ピンクのさくらんぼ
「ピンクのさくらんぼ」とは……一体何でしょう? お話の展開とは全く関係のない!?ネーミングですが、ちょこっとでてくるんですよ、これ(笑)
 (1)

 うーん、はぁ、やっと地球に着くぞ! 今回はなかなかハードだったなあ。宇宙労務作業中の囚人の脱走事件で太陽系中飛び回らされたぜ。パトロール艇の初仕事みたいなもんだな。けど、怪我人もなく無事身柄を確保できてよかったよ。

 さぁてと……今日は雪は迎えに来てるかなぁ? この間の休暇は、兄さんが雪んちに行くってんで、すっかり疲れちまったもんな。今回は雪とゆっくりデートしたいぞ。
 雪は一人暮しに慣れたかな? 部屋ちゃんと片付けてるのかな? 飯ちゃんと作って食べてんのかなぁ? よしっ! 会ったら、雪の部屋をチェックしてやるって言ってやらないとだめだな! そう、チェックしないと……

 で、雪の部屋に行ったら…… 2人っきりだし。それに雪はそこから帰る必要もない、ってことはやっぱり、キスくらいはゆっくりできるよな。それから……もうちょっといってもいいかな? 胸くらいタッチ!とか、うへへ……い、いやっ! この際兄貴が言ってたように一気に……

 はあ〜、最近の俺ってそんな事ばっかり考えてる。こういうことを考えてると、雲行きが妖しくなってしまうのが、いつものパターンなんだ。だめだ! さりげなく、こう雰囲気がよくなったら……だな。ムフッ……

 やべぇ! クルーが俺を見て変な顔してる。あぁ、やっぱり妖しいかな?俺……

 (2)

 18:00。コスモエアポートの到着ゲートを出たが、雪は見えなかった。う〜ん、今日は残業なのかなぁ? 昼過ぎに、到着の報告を司令本部に入れたときは居なかった。休みを取ったのかと思ってたけど違ったのか? どうしたんだろう?
 と、その時、俺の携帯のベルが鳴った。

 「はい、古代です」

 「ああ、進か?」 あ、守兄さんだ。司令本部からかなぁ?

 「兄さん! どうしたの?」

 「もう、艇は降りたんだろう?」

 「ああ、到着ゲートをでたところだよ。雪、そっちで見なかったけど、迎えにも来てないんだ。今日は急な出張か何かで出かけてるのかい?」

 「ああ、その件で電話したんだ。実は、今日、雪は午後から帰ったんだよ」

 「えっ? じゃあ、どうしてここにいないんだい?」

 「最後まで聞けっ! 今日、朝から随分具合悪そうな顔していたんだよ。少し熱があるって言ってたが、昼頃になってますます辛そうな顔になってきたから、早めに家に帰れって帰したんだ。医者にでも行ったかどうだか…… どうしてるのか、お前これから行って、見てきた方がいいんじゃないかと思ってなぁ」

 「えっ! 雪が熱!? わ、わかったよ。すぐ行く! じゃあ、兄さんまた!」

 「おっ、おいっ……」

 兄さんはまだ何か言いたそうだったけど、俺は雪が熱を出したって聞いただけで慌ててしまった。どうしよう!と思いながら、既に駆け出していた。とりあえず、雪の部屋に行ってみよう! 雪、大丈夫かな? ゆきぃ〜! 今行くからなぁ!!

 (3)

 俺は雪のマンションまでとにかく走った。エアカーは雪に貸したっきりだし、タクシー乗り場を見たら、かなりの列だった。待ってた方が早かったかのもしれないし、バスもあるかもしれないけど、とにかくじっとしていられなくて走りに走った。
 マンションの下のエントランスで、雪の部屋のキーを入れ、暗証番号を押している時も、息が切れてはぁはぁ言いながらやってたもんだから、中から管理人のおじさんが覗いて変な顔してた。けど、説明する間も惜しんで、俺はエレベータに飛び乗った。

 雪の部屋の前で、呼び鈴を押した。1度2度押しても返事がない。どうしよう!?雪が中で倒れてたら…… 俺は、悪いと思ったが、貰っている鍵で勝手にドアを開けて部屋に入った。

 「雪! 大丈夫か!!」

 部屋に飛びこんでみると、雪がソファに持たれかかるように座っていた。慌てて雪の隣に座って抱き寄せた。なんとなく体が熱く感じる。やっぱり熱があるんだ!

