いたずらっこ

 「こらこら、いずら! そんなところに上っちゃだめよ!」

 古代家の愛犬いずらは、リビングへ飛びこむと、椅子を伝って、テーブルの上にあがろうとしていた。雪があわてて、いずらを追いかけていった。

 「こら! ダメなのは雪だよ。走るんじゃないって!!」

 進の大きな声が後ろから響いて、雪ははっと気付いて立ち止まる。

 「あっ! しまった……」 雪はペロっと舌をだして笑っている。

 「笑い事じゃないぞ!そんな体で、犬なんか追いかけたりして…… ほんとに俺がいないときは何してるんだかわかったもんじゃないなあ」

 進は、こわい顔をして雪をにらんで、それから、慈しむように雪の大きなお腹を見つめた。結婚してから1年半余り、雪のお腹には新しい命が宿っていた。生まれてくるまで、あと2ヵ月たらず。進が心配するのも当然だった。
 妊婦になっても元気な雪は、この間まで、長官秘書をしていた。産休に入っても、どこも体に不調を感じない雪は、家での生活に暇を持て余していた。

 そんなところに、1匹の犬が舞い込んできた。生まれてまだ2ヵ月たらずのラブラドール犬の子犬。雪の友人夫婦に子犬が生まれて、雪が貰いうけてきた。進は、雪が淋しさをまぎらわせられるならと、飼うことをOKしたが、この犬のいたずらぶりにはあきれてしまった。だから、名前はいずら。いたずらっこからもじった。 

 ラブラドール犬と言えば、盲導犬になるほどの賢い犬だが、まだ子犬の事、とてもおとなしくしていない。だが、進も実はいずらが大好きだった。進は、相変わらず宇宙を飛び、1ヶ月に数日しか家には帰って来れない事もしばしば。いずらが来てからも、そんな生活が続いていた。進といずらは何日も一緒に過ごしていなかった。それなのに、いずらは進の顔を忘れていなかった。

 昨日も進が帰宅すると、いずらはうれしそうにしっぽを振って進に飛びついてきた。雪はいずらに先を越されてすねていたくらいだった。

 「ああん! いずら! 私の旦那様をとらないでってば!」

 雪は、いずらに真面目に説教をしているので、いずらを抱いたまま、進はふき出してしまった。

 「犬にヤキモチ妬きかい? この奥様には困ったもんだな」

 「だって…… さみしかったんだもの。ねぇ、進さぁん、愛してる?」

 帰ってきたばかりの進に、雪は甘えた声で擦り寄る。

 「えっ? 聞こえない……」 進はとぼけて答えない。

 「もう!!」 進はいずらを降ろして放してやると、すねている雪をそっと抱きしめてキスをした。

 「愛してるよ…… 当然だろ? 毎日、雪に会いたくてたまらないんだよ」

 「じゃあ、宇宙になんかでないで、地上勤務にすればいいのに……」

 できないとわかっていて、雪は進をいじめる。

 「その内にな……」 本当だかうそだかわからないが、進はそう答えた。

 進は、ソファーに雪を座らせて、自分も隣にすわって、雪のお腹にそっと触れた。しばらく、二人は沈黙していたが、同時に声をだした。

 「あっ……」 「動いた!」

 そして、二人はお互いを見つめてニコリとする。雪のお腹の子はとても元気だ。雪はよくお腹の子ともけんかしている。

 「いやだ! もう!! そんなにけとばさないでってばぁ!」

 その子の元気ぶりは、雪にもいずらにも負けていない。

 「きっと、男の子だな」 その元気さに、進は確信するように言った。

 「でも、おてんばさんかも……」

 「あははは…… 雪みたいなね」

 「うん! またぁ」

 進は、家族が増えていく事がうれしくてたまらなかった。両親を亡くし、兄を亡くし、ひとりぼっちになったと思った時のあの淋しくてたまらない感覚。雪と付き合い出して、それは少しずつ薄れていった。そして、今は、2人と1匹。そして、もうすぐ3人になる。家族っていいな。忘れていた家庭の雰囲気が、今、自分の周りにも戻ってきたことが、進は何よりもうれしかった。

 沖田艦長が望んでいた「愛する人と身も心も結ばれて、子供を作る」戦い。進と雪はヤマトがなくても立派にその戦いに勝利をおさめつつあった。

 いずらが、また、ふたりの間に飛びこんできた。まるで、いずらも家族の一員なんだよって言っているかのように。

−おわり−


by めいしゃんさん

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