お引っ越し−独身古代君の場合−
 

 ガミラスからの遊星爆弾のために赤土と化していた地球の大地は、ヤマトがコスモクリーナーDを持ち帰り、放射能を除去して半年も経つと、復興の兆しを全世界で見せ始めていた。
 まず、都市の中心部に公共の施設が建てられ、それに続いて民間のビル群が雨後の筍のようにそびえ始める。

 そして、2201年の春3月。地下都市に避難していた大勢の一般市民たちも、地上の家を新たに取得して引っ越しをはじめていた。
 森雪の両親も地上のマンションへの引っ越しを済ませた。そして、晴れて雪との婚約が整った古代進も、結婚後は雪と二人で暮らせるようにと借りたマンションへの引っ越しを、半月後に控えていた。

 (1) 荷物整理!?

 宇宙から帰ってきた進と待ち合わせた雪が、共に取った夕食の後の会話である。部屋の契約が無事に済んだことを進に告げて、今度は進の引っ越しの準備のことを尋ね始めた。

 「古代君、地下都市のお部屋の荷物はもう片付いたの?」

 「ああ、もういつでもOKさ」

 進は余裕綽々、にっこり笑って答えた。まだ何もしていない、と言うのではないかと思った雪にとっては、意外な答えだった。

 「へぇ、早いわねぇ。古代君って整理整頓が得意なのね」

 「っていうか、荷物って何もないからさ。地上に持っていく荷物って言っても、ダンボールに2つしか……」

 「ふたつぅ!!」

 雪が目を丸くする。ダンボール2つにいったいどれだけのものが入ると言うのか! しかし、進は相変わらずの平気な顔だ。

 「あ、ああ…… そんなに驚くことないだろう?」

 「だって、信じられない…… 洋服に台所の道具、それから身の回りのこまごまとしたものとかって考えたら……」

 「あっははは、女の子とは違うさ。荷物の半分は本だし、洋服だって雪に買い物に付き合ってもらったのだけだろう。(夏服はまだ買っていない!)台所なんてフライパンと後は皿と茶碗と箸くらいしかないし、家具は備え付けだから……」

 進が説明を始めると、雪の顔がだんだん切羽詰った顔に変わっていく。

 「じゃあ、新しい部屋に行ったらなんにもないんじゃないの!?」

 「まぁ、そう言うことになるけど…… とりあえず、寝るところがあって、水と火が使えればそれで……」

 そう言えば……と、雪は進の部屋を思い出す。そして、確かに閑散として何もなかったことを思い出した。

 「ああん!! じゃあ、どうするのぉ! 大変よぉっ! すぐにお買い物に行かなきゃ!! えっと、まずは買い物リスト作って……それから、それからっ……」

 焦り始める雪とは逆に、進はますますのんきなことを言い出した。

 「いいって、結婚するまでに雪がゆっくり揃えてくれればいいから、俺は別に……」

 「だめよ! 何言ってるの!! 最低限の人間らしい生活はしないと…… ああ、ほんとにあなたに任せてたら、ああ、ああ……」

 生活班長森雪としては、婚約者がそんな部屋で暮らすことは認められないと言ったところか? 殺気立った雪に、進はすっかり気おされてしまった。

 「いや、あの……だから……その……」

 進はなんとか雪を落ち着かせようと考えてみたが、彼女はもう進の言葉など耳に入りそうもなかった。
 新居準備の買い物に行くために、雪の瞳は使命に燃え、らんらんと輝き始めた。


 (2) 新居のためのお買い物−その1−

 次の日、雪の強い希望で、朝のデパートに開店とともにやってきた二人。まず雪の目に付いたのが、いろいろなリビング用品。台所や風呂、洗面、トイレ周りのものをあれやこれやと見て回った。
 と言っても、二人が見て回ったと言うとかなり語弊がある。なぜなら、こんな具合だからだ。
 雪が見て回って決める。そして、進に「古代君、これでい〜い?」と尋ねる。あくまでもやさしい声でお伺いを立てているようだが、この質問の回答には決して選択の余地はない。進は「いいよ」とただ頷くだけだ。
 そして、また雪は嬉々として次の買い物に進むのだ。それの繰り返し。進は買った物の荷物持ち係りだ。

 そして、そんな買い物が、昼食を挟んで、既に4時間以上も続いている。雪は「『最低限』のものを買い揃えるのよ」と言っているが、進から見れば「すぐに二人で何不自由なく暮らせるほど」ありとあらゆるものを買っているように思える。
 「そんなもの、今はいらないんだけどなぁ」と思いつつも、一言でもそんなことを言うものなら、「最低限これくらいは生活に必要よ!」で押し切られてしまう。