 「雪!! ゆきっ!」

 「……こだい……くん? 帰ってきたのね、お帰りなさい」

 雪はぐったりとしていたが、顔を俺のほうに向けて力なく微笑んだ。

 「お帰りなさいじゃないだろう!寝てなきゃだめじゃないか! 熱あるんだろう? 風邪ひいたのか?」

 「ん…… でも、薬……買ってないの。だから、買いに行こうと思って着替えたんだけど…… なんだかとても体がだるくて……」

 雪の額に手を置いてみた。焼けるように熱い!

 「熱あるな。測ったのか?」

 「ん、さっき38度だった……」

 「医者は……?」

 「行ってない」

 「だめだよ、行かなきゃ! 今から行こう!」

 「大丈夫よ、ただの風邪だから薬飲んで寝てたら治るわ」

 「だめだ! ほら、我侭言うんじゃないぞ」

 俺は行く行かないと言いあう時間も惜しくて、雪の体を抱き上げ部屋を飛びだした。

 「きゃっ! 古代君……やだ、恥ずかしい……歩くから」

 「何言ってるんだよ、ふらふらしてたくせに」

 「それに……もう遅いわ。お医者様も閉まってるし……」

 雪の言葉に俺は立ち止まった。今はもう夜の7時近い。確かに普通の病院は開いていない。

 「あっ、そうか……ん、じゃあ…… あ、そうだ! 佐渡先生だ、佐渡先生んとこに行こう!」

 「でも……あそこ……犬猫病院よ」

 あのなぁ! 雪のヤツ、風邪ひいてるってのに、次から次へとよく頭が回って突っ込んでくるもんだよ。

 「だ、大丈夫だよ。ヤマトの艦医してたんだから、人間だって見てくれるさ。それに雪の事なら先生だって! とにかく行くぞ!」

 有無を言わせないって言う態度で言ったのが、雪に伝わったのか、雪はもうなにも言わなくなった。さあ、急ごう!

 (4)

 俺は雪を抱き上げたままエレベータに乗って、一階のボタンを押した。雪は静かに僕の首に手を巻きつけたままだった。ところが、一階についてエレベータが止まると、雪はまたごそごそと動き出した。

 「降りる……」

 「どうして? だめだよ、熱があるのにふらつくから」

 「恥ずかしい……」 雪が小さな声で訴える。 「えっ?」

 「管理人さんいるから……」 「あっ、そうか……」

 確かにちょっとこのまま雪を抱いて行くのを見られるのは俺としても恥ずかしかった。もっと具合が悪かったらそうも言ってられなかったかもしれないが、今は雪の言う通りにしてやろう。
 俺は雪をそっと床に下ろして、雪の両肩をぎゅっと抱きしめた。雪がふらっと倒れてしまわないように。
 エレベータから出ると、管理人さんがやっぱり見ていた。さっきの俺の急ぎ具合を不思議そうに見てたからか、今度は声をかけてきた。

 「どうなさったんですか?」

 「あ……ちょっと、熱があるみたいで、病院まで行ってきます」

 「そうですか。お大事に。いいですね、やさしい婚約者の方がいらして」

 管理人が同情を含んだような笑顔を見せた。それに雪は大儀そうに微笑んでいた。
 一応、僕は、この管理人には顔を覚えてもらっている。なにせここの鍵は1ルームに付き3個しかないのだ。雪と雪の両親の他には、僕しか鍵を持っていないのだ。一応、引っ越してきた時に雪が紹介してくれたんだ。

 俺は雪の肩をしっかり抱いたまま、マンションのエントランスを出た。出ると同時にまた彼女を抱き上げた。

 「古代君!……」

 「いいからいいから。早く行こう」

 俺はもう雪を降ろさなかった。そして、雪を抱いてエアカーのところまで歩いた。車につくと雪を助手席に乗せ発進させた。
 佐渡先生の「犬猫」病院まで、車で数分で着く。走りながら隣を見ると、雪は辛そうにぐったりと背もたれにもたれたまま目を閉じていた。ときどき痰の絡んだような咳をしている。
 雪すぐ着くからな、もうちょっと待ってろよ!

