達と違って清く正しくって……」

 進がにらむと、相原は苦笑いして答えた。

 「あ、いえいえ…… ははは……」

 「ということは、まだ何もしてないってことだな、はっきり言って……」

 「古代さん!!」 相原があわてている。

 「いつもお前達には世話になったからなぁ…… なあ、雪。今日は、俺がばっちり世話してやるからな!!」

 進がちょっと意地悪そうな視線を相原に向けた。

 「いっ!! な、何をしようって言うんですか! やめてくださいよぉ! 雪さ〜ん!」

 「うふふふ…… 知らないわ。頑張ってね、相原クーン!」

 相原が冷や汗をかきかき焦っているうちに、階下についた。車に行くとそこには、相原の恋人、藤堂晶子が待っていた。


 「おはようございます」

 挨拶する晶子は、薄黄色のワンピースを着て、いかにもお嬢さんといった雰囲気だった。進も雪もそのさわやかな愛らしさに思わず笑みがこぼれた。相原は、そんな晶子の姿を誇らしげに見ていた。

 「おはよう!」 「おはよう、晶子さん、今日はよろしくね!」

 「はい…… こちらこそ、お忙しいのにお誘いしてすみません」

 「ううん、とっても楽しみにしてたのよ。さ、行きましょう」

 車が発進した。運転手は相原。助手席に晶子、後部座席に進と雪がすわった。車が動き出すと、晶子はごそごそと自分の持っているバッグを探って、飴玉を数個取り出すと、後ろの二人に渡し、その後相原にも渡そうとした。

 「相原さん食べる?」

 「うん、でも運転中だから……」

 「じゃあ、私がむくわね。…… はい」

 そう言って差し出す飴玉を、相原は顔だけ晶子の方に向いた。晶子はポンと相原の口にそれを入れた。

 「ん、美味しいよ!」

 その言葉にニッコリする晶子。それを見ていた後部座席の二人は思わず顔を見合わせる。進は呆れた、といった顔をすると言った。

 「おい、雪。俺達寝てた方がいいんじゃないか?」

 「ふふふ…… そうみたいねっ」

 「相原、俺達寝るから…… 着いたら教えてくれ。前で何やってても気にしないからなっ!」

 進は、笑いながら前の二人に言うと、雪の肩に頭を乗せて目を閉じた。雪はいとおしげに進の姿を見る。

 「なっ…… 古代さん……」  「あら……」

 相原と晶子が赤くなってもじもじする。雪はそんな二人を見ながらまだくすくすと笑っている。

 「いいわね、二人とも幸せそうで……」

 「お互いさまですって、雪さん! 僕達も後ろで何してても気にしませんからっ」

 進がもたれかかっている雪に向かって、相原が負けじと言い返した。幸せなカップルが二組、恋人らしくなってきたばかりの二人と、新婚夫婦のような二人、どっちもどっちのラブラブ具合だ。

 (3)到着

 車はあっという間に、横浜のベイサイドパークに着いた。車を駐車場に止め、エントランスに向かうと開場間近だった。新しい遊園地ということもあって、入り口には入場者が列を作っていた。4人もその列に並んで入場を待った。

