ミス白百合に触れないで
何の話だろう……? ミスコン!? そう一応ミスコンテストの話、でも、実はたいした中身がない…… じゃあ、なんのための話なんでしょう? 実は……着物の雪ちゃんにらぶらぶの古代君が書きたかっただけだったりする…… なんて作者なんだ(爆笑)
(1)
「ね、進さん!! あさって防衛軍内のレクリェーションで『ミス着物コンテスト』するんですって。それで私にどうしても出て欲しいって言うんだけど……いいかしら?」
結婚式を一ヶ月半後に控えたある冬の朝の事。のそっと起きてきた進に、雪が朝ご飯を作りながら台所から声をかけた。
「はぁ?」 突然の話に進の寝ぼけた頭がすぐに反応しない。
(ミス着物コンテスト? 何の話だ? えっ!? ミス……!? ちょっと待てぇ)
「ねえ、いいでしょう? ミスコンテストなんてもう最後だし……ねっ!! 進さんもあさってまでは地球なんだから一緒にいきましょう」
雪は結構乗り気のようだ。が、進はあまり気が進まない。なんとなく不機嫌になる。
「ミスコンテスト!? 俺はあんまり好きじゃないな……」
「私が出るのが嫌なの? あっ! ヤキモチ妬いてるんだ。でも水着じゃないのよ。心配しなくても、着物なのよ、着物っ!! ふふふ……」
「べつに違うよっ! そんなんじゃあないっ!」
と大声で否定した進だったが、それは確かに当たっている。雪を人前に晒すのも好きじゃないし、もちろん水着審査なんてもってのほかだ。それでなくても、雪はどこに行っても注目を浴びる。進としては、嬉しい反面やはり隠してしまいたい気持ちにもなるのだ。
それが単なる惚れた弱みだヤキモチだと言われようとも、そうなのだから仕方がない。
しかし、雪にとってはそんな進の思惑など知ったことではなかった。
「じゃあ、いいでしょう? 前から、他薦されているから出て欲しいって、運営委員の方から何度か連絡あったんだけど、ずっとお断りしてたのよ。あなた、きっといい顔しないだろうなって思ってたし……
それが昨日、総務部長が直々にお願いにきてくださったの。参加申込みが思ったより少ないんですって。是非コンテストを盛り上げてもらいたいって……
これ以上はっきり断わる理由もないし…… それとも『婚約者が駄目だって言いました』って言って断わる?」
雪がチロリといたずらっぽい目で進を見る。そんなこと総務部長に言えるわけがない。進の負けが決まった。しぶしぶ承諾するしかなかった。
「う〜…… まあ、いいけど…… 俺はたぶん……行けないよ。あさっては打ち合わせがあって遅くなりそうだし……」
雪の着物姿は見てみたかったが、きっとコンテストで注目される違いない。雪が男どもにちやほやされるところなんか見たくない。だが、それをほっておくのも気になるが…… 進の心は複雑だった。
しかし、雪の方は、一応進からOKの返事を貰って一安心したようだった。
(進さんったら、もうっ。きっとほんとは嫌なんだわ。最初からわかってたけど…… 以前旅行先で撮ってもらった写真が賞を取った時だって…… 授賞式の写真を見て、「知らなかった! なんだこれはっ!」って大喧嘩になったものね。実はヤキモチ妬きなんだからぁっ!