 (5)

 「さ、着いたよ、雪」

 そう言うと、俺はまた雪を抱き上げた。雪はもう歩くとも恥ずかしいとも言わなかった。雪の頭は俺の胸にことんと置かれたまま動かない。大丈夫だろうか? 熱が上がって苦しいんだろうか?
 俺は、また急いで先生の病院の入り口までの階段を駆け上がった。
 先生の病院のドアには 『佐渡犬猫病院』と書かれてあった。電気は消えている。でも中から薄明かりが漏れているので、在宅しているのは間違いなかった。俺は、ドアホンもないそのドアを激しく叩いた。

 「佐渡先生! 先生!! 佐渡先生!!!」

 何度かドアを叩きながら叫ぶと、中から返事が聞こえた。

 「なんじゃ? 誰だ?」

 「古代です、佐渡先生! 開けてください!!」

 「おお、古代か、ちょっと待っとれ」

 佐渡先生は俺の声をすぐわかってくれて、入り口のドアに駆け寄ってきた。ドアが開いて、佐渡先生の顔が俺達を見上げた。

 「なんじゃ、酒でもねだりに来たん……む……?どうしたんじゃ?雪?」

 佐渡先生は僕が抱きしめている雪を見て驚いた様子だった。

 「すみません、雪が熱を出して……時間も遅いんで病院も閉まってるし、佐渡先生に見てもらおうと思って」

 「おっ、そうか。よしわかった、ちょっとこっちに連れて来い」

 佐渡先生はのぼーっとした赤ら顔から、さっと真面目な医者の顔に変わって、俺を招き入れた。入った先は、診療室。無機質なベッドがど真ん中にドンと置いてあった。その横にテーブルと椅子が2つある。
佐渡先生は、テーブルの前の椅子に座ると、もうひとつの椅子を指して言った。

 「ほれ、雪をここに座らせてみぃ」

 「はい……」

 俺は、雪をゆっくり降ろしてその椅子に座らせた。雪は少しうなだれがちだったが、何とか椅子に座った。

 「すみません、佐渡先生。風邪だと思うんですけど…… ちょっと熱あるだけでたいしたことないんです」

 雪は口だけはしっかりしているみたいだ。

 「まあ、ちょっと診てみるかな」

 そう言うと、佐渡先生はちらりと俺の顔を見た。俺は、まだ心配で結構蒼白な顔をしていたと思う。雪の肩を抱いたまま先生に訴えた。

 「早く診て下さいよ、先生」

 「う……む」

 佐渡先生が困ったような顔をして、俺と雪の顔を交互に見る。すぐに診察しようとしないのだ。俺は焦れて先生を急かした。

 「どうしたんですか? 先生!」

 「……あのな、古代。お前、遠慮せい。いくら婚約者だっちゅうても、未婚の女性の診察を男に見せるわけにはいかんぞ」

 あっ、そうか!! 俺は心配のあまりそんなことに全く気がまわっていなかった。

 「す、すみません!」

 俺は慌ててドアから廊下に出た。診察ってやっぱり、あの聴診器で鼓動をチェックしたりするんだろうか。ってことは、雪の裸を佐渡先生は見るのかぁ! そんなぁ……
 っんなこと当たり前じゃないか! 先生は医者だぞ!! 俺はこんな時に何考えてるんだ!? ばかやろう!

