進さんの発熱

怪我以外では床に伏せることなどなかった古代君が、突然の発熱。新妻雪はやさしく介護してくれるでしょうか? そして、珍しく床に着いた夫の進は……やっぱり甘えん坊になる!? ヤマトで戦闘中の古代君からは想像も出来ないちょっぴり情けない?進君のお話です。
 (1)

 結婚式から2ヶ月余り、進と雪の新婚生活も落ちつきを取り戻していた。進は10日ほどの地上勤務となり、ここ数日は日々夫婦で司令本部まで通勤している。そんなある日のことだった。
 その日は進も雪も少々の残業の後、一緒に帰宅の途についたのだが、進がなぜか元気がない。

 「進さん? どうしたの? 少し具合が悪そうじゃない?」

 車を運転する進の顔を心配げに雪が見つめた。

 「う……ん、ちょっと体が重いような気がするんだ」

 「熱でもあるのかしら?」

 そっと夫の額に手を添えてみたが、今のところ大して熱くはない。

 「熱はないようね。疲れてるのかしら? あなた、地上勤務苦手だから、ふふふ……」

 「かもな、司令本部での仕事はいろいろと気遣いが多くて、肩が凝るんだよなぁ」

 ため息と愚痴が一緒に出る。その上、一昨日から進の秘書的な業務をしてくれる女性が、子供の病気だとかで休んでいる。そのせいで雑用に振り回されているのだ。

 「そうね……」

 雪が淋しそうに笑う。一緒にいられるのは嬉しいが、進の性にはあわないらしい地上勤務には同情する。ちょっと複雑な気分。

 「ああ、でも雪と毎日こうしていられるのはうれしいな」

 妻のそんな表情を見て取った進は、右手で雪の手を握ると笑顔を作った。その優しい言葉に、雪の笑顔が輝く。

 「うれしいわ、あなた……」

 車の運転中でなかったら、ここで二人は熱い抱擁とキスをしていたことだろう。世間は日によってはまだ寒風が吹く早春であったが、車中の新婚夫婦の周りだけはもう春まっさかりだった。

 (2)

 「さあ、なにか栄養のつくものでも作って元気出してもらいましょうねっ!」

 帰宅すると、雪がはりきって台所に立った。手伝おうとする進に、今日は具合が悪いんだから休んでなさい、と母のようにやさしく命令する。進は素直に言いつけに従い、リビングのソファでしばしの休息をとった。
 そして食後、進は少し元気を取り戻したようだ。

 「美味しかったよ、雪。栄養一杯つけたから、もう大丈夫だ!」

 「ほんと?」

 おかしそうに雪が笑って尋ねた。

 「ああ、あとで証拠を見せてあげるからさっ」

 進が妻を抱き寄せて頬に軽くキスをすると耳元でそうささやいた。くすぐったい刺激に妻は肩をすぼめてくすくすと笑った。

 「うふっ、そ〜お? 楽しみにしてるわっ!」

 その夜、エネルギー充填120%とはいかないものの、栄養満点の夕食分くらいの証拠を見せてくれた夫に妻も満足して、二人は安らかな眠りについた。

 (3)

 翌朝、最初に目が覚めたのは雪だった。ふと隣を見ると、進が背を向けて眠っている。「うーん」と寝苦しそうな声をあげると寝返りをうって今度は仰向けになった。進は眉を少ししかめてもう一度「うーん」と唸った。

 (どうしたのかしら? 進さん…… 悪い夢でも見てるのかしら? もうすぐ起きる時間だし、起こしちゃおう)

 雪は手を進の胸に乗せると自分の体を夫の体に密着させ、胸をなでた。そうすると、いつも進は寝ていてもすぐ目を開けて雪を抱きしめてくれるのだ。
 だが、今日は動かない。それに、なんとなく熱い…… え?熱? それに、胸がざらざらして……!? 雪が驚いて、体を起すと進の胸元を見た。

 (な、なに? これ? 発疹が…… いっぱい!)