だけど、今度はちゃんと言ったから大丈夫よね? 私だって独身最後なんだから、こんなイベントも一度くらいでてみたいのよ……)
「じゃあ、迎えには来てよね。仕事が終わってから着付けてもらって参加するつもりだけど、帰りは着替えるの面倒だし、着物じゃ車の運転したくないもの。コンテストは7時から9時までの予定だから、進さんもその頃には終わってるでしょう?」
めったに着る機会のない着物だから、雪は進にも見て欲しかった。
「わかったよ、なんとかするよ…… けど、君だってあんまり目立つなよ。また、そんなものに選ばれたりしたら、いろいろ余計な仕事が入るに決まってるんだからな。それでなくったって、結婚式や旅行の休み貰うために、先々の仕事まで持ち帰ってやってるんだろう?」
進がため息をつく。雪の体調も心配だし、いろいろと人に騒がれるのも好きじゃない……
「はいはい……わかりましたっ!」
雪はニッコリ笑って自信たっぷりにうなづく。進はほんとにわかってるのか!?と尋ねたくなる。どう考えても防衛軍内のコンテストなら雪が選ばれる確率は高い。その覚悟はしておいた方がよさそうだ。進はもう一度ため息がでてきた。
「だけど、君、着物なんか持ってんの? 借りるのかい?」
今まで、雪が着物を来ているのは見たことがなかった。例のお見合いの時もワンピース姿だったし、パーティでもワンピースやドレス姿ばかりだった。
「ええ、ママが私の嫁入り道具だって、何枚かしつらえてくれてあるのよ。でも4年前に作ったっきり着る機会もなくてね。嫁入り道具が色褪せちゃうってママが心配してたわ」
色褪せるというのは冗談だが、雪はわざと進に意地悪を言った。進の顔をうかがうと、とたんに困った顔をしている。
「すみませんねっ! ご迷惑をかけまして……(嫌味だな、これは。くそっ! 俺がこの話に弱いのを知ってて雪のやつ!)」
「うふふ…… いーえー、とんでもございませんわっ」
雪は勝ち誇ったように、笑顔をさらに輝かせた。結婚の延期話になると、進は反論の言葉を失う。おそらく一生、この話題では進は頭が上がらないだろう。
進がすごすごと黙って朝食を食べ始めた時点で、この話は決定したのだ。こうして、雪の着物コンテストへの参加が決まった。
(2)
そして当日。昨日、横浜の両親宅に立ち寄って持ってきた着物を、大事そうに抱えて雪は出勤していった。
進の方は、2日後の出航についての最終チェックと打合せを忙しくこなしていた。しかし、その日の進の頭の中には、やはり雪の着物コンテストの事がチラチラ現れて離れてくれない。
(雪の着物姿か…… 綺麗だろうな。やっぱり、見に行こうか…… 打合せも順調だし、これなら7時頃には終わりそうだ。いや……甘い顔して見に行くとまた調子に乗るか……やっぱりやめたほうがいい!)
進は、午後に入ってそんなことばかり考えていた。
「……で、古代艦長? 古代艦長!!」
「ん? あ、ああ、何だ?」
打合せ中のクルーの一人が進に呼びかけているのに、すぐに気が付かなかった。
「ですから、この件ですが……」
示された書類の箇所に、進ははっとして必要なファイルを提示した。
「ああ、それはこっちのファイルに書いてある」
「了解! でも、どうしたんですか? さっきから、時々考え込んでらっしゃいますが……何か心配事でも?」
「いや、そうじゃない。さて……それじゃあ、最終確認に入るぞ」
「はい……」
なんとなく上の空の上司の様子に首をかしげながら、クルーたちは再び打合せを開始した。
(ふうっ、やばいやばい!! 仕事に私事は禁物だ!)
進は首を激しく振って雑念を取り除き、会議に専念しようとした。素直に行く気になれば楽なのに、悩むから困るはめになるのだが、本人がそんなこと認識しているはずもなかった。
そして、進の思惑?の通り、仕事は7時を数分過ぎた頃に終了した。
打合せを終えたクルーたちが、嬉しそうに立ちあがった。うーんと伸びをすると、口々にこれからの予定を話している。その中に例のコンテストを話題にする者たちもいた。
「やったな、思ったより早く終わったぞ!! おいっ! あの掲示板に貼ってた『防衛軍ミス着物美人コンテスト』見に行かないか? 7時からだから今からなら十分間に合うよ。きっと防衛軍の綺麗どころが見られるぞぉ!」
「あ、そうそう、そうだったな、今日だったか、よしっ! 行こう行こう!!」
進はその会話にビクッとして思わず会話してる二人を睨んだ。
(あいつら……行くのか……)進の心がまたもや乱れる。(どうしよう……行ってみようか……)
そんな進がひどく鋭い視線を感じて、二人は恐る恐る進の顔を見た。