 「楽しみね、晶子さん」 雪がうれしそうに晶子に声をかけた。

 「はい! 遊園地なんてほんとに久しぶりです。子供の時に家族で来て以来ですわ」

 晶子もニッコリわらって答えた。

 「そういえば、相原、今日は晶子さんを家まで迎えに行ってきたのか?」

 「はい、行きましたよ」

 「ふうん、家族の人にも会ったのか?」

 「えっ? ま、まあ……」

 「ふふふ…… 今日、お休みだからパパもママもおじいさまもいらしたものだから…… 相原さん、ご挨拶に大変だったわよね」

 「ほぉ…… ご挨拶!したんだぁ、相原」 進が意地悪そうに聞く。

 「そ、そりゃあしますよ」 相原は顔を紅潮させて答えた。

 「なんて言ってご挨拶したんだ? 相原!」

 「そんなことつっこまないでくださいよぉ! 別におはようございますって挨拶しただけですよ」

 「相原さんの事はおじいさまのお墨付きだから、パパとママの受けもいいんですよ」

 晶子が相原のために言い添える。

 「い、いやあ…… そんなことは…… けど、やっぱり緊張しますよね。古代さん!」

 晶子のほめ言葉に相原は照れ笑いしながら進に言った。

 「いいよな、お前は、長官が味方だもんなぁ、俺なんか最初は雪のお母さんにけんもほろろだったんだぞ」

 「ああ、そういえば、そんな話してましたね。イスカンダルから帰ってきてすぐに」

 「今じゃ、ママはわたしよりも古代君の方がかわいいんだものね、古代クン!」

 「そ、そんなことないよ」

 「古代さんって、ほんと、どうもほっとけないタイプですよね。かかわったら最後……」

 相原がしみじみというその言葉に、雪がププッと吹き出し笑いをした。

 「うるさい!!」

 赤くなって怒鳴る進を見て、雪はさらに声を出して笑った。晶子も相原からそんな話を聞いているのかクスクスと笑っている。

 そこで、大きなファンファーレのようなものがなった。開場時間になったようだ。4人は連れだって中へ入っていった。


 エントランスを入るとアーケード街のようなみやげ物売り場や案内所がありそれを越えるとさまざまなアトラクションや乗り物があるようだった。

 雪はさっそく、進の腕をとって進にしなだれかかるようにして歩く。進も特にそれに何も言わない。一方、相原と晶子の方はというと、触れそうで触れない間隔で並んで歩いている。後ろから見ている進と雪は思わずふたりの手と手をひっぱってやりたくなった。

 「かわいいもんだな、初心者カップルは……」 進が笑って見ている。

 「思い出すわ…… 地球に帰ってすぐの、あの地下街で…… 初めて手を握ってくれた時」

 雪が懐かしむように言う。

 「あの時も雪の方が積極的だったよなぁ…… たしか、腕をくんできたのは雪だったぞ」

 「あら、そうだったかしら…… でも、手を握ってきたのは古代君よ!」

 雪は進の顔を見るとニッコリと笑って言った。

 「うん…… 手を握っただけでドキドキしたのを覚えてるなぁ」

 「今は? もう、ドキドキしない?」

 「ん? そうだな。でもやっぱりうれしいな、今でも」

 そんな会話を楽しみながら、前方の二人を見ると、まだ並んだままだが、なにやら楽しそうに話をしているようだった。そのうち、晶子の手がそっと相原の手に触れた。相原は触れられた瞬間ビクッと手を引きそうになったが、すぐに手を伸ばして晶子の手を取った。

 「よし!いいぞ、相原」 進が小声で雪にささやく。雪もくくっと笑った。

 その声が前の二人に聞こえたようで、相原と晶子が振り返った。

 「な、何かいいました? 古代さん?」

 「いや、別に…… な、雪」 進はとぼけた。

 「ええ」 雪はニッコリと笑って、進と組んだ手をさらに曲げて進に寄り添った。

 前の二人は、自分達よりも密着している進たちに安心して、うれしそうな顔でお互いを見つめあっていた。

 (4)絶叫マシーン?

 いろいろな乗り物があるゾーンにやってきた。

 「何か乗りましょうか?」 相原が3人に尋ねた。

 「ジェットコースター♪」 雪がさっそく答える。

 「好きなんですか? 雪さん?」 尋ねる相原に、進が代わりに答える。

 「好きなんてもんじゃないぞ。雪は…… 1日中乗っててもいいらしい」

 「へええ…… 晶子さんは?」

 「私…… そんなに得意じゃないけど、相原さんと一緒なら、乗ってみたいわ」

 「あははは…… いいですよ。じゃ、行きましょう!」

 さっそく、ジェットコースターらしき乗り物を見つける。座って乗る普通タイプのジェットコースターらしかった。コースを見ると、高低や急カーブはあるが、宙返りなどはないようで、相原はあまり得意ではないと言った晶子にちょうどいいな、と思った。

 ジェットコースターの大好きな雪は、コースターの最前列にさっさと乗る。仕方なしに進もその隣に座る。その後ろに相原達二人。ジェットコースターが動き出した。雪はうれしくてわくわくしている。進は苦笑中。相原も特に変わりはないようだ。晶子はというと…… 両手で前に下りたセーフティーガードを手が白くなるほど握っている。

 「晶子さん、大丈夫ですか?」 相原が心配になって聞いた。

 「え、ええ…… ほんとにしばらくこんな乗り物乗ってないものですから……」

 晶子はこわばった笑顔を相原に向けた。ジェットコースターが最初の山をゆっくり登り終えて、スピードを上げて下り始めた。

 「わぁ!!!」 雪は、うれしそうに風を切りながら声をあげる。

 「きゃぁ……・」 晶子は反対に小さな悲鳴を上げるとうつむいてしまった。

 「気持ちいい!! ねぇ、古代君!」

 雪はそのスピードなど全く意に介せずに進に話しかける。

 「ほんっとに、雪は好きだよなぁ……」

 進にとってもこれくらいのスピードは特に問題でもないが、といってうきうきして喜ぶほどでもない。ニコニコしている雪に呆れている。チラッと後ろを見ると、晶子はうつむいたまま、相原にもたれかかってキャーキャー言っている。