 さらに雪は進の体のあちこちにでている無数の発疹を確認すると

 「きゃっ!!」

 と小さく叫んでベッドから飛び出した。進も、その声に目を覚ました。

 「ん? 雪、どうした?」 寝ぼけ眼で妻を見た。

 「あ、あ…… あなた……」

 雪は何か異様なものでも見たような顔をして、ベッドからじりじりと後ずさりしながら進の方を見つめている。

 「なんだよ、変なものでも見るような顔して…… ううっ、なんだか頭が痛いし重い……」

 進は妻の態度を不審に思いながらも、痛い頭を抑えてうつむいた。そして……

 「うわぁっ!」

 胸元の大量の発疹に自分で驚愕の声を上げてしまった。

 「ゆきぃ〜! これ、なんだよぉ」

 進の情けない声と視線がすがるように雪に助けを求めた。雪もやっとかつての看護婦魂を思い出して冷静さを取り戻しつつ、だが、進にはまだ近寄ろうしない。

 「あなた……麻疹(はしか)か風疹になったことはある?」

 (4)

 全身に広がる細かい発疹は雪の記憶の中の病名から検索すると麻疹か風疹のように見える。ただのじんましんでもないし、水疱瘡のそれとも違う。さらに、雪は質問を追加した。

 「それとも、予防注射を済ませてる?」

 雪の問いに進は一瞬考え込んだが、

 「麻疹や風疹って予防注射が義務だったっけ? それなら子供の頃にしたんじゃないかなぁ? えーっと、いや待てよ。そう言えば、どれだか忘れたけど、一つだけ注射の日に俺が熱出したりして、何度かチャンスを逃してしまってできなかったって、母さんが言ってたことあったような…… あ、そうそう、『女の子じゃないから、いいわよね』ってそんなことを言っていた気がする」

 「女の子じゃないから…… じゃあ、じゃあ、やっぱり……風疹だわ!」

 雪はそう断定すると更に後ずさった。

 「風疹……? なんでそんなのになるんだよぉ、頭が重いよ、雪。熱も出てきたみたいだ。なあ、ゆきぃ〜」

 ばたんとベッドに倒れ込んですがるような目を向ける夫の姿に、新妻としては駆け寄って抱きしめてあげたいところだが……
 なぜだか雪は、「あの……ちょっと待ってて!」と叫ぶと、部屋を飛び出してしまった。

 「ゆきぃ〜 ひどいよ……」

 妻に捨て置かれた夫の情けない声だけが小さく響いた。

 (5)

 ベッドルームを駆け出た雪が飛びついたのは電話だった。そして一番押しなれた番号を押す。早朝のためかなかなかベルの呼び出しに応じない。雪がいらいらし始めた時、やっと相手が出た。

 「はい、森でございます」

 「あ、ママ!!」

 「あら、雪? なあに、こんなに朝早……」

 母の美里の声をさえぎるように雪が息せき切って電話に向かって叫ぶ。

 「ママ! 私、風疹の予防注射してるわよね!!」

 「え? 何を言い出すかと思ったら、こんな時間になんですか?」

 「ああ、だから、風疹よ! ねえ、どうなの?」

 のんびり構える母に娘は苛立ちを押さえられずに迫る。

 「はいはい、風疹もどれも、雪は全部予防注射は済ませてるわ。風疹だって、女の子はお母さんになるんだから万一のことがあったら大変ですものね。赤ちゃんの時と中学の頃にしてるはずよ」

 美里のその返事に雪はやっと安堵の声をあげた。

 「はぁ〜よかった」

 「どうしたの?」

 「……進さんが……風疹になったみたいなのよ。あっ、進さん! ママごめんなさい、また後で連絡するわ」

 さっきの頼りなげな夫の姿を急に思い出して、雪は言うだけ言うと電話を切った。

 「もう、雪ったら、朝っぱらから騒がしい…… 進さんが風疹? 子供みたいねぇ。大の大人がそんなのにかかって大丈夫なのかしら?」

 電話の受話器を見ながら少し心配になる美里だった。

 (6)

 電話を切った雪はまた走って寝室に戻った。

 「進さん! ごめんなさい!!」

 今度は、進の枕元に駆けよってすっかり弱気になっている夫の手を握った。

 「ゆ……き…… どうしたんだよぉ…… 俺がこんなになってるのに逃げてくなんてさぁ」

 雪を見つめる目がなんとなくうるんでいるように見える。泣くな、進。男の子だろ?

