いたずらっこ2

「いじゅらぁ〜」

 朝といっても、太陽がずいぶん高くなった頃、まだ、歩き方もおぼつかない男の子が、庭の芝生で毛艶のいいラブラドールに手を振っている。呼ばれた犬は、その声にすぐ反応してやってきた。はぁはぁと舌を出して息を吐きながら、しっぽを大きく左右にふる。うれしくてたまらない、そんな表情を見せている。

 「守? どこ? 今、そこにいたのに…… まもるぅ〜」 家の中から声が聞こえる。

 「わん!」 いずらが守の代わりに答えた。

 「まあ! 庭に? どうやって降りたの? 守……」

 雪がびっくりしたような顔で、守といずらを見つめた。

 「マンマ…… ジャンプ、どーん!」 守と呼ばれた男の子は得意そうにそう言った。

 「ええ! 飛び降りたの? ほんとに?! まあまあ…… どうしてあなたはそんなに無茶な事をするのかしら…… ふぅっ パパの子だもんね。無茶するなっていっても無理か」

 「なんか言ったかい?」

 まだ、寝室で寝ていた進がのっそりと起きてきた。この数日は、地上での残務処理で在宅してはいるが、毎日が残業続きで、やっと1日、休暇をとることができ朝寝をむさぼっていた。

 「守がリビングから庭に飛び降りたんですって…… 無茶な事をするのはパパにそっくり!」

 「ん? どういう意味だよ。ママに似たってそうじゃないか!」 進は苦笑しながら答えた。

 「パパ!」「わんわん!」

 守といずらは競って進を独占しようと突進してきた。当然、犬のいずらの方が早く到達して、進を押し倒す勢いで飛びついてきた。
 守も負けじと、降りたところをよじ登ってやっとのことでパパに到達する。進は、いずらを横にずらして、飛びこんでくる守を抱き上げると高々と抱き上げた。

 「また、重くなったなぁ、守!」

 父親にほめられて守は得意そうな笑顔をほころばせる。

 「パパだいちゅき!」

 「ママは?」 横から雪が顔を出して尋ねる。

 「だ〜いちゅきぃ!」 守は大声で叫ぶ。

 「じゃあ、誰が一番好きなんだ? 守」 進が守に意地悪な質問をする。

 「パパとママといじゅらとちゅかしゃが一番だいちゅき♪」

 守は一気に言った。たくさんの名前をあげる。一番の意味がまだわかっていないようだ。

 「お前は、俺と違って口がたっしゃだな。これはきっとママ似だ。あ、おばあちゃん似かなぁ。……ん? ちゅかしゃって誰だ?」

 「ああ、つかさね。そういえば、もうすぐ来る頃かしら…… ほら、あれ」

 雪が指を差したほうを見ると、一匹の猫がそろそろと芝生の上を這うようにやってきた。そして、外に置いてあった、いずらのえさに口をつけている。

 「おい、いずら、お前のご飯取られてるぞ。はやく追い払え」 

 進に、うながされていずらはそのえさ入れまで行くが、追い払おうとはせず、一緒にえさを食べ始めた。

 「なんだあれ?」

 「うふふ…… いずらのお友達みたい…… このところ毎日、この時間になるとやってきて、いずらのご飯を食べてくの。いずらったら、全然追い払わなくて、喜んでるみたいよ。首輪つけてて、『つかさ』ってネームプレートまでついてるから、飼い猫だと思うんだけど…… 猫って、あっちこっちに出かけるのね」

 雪は楽しそうに、いぬと猫が仲良く食事しているのを見ているが、進はなんとなくおもしろくない。

 「何言ってんだよ。よその猫ならおいだしちゃえよ。こら!! しっ!しっ!」

 進に手で追い払われて、つかさはびっくりしたように飛び下がったが、進の手が届かないところまで下がると、それ以上動かなかった。そこにまた、守が飛び降りていくと、つかさはまたいずらのそばまで戻ってきた。

 「ちゅかしゃぁ!」

 いずらより小さくて、扱いやすいのか、守はうれしそうにつかさに寄って行く。つかさは今度はあまり身の危険を感じないのか、守のことは一向に気にしていない。守は、面白がって、今度は、つかさを触る。つかさもされるがままになっている。ずいぶんと慣れているようだった。

 そんな姿を雪もにこにこ笑いながら見ていた。進だけは、なぜか自分だけがよけものになったような気がしてきて面白くなかった。

 「なんか、俺がいない間に勝手に家族ができてるみたいだな……」

 進がむくれているのが、雪にはわかった。自分だけ仲間はずれになったような気分らしい。自分はいつも私達を置いて宇宙へ行ってしまうって言うのに…… 帰ってきたら、ずっといたような顔をしていたいらしい。

 (男の人ってかわいい動物ね……) 雪はおかしくてしかたがなかった。

 「あなた…… ここの大黒柱はあなたよ。あなたがいないとみんな寂しいのよ…… いつもあなたの事を思って空を見てるわ…… あなたの事を思ってカレンダーの日付を毎日見てるの。いつもあなたが私のそばにいてくれればいいのにって…… いつも」

 雪は、進にそっと体を寄せながらやさしくそう言った。進は、そんな雪の甘えたような姿に満足していた。

 「そんなに寂しいのかい? 雪」

 「当然でしょ?」 雪はとびきりの笑顔で進の心をとろけさせる。

 進は、守がいずらとつかさと遊んでいる事を確認すると、雪を部屋の中に連れて行った。

 「雪…… 僕もいつも君の事を思いながら宇宙を旅してるんだ。雪と守といずらと……それから、これから生まれて来るポコタンと…… つかさは別だけど。雪、愛してるよ」

 進は、雪を抱きしめると、熱いくちづけをした。雪もそれに答える。二人の世界ができあがった、がその時、「ワンワンワン」いずらの鳴く声がしてはっとして顔をあげると、守が部屋に上がってきていた。

 「僕もキッシュ!」 二人に守が飛びついてきた。つかさだけは遠くからその様子を眺めていた。

−おわり−

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