 (ああいうのが、ほんとだよなぁ…… こういうジェットコースターに乗って男の楽しみって言えば、恐がってこう抱きついてくれるとかさ…… なのに、雪ときたら、はぁ……)

 もう一度雪の方を見て進はため息をついた。と、同じに急にコースターが旋回して進の体が雪の方へ大きく倒れ掛かった。

 「うわわわ!!」

 その姿を後ろから見ていた相原は思った。

 (古代さんってば、雪さんが恐がってくれないもんだから、自分から抱きついてる……)

 ジェットコースターは無事にコースを一周して、戻ってきた。

 「ああ、おもしろかったわ! ね、古代君」 笑顔の雪。

 「まあな…… けど雪、女なんだから、ちょっとはキャーとか言って抱きついてきてもらった方がうれしいんだけどなぁ…… ほら、晶子さんみたいに、なぁ、相原!」

 進は雪をチラッと見ていうと、相原の方に向き直った。

 「な…… なんのことでしょうか…… 晶子さんは大丈夫ですか?」

 相原はそっぽを向いてとぼけてから、晶子に心配そうに声をかけた。

 「ええ、ちょっと恐かったけど…… でも、降りたらなんでもないわ」

 少し青ざめつつもさっき相原にすがった事を思い出しているのか、恥ずかしそうな笑顔を見せる晶子。四者四様の表情を見せていた。


 そのあとは、スペーストラベラーという、立体映像を見ながら、座っている台座自体が揺れる仕組みになった屋内型の乗り物らしい。進や雪にとっては、実戦に比べれば子供だましのようなものだが、けっこうリアルに体験できるので、それなりにおもしろかった。

 晶子の方は、やっぱりまた、キャーキャーと言っては相原にすがりついている。相原の方も、あまり戦闘機なれしてないせいか、顔はこわばっているが、晶子の手前、悲鳴を上げるわけにもいかず、晶子をしっかりと抱きしめて歯を食いしばっていた。

 「画面と揺れる装置だけで結構疑似体験できるもんだな。おもしろかったよ」

 「そうね…… ほんとにぶつかりそうな感じで…… 思わず制動かけそうになったわ」

 笑顔で余裕の発言の進と雪に比べて、相原達は脱力気味。

 「古代さんも雪さんもさすがですねぇ…… 僕はあんまり戦闘機なんて乗る機会がないから、いやぁ結構きつかったっすよ。晶子さんも恐かったでしょう?」

 「ええ…… とってもリアルで、ドキドキしちゃいました。古代さんも雪さんも本物の戦闘機の操縦されてるんですか?」

 「そうそう、古代さんは戦闘班長だったから当然だけど、雪さんもなんでも操縦するんですよねぇ。古代さんのコスモゼロを操縦した事あるのって雪さんくらいじゃないですかぁ?」

 「そう言えばそうだな。雪よく操縦できたなぁ」

 進は今ごろになってそんなとぼけた事を言った。

 「今ごろ何言ってるのよ。あの時は命がけだったんだから!」

 二人の会話を晶子は憧れのまなざしで見ていた。

 「すごいですね、雪さんって古代さんといつもご一緒なんですね」

 「そうそう、この二人はいっつもそうなんだよ、晶子さん。俺達なんかずっとあてられっぱなしでさぁ」

 「相原さん!」 雪は相原の言葉に赤くなってしまった。

 「でも、今日は僕にも晶子さんがいるから、負けませんよ。ね、晶子さん!」

 「相原さんったら……」

 晶子も頬を染めて相原をやさしく見つめ返した。二人の世界ができあがっている。

 「勝手にやってろって感じだな」 進は二人を見ながら雪に言った。

 「いいじゃないの、私たちだって他の人から見ればそうなのかもよ」 雪は微笑んで答えた。

 (5)お昼休み

 昼近くなって、4人は昼食をとることにした。海辺の方に、自由に使えるテーブルといすが並んでいた。晶子がさっそく持ってきた弁当を開けた。

 「大した物はないんですけど、どうぞ召し上がってくださいね」

 「大した物ないって、すごいじゃないか、晶子さん!」 相原がうれしそうに叫ぶ。

 「うん、うまそうだ」「おいしそう!!」 進も雪もさっそく箸をつけた。

 晶子の作ってきた弁当は、なかなかの力作だった。おむすびにサンドイッチの主食に、チキンフライ、卵焼き、エビフライにフランクフルト、野菜スティック、飾りにはプチトマトetc… さらに、デザートとして果物の他に、お手製のシュークリーム。よく朝から作れたものだと思うくらい入っていた。