「古代……艦長……? あの……まだ何かあるんでしょうか?」
「あっ? い、いや、ないよ。もう帰っていいぞ」
その言葉にホッとしたが、話を聞かれていた手前そのまま出て行くわけにもいかず、そのうちの一人が一応礼儀とばかり、進を誘った。
「古代艦長も行かれませんか? ミス着物コンテスト…… あ、艦長は綺麗なフィアンセがいらっしゃるから美人はいつも見なれてらっしゃるかもしれませんけど…… でも、別の美人を見るのもたまには」
「う、うん…… そうだな……(数秒の沈黙)……君たちがそう言うなら行ってみるか」
進は、一応考える振りをしたが、渡りに船とはこのことだった。まさにコンテストを見に行く大義名分ができて、さっそくその誘いに乗った。
が、誘ったほうはまさかOKされると思っていなく、かえって驚いた。
「えっ!?」
しかし、進はそんな彼らの驚きなど全く関知しない。行くと決まれば行動は早い。
「どうした、さ、行くぞ!」
「は、はいっ!」
進がさっさと部屋を出ていく後ろを、二人のクルーたちは、互いに「どうするんだよっ」「知らねーよ、お前がさそったんだろう?」などと、ひじを突っつきあって慌てて後に続いた。
(3)
進たちが会場に着くと、既にコンテストは始まっていたが、入り口でまだ投票カードを配っていた。配るメンバーの一人にいつもの見なれた男がいる。南部康雄だ。
「あっ! 古代さんっ! やっぱり来ましたねぇ!!」
「うむむ…… こいつらがどうしてもって言うから仕方なく……」
進の渋い顔の説明に同行したクルーたちは、「えっ!? そんなこと……(言った覚えはない)」 と言いそうになって、進にギョロっとにらまれて後半の言葉を濁した。
「いやぁ、当然でしょう! 大事なフィアンセが登場するんですから……」
南部がニヤッと笑う。
「なっ……そんなこと関係ないっ!」
照れをごまかすように怒ったように進は叫ぶ。
「またまたぁ…… はい、これ投票用紙です。ちゃんと投票してくださいね」
いつものごとくの反応に南部は笑いながら、投票用紙を手渡した。一緒にいたクルーたちも、進のフィアンセが出場するのを知って嬉しそうに進に話しかけた。
「艦長のフィアンセの森さんも出られるんですか? やだなあ、それならそうと早く言ってくださればよかったのに…… 僕らも絶対投票しますから!」
「余計なことしなくてもいいって言ってるだろうっ!」
そう叫ぶ進の顔は少し紅潮している。いつもの厳しい艦長の顔ではなく、からかわれて困っている一青年の顔だ。
「照れてる艦長って、かわいいですね…… じゃあ、僕らは先に入ってますね」
二人は笑いながら会場に入って行った。南部も後ろでくすっと笑た。
(古代さんは相変わらずからかい甲斐がありそうだ)
(4)
残った進はまた照れ隠しに南部に尋ねた。
「ところで、どうしてお前こんなところにいるんだ?」
「このコンテストの発案者ですからねぇ、僕は……」
「またお前が絡んでたのか…… 相変わらずだな」
「当然でしょう! 軍のほうで、面白いイベントをって募集があったでしょう? それに応募したんですよ。そしたら、ばっちり採用されちゃってねぇ。
普通のミスコンなら水着……とかでしょうけど、それだと軍としても問題あるでしょう? だからここは、防衛軍本部のある日本の伝統衣装でコンテストを……というわけですよ。いいアイデアでしょう?
たまにはこういう楽しいイベントで日々の激しい任務を忘れようっていう、僕のあたたかぁ〜い心配りが聞き届けられたんですよ。ははは…… さあさあ、もう雪さんが登場されてますよ、早く入った入った!」
得意げに笑う南部に押し込まれるように会場に入った進は、真正面の舞台の方に目をやった。そこには、10数人の着物を着た女性が立って、順にインタビューを受けていた。
きらびやかな着物を身に着けた女性たちは、普段制服を身に包んだいつもの雰囲気とは違い、華やかな雰囲気が漂っていた。
「雪……」
進はすぐにその中に雪の姿を見つけた。雪は舞台の一番右側に座っている。ミスということで7割方が振袖を着ている中で、雪は淡い橙色の訪問着を来ていた。華やかさから言えば、振袖の方が各段に上であるのにもかかわらず、雪の訪問着姿は、かえってその清楚な美しさを際立たせていた。
いつもの洋装の雪の雰囲気とは違い、軽くアップにした髪とそこからわずかに落ちる後れ毛、着物の襟筋から覗く美しいうなじ…… どれも、進の視線を惹き付けた。いや、おそらく場にいる男性の視線をたっぷりと浴びているに違いなかった。
(by めいしゃんさん)
(きれいだな……やっぱり……)