 「ごめんなさいね、進さん。だって、風疹って妊娠中にかかったら胎児に影響があるのよ、だから……」

 「え? 妊娠中って、雪!? できたのか!」

 進のふらふらする頭の中にも『妊娠』と言う言葉はガンと響き、心臓がばくばくと動きを早め、思わず寝ていた上半身を起こした。

 「あ、あっ、違うの。私妊娠してるわけじゃないのよ、たぶん……ね。でも……もしもってことあるでしょう? 私、結婚してからは自然に任せてるから。だからママに風疹の予防接種の確認の電話したのよ…… でももう大丈夫よ」

 「……そうか、はぁ〜」

 とりあえず予防接種も受けているということで、雪が進に触れることに問題はないらしい。ほっと一息つくと、また頭痛がしてきて、進はまたベッドに倒れ込んだ。

 (7)

 「つらい?」

 「うーん、体中がなんとなくずっしりと重いような……」

 「熱は? 少しありそうね」

 そう言って雪は手を進の額にあてる。その後、体温計で計測すると、38度近い。

 「7度8分、少し高いわね」

 「ふぅー、どれくらいで治るんだ?」

 「そうねぇ、辛いのは1、2日だと思うけど、完治して外出できるのは一週間くらいかしら? その発疹が全部消えてしまわないと外出禁止よ。人にうつすと困るから。普通は子供のうちにかかってしまうことが多いんだけど、大人がかかるとこういう病気って重いって言うし…… ほんとに珍しいわねぇ」

 看護婦のようにあっさりと答える雪に進は脱力感を覚えた。

 「うううう…… そんな簡単に言うなよ」

 「私、そばにいてあげたいんだけど……今日は仕事……休めない。明日から休めるように調整するから今日1日我慢できる?」

 心配そうに見つめながら話す雪の言葉に、進は

 「いいよ、わかった。仕事はちゃんとやってくれ。」

 とは言ったものの、いかにも頼りなげな声だ。

 だいたい、今まで進が具合が悪くて寝ているのは、戦闘中の怪我の時しか見たことがない。その時の進とは余りにも違いすぎる姿に、雪の心の中で心配とあきれとかわいさなどの気持ちが入り混じる。

 だが、どうしようもない。雪は仕方なくベッドの周りに必要なものを揃え始めた。着替え、体を冷やすシート、飲みやすくストローを付けたイオン飲料などを、進の手の届く所に置き、簡単な朝食を食べさせると、雪は出勤の準備を始めた。

 「進さん、ほんとに大丈夫? もしなんならママに頼んで来てもらいましょうか?」

 「い、いいよ…… 大丈夫だから。行っておいで。ひどい怪我したことを思えばこんな熱くらい…… それと、俺のほうの仕事はどうしようもないな。締切を延ばしてもらうしかないか。長官に伝えておいてくれよ。」

 いくら辛くても、まさか姑に世話をして貰うわけにはいかない。無理矢理笑顔を作って雪を後押しする。

 「わかった…… お薬もらって出来るだけ早く帰ってくるから。お昼は冷蔵庫に入ってるから、起きれるようならあっためて食べてね。でも、どうしても辛くなったら電話ちょうだい。会議中かもしれないけど、つなげるように言っておくから」

 「ああ、心配するな…… ふうー」

 赤い顔でうつろな目をした夫に後ろ髪を引かれながらも雪は出勤して行った。

 (8)

 雪が出ていった後の寝室は、異様に静かだった。心臓が脈を打つのにあわせて、ガンガンと頭をたたかれるような痛みが走る。熱が上がり始めたのか寒気もしてくる。

 こんなことくらいで! と思うのだが、前回を思い出せないほどの久しぶりの発熱に、体が悲鳴をあげている。悪寒もするし、頭がぼーっとしてきた。目を開けても全てがぼんやりとしか見えない。このまま、意識がなくなってしまいそうだ。そして、確かに進は意識を失った。別名、眠る……とも言う。

 どれくらい眠ったのだろうか…… 進は人の気配を感じてうっすらと目を開けた。誰だ? ぼーっとしていて焦点があわない。熱はまだ下がっていないようだ。かえって朝より高くなっているかもしれない。

 「進さん……大丈夫?」

 目を開けるとぼんやりと女性の姿がやっと確認できた。そっと額に手をやるその姿に、進は雪が帰って来てくれたのだと思った。

 (雪……心配で仕事を抜けてきてくれたのか……)