 俺は心配したり、どきどきしたり、ムッとしたり、なんだか変な気持ちだった。ああでもない、こうでもないと、どうでもいいことを考えていると、中から声が聞こえた。

 「古代、もういいぞ」

 (6)

 その声を聞いて、俺はまた部屋の中に戻った。雪は胸のボタンの一番上を止めているところだった。佐渡先生は俺の顔を見てにこっと笑った。

 「たぶん風邪じゃろう? たいしたことはないと思うが、まだ熱があるからのぉ。今夜はまだ熱がでるかもしれんな。抗生物質と解熱剤の処方箋を出しておくから、帰りに薬局で薬貰って帰りなさい」

 「ありがとうございました」

 僕はほっと安心して先生に頭を下げた。

 「ちょっと疲れがたまったんじゃろうな。一人暮しをはじめて2ヶ月足らずじゃったかのぉ? いろいろと疲れがでる頃じゃ。1日か2日ゆっくりすれば治る。そうだな、古代、今晩はお前ついててやれ!」

 「へっ?」

 「へっ、じゃないじゃろう。雪は熱がある。歩くのもふらふらしとるじゃないか。そんな病人一人にできんじゃろ。それとも横浜のお母さんにでも来てもらうか?」

 佐渡先生に尋ねられて、雪が慌てて答えた。

 「だ、大丈夫です。私、帰ってすぐ寝ますから…… 母には言わないでください。一人暮ししてすぐに風邪引いて具合悪くなったなんて聞いたら、一人暮しなんかやめなさい!って言われちゃう」

 雪の話に、先生はあきれたような顔をしていたけれど、ほふっと小さくため息を吐いた。

 「しょうもないこと考えるんじゃのう。まあええ、そう言う事らしいから、古代、やっぱりお前がついててやれ。ええな!」

 「は、はい……」

 俺はともかく返事をした。すると佐渡先生がにやりと笑った。

 「言っとくが、まさか熱で朦朧としている病人に手を出したりはせんじゃろうな?」

 「あ、当たりまえですっ!!」

 俺は真っ赤になって叫んだ。いくらなんだってそんな事……で、できるわけないだろう! ちょっと惜しい気はするけど……(これは男のホンネだった)
 俺は、歩けるという雪をまた抱き上げて、佐渡先生に礼を言った。

 「ありがとうございました」

 「ああ、大事にな。たかが風邪だとばかにしないようになぁ…… しっかし、お前さんらは相変わらず熱っついのお」

 佐渡は雪を抱き上げた俺に、にやけ顔で言った。熱で元々赤い顔の雪が恥ずかしそうにもっと赤くなったような気がした。へへっ、俺だっていざってときは結構やさしいだろ、なっ、雪。

 (7)

 俺達は、途中薬局で薬を貰って雪の部屋に戻ってきた。雪をベッドに寝かせ、冷凍庫からアイスまくらをしいてやった。これで俺もほっと一安心。そばに椅子を持ってきて座った。

 「どうだ? 雪」

 「ん…… 大丈夫」

 答えは「大丈夫」だったけど、大丈夫って顔をしてなかった。赤い顔にうつろな瞳、枕にうずめた顔は苦しそうに少し歪んでいる。時折、ごほっごほっと痛そうな咳も出てくる。見てるだけでも、辛くなる。俺が代わってやりたいよ。

 「薬飲まなきゃなぁ…… その前になにか口に入れたほうがいいな。食べれるかい?」

 「……ううん、食べたくない」

 「そう言ってもなぁ」

 普通はこう言う時はお粥とか雑炊とか食べやすいものがいいんだろうなぁ。けど……俺、チャーハンは作ったことあっても、粥なんか作ったことない。どうやって作るんだろう? むむむっ困ったぞ。雪のお母さんに聞くわけにも行かないし…… あ、綾乃さんに聞いてみるか……
 俺が悩んでいるのに気付いたのか、雪が薄目を開けて俺にこう言った。

 「古代君…… あの、プリンが冷蔵庫に入ってると思うの。それなら食べられるかも…… ご飯は今食べたくないの……」

 「あ、そ、そうか…… 待ってろよ、今取ってくる!」

 俺は、その言葉に心の中で思わずほっとしていた。ご飯が作れないって考えてた事がばれたのかなぁ? 雪のヤツ、この期に及んでも俺に遠慮してるのか?まあ、いいや、とりあえず、プリンプリン……と。
 俺は、台所に行って冷蔵庫からカップに入ったプリンを2つ取り出した。

 えっと、それからスプーンだな。このプリンにはついてないな。ってことは、台所のどっかにあるはずだよな。どこだ?こっちかな?あれ、違う。じゃあ、こっちか?