一人見惚れている進に後ろから南部が声をかけた。
「綺麗ですねぇ、雪さん…… 今回のコンテストは、募集期間が短くて集まりが悪くてどうしようかと思いましたよ。雪さんには最初から他薦が多数届いてたんですが、本人に確認したらしぶられるし……誰のせいだったんですかねぇ」
南部が苦笑いしながら、進を覗き見る。
「それで……お前が総務部長そそのかしたのか……」
「そそのかしただなんて人聞きの悪い……コンテストの成功のためにちょっとご尽力いただいただけじゃないですか。晶子さんだって、長官に直々にお願いしたんですから……」
「晶子さん? あれ? いたっけ?」
南部は、進が晶子の存在に気付いていないのにあきれた。
「ほら、あそこ、端から3番目の青い振袖着てる人ですよ。もう、古代さんは雪さんしか見えてないんだから仕方ないなぁ」
そう言われて改めて見てみると、確かにそこには晶子がいた。南部の言う通り、進には周りの女性たちは目に入っていない。
「ということは……相原もいるのか?」
「それが残念ながら、今は宇宙の海の中、今頃艦船の中で泣いてますよ。あはは……」
「それは残念だな、ははは」
「さて、投票締切時間ですよ。ほら、古代さん、早く投票してっ!」
「俺はいいよ。雪に入れて選ばれても困るし、かと言って他の女性もわからないし……」
「あっはっはっは…… 雪さんは間違いなく当選ですよ。ミス一人選ぶのだって、おそらく間違いないでしょうけど、今日は5人ですからねぇ、5人! 花の名前を添えて、ミス白百合、ミス薔薇、ミスひなげし、ミスすみれ、ミスひまわり。それぞれ花の特徴に併せた選考基準があるんですよ。ほら、この説明資料を読んで!」
「ふぇぇ…… とにかく、俺は遠慮する!」
進は、南部を振りきって食事のあるテーブルの方へ逃げだした。見送る南部は肩を軽くすくめて首を振った。
(5)
進がしばらく食事を取っていると、舞台での紹介が終わった雪が、降りてきた。舞台の上から進の姿を確認していたのか、まっすぐに進の方に歩いてきた。
着物を着ているせいか、歩き方も小幅でいつもよりしとやかに見える。歩く雪とすれ違う男どもは必ず振り返って雪を見る。それを見る進の心はなんとなく落ち着かなかった。
「古代君っ! 早かったのね……」
進の前まで来ると、雪は嬉しそうに微笑んだ。
「ん? あ、ああ…… 予定より打ち合わせが早く終わったんでな。一緒に打ち合わせしてた連中が行くって言うから、ま、仕方なく……」
相変わらず強がりな言い訳を続けるフィアンセの言葉に雪が笑う。
「ふふふ…… ねぇ、ところでどう?」
雪はくるっと半回転ほどして、自分の着物姿を進に披露した。ふわっとした甘い匂いが進の鼻腔をくすぐる。
(綺麗だ……すごく!!)だが、出てきた言葉はやはり憎まれ口が入ってしまう。
「うん…… きれいだよ。いつもと雰囲気が違うな。しとやかそうに見える。まあ、見えるだけだろうけど」
「んっ、もうっ!(ひとこと余計なんだからぁ!)」
雪がすねてあっかんべーのように舌をちょろっと出した時、さっき進と一緒にきたクルーたちがやってきた。
「艦長!」
「よっ!」とクルーたちに手を上げてから、誰?と聞きたそうな顔をしている雪に、小声で「今度一緒に乗るクルーだよ」と教えた。
「あの……こちらが、艦長のフィアンセの森雪さんでらっしゃるんでしょう? あの、初めまして……」
彼らは雪の顔を見て勝手に自己紹介を始めた。雪はそれににこやかに対応する。話が弾む。投票で雪に入れたことを告げたり、今日の着物の美しさを誉めたりと、クルーたちはすっかり雪のとりこだった。雪も進の部下だということもあって丁寧に応対ている。
だから……進だけが蚊帳の外だった。
(こいつら、雪の顔を見てデレッとしやがって! だから、こういうところに出すのは嫌なんだ……)
ムスッとして食べ物に手を伸ばす進の都合など無視するように、舞台では、司会者がコンテストの集計結果が出たことを告げた。
5人のうち、まず、ミスひまわり、ミスすみれが呼ばれた。ほどほどの美人が舞台に上がった。呼ばれる順が遅いミスのほうがレベルが上ということらしい。
そして、ミスひなげしには、晶子の名が呼ばれた。雪はうれしそうに拍手を送る。進も同じように拍手をした。舞台脇では長官が嬉しそうに孫娘を送り出していた。
続けて、ミス薔薇が呼ばれ、最後に……
『さて、最後になりました。これが今回のラストのミスです!! 白百合のように清純で気高い知的な着物美人に選ばれたのは……この方です!! 司令長官秘書 森雪さん!!』