 「これ、晶子さんが全部作ったんですか?」 相原が感心して尋ねた。

 「ええ…… 今朝は3時に起きて……」

 「3時ぃ!!」 晶子の話に3人は声をそろえて言った。

 「すごいわねぇ、晶子さん。どれもとっても美味しいし……」 雪も絶賛した。

 「ありがとうございます。でも、まだ手際がよくないので、時間はかかりましたけど……」

 「でも美味しいなあ、晶子さん」 相原のほめ言葉に晶子がうれしそうに微笑んだ。

 「ほんとすごいですよ、晶子さん。相原は幸せもんだなぁ…… うん、この卵焼きも美味しい! 雪なんか、俺が初めて食べた卵焼きなんて…… あっと……」

 と進がそこまでいいかけると、雪がジッとにらんでいるのに気付いて口を止めた。

 「なんですか? 古代さん、そこまで言いかけて……」 相原が進を促した。

 「あははは…… ちょ〜っとしょっぱかっただけだったっけな、雪!」

 「もう! ばらさないでっ!」 雪はまた顔を赤くして進を軽くつついた。

 「あははは…… ま、あの頃の雪さんなら、想像できるなぁ」

 「相原さんまで!」 雪はすね気味。

 「でも、今はすごく美味しいよ。毎日、楽しみだから、ね、雪」

 進がやさしくフォローすると、雪はすぐに機嫌が直る。そしてやっぱり二人の世界。雪の瞳が進を見つめ、今にもくちづけでもしそうな雰囲気になる。

 「ちょっと、古代さん、こんなところでキスなんかしないでくださいよ!」

 相原が呆れ顔で二人に声をかける。ハッとして二人は顔を上げて、ちょっと照れたまままた、箸を動かし出す。晶子もうらやましそうに二人を見ていた。

 進は、そんな晶子の姿を見ると、相原に耳打ちする。

 「おい相原、今日、キスぐらい決めろよ。俺と雪がチャンス作ってやるからな」

 「や、やめてくださいよ。古代さんのチャンスなんて…… あぶなくて……」

 「まかせとけ」

 ニヤッと笑う進と赤くなったり青くなったりしている相原を見ながら、雪と晶子は顔を見合わせた。

 「なんだか、悪巧み考えてるみたいね……」

 「そうなんですか…… どうしましょう……」

 そう言いながらも、女性陣も楽しそうに自分達の愛しい人を見つめていた。


 食後には、海岸に出てみる。きれいに整備された遊歩道が出来ていて、恋人達の散歩道になっていた。相原達もさっきよりもちょっと進歩して、腕を組んで歩きはじめた。

 「晶子さん、さっきのお弁当本当に美味しかったですよ」

 「まあ…… ありがとう…… 相原さんにそう言っていただけるなら、晶子、いつでも作ってきますわ。うれしい」

 「ほんとですか? いやあ、うれしいなあ…… 晶子さんって料理もうまいし、いいお嫁さんになれますね」

 「えっ? でも…… 貰ってくれる人がいるかどうか……」

 「そ、そんなこと! 晶子さんならもうたくさん候補がいるんじゃないですか?」

 「たくさんなんて…… 私には一人だけいてくださればいいんです……」

 そう言って晶子に見つめられると相原はドギマギしてしまって言葉が出てこなくなってしまった。晶子は相原が自分の言いたい意味を受け止めて返してくれないのが少し不満で顔を曇らせた。

 「あ…… あの、僕もその候補の一人になれたらいいなぁ…… な〜んちゃって!」

 相原は、半分茶化しながらやっとそれだけを言う事ができた。晶子の顔がパッと明るくなって、頬を染めて笑顔を返してきた。

 「そうね、一応、検討してみますわ」

 本当はお互い相手だけを求めているのだけれど、それを素直に表現できないところが、まだまだの二人だった。

 進と雪は……というと、もうこの二人には言葉はいらないようで、ただ、よりそってお互いを感じあっていた。

 (6)観覧車でファーストキス♪

 午後からはまた新しい乗り物にチャレンジ。また、雪は進を引っ張っては絶叫マシーンを乗りまくり、相原と晶子はもっぱら穏やかな乗り物を選んでは楽しんだ。

 4人一緒に入ったのが、ヴァンパイアーハウスという名前のいわゆる洋風のお化け屋敷。カップルで馬車の形なった乗り物に乗って、不気味な館を見ていくという趣向になっている。ここでも、カップル御用達というべきか、女性の悲鳴が聞こえてくる。晶子たちはその典型で、相原はここでもちょっぴり恐いのを我慢して、役得とほくそえんでいた。

 進と雪のカップルはというと…… 雪は、やっぱり恐がらない。なにせ看護婦さんのこと、血が吹き出ようとも、体が切り刻まれようとも面白そうに見ている…… が、進の方はというと、なにやら怪しい気配。雪の肩を抱いたまま、その手が硬直しているように見える。