 台所をごちゃごちゃがしゃがしゃと引っ掻き回して、やっとの事でスプーンを見つけ出した。俺はそれを持って雪のところへ戻った。

 「雪、持ってきたよ! ほら、プリン」

 「……ありがとう。物の置き場所わからなかったでしょう? 聞いてくれれば良かったのに」

 あれ……ばれてる。台所であんなにガチャガチャやってれば、解るってか……やっぱり(汗)

 「ほら、そんなことより食べろよ、少し」

 俺は、雪を枕から抱き起こしてやって手にプリンのカップとスプーンを持たせた。後ろに枕だけでは心もとなくて、慌ててリビングのソファーからクッションも取ってきて背中にあてがってやった。雪はうれしそうににこっと俺に向かって笑って、また「ありがとう」と言った。
 そして、プリンを少しずつ少しずつゆっくりと口の中に入れた。

 「冷たくて美味しいわ…… 私、ひとつで十分よ。古代君もひとつ食べて」

 「気を使わなくていいって、君は今日は病人なんだからさ。今食べたくないなら、とっとくから……ほら」

 「ん……ありがとう」

 雪のヤツ、何かする度に「ありがとう」って丁寧な病人だよなぁ。雪が食べ終えるのを見計らって、俺はコップに水を汲んで持ってきて、薬を飲ませた。はぁ、これでとりあえず一段落……だな?

 (8)

 雪がまたベッドに横になったのを見て、俺はハタと気付いた。雪はさっき薬を買おうとでかけるつもりだったから、普通の服を着たままじゃないか! このままじゃあ、体にきついよな。着替えさせたほうがいい。佐渡先生も汗かいたまま、服を着てちゃだめだっていってたしなぁ。

 「雪……」

 そう声をかけると、閉じていた目を開けて顔をこっちにむけた。

 「な、パジャマかなんかに着替えた方が楽なんじゃないかい?」

 「ん…… でも、もう歩きたくない……」

 「俺が取ってきてやるよ。どこにあるんだ?」

 「そっちの整理たんすの……うえ……から2番目」

 「上から2番目だな?」

 と、俺は、振り返って雪の整理たんすを見た。5段のたんすがある。俺はそこまで行くと、上から2番目の引出しを引っ張った。
 右端には、小さな区切りがたくさんあって鮮やかな色のきれいなハンカチが並んでいた。やっぱり女の子だよなぁ。なんて感心してしまった。
 あっ、そうだ。汗を拭いてやったりするのに、ハンカチも一枚あってもいいな。そう思った俺は、勝手ながら、そのハンカチの一枚を取り出した…… かわいいピンクのさくらんぼ模様のハンカチ……は・ん・か・ち?……

 (うげっ!!!!)

 俺の声は、声にならなかった。あんまりびっくりしてしまって、手も目も体も硬直してしまった! ハンカチだと思って取り出して広げてみたら……………………パ、パンティだぁ!
 ってことは、もしかしてこれ全部……なにかぁ? ち、ちょっと待てよぉ。落ち着け、進。落ち着けよ! 俺は慌てて取り出してしまったピンクのさくらんぼ模様のパンティを元あった場所に戻した。ただし、たたみなおす事なんかできなくて、くしゃくしゃと突っ込んだだけだったけど。
 心臓がばくばくして、それでもそのカラフルないろんな色の布きれから目が離せなかった。

 俺は、一度深呼吸して、自分に精一杯冷静を要求しながら、恐る恐る左側の方を見た。や、やっぱりこれって……どう見てもパジャマに見えない……
 隣にきれいに並んでいたのは……二つずつのおわんが並んだような……アレだった。あわわわ…… だ、だめだぁ!