「あらっ……」と相好を崩して微笑む雪と、「あちゃっ……(やっぱりか)」と額に手をやる進。二人の表情はあまりにも対照的だった。
一緒にいたクルーたちは大喜びで拍手している。
『森雪さん、こちらの舞台へお上がりください』という 司会者の声がする。
「じゃあ、ちょっと行ってくるわ」
「ああ……」
雪の明るい声を、ため息混じりの進の声が送り出した。
舞台に上がった雪は再び大きな拍手で迎えられ、大きな百合の花束を貰っていた。進はそんな姿を見ながらまたため息が一つ出るのだった。
(6)
結果発表の後は、その場はパーティ会場になった。ホステス役は賞をとった5人を含む着物の女性たち。特に受賞者の女性には大勢の人が声をかけてくる。
もちろん、雪にもひっきりなしに記念写真の希望者や、握手を求める者がやってくるようで、舞台から降りてややしばらくたっても、進の元に戻って来れなかった。
当然、進の機嫌は良くない。いや、だんだん悪くなる。一緒にいたクルーたちも進がムッとして食事をパクパク食べ出したのを見て、状況を察知したのか、こそっとそばを離れた。
そんな進の様子を恐れもしないで近づく男……それは当然、南部しかいない。
「やあ、古代さん、よかったですねぇ!」
「何がよかっただ! やっぱりこんなことだろうと思ってたよ。雪はあっちこっちで引き留められて俺のところに戻ってもこれないし…… ふうっ」
南部に噛みついても仕方ないが、相手が彼しかいないものだから、思わず口について出てしまう。
「まあまあ、ご自分のフィアンセが高い評価を受けたんですから、喜んであげればいいじゃないですか。僕だったら鼻高々ですよ」
「まあ、そうなんだが……」
言われてみればそうだとちょっと納得する進。
「そ・れ・にっ! あとひと月ちょっとで古代さんの奥様なんですから、最後の華だと思ってここは大様にね」
「そうだな……」
独身最後の華を飾る雪をたたえてやるのが男ってものだ。確かにそうだと自分に言い聞かせていたとき、雪がやっと戻ってきた。
「古代君、ごめんなさいっ! あらぁ、南部君、今日はご苦労様」
「おめでとうございます。素敵ですね、お着物姿…… 古代さんも惚れなおしたそうですよ。得票数もダンチの1位でしたよ」
南部はこまめだ。必ずきちんと女性へのほめ言葉を用意している。雪はちょっと頬を染めて礼を言った。
「まあ、南部君ったらぁ…… ありがとう。相変わらずお上手ね。うっふふふ」
「じゃあ、僕は退散しますけど、最後まで楽しんでくださいね!!」
南部は二人にそう答えると、進を雪から少し離して耳打ちした。
「古代さん、今夜は楽しみですねぇ…… 着物ってのは、結構風情がありますからねぇ、えへへ…… でもお代官様ごっこなんかしないでくださいよ」
「お代官……? 何のこと?……あっ、ばっ!」
進が赤くなって叫びそうになったが、南部は「じゃ、失礼しますっ!」と言うと、あっという間に立ち去っていった。
彼らが20世紀全盛の時代劇をいつ見たのかは知らないが、南部の冗談にすぐ反応したあたり、進もたいして変わらないことを夢想していたに違いなかった。
二人のこそこそ話に気付いた雪が不思議そうに尋ねた。
「何南部さんとこそこそ言っていったの?」
「べ……別に……たいしたことないさ」 とうそぶく進。
「なんだか、あやしいっ!」
雪があごをちょっとあげて進を見上げるように睨むが、まさか説明するわけにもいかない。「あはは」と笑ってごまかしつづける進だった。
(7)
会場でやっと二人一緒になれた進は、少し機嫌を直し、急にやさしくなって雪に尋ねた。
「雪、腹減っただろう? 何か取ってきてやろうか?」
「ええ、ありがとう…… 久しぶりに着物なんか着たから胸が苦しくてあまり食べられそうもないけど、少しいただこうかしら」
「ああ、ちょっと待ってろよ」
進は急いで料理の並ぶテーブルへ行くと、雪が好きそうな食事をみつくろって雪のいる場所へ戻った。
その間、ほんの数分…… 戻ってくると、既に雪の周りには数人が囲んでいる。誰かが料理も持ってきたのか、雪は手に料理の乗った皿も持っていた。
それを見て、進は途中で立ち止まってしまった。
(なんだっ! またか……)
雪は、営業スマイルで皆に対応している。おそらく、今日選ばれたミスたちは、来場者には満遍なく対応するようにと頼まれているのだろう。一緒に写真に納まったり、握手をしたり……
(あっ、あいつっ! 雪の手を握ったなっ!! どこの部署のヤツだっ! んっ!? あいつはっ……一緒に会場に来たヤツらじゃないかっ!! 何をやってるんだぁ! 俺のいない間に握手をねだりやがったな!)