 進は思う――この行動力、強引さ…… まさに、あのお母さんそっくりだ――と。

 そして今、進にはもう口出しできる余地も、そして余力も残っていなかった。

 (もう、帰りたい……)

 これは、披露困憊した今の進の正直な心境だった。しかし、雪はまだまだ元気一杯、買い物と言うものは、女性をこれほどまでにエネルギッシュにするものかと進は感心するばかりだった。


 (3) 新居のためのお買い物−その2−

 次は、「最低限!?」の家具を買うと、またフロアを変えた。案内板を確認して、雪はベッド売り場へと歩き出した。

 「古代君っ! はやくぅ!!」

 すたすたと歩く雪の後ろを、両手に荷物を持ったままふらふらとついていく進。この様子で将来の二人の力関係が目に浮かぶようだ。

 「もう、俺疲れたよ。後は雪に任せるから…… 俺はここで待ってるよ」

 「だめよっ!! とりあえず今のところは、あなたの部屋なのよ。あなたがいなくてどうするのよ! それに、疲れた体を癒す睡眠のためのベッドなんだから、あなたが感触確かめなくてどうするの! ベッドは最優先に必要でしょう!」

 情けない声を出す進の要求は簡単に却下された。雪の宣言は絶対である。

 「はぁ〜〜〜〜」

 進は、両手に持った荷物を持ったまま、大きく肩を揺らしてため息をついた。まるで、いつになったら終わるのかわからない苦行を強いられている心境だった。

 (雪って…… 俺、もしかして選択を早まったんじゃないんだろうか……)

 進は、恨めしそうに雪の後姿を見ながら、そんなことまで考え出す始末だった。当の雪の方はお構い無しに、ベッド売り場を見つけて、展示のベッドの一つに駆け寄った。

 「あ、古代君!! ここよっ」

 雪はベッドのスプリングを確認するように、手で押してみたり、ベッドの上部の作りを見てみたりと、さっそく余念がない。

 「ねぇ、古代君。どんなベッドがいいの? スプリングは硬いほうがいい?」

 「ああ、そうだなぁ……」

 雪の質問にいいかげんに答えながら、進の体はベッドに引き寄せられた。

 (ああ、もうここで寝ていたい……)

 そんな思いが行動になった。進は、荷物を横に置くと、目の前にあった大きなキングサイズのベッドにばたりと倒れこんだ。

 (ああ、気持ちいい……)

 そんな進に、雪はつかつかと歩いてきた。進はビクリ。何しているの!と怒るのかと思いきや……

 「そうよねぇ、やっぱり寝てみないとねぇ。寝心地ってちゃんと試さないとわからないものね」

 などとまじめな顔で、進の隣に座ってみた。進は、顔だけ回して雪の顔を見た。真剣にベッドをにらんで手でベッドをぐいぐいと押してスプリングを確かめている。

 「なかなかいいわね、ねぇ、古代君?」

 真面目な顔の雪を見て、進は頭の中にふと思い当たった。

 (ベッドって……やっぱり結婚したら、雪も一緒に寝るんだよなぁ……)

 ふと思い立ったごく単純で素朴な疑問だった。進はそれを思わず口にした。

 「ベッドって、雪も一緒に寝るんだよなぁ……」

 「えっ!?」

 と、答えたきり、雪は絶句してしまった。雪の脳裏に、その状況が具体的に思い浮かび始め、じわじわと頬が染まっていくのが自分でもわかった。

 「?」

 はじめは自分の言った言葉の意味がよくわかっていなかった進も、雪の顔がだんだん赤みをさし始め、だんだんとうつむき加減になっていくのを見て、はっと思い立った。

 「あっ……」

 進は、小さな声をあげたかと思うと、真っ赤な顔でがばっと飛び起きた。雪の顔がまともに見れない。

 「あわっ……いや、その…… 別に……そういう意味じゃ(そういう意味ってなんだ? 雪は何か言ったわけじゃないし…… 俺だって、いや、実はそんなこと考えてなかったと言ったら嘘だし…… えっ?考えてたのか、俺?)」