 「古代君? どうしたの?」

 「い、いや…… 別に……」

 というものの、何かが飛び出してくる度に雪の肩を抱く手に力が入っているのが、雪にはよくわかった。

 (そう言えば、昔、遊園地に行った時も、古代君なんだか理由つけてこういうのには入らなかったわ。ふふふ…… 恐がりなんだぁ。)

 「古代君……? 恐いの?」

 「ば……ばかいえ!」

 進がどんなに強がりを言っても雪にはよくわかった。後半はなんとなくびくびくする進とそれがおかしくて笑いを我慢する雪、という不思議な光景が展開される。幸いな事に、暗い中のこと、その場では相原達には知られずに済んだようだった。

 ところが、出てきた時に進がいやに白い顔をしているので、相原に突っ込まれてしまった。

 「古代さん、どうしたんですか? なんか顔色悪くないですか? さては、恐かったんでしょう?」

 「そんなことあるもんか! な、なあ、雪」

 進は、雪にすがるような目を向けて話をあわせて欲しそうにした。

 「ええ、全然平気だったわよ、古代君」

 それを聞いてホッとする進を仰天させる事を雪が言った。

 「だ・か・ら…… ねぇ、もう一回入りましょう♪」

 「や、やめてくれぇ〜!」

 その姿に相原がニヤリとした事は間違いなかった。


 時間はあっという間に過ぎて、日が傾くころ、4人は、観覧車に乗ろうとやってきた。観覧車には、多くのカップルが列を作っていた。

 「はあ、雪と遊園地は疲れるよ。恐い物知らずだからなぁ…… ん?なぁ雪、ここってほとんどカップルばかりじゃないか?」

 「うふふ…… そうみたいね。思った通りじゃない?」

 「よぉし、チャンスだな、相原」

 「古代君ったら…… ということは…… 二人で乗せちゃうわけね?」

 「もちろんだよ! たまにはお膳立ての方の立場にもなってみないとな」

 後ろで、進と雪が密談しているのに全く気付いていない前の二人は、大きな観覧車を見上げてうれしそうに微笑みあっている。
 順番が来て、相原は先に乗りこみ、続いて晶子が乗ると、進たちは二人に手を振って一歩後退した。えっ?という顔をする相原と晶子に雪はウインクしてみせると、進と共に次の観覧車に乗りこんだ。

 「うまくいったな…… あとは、相原の手腕にかかってるわけだな」

 「相原君なら大丈夫よ。あなたと違うもの……」

 「どういう意味だよ!」

 今なら、雪にさりげなく触れることも、キスをすることも自然になった進だが、つきあい出した頃は、雪がまだるっこしく感じたことがどれだけあったことだろうか。

 「うふふ…… それより、あの二人どうしてる?」

 「ん?」

 そう言って、斜め上方を見上げると進たちに背を向けて座っていた二人が後ろを向いた。雪がニッコリ笑って手を振ると、二人も恥ずかしそうに手を振った。

 「雪…… ちょっと見本見せてやろうぜ」

 進がニヤッと笑ったかと思うと、雪を抱き寄せてキスをした。今日の進は、相原の前でかなりやる気になっているようだ。いきなりでびっくりした雪だが、ここまで来たらもう周りを気にしなくなるのがラブラブカップルの常識と言うところだろうか。雪も熱くキスを返した。

 「あっ!」

 二人きりにされてしまった観覧車から後ろの進たちに手を振っていた相原達は、いきなり進と雪のキスシーンに思わず唖然としてしまった。しばらくまじまじと見つめてしまってから、ハタと気がついてお互いの顔を見ると、二人とも急に恥ずかしくなって真っ赤な顔でうつむいてしまった。

 「こ、古代さんたち…… あははは……」

 相原は、言葉が出なくて頭をかきかき笑ってごまかしていた。晶子はまだ頬を染めたままうつむいていたが、夕日が真っ赤になって海に落ちて行くさまが目の前に展開されてくると、思わず見あげて声をあげた。

 「まあ…… きれい!」

 そう言って、相原を見て微笑む晶子の姿は夕日を浴びて赤く輝いていた。

 「ほんとにきれいだなあ……」

 相原も相槌を打った。しばらく夕日を見つめていたが、今度はお互いの方を向きなおし、二人は見つめあった。

 「でも…… 晶子さんの方がもっときれいだ……」

 「相原さん……」

 相原の頭の中にさっきの進たちのキスシーンが浮かんできた。『キスくらい決めろよ』そう言っていた進の言葉も思い出される。

 (晶子さんにキスしたい…… でも……)