 進は安心とうれしさで額に乗せられた手を握った。その手は一瞬引き下がろうとしたがすぐにそれをやめて、進の手を握り返してくれた。

 「大丈夫じゃないよ…… また、熱が上がったみたいだよ」

 やっぱり雪が帰って来てくれたんだ。こんな時だ、雪にはおもいっきり甘えよう。進は目を閉じたままそう思った。そんな進の声はまるで母にすがりつく子供のようだった。

 「熱あるの? お薬預かってきてるのよ。39度を越えたら座薬をさしたほうがいいんですって。計ってみるわね」

 「うん…… 熱あったら、さしてくれるかい?」

 その声から見てもすっかり甘えている進。一瞬の沈黙があったが、笑って答える声が進に聞こえた。

 「え? まあ、ほほほ…… いいわよ…… えっと、体温計は……38度9分。あら、残念。座薬はお預けね。もう少し辛抱してちょうだい」

 確かに声は似ているが、その笑い方、話し方、どれを取っても雪とは明かに違っていることに、半ば朦朧としている進は気付かないようだ。

 「そっかぁ…… ねぇ、ゆきぃ…… 寂しかったよう」

 進は手を伸ばして雪の体を探るように動かした。捕まえれば抱き寄せようとするかのように。が、その手はただ空を切るだけだった。

 「だめよ。ゆっくり寝てないと、おいたはいけませんよ!」

 彼女は進の手を握って布団に戻すと優しく布団をかけなおした。そして、進の額の冷却シートを取り替えると、布団の上から胸を軽くぽんぽんと叩いた。

 「今日の雪は母さんみたいだなぁ…… トントンされると気持ちがいいな」

 昔、子供の頃熱を出して寝ていた時、母さんはいつもそばにいて寝つけないとトントンしてくれた。そんなことを進は思い出していた。

 「そおお? 甘えん坊ね。ふふふ…… 私もこんなかわいい息子が欲しかったのよ」

 (9)

 しばらく進を軽く叩きつづけていたが、

 「さあ、そろそろ行かないと……」 と立ちあがった。

 「行っちゃうの? さみしいなぁ」

 とても大の男とは思えないすがるような進の声。

 「一人でいられない?」

 優しく問い返すその声に、さすがに進も甘えすぎたかな……と反省した。雪は仕事がまだあるんだ……

 「ううん、ごめん、いいんだ。雪はまだ仕事の途中だったんだね。行ってくれていいよ。でも、早く帰って来てくれよな」

 本当に反省したのか? まだ、甘えん坊のままのような気がする。

 「ふふふ…… 言っておくわ。じゃあ、よく寝て早く良くなるのよ」

 そう言って雪(と進は思っている)は出ていった。

 (言っておくわって……長官に、かなぁ? やっぱり今日の雪はなんとなく母さんみたいだったなあ。甘えてしまった……)

 辛い熱も今の雪とのやり取りで少し楽になったような気分になるから不思議だ。やっぱり雪はやさしいなあ、とちょっぴり幸せな気分にひたる進だった。

 進に雪と間違われたまま帰っていったその女性は、もちろん、雪の母の美里だった。

 「進さんってかわいいわねぇ。もう少し看病してあげてもよかったかしら。私のこと、最後まで雪と間違ってたわ。うふふふ……」

 (10)

 その後、進はぐっすりと眠ったらしい。ふと気がつくとまた人の気配がした。ゆっくり目を開けてみると、今度はそんなにぼやつかない。はっきりと自分を覗き見る雪の顔が見えた。

 「進さん、ただいま。具合はどお?」

 「今何時? ん? 5時半か、はやかったな」

 「早く帰って来て欲しかったんでしょう。ママったらからかうんだから…… この病人さんは甘えん坊ね」

 雪が困ったように微笑む。

 「あ……ははは」 図星だ。進は言い返せない。

 「それより、熱は?」

 「昼間より楽になったから、下がったのかもしれない」

 昼間はぼんやりと輪郭を確認するのがやっとだった雪の姿が、はっきりと見て取れて進はうれしくなった。

 「そう、どれどれ……7度5分。だいぶん下がったわね。昼はもっと高かったんでしょう?」

 体温計で計ると雪はほっとした顔でまた微笑んだ。

 「うん…… 座薬をさすまでもなかったけど」

 「座薬はささなくてすんだのね。よかったわ」

 って、雪が計ったんじゃないか? 進はのんきなことを言っている雪にあきれてしまった。でも、まあいいや、雪が帰って来てくれたんだから、それに気分も良くなったし……と機嫌を直す。