 俺は、慌ててその引出しを勢いよく締めると、冷や汗が出るのを拭き拭き、もう一度雪に尋ねた。

 「雪…… あ、あのさぁ…… パジャマってどこに入ってるって?」

 「えっ? だから、整理たんすの……し……た……から2番目」

 した? さっきは確か上って言ったはずだったけど、雪、熱で混乱してるんだな? ほんと、人騒がせな! いやっ、実は得したのか……あはは。ああっ、もう!何を考えてんだ、俺ってアホ……

 「あ、ああ……そ、そうなんだぁ…… わ、わかった。ちょっと待ってて」

 俺は改めて下から2番目の引出しを開けた。
 あった!! 雪のパジャマは、確かに下から2番目の引出しに入っていた。その中の右端にあったのを取り出して、引出しを閉めようとした時、俺の視線はまたその引き出しに釘付けになった。
 ちょっと待てよ、今取ったパジャマの下にあるのって……? もしかして……やっぱり……

 それはきっと、あのイスカンダルへの旅のときに着ていた例のアレだと……俺は思った。手が勝手に伸びていく。そっと端っこを掴んで少しだけ持ち上げてみた。やっぱり! あのシースルーのスケスケ……
 お、お前、何をやってんだ! 俺は、また慌ててそれから手を離すと、くらくらする頭をブルンブルンと振って、気合を入れなおした。引出しを閉めて、パジャマを持って雪のところに戻った。

 「ゆ、雪…… 持ってきたよ……ぱじゃま」

 俺のほうもすっかりぼっとなってしまって、熱くなっていた。もしかしたら、雪と代わらないくらい赤い顔をしてるんじゃないだろうか?
 雪は俺の差し出すパジャマに手を出すと、俺の顔をじっと見た。

 「ごめんなさい…… あの……最初私、ぼうっとしてて上から2番目って言わなかった? 開けた? その引出し」

 俺はまた顔がカーっとしてきて声が出なかった。だから大きくかぶりだけ振った。開けて手にも取ってしまったなんて、言えるわけないだろう!

 「そう、よかった」

 雪はほっとした顔でそう答えた。ああ、開けたって言わなくてよかった。俺も安心して大きく息を吐いた。はぁぁぁぁ〜。

 「じゃあ、着替えろよ。俺、ちょっと外に出てるから」

 「はい……」

 (9)

 寝室から出て、俺はまっすぐソファーに倒れこんだ。はぁ〜、もうこれだけで精神的に思いっきり疲れたぜぇ! さっきは、いきなりアレもコレもアンナノも見てしまって、雪の具合が悪いってのに、俺は心臓ばくばく、頭くらくら、手が震え…… 頭の中には妖しい想像が巡ってしまったんだ。
 進のばかやろう!! 俺は今日看病のために来たんだぞ! 佐渡先生にも言われて、そんなことするはずないでしょう!と威張って言ったんだからな!

 俺は、もう一度大きく息を吸って、また吐いた。はぁ〜ふぅ〜……

 10分もたっただろうか、俺も落ち着いたし、雪ももう着替えも終わった事だろうと思って、雪のいる部屋をノックした。

 「雪? 着替えたかい?」

 返事がない。

 「雪……?」

 こんな時だからしょうがない。もしも何かあったら大変だから、と自分を正当化しつつ、俺はゆっくりとドアを開け、そっと部屋の中をのぞいた。
 雪は、ベッドでうつぶせに寝ていた。パジャマ着たかな?と思って、見たけれど……き、着てないぞ! あれは……雪の背中……それも素肌!? 下着を着けたままうつ伏せになっている。ど、どうしたんだ!? 雪!!

 「雪っ! どうした? 具合悪いのか!?」

 俺は、雪の格好に、ドキドキするよりも、様子が変になったんじゃないかと慌てて、部屋に飛びこんだ。
 すると、それ気付いた雪が大儀そうに首から上だけぐるっとまわして俺のほうを見た。

 「ごめんなさい……古代君。私……力でなくて」

 「えっ?」

 「パジャマに着替えるのに、ブラ取りたくて……外そうと思って、背中に手をやるんだけど、どうしても力が入らなくて、後ろのホックが外せないの…… 古代君、外してくれる?」