 躊躇している相原の姿に気付いたように、晶子はそっと目を閉じた。それを合図に、相原の顔は晶子に近づいて行った。

 初めてのくちづけは、ほんの数秒のできごと…… 軽く触れた唇がお互いにふるえているようにに思えた。そっと顔を離すと晶子はまたうつむいた。

 「晶子さん……?」

 「はい……」 相原の言葉に小さな声で晶子は答えた。

 「愛しています…… 心から。ずっとずっと一緒にいたい」

 相原の告白に晶子は顔を上げて美しい笑顔を相原に向ける。

 「私も…… 愛しています……」

 赤い夕日が、そっと手を握り合う二人をさらに赤く照らしていた。

 しばらくして、相原がハッとして、進たちを見た。すると、進は相原に向かって手でVサインをして見せていた。

 「あちゃぁ…… 古代さん達にやっぱり見られちゃったみたいだ……」

 「えっ? まあ、どうしましょう……」

 晶子も進たちを振りかえって見て、また顔を赤くしてうつむいてしまった。だが、その顔には微笑みが浮かんでいた。

 (7)いたずら写真

 「おい、雪。カメラ!」

 進は唇を離すといきなり雪に言った。

 「えっ…… あ、カメラね。はい。何するの? 景色でも撮るの?」

 「ばぁか、とうぜん、あいつらを…… 見てろ、いい雰囲気になってきたぞ」

 「えっ? あ、あら……」

 ちょうど観覧車が最高点に近づいてきた頃、相原と晶子がお互いを見詰め合う姿が進たちの目に入ってきた。

 「俺達も1度やられてるからなぁ…… ここで一発……」

 「もう、古代君ったら。ほんとに今日の古代君って別人みたい。ふふふ。あっ!」

 雪が声をあげたのは、もちろん、夕日を浴びた隣の観覧車の中の二人の姿が重なったからだった。

 『カシャ……ジー』 進は、すかさずカメラのシャッターを切った。すぐにカメラから写した写真が出てくる。

 「あははは…… やっぱり! ほら、雪! バッチリだよ」

 進は得意満面の顔でその写真を雪に見せた。ガラス越しとはいえ、相原と晶子の二人の姿が鮮明に写し出されていた。

 「あーあ、ほんとに撮っちゃったのね。あきれた人…… でも、いいわねぇ。やっぱり初々しくて……」

 雪は呆れ顔をしたかと思うと、すぐに二人の写真を見てうっとりした。

 「でも、なんかとってもきれいに撮れたわね。素敵だわ」

 「だろ? さ、降りてからが楽しみだな」

 そういうと、ちょうど進たちのほうを向いていた相原に、進はVサインを出して笑った。

 「ほんとにしようのない人ね……」

 いたずらをまんまと成功させたガキ大将のような顔をしている進が雪にはとてもかわいく見えた。


 観覧車が一周して、進たちが降りると、先に降りた相原達が待っていた。さっきの現場を見られて恥ずかしそうにしている。進はうれしそうに相原に近づくと、写真を手渡して言った。

 「ほら、相原! 記念写真だぞ。ネガは俺が持ってるからな。心しておけ! あははは……」

 「あー!! 古代さん!!」

 相原が真っ赤になった。その写真を持つ手に力が入って震えているのが雪にも見えた。晶子の方も頬を染めてはにかんでいる。

 「ごめんなさいね、晶子さん…… でも、後で思えばいい記念になるから、うふふ」

 「雪さん…… はい……」 晶子が小さい声で答える。

 「大体、先にキスシーンの写真を撮ったのはお前達だからな。撮られて当然だろう!」

 すごい理論で相原にまくしたてる進を、雪は笑って見ていた。

 「? 先に撮ったって? 相原さん、古代さん達にそんなことしたことあったんですか?」

 晶子が雪に聞いた。

 「ふふ…… 以前ね。もう、2年くらい前かしら? でも、今はその写真も私達の部屋を飾る記念写真よ」

 「相原さんったら…… ほんとに困った人……」

 そういいながら、晶子の顔は笑っていた。

 「でしょ? 男の人ってあんないたずらが面白いのね。あれで、じゃれあってるのよ。古代君と私ってヤマトで一緒だもんだから、いつもみんなの話のタネにされちゃってね。古代君は、すぐ照れ隔しに怒るもんだから、みんなもまた面白がるのよ。でも、今日は、自分たち以外にカップルがいるものだから、逆にやってるんだから、人のこと怒れないわよね」

 「うふふふ…… ほんとですねっ! ヤマトのみなさんって、本当に仲がよくってうらやましいです」

 「ヤマトが無くなっても、心の中でヤマトと一緒につながってるのよね、みんな。ふふ…… あなたもこれから、そのお仲間よ! 嫌でもねっ」

 「そうですか? うれしいです……」

 「私も! うふふ……」

 (8)夕食はロマンチックに?