 雪は進の体に少し触れると言った。

 「汗かいたわね。熱が引く時に出たのね。着替えましょう」

 そう言うと、雪は手際よく進のパジャマを脱がせ、体を温かいタオルで拭いた後、新しいパジャマに着替えさせた。

 「すっきりしたよ、雪。ありがとう……」

 気持ち良くなっり、熱も下がって元気が出てきた進は、雪を抱きしめて軽く唇にキスをした。ふふふ、と笑って妻もキスを返し、互いの顔を見てにこりと微笑みあった。

 「いいえ、どういたしまして。ふふふ……ほんとに今朝に比べたら随分気分が良さそうね。でも、その発疹はまだまだねぇ。そうだ!進さん、お腹すいてないの? 食欲なぁい? お昼、食べてないみたいだけど」

 相変わらず優しい雪の言葉に進はもっともっと甘えたくなる。

 「うん、ちょっとすいたような気がする。なんか食べたいな。昼間はとても食べたい気分じゃなかったからな。雪食べさせてくれるかい?」

 「いいわよっ、うふっ」 妻が微笑む。

 「けど、昼間に見に来てくれてすごくうれしかったよ」

 進は横にかがむ雪の顔にまた手を伸ばして言った。

 「昼間???」

 (11)

 雪は一瞬不思議そうな顔をした。進もその反応に驚いた。

 「え? だって昼……」

 雪は来てくれたじゃないか……進はそう言葉を続けようとした。

 「昼は私は帰ってないわよ。あっ! ママ!! ママが来たはずよ。 もしかして、あなた……」

 「ママァ!!! まさか……昼……来たのは、君のお母さん……だったのか」

 進の頭が混乱した。確かに昼間は熱も高くて朦朧としていた。顔を見たかと聞かれたら自信はない。しかし、声は雪の…… !! いや、待てよ。そう言えば、雪と彼女の母親の声は電話では区別がつかないくらい似ている。ということは……進の顔からはスーと血の気がひいていった。

 「司令本部にママから電話が来たのよ。今朝慌てて電話切ったから心配してね。家に電話しても誰も出なかったって言ってたわ。進さん眠ってて、気付かなかったのね?
 それで、ママが様子を見に行ってくれるって言うから、薬を届けてもらうように頼んで……やだっ、進さん、ママと私を間違えたの?」

 雪が笑いながら説明するのを聞いて、進はまた熱が上がりそうな気分になった。

 「うげぇ……どうしよう…… 変なこと言ってしまったような……」

 「何を言ったの?」

 「……う、ううう。雪だと思って、思いきり甘えて……しまった」

 「まあ! それでママったら、何も言わなかったの?」

 呆れ顔で雪は尋ねた。

 「う、うん。雪と間違ってるって判ってたはずなのに…… ああ、しばらく恥ずかしくてお義母さんの顔を見れないよ!」

 「そ、そんなに恥ずかしいこと言ったの? まさか抱きついてキスでもしたんじゃないでしょうね?」

 恐る恐る雪が尋ねる。

 「そ、それは未遂だったけど……手は握ったかな……」

 (未遂って……じゃあ、するところだったわけ? ほんと? やだぁ 、ぷぷぷ)
 困った顔の進の姿に雪はプーっと吹き出して大笑いした。

 「あははは…… ママったら、もう!」

 「笑い事じゃないぞ! どうするんだよぉ!」

 進の顔は泣きっ面に蜂の状態だ。ばたんとベッドに倒れこんで天を仰いだ。

 「いいじゃないの? あなたのお母さんでもあるんだから、甘えたって、ふふふ。ママ喜んでたのかもね。そうだわ、ママにお礼の電話しなくちゃ」

 雪は笑って進の困惑など取り合わない。

 「お、おい!」

 「それからお食事作るから待っててねっ!それから、明日はお休み貰えたから今度は私に甘えてねっ! あ・な・た」

 雪は可笑しそうに寝室を出て行った。残された進は……また、頭痛がしてきた。

 (お義母さんだったなんて…… ああ、まずいなぁ。これでまた、しばらく、頭が上がらないよ。ええい! もうどうでもいい!!)