と、心の中で怒鳴ってみたものの、さすがにこの大勢の中で騒ぎを起こすことは出来ない。雪の立場だってなくなってしまう。
(もう、知らんっ!)
ムカッときて、進は雪のために持ってきた料理を自分でぱくついた。
と、今度は進の方へ着物を来た女性たちが近づいてきた。
「あの……古代進さんですよね?」
「あ、はい……?」
「私、一度お会いしてお話してみたかったんです。よろしいですか?」
雪よりも若そうな振袖姿の女性だ。手に、小さなすみれの花束を持っている。ミスすみれに選ばれた女性らしい。進だって男だ。女性にそう言われて悪い気はしない。
「いいですよ……(雪がその気なら、こっちだって勝手にするさ!)」
そう答えたが、会話のほとんどがその女性からの質問に終始する。内心はやはり雪が気になって、思わずちらちらと姿を探してしまう。適当に答えたり相槌を打ってはいるが、話の内容はよくわかっていなかった。
しばらく話していたが、その女性にも声をかける男性陣がやってきて、進はやっと逃れた。が、また別の女性たちが声を掛けてくる。
雪は相変わらず人に囲まれ、進の方にも入れ違い女性たちがやってくる。進も実は結構持てるのだが、本人にはそんな自覚がない。
それに、いつもなら若い綺麗な女性に話し掛けられたら、進だって喜んで会話するところなのだが、今日は雪の方が気になってしまう。上の空で適当に返事をするものだから、結局女性たちはあきらめて去っていく。
そして結局二人が再び一緒になったのは、閉会の挨拶が始まってからだった。
(8)
やっと進の隣に戻ってきた雪に、進が少し嫌味を言う。その言葉にははっきりとトゲが感じられた。
「人気者は大変だな……」
これには雪もカチンとくる。負けないで、つんとして言い返す。
「あらっ、あなたこそ、私にお料理取ってくるとか言ってたのに、いつまでも持ってきてくれないと思ってたら、なあにあれ? かわいい女の子達と楽しそうにおしゃべりしてたじゃなぁい! 私が見てないと思ってたの?」
雪も進に女性たちが話しかけていたのを見ていたらしい。そして、売られた喧嘩は買ってやるとばかり、進も反論する。
「君があんまり楽しそうにしゃべってるんで邪魔しちゃ悪いと思ってね!」
二人の雰囲気がだんだんと悪くなる気配だ。
「まぁっ!あなただって……」
雪がそこまで言いかけた時、拍手が起こって閉会の挨拶が終わり、会がお開きになった。ぞろぞろと帰り始める人々の中で、立ち止まって言い合いしているわけにも行かなくなった二人は、仕方なしに歩き始めた。
「帰るぞ!」
進は出口の方を向いたかと思うと、雪を待たずにすたすたと歩きだした。
「ちょっと待ってよ。そんなに早く歩かれても、私着物着てるのよ。ついて行けないわ! それに、荷物もあるし、この花束だって重いのよ!!」
その言葉に進は立ち止まり、雪が追いつくのを待って荷物と花束を雪の手から奪うように取った。
「持つよ……」
そして、歩みも少し遅くして歩き出した。しかし、1歩前を歩く進もその後ろの雪も、何も口を開かない。二人は無言のまま、地下駐車場までゆっくりと歩いていった。
(進さんのばか…… せっかく、進さんに着物姿見てもらいたくて、来てもらったのに、これじゃあ、喧嘩するためだったみたいじゃないの!)