 日もすっかり暮れて、星空が見え始めた。

 「さて、よく遊んだし、どこかに晩飯でも食べに行こう」

 進の提案に相原が答えた。

 「ちゃんと予約してますよ。古代さん! ほら、その横浜ベイサイドパークホテルでディナーを……」

 相原は、テーマパーク横にある高層ホテルを指差した。このホテルもテーマパークと一緒に新築された最新のホテルだった。

 「へえ…… さすが相原、手回しがいいな」

 「へへへ…… その辺は古代さんと違いますからね!」 照れ笑いする相原。

 「ふん! 一言余計なんだよ」

 むくれる進に雪と晶子はくすくす笑っている。確かに進がそこまで気が回るとは思えないな、と雪は思っていた。

 ホテルの30階にあるメインレストランへ4人は向かった。

 「ね、相原君、そういえば晶子さんを除いては、こんなラフな格好でも大丈夫なの? ホテルのメインレストランだっていうのに?」

 「ええ、それも確認済みです。隣のベイサイドパークで遊んでからくる人が結構いて、子連れもOKだし、あんまりひどい格好じゃなかったら、ラフな格好でいいっていうことらしいですよ。だから、結構気楽に行けると思いますよ」

 「そうなの? よかったわ。ほんと相原さんはちゃんとしてるわね。晶子さんがうらやましいわ」

 「え? そんな……」 晶子はうれしそうだ。

 「おい、雪、それどういう意味だよ?」 進が雪の言葉を聞きとがめた。

 「どういうって、そのままの意味ヨ! あなたにそんな配慮を期待するのは間違ってるもの」

 「うー……」 進は当たっているだけに言い返せない。

 「でも、そんなところが好きな・の・よ!」

 そう言って、しなだれかかる雪の瞳に見つめられると、とたんに機嫌を直す進だった。相原達はまたじゃれあってるなという感じで二人を見て笑っていた。


 レストランで窓際の席に案内された4人は、それぞれ好きなコースを注文した。窓からは、漆黒の海と港の船のあかり、そして街のあかりも見える。空は好天で星が美しく輝いていた。

 まずは、食前酒で乾杯。後はワインを1本注文した。ただし、相原は運転手のため、この食前酒だけで遠慮すると言う。さすがに、いとしの彼女を乗せているので覚悟が違う。晶子もあまり飲めないようなので、結局、進と雪がワインもほとんど飲んだようなものだった。

 料理も順々に届いて、舌鼓を打ちながら食べる。相原達は同じ物を注文して味の批評をしながら食べている。進と雪は、それぞれ違うものを注文しては、お互いの皿を突っついて食べる。そんなところが、さすがに年季の入った?カップルらしいところかもしれない。

 「古代さんと雪さんって、ほんとに一緒にいるのが自然な感じで素敵ですね」

 晶子が二人を見て言う。

 「え?」 進も雪も晶子の言葉にふっと顔を上げて晶子を見た。

 「そう……かな? 付き合いが長いから……」 進が照れて笑った。

 「結婚……まだされないんですか?」

 進と雪は、晶子の核心をつく質問に思わず顔を見合わせてしまった。

 「近々なんだって。それに、お二人さんはもう一緒に住んでるし、夫婦みたいなもんだからさ」

 相原が晶子に説明する。

 「あ…… 一緒に…… あ、そうでしたわね」

 『一緒に住んでいる』という言葉に晶子は思わず頬を染め、なんとなくうらやましそうにまぶしそうに雪たちの姿を見つめた。その視線になんとなく気恥ずかしい面持ちになってしまった二人だった。

 「相原達もすぐだよな」

 「そんな、僕たちはまだ……」

 進の言葉に、うれしそうに顔を見合わせる二人。4人が4人ともただ今幸せ中!という顔をしているのだから、ここでヤマトの仲間たちがいたとしたら、あきれかえっていたことだろう。

 食事も大体終わり、デザートへと移った。

 「素敵ね……」 雪は、ほぉっとため息をついて窓からの景色を見た。

 「ええ、素敵な雰囲気ですよね」 晶子もにっこりと笑って答え、同じように景色を見る。

 外を見入っている二人に気付かないように、相原が進に耳打ちする。

 「雪さん、気に入ってるみたいですよ。ここ…… どうです? 泊まっていかれたら?」

 「えっ?!」

 ニッと笑って言う相原の言葉に進はドキッとして、雪の方と相原の方を交互に見た。

 「ば、ばか…… これから雪の実家に行かなきゃならないんだぞ」

 「あっ、そうでしたね」

 案外あっさりとひいた相原にホッとしながら、進は今の話が急に気になり始めた。

 (そういえば今週はずっと雪、仕事もって帰って来てたもんな…… 相手にしてもらってない……)