 熱も手伝って思考能力の低下している進は、とっとと開き直って今度は雪にたっぷり甘えることにした。

 (12)

 次の日、進は熱も下がり、体も楽になった。が、雪は予定通り仕事を休み、大して熱もない大病人?は、妻に世話を焼いてもらってご機嫌だった。

 「ご飯食べる?」 「うん、食べさせてくれるぅ?」 「もうっ、ほら。あ〜ん!」 「あ〜ん…… おいしい!」

 「体拭いてあげましょうか?」 「うん、済から済まで全部だよ」 「やぁねっ!」 「でも見事ね……この点々、あらぁ、こんなところまででてるのぉ うふふふ」 「へ、へんなとこまでチェックするなっ!」

 「体辛い?」 「うん……昨日よりは楽だけど、ねぇ、雪、トントンしてくれない?」 「はいはい」 「母さんみたいだ……」 「気持ちいい?」 「うん! とってもいいよ」

 甘やかす方も甘やかす方だが、甘やかせられた方もいい気なもんである。書き出したらきりがないが、読んでるほうがばからしくなりそうなので、もうやめにしよう。

 (13)

 そして午後、母の美里が再び来訪した。リビングでの母娘二人の会話。

 「ママ、昨日はありがとう」

 「どういたしまして、で、どう? 進さんは?」

 「ええ、すっかり元気よ。でも、昨日の昼、進さんがわたしと間違えてることどうして教えてあげなかったの? 夕方気付いて赤面してたわよ」

 「ほほほ…… だって、とってもかわいかったのよ、進さん。私も息子がいたらこんな風に甘えてもらえるかしらって思ってねぇ。途中であなたと間違ってるって気付いたんだけど、面白くて…… それにまあ、新婚さんはいいわねぇ、お熱くて!」

 美里の意味深な笑みに、焦る雪。

 「な、なによ…… 何言ったの?進さん」

 「いいじゃないの。さあて、ちょっとご本人の様子を見てくるわ」

 笑いながら立ちあがる母を雪も後ろから追いかける。めざすは進の寝ている寝室。

 「進さん、楽になったようね?」

 ドアからひょいと顔を出した美里の声に、進はぎょっとして顔を半分布団にかくして挨拶した。

 「お、お義母さん…… 昨日はすみませんでした…… あの……失礼なことを言いまして……」

 進は昨日のことを思い出すと、恥ずかしくてたまらない。

 「あらぁ、いいのよっ。病人なんですもの。雪ったら、一番辛い時にいなくて悪い奥さんよねぇ」

 「ママァ!」 非難された雪が叫ぶと、「い、いえ……そんなこと……仕方ないですから」 と、進が慌ててフォローした。

 「その代わり、今日はたっぷり甘えなさいな。でも、昨日、もう少し熱があったらねぇ。残念だったわ」

 「何言ってるの!? ママ、熱がないのが残念だなんて、ねえ、進さん」

 と母を非難して進の方を見ると、

 「……!!」 進は、絶句してふとんをかぶってしまった。

 「どうしたの? 進さん?」

 不思議がる雪に美里は微笑みながらこう言った。

 「内緒! よね? 私たちのひ・み・つっ!」

 ふとんをかぶってしまった夫とくすくす笑っている母を交互に見ながら、雪は首をかしげていた。


 数日後、進は元気になり仕事を始めた。そして、今度熱を出した時は、絶対に相手をよーく確認してから『甘えよう』と決心する進だった。

 余談ではあるが、進に風疹をうつした張本人は、進の同僚の女性の子供だった。その女性は具合が悪くなった子供を保育所に迎えに行き、病院へ連れて行く前に仕事場に立ち寄った。そのとき彼女が残務をすます間、進がその子の相手をしていたのだ。
 後で聞いた所によると、ちょうど保育所で風疹が流行っていたらしい。
 出勤してきた進を見て恐縮する彼女に、進は照れ笑いをするしかなかった。

−お し ま い−

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