 「へっ?」

 俺は今までで一番ドキッとした。心臓は再び大きく鼓動を始めた。俺の今の返事の声、きっと裏返ってたと……思う。それでも力なく寝ている雪の様子に、俺はゆっくりとベッドに近づいた。雪も自分がどんなことを俺に要求しているのか、あまり深く考えてないようだ。とにかく辛いのだろう。
 雪の肌がまぶしい。水着姿なんて何度も見た事あるんだから、そんなに緊張する事ない、と思うのだけど、やっぱり緊張が走る。
 ベッドまで来て横にしゃがむと、俺は手をゆっくりと雪の背中に近づけた。背中の真中やや上側にブラのホックがある。俺は眼を瞑った方がいいのだろうか? と思ったけど、瞑ったら場所がわからなくなりそうで、目を半分閉じてるような開けてるような変な格好で、目的の場所まで手をやった。
 ホックに触れる。ホックを掴んだ親指と人差し指以外の手が雪の背中に触れる。やわらかな肌……そして、とても熱い……
 えいっ! と心の中で声をかけて、俺はそのホックを外した。ホックが外れて楽になったのだろう。雪がおおきくふーっと息を吐いた。

 「ありがとう……古代君」

 「い、いや……」

 俺は、なんて答えていいかわからず、それだけ返事すると、雪の横に広げられていたパジャマの上着を上から雪の肩にかけた。

 「……ほ、ほら。雪、もうあとは自分でできるかい?」

 すると、雪が向こうを向いたままゆっくりと上半身を起こした。もしかして、前のボタンも止めてとか言われたらどうしよう……などと、よからぬ?期待をしながら、そのまま見つめていると、雪はもぞもぞとブラを外し、自分でパジャマのボタンを止め始めた。

 「……あとはできそう…… 古代君、ごめんなさい」

 「あ、いや…… じゃあ、も一回外に出てるよ」

 俺は不謹慎にもちょっと惜しい気持ちだったが、素直に部屋を出た。佐渡先生に釘さされたあの言葉が胸によみがえってくる。今なら、雪を抱きしめても、きっとほとんど抵抗できないだろうな、などと考える俺。だめだ……やっぱり……不謹慎だな。

 (10)

 今度はそのままドアの外で待っていたら、すぐに声が聞こえた。

 「古代君、もういいわよ」

 俺はすぐにもう一度部屋に入った。雪はすっかり布団をかぶって横になったまま俺のほうを見ていた。

 「ゆっくり寝ろよ。何か俺、することないか?」

 「ううん、なんにも…… 少し落ち着いたわ。まだ頭が少し痛いし、ぼうっとしてる。でもあんまり寒く感じなくなったから、もう熱上がってないみたい」

 「そうか、よかったな。あとはゆっくり寝るだけだな」

 「ん…… 古代君、帰ってきたばかりで疲れたでしょう? もうおうちに帰って……」

 「大丈夫。佐渡先生から今晩一晩は付いててやれって言われてるからな。ここにいるよ。何でもいいつけてくれていいよ」

 「うふふ…… やさしいのね、古代君」

 「ばっか…… そんなこと当たり前だろ」

 「でも……古代君、おなか空いたでしょう? 冷凍庫とか棚とかにレトルト食品が少しあったと思うから適当に温めて食べて……」

 雪のヤツ、こんなに熱があるってのに、人の食事の心配をしてやがる。困ったヤツだ。俺はちょっと胸が熱くなった。雪がたまらなく愛しかった。

 「そんなこと気にしなくていいから…… さ、目を瞑って少し寝ろ」

 雪はちょっと微笑んでこくんと頷くと、目を閉じた。それから雪は目を閉じたままじっとしていた。
 俺はしばらくじっとその姿を見つめていた。病気でやつれていても雪の寝顔はかわいい。そう言えば、目を閉じた雪の顔を見るのって、キスを待ってるときくらいかなぁ? いつだったか、ドライブに行った帰りにうとうとしたこともあったっけ?
 そんなことを考えながら、雪の寝顔を堪能していた。15分くらい経っただろうか、雪の呼吸が規則正しくなった。眠ったのかな?