進の背中に向って雪は心の中で叫んだ。涙がこみ上げてきて雪の目を潤そうとしたその時、その心の声が聞こえたかのように、進がぴたっと歩みを止めた。
「ごめん……」
「えっ?」 雪も驚いて立ち止まる。
「俺、勝手にヤキモチ妬いてたんだ。馬鹿みたいだよな。いつでもどこでも雪を一人締めしてたいだなんて……子供だよな。雪が他の男に微笑んでいるのを見るだけで腹立てるなんてさ。変だよな。さっき南部からも大人気ないって言われてしまったよ」
進は前を向いたままそこまで言うと、今度は振りかえって言葉を続けた。その顔は、ちょっとはにかみ加減に笑っている。
「今日の雪は……着物がよく似合ってて、とてもきれいだ。ミス白百合……ぴったりだね。受賞おめでとう。さすが僕のフィアンセだけあるよ。あんなこと言ってほんとにごめん」
「進さんったら……ばかね」
雪はそっと進の腕にそっと手をかけて体を預けた。進はそんな雪の顔をもう一度見てから、ゆっくりと歩き出した。
雪は頬を進の腕にそっと摺り寄せながら囁いた。
「私だって…… 進さんが私より若くてかわいい娘(こ)と笑顔で話してるの見たら、ちょっぴり妬けちゃったもの。いつも私だけを見ていて欲しいって思ってしまうの……」
「ほんと?」
「ええ、ほんとよ。困っちゃうでしょう?」
「ん……けど、うれしいよ。俺と同じように思ってくれているんだって思ったら……」
「進さん……」
こうなれば二人にはもう言葉は要らない。車に乗ると当然のようにキスをする。熱いくちづけが二人の心を結びつける。
喧嘩もすぐ始まるけれど、仲直りも早い。大抵は、進が先に謝って仲直りする。いつものパターン、喧嘩も仲直りも、二人にとってはレクリェーションのようなものだ。
そして、すっかり仲直りした二人は家路へと急いだ。
(9)
「ふうっ……」
家に着くと、進はどっかりとソファに座り込んだ。体の疲れはないが、あのコンテストで精神的に疲れてしまった。いらぬヤキモチのお陰だ。
雪の方は?と見てみると、すっかり上機嫌になって、着物姿のまま、うろうろしている。見ていると、どこからか大きな花瓶を探し出してきて、もらった百合の花を活けた。
着物を着たままいそいそと動く雪の姿は、なぜかいつも以上に優雅に見える。進は自然とその姿を目で追ってしまう。
雪はその作業を終えるとやっと進の方にやってきて、立ったまま「ふうっ」と小さくため息をついた。
「やっぱり、慣れない着物は疲れるわね…… うふふ、もうだめ……脱ぎたくなっちゃった。着替えてお風呂に入るわ。進さん、先に入る?」
「ん? いや…… 雪、おなか空いてないのかい?」
「ええ、大丈夫。さっき会場で少し食べられたから……」
「じゃあ、ちょっと来いよ」
「なあに?」
雪が近づいてくると、進はすっと雪の腕を取って自分の隣に座らせ、抱き寄せた。
「あ……ん」 雪が艶やかな声を出す。
「着物姿の雪は……いつもより色っぽいな……」
「いやね…… もう……」
進の口説き文句に雪は思わず頬を赤く染めた。その紅をそっと進の唇がなぞる。そして、唇はそのまま雪の耳元まで辿り、彼の欲求を告げる。
「脱ぐんなら、ここで脱いで……みせて……」
「え?…… だめよ。恥ずかしい……」
雪はぽっと赤くなった顔を進から逸らせる。
「頼むよ……」
熱のこもった瞳で見つめられてそうつぶやかれると、雪も拒むことができない。もう一度、進の顔をそっと見あげると、彼は真剣な顔をしてじっと自分を見つめている。
心臓がドキドキと高鳴るのがわかった。でも……彼の望み通りにしたい、そうして、彼に力いっぱい抱きしめられて愛されたい……それは雪自身の望みでもあった。
「いいわ……」
雪が小さく頷くと、進の雪を抱きしめていた手がふわっと緩んだ。進の視線が熱い…… 雪はもう、まっすぐに進の顔が見れない。
進と視線があわないように立ちあがると、雪は帯締めに手をやった。
進は膝の上に両手を組んで座り、雪の動作を一つも見逃さないようにと、じっと凝視している。
雪の手によって帯が解かれ、しゅるしゅるという微かな音を立てて床に落ちた。雪はかがんでそれを拾って折りたたみ、サイドテーブルの上に置く。
次いで体を締めていた何本もの紐が解かれていく。一つ一つを解いては、床に落としていくその姿は、進の心と体を益々興奮させた。
雪がちらっと進の顔を見る。進は真っ直ぐに雪に視線を向けている。雪の胸がさらにどくんどくんと激しく鳴った。見つめられている……そのことが、雪の体を火照らせた。
そして……雪を飾っていた美しい着物が雪の肩からするっとはずされた。着物にしみ込ませてあった御香の香りがふんわりと広がり、進のまわりを包んだ。大きく息を吸う。
