Relax Time〜なんとなく……幸せ〜
夏の日の昼下がり…… 外は暑さでむんむんしてるけど、部屋の中はエアコンが効いていてとても快適。私と彼は、それぞれにお気に入りの場所で、お気に入りの格好で好きな本を読んでいる……
彼が地球に帰ってきて二人で取った休暇。昨日は海までドライブして、それから少し泳いだ。水の中の彼はいつも以上に嬉々としてた。だって彼、海育ちなんですもの!
たっぷり遊んで、夕ご飯は海辺の気軽に入れるレストランでたっぷり食べて……とっても楽しいデートだった。
そして帰り際、車の中で彼が尋ねた。
「明日はどうする? 俺はあいてるけど……」
「私も特に予定はないけど…… どこへ行ってもこの熱さだし…… それに古代君、ちょっと疲れてない?」
「ん、正直言うと少しな。明日は家でゆっくりしようかなぁ」
「ええ、いいわよ。 じゃあ古代君が起きた頃、そうねお昼前に古代君の部屋に行くわ。今日のお礼に、お昼ご飯と版ご飯作ってあげる!」
「ああ、サンキュー! 読みたい本もあるし、明日はエアコンの効いた部屋でのんびりするかぁ〜!」
「了解っ!」
そんな会話をしたあと、彼は私の部屋の前まで送ってくれて、キスをひとつして別れた。
そして今日。その言葉の通り、私は11時前に彼の部屋に着いた。勝手知ったるなんとやら……持っている合鍵で部屋に入ったら、彼ったらまだ起きたばかりみたいで、寝ぼけまなこなのよ。もうっ!
でもまあいいわ。とりあえずは腹ごしらえね。お昼のしたく―彼の場合間違いなくブランチだけど―をして、二人で食べて……
その後は、とりとめもないことをおしゃべりしたり、本を開いてみたり、特にどうってことない時間を過ごしている。
こんななんでもない時を、なんの違和感もなく自然に過ごせるようになったのは、いつの頃からかしら?
ただ二人がともにいることが、とても自然で、それでいてなぜか幸せな気分になる。
付き合い始めた頃は、会うたびにどこに行こうかと二人していろいろと悩んだものだった。彼も一生懸命デートスポットを探したりして……
もちろん、あの頃はデートするような遊園地も公園もほとんどなかったんだけど。それでも、ちょっとした場所を見つけては、出かけて行ったのよね。
そしていつもいろんなことを話した。家族のことや友達のこと、ヤマトでの旅の最中のこと…… 彼のことが知りたくて、私のことを知って欲しくて、本当にいろいろおしゃべりした。
でも途中で会話が途切れたりすると、とたんにとても落ちつかない気持ちになって、一生懸命次の話題を捜したっけ…… うふふ、思い出すとおかしくなっちゃう。
だけど……いつの頃からかしら? 二人でいる時に、何も会話のない時間が増えたのは…… そしてそれが苦痛ではなくなって、ううん!逆