 進の思考が混乱する。なんて言っていいのかわからない。すごい爆弾発言をしてしまったようで、思考が麻痺してしまいそうだった。

 そんな風に、二人でベッドに座ったままもじもじ赤くなっていると、店の店員が声をかけてきた。

 「いらっしゃいませ。新居のベッドをお探しでしょうか?」

 その声にはじかれるように、雪がベッドから立ち上がった。

 「あ、は、はいっ!」

 店員は、雪に向かってにこやかに笑いながら尋ねた。

 「近々ご結婚のご予定でしょうか?」

 「……ええ」

 雪がはにかみながら頷いた。進も慌てて立ち上がる。

 「そうでございますか。おめでとうございます。新婚さんでしたら、今、お客様がお掛けになっていらっしゃるベッドが一番のお勧めでございますよ。
 サイズはキングサイズで通常のダブルベッドより幅がございます。いわゆるシングルを丸々二つ分合わせた幅ですから、お子様がお生まれになっても3人で寝ていただけます」

 進も雪も熱心に聞く振りをしているが、心の中では、さっきのことがまだ反響している。店員はにこやかに笑いながら、さらに説明を続けた。

 「それに、このスプリングは最新の手法を使用しておりまして、硬くもなく、かといって柔らかすぎず、少々の激しい動きをされてもまったく問題ございません」

 何気に言った店員の言葉に、二人は同時に反応する。

 「はげしい……!?」

 真っ赤な顔で同じ反応を示す二人の客を見て、店員までも赤くなって慌てて言い訳をした。

 「あっ、いえ。そのっ、例えば子供さんがベッドの上で飛んだりはねたりなさっても……ってことでございます」

 「あっ、ああ、そうね」 「そうだなぁ、うん。は……ははは……」

 納得したように技とらしく笑う二人に、店員はほっと一安心。進と雪も、紅潮した顔をなんとか収めた。まだどぎまぎしながらも、この場を切り抜けるべく、雪は進を横目で見て、ベッドの善し悪しを尋ねた。

 「こ、古代君、どう?」

 「い、いいんじゃないかなぁ。広いほうがゆっくり眠れるし……」

 「そ、そうよね。地球に居るときにゆっくり疲れを取らないとね。じゃあ、これにする?」

 「う、うん。そうだな……」

 進はそのベッドをじっと見つめた。寝心地がよかったのは本当だったし、大きなベッドでゆったり眠りたいのも事実だった。

 こうして、嬉し恥ずかしドキドキなベッド選びは終わった。さすがの雪も、この小さな事件でどっと疲れたようで、この日はもう引き上げることになった。
 進は逆に、さっきまで疲れていたのが嘘のように、なんとなく心がウキウキ、体が軽くなったような気がするから不思議だ。

 (結婚したら、雪と一緒に……かぁ。そうだよなぁ、そうなんだよなぁ)

 なぜか急にご機嫌になった進を見て、雪はぼそりとつぶやいた。

 「古代君のえっち……」

 しかし、この言葉は進の耳に入ることはなかった。


 (4) お引っ越し当日

 こまごまとしたものは、一旦雪の自宅に預け、大きな家具は引っ越しの日に搬入してもらうことになった。と言っても、とりあえずはベッドだけなのだ。進の数少ない衣装をかけるくらいの場所は、備え付けのクローゼットで十分だったし、他の家具類は、雪が嫁入り道具として持ってくることになっていた。

 そして、進が再び宇宙から帰ってきたある春の日。進は地下の部屋から、地上のマンションへ引っ越した。想像どおり、2LDKの部屋には、ほとんど荷物はなかった。

 「あ〜、こんな簡単なお引っ越しって見たことないわ」

 雪は、進の持ってきた荷物を見てあきれて笑った。最初に宣言していたとおり、進が持ってきたのは、ダンボール箱2つと小さなボストンバッグ。

 「だって、これしかないんだから、しょうがないだろう」

 「これじゃあ、私が家から持ってきたものの方が断然多いわね」

 雪の家から持ってきた荷物は、ダンボール箱に5つ。進が思うに、この前買った「こまごまとしたもの」からさらに量が増えているような気がする。

 「これでも、とりあえず必要なものだけって、持ってくるものを厳選したのよ」

 「これで……!?」

 聞き返す進の声が、思わず大きくなると、雪はまたプンッとふくれっつらになる。

 「そうよっ!! ほんっとに古代君は……」

 「あはは……ま、いいから、いいから。雪にぜ〜〜んぶ任せるから、好きにしてくれ」

 「んっもうっ! でも、まあいいわ。お言葉に甘えて好きにさせてもらいますからねっ!」

 半分怒りながらも、雪はうれしそうだ。新しい家の仕度をするのは、女性にとっては心踊る楽しい仕事なのだ。
 しかし、こんなことを楽しそうにする『女』というものを、まだまだ理解しがたい進であった。

 (けど、楽しそうにやってるからまあいいか。どうせ、そのうち雪の家にもなるんだしなぁ)

 不可解なこともあるけれど、嬉しそうに片付けをしたり、物を並べている雪を見ていると、進も幸せな気分になる。雪の笑顔はいつ見てもかわいい。

 そうこうしているうちに、例のベッドが届いた。業者がやってきて置き場所を尋ねる。雪が寝室に予定している部屋へ案内し場所を指定すると、分解して持ってきたベッドをあっという間に組み立てて帰っていった。キングサイズのベッドは、それまで何もなかった部屋に、これでもか、と言うようにその存在感を示していた。

 進も雪もそばで黙ってその作業を見ていたが、業者が帰ってしまうと、なんとなく二人の間に沈黙ができた。ベッドの前に突っ立っていると、二人していけない想像が頭の中をかすめはじめる。

 (このまま、雪を抱きしめてあのベッドで……)と、ドキドキ進。

 (古代君ったら、もしかして……今? ええっ、やだ、どうしよう!!)とドキドキ雪。

 「雪……」

 進がかすれた声で一言そう言うと、雪ははじかれたように小さく飛び上がった。そして、慌てて言い繕う言葉を探し出した。

 「あっ、さ、さぁ、台所の片付けの続きをしてしまわなくちゃ……」

 「あ、ああ、そうだったな」

 そう言うと、雪はパタパタと寝室を駆け出した。そしてそのまま台所に駆け込むと、手につくものを動かし始める。ドキドキと心臓が高鳴っているのがわかった。

 (ああ、びっくりした…… 古代君、あんな切なそうな声で名前を呼ぶんだもの。でも、今日はだめ……まだ、心の準備が…… ああ、でも、ちょっとうれしい気分……)

 女心とはいとも複雑である。進にはまだキスまでしか許していない雪だったが、婚約した間柄だから、最後の一線を越えることは嫌ではない。そういう雰囲気になることもちょっぴり期待している。
 だけど……まだ、本当にそうなった時にどんな態度をとっていいのか、雪は決めかねていた。だから、今日は逃げてしまった。でも、ちょっと嬉しくて、食器を整理しながら、鼻歌なんかを歌ったりしてしまうのだから、自分でも不思議な感じがしていた。

 そして、あっさり逃げられてしまった進の方はというと……駆け去った雪の後姿を呆然と見ていたが、

 (やっぱり、まだ早かったかなぁ…… 早いよなぁ…… ああ、雪は怒ってしまっただろうか?)

 などと気弱なことを考え、自分の性急さに自己嫌悪に陥っていた。
 そして、恐る恐る台所を覗いてみて、雪が機嫌よく片付けを続けているのを見て、ほっと安心するまだまだ発展途上の進君であった。
 そして、片づけが終わった後、軽い食事をして、雪にキスを一つもらった。それだけで、すっかりご機嫌になって、雪を家まで送り届けた後、新しい部屋での第一夜を例のベッドでぐっすり眠ったらしいから、やっぱりまだまだである。

 こうして、独身古代君のお引っ越しは完了した。と言うか、ほとんど引っ越しというには程遠いイベントではあったような……

なんとなく中途半端だけど……おしまいったらおしまいっ!

あとがき

 サイトの引っ越し記念に、古代君達のお引っ越し話を書こうとして、思い立った作品です。
 初めは、進と雪が、結婚して子供を儲けた後、郊外の一戸建てに引っ越しする話にしようかな、と思ったのですが、この時は、きっと旧ヤマトのクルー達の家族も総動員した大賑わいのお引っ越しになりそうで……そうすると、まだお話に書いていないクルー達のお相手や子供達もたくさん出てきてしまうので、今回はやめました。だって、ネタバレなんだもの(笑)

 で、最初の古代君のお引っ越しを書くことにしたんですが、なんだか、引っ越しがメインと言うより、ベッド購入にどぎまぎウキウキする二人のお話になっちゃいました(笑) ま、いっか。(いい加減ですみません)

 ちなみにこのベッドに雪が寝ることはありませんでした。なぜって、この年の秋に白色彗星帝国の巨大戦艦の攻撃で東京はほぼ全壊してしまったから……
 その後古代君は、戦いの後再び建て直されたマンションに入居する際、このベッドと同じサイズのベッドを買います。その2代目のベッドで、二人は同棲生活と新婚生活をenjoyしたそうです。(どんな風に!?(爆))

 とりあえず、そんなこんなで、『古代君と雪のページ』もお引っ越し完了です!! これからも、こんなおばかな作者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
2002.3.8 あい

トップメニューに戻る      オリジナルストーリーズメニューに戻る

(背景:Cool Moon)