雪はもう、薄い桃色をした1枚の長襦袢をまとっているだけだ。進の喉がごくんと鳴った。凝縮された欲望があるべき場所に集まってくる。
雪は脱いだ着物を手に持って壁際まで行くと、そこにあった着物用ハンガーに着物を掛けた。
(10)
もう限界だ…… 進は立ち上がると、着物を掛け終えた雪を背中から羽交い締めに強く抱きしめた。驚いた雪が「あっ」と小さな叫び声をあげた。
「もう……我慢できないよ……雪」
進はそう囁くと、後ろからくちづけを繰り返した。
(by めいしゃんさん)
そっと触れる唇は、雪のうなじをくすぐり、抱きしめた手は雪の胸をぎゅっとつかんだ。
「ああ……」
雪の吐息に似た声を聞いた進は、彼女をくるりと振り返らせ、上から押しつぶすようにフロアの上に押し倒した。
「進さ……ん…… だめ……よ。お風呂……」
「このまま愛したいんだ…… 雪の香りがついたまま……」
雪が軽くイヤイヤしながら、逃れようと両手を動かそうとした。しかし進は雪の両手を自分の両手でがっちりと押さえ、その体を自分の体で組み敷いた。男の進に体ごと押さえられて、雪が身動きできるはずがなかった。
進の唇が雪のうなじをなぞり、首をさすると雪のあごが自然に反る。さらに唇は襟元にそって下がっていった。
「ああ……」
微かな切ないため息混じりの声ともに、雪の手に入っていた力が抜けた。雪が抵抗するつもりがなくなったことを知ると、進は押さえていた右手を雪の手から外し、雪の長襦袢の襟元に移した。そしてその襟をぐっと外に広げた。雪の白い肩から胸元にかけてが進の目の前にさらされる。
美しくはじけるように現れた丘陵が揺れる。それが進をさらに刺激する。そっとその胸に手を触れて軽く掴むと、雪が「うぅん」と甘い声をあげた。
「ブラ……着けてなかったんだ……」
さらに襟を広げて両方の胸をあらわにすると、進はそうつぶやいた。
「着物だから……着けなかったの」
そんなものなのか……着物の下着の着方など進が知るわけもなかった。洋服の下着はつけないってことなのか?……と言うことは…… ふと進は今思ったことを行動に移した。
「じゃあ……もしかして?」
その言葉を発するか発しないかの内に、進の手が雪の腰から下に伸びて、長襦袢のすそをひらりとまくった。雪のすらりとした太ももが綺麗に伸びている。
「あん……うふっ」 雪が恥ずかしそうに笑う。
「はいてるじゃないか……」 「ばぁ……か…… いくらなんでも……」
ちょっと残念そうに言う進の口調に、雪がまたくすくすと笑う。
「けど、もういらないな、これも……」
結局それも、あっという間に進に取り去られてしまった。そして進も自分の衣類を脱ぎ捨てた。
雪の着物の腰紐ははずしていない。だから薄桃色の長襦袢は雪の体にまとわりついたままだ。
進の手によって開かれたその着物の合間から覗くのは、二つの豊かな膨らみと、進以外の誰にも許したことのないところ…… その光景はいつも以上に進の欲求を沸き立たせた。
進の手と唇が衣と衣の間をなぞらえるように縦横に動いてゆき、雪の体と心を激しく浮き立たせる。
そして……二人はいつものように、互いの高まりを確認しながら至福の瞬間(とき)を刻んだ。それは、一度……二度……
熱い高揚の時が過ぎた。リビングのフロアに横になったまま二人はしばらくじっと抱きしめあっていた。
しばらくして進がわずかに体を起こして、雪の姿を舐めるように見つめ、囁いた。
「着物姿って……魅力的だな。けど……その格好……俺、悪いことしたみたいだ」
進の目が笑っている。
「え……? あら……いやだ」
雪は目線を体のほうに移すと、自分の乱れた姿を見て、真っ赤になって慌てて襟元とすそを合わせた。
進が今更慌てたって……と思いながら、くすくすと笑う。その顔がとても生意気に見えて、雪は思わず言い返した。
「でも……着物が魅力的ってことは、中身はなんでもいいのね?」
笑われた雪はわざとすねて見せ、進を睨む。だがそのしぐさ表情も進には愛しく思える。
「ばか…… 中身はそれ以上に魅力的にきまってるさ」
「ほんと?」
雪の問いに、進は口元を緩めて目を細めると、こう答えた……
「ああ…… すぐに証明してやるよ。今度はベッドでゆっくりと……」
−お し ま い−
※注※ 着物について(蛇足ながら説明を少々)
◎訪問着……女性の略式の礼装。あらたまった席や親類の結婚式、パーティなどでも着れる格の高い着物の種類。ちなみに、正装は留袖になる。また、振袖は普通、未婚女性の正装とされるため、訪問着は主にミセスの礼装とも呼ばれる。
◎着物の下着……昔の人は下着としては長襦袢と腰巻が主。また現在は専用の下着もあるようだが、普通は普段の下着(ブラジャーやパンティ)をつけたまま着物を着る人が多い。ただ、下着のラインがでるという理由で、本当につけない人もいなくはない。