 「あら…… 時間が……」

 急に晶子が時計を見て言った。時間は8時を少しすぎていた。

 「あ、ほんとだ…… 古代さん、雪さんすみません。僕たちこれでお先に失礼します」

 「えっ? どうしたの?」

 「晶子さんの門限10時なんです。でも、初めての遠出にあまりぎりぎりに送ってくのもなんだし…… すみませんが、あ、支払いは僕が済ませておきますので」

 「あ、いいよ、昼飯もごちそうになってるから……」

 「いえ、今日付き合っていただいたお礼です。写真も撮っていただきましたしね!」

 最後の一言はありがたいんだか迷惑だったんだかわからないが、そういう相原に今日のところは花をもたせることにして、進たちはありがたくごちそうになった。

 「じゃあ、お先に失礼します。また、どこかにご一緒させてくださいね。今日は楽しかったです。ありがとうございました」

 晶子が丁寧に頭を下げ、雪もニッコリ笑って声をかける。

 「気をつけて帰ってね。私も楽しかったわ。また、誘ってね」

 「はい! じゃ、お先です。晶子さん、さあ」

 相原も声をかけて、すっかり紳士ぶって晶子をエスコートして席を立っていった。進たちはそのままコーヒーを飲んでしばらく談笑していた。

 (9)君たちはどこにいるのぉ?

 相原は晶子を車に乗せ、発進した。道路は割合すいている。二人で今日の話を楽しんでいるうちにあっという間に時間は過ぎていった。もうすぐ晶子の自宅に着くと言う頃、ふと晶子が思い出したように言った。

 「あっ…… コート!」

 「え?」

 「レストランのクロークに預けたままだったわ。車まで外に出なかったからうっかりしちゃって…」

 「ああ、そう言えば…… うーん、今から戻ったら門限には間に合わないし、あっ、そうだ。古代さんたち横浜なんだから、明日の帰りにでも取って来てもらおうか。雪さんに頼んで長官に預けてもらえばいいし。ちょっと、電話してみよう。晶子さん、かけてみて。僕の携帯に古代さんの携帯番号入ってるから……」

 「はい……」 晶子は相原の携帯電話を受け取ると、進の番号を探してかけた。

 トゥルルル…… トゥルルル…… 何度呼び出し音が鳴ってもでない。

 「出ないわ……」

 「あれぇ? もう、雪さんちに着いて寝ちゃったってことはないよなぁ……」

 時計はもう9時半に近くなっていた。そう言う事も考えられなくはないが、と相原は疑問に思った。

 「もう一回、かけなおしてみて、晶子さん?」

 相原の言うとおりに晶子はもう一度進を呼び出した。7、8回呼び出して返答がないので切ろうとした時やっと進がでた。

 「はい!古代だ。相原!! こんな時間にまだ何のようだ! 邪魔するなよ」

 進のイライラしたような強い口調に晶子はびっくりした。その大きな声は、電話の外にまで聞こえて、相原も驚いて晶子の方を見た。おそらく、電話のディスプレイに発信者の名前が出るようになっているのだろう。出る前から、相手が相原だと思いこんで出たようだった。

 「あ、あの……」

 「あ…… 晶子さんでしたか…… すみません、あ、何か?」

 相手が晶子だった事に驚いて進の口調が急に柔らかくなった。晶子が事情を説明すると、進は快諾した。

 「明日、クロークに寄って貰ってきますよ。一応、僕たちが行く旨、クロークには伝えておいてください」

 晶子は用件が話せてホッとして電話を切った。横の相原を見ると、なぜだか困ったような照れたような顔をしていた。

 「どうしたの? 相原さん」

 「いやぁ…… きっと、俺達古代さん達のおもいっきりお邪魔虫してしまったみたいだな。さっき、古代さんにハッパかけたからなぁ……」

 「???」

 相原の言っている意味が、晶子にはさっぱりわからないのだった。


 「晶子さんだったの?」

 「ああ、いきなり怒鳴ってしまったよ」

 「ふふふ…… ドジね。で、なんだったの?クロークって?」

 「ああ、晶子さんの忘れ物だってさ。明日、ここ出る時に寄って貰って行こう」

 「そう…… あ、あん…… うふふん」

 「まったく、一番乗ってるときに電話して来るんだから、あいつら」

 「そんなこと…… 解るわけないじゃないの。きっと、私の実家の方へ行ってると思ってるんだし」

 「相原は感づいたはずだぞ。あいつ、こういうことに関しては勘がいいからなぁ」

 「うふふ…… いいじゃない。感づかれても、ねぇん…… はやく!」

 「う、うん…… けど、よかったのかい? 今更だけど、実家の方?」

 「明日行くって電話したから、いいのいいのっ♪ 進さぁんっ! は・や・くぅ〜ん! もう一回最初っからよ」

 「ゆきぃ……」 

−お し ま い−


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