 「雪……雪……」

 小さな声で呼んでみたが、反応はなかった。眠ったみたいだな。手を雪の額にそっと当ててみた。まだ少し熱かったけど、会ってすぐの時よりも熱くないような気がした。薬が効いてきたのかもしれない。

 それから、俺はずっとずっと雪の寝顔を見つづけていた。かわいいかわいい僕の雪の……ねがお。

 (11)

 翌朝、はっと気がつくと、俺は雪の隣で眠っていた。あれ? なんで俺ベッドになんか入ってるんだ? びっくりして上半身を起こして雪のほうを見た。

 「古代君、目がさめたの?」

 雪は既に目を覚ましていた。昨夜とは打って変わって、雪の顔はすがすがしい顔をしていた。ちょっぴり恥ずかしそうにふとんを顔の半分までかぶって、くすくすと笑い出した。俺は慌ててベッドから飛び降りて尋ねた。

 「なんだよ、雪! も、もういいのか?」

 「うん、熱下がったみたい。とっても楽よ。うふふふ……」

 「何笑ってんだよ」

 「だって古代君、夜中に私が目を覚ましたら、ベッドに突っ伏して眠ってたのよ」

 「そ、それで……」

 俺はマジで焦っていた。全然覚えていない!

 「それでね、私が布団を開けてここに入って寝たら、っていったら、「うん!」ってまるで小学生の子供みたいにうれしそうな顔をしてベッドに滑り込んできて……うふふ……またすぐ寝ちゃったわ」

 「げっ……」 やっばぁ〜!

 「古代君の寝顔、かわいかったっ!」

 「ば、ばかっ! んなもん見なくていいよっ! そ、それより、腹減っただろ? なんか作ってやるよ」

 「じゃあ、トーストとコーヒー」

 「そんなもんでいいのか?」

 「う〜ん、それじゃあ、目玉焼きと野菜サラダも……」

 「おっけー、待ってろ。作って持ってきてやるから。まだ寝てろよ」

 「はいはい……」

 雪のヤツはまだ可笑しそうに笑っていた。ちぇっ!
 俺は笑われてちょっと悔しかったけど、笑うほど元気になった雪を見るのは、すごくうれしい。よかった! 本当によかった!!

 それから、朝食を一緒に食べた。雪は熱も下がって元気なった。仕事は俺が帰ってくるからって最初から休みにしてたらしい。丁度よかった。
 その日は一日中、二人で取り留めのない話をしたり、噂話を聞かせあったりして過ごした。昨日のことを話題にすると、雪は本当にうれしそうに、何度もありがとうを連発してはうれしそうに俺に抱きついて来るんだ。困っちゃうなぁ。
 それからもちろん、話が途切れる度に……雪の唇は俺の口にふさがれてた……むふっ!

 えっ? それ以上手をださなかったのかって? 病み上がりの彼女を襲うほど、俺は飢えてないぜ! 今日のところは大事に……大事に……だよっ!

 この一夜の事は、佐渡先生以外は誰も知らない、俺と雪だけの秘密……のはずだった。

 (12)

 数日後、久々に島と会って飲みに行った。酒も進んで話も弾んだ頃、島が急にこんな事を言い出したんだ。

 「おい、古代、お前この前雪のマンションに泊まったんだってなぁ。最後までいけたのか?」

 「な、何で知ってる!?」

 「やっぱりなぁ……昨日相原に会ったんだ。そしたら、『面白い情報ですよ』って言うんだ。なんだって聞いたら、『守さんが雪が熱を出して帰った話をお前に電話で伝えたら、お前が電話を話半ばで切ってすっ飛んでった、って笑ってたんです』ってな。
 次の日は休みだったし、あれはきっと看病とか何とか理由つけて泊まったに違いないって司令本部内で噂になってるらしいぞ。あっははは……」

 「うっ……」

 結局、俺は必死になってその晩は手を出したりしていないことを説明して、島をなんとか納得させた。島のヤツは、「やっぱりな、お前らしいぜ」なんてしたり顔で笑ってたけど、くっそ〜、もうきっとみんなに知れ渡ってんだろうな…… はぁ〜

 でも、雪にはすっごく感謝されて俺の株はすっかり上がったし、役得って言うか、ま、いろんな物拝めたから、今回はよかった……んだよなっ!!

−お し ま い−

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(背景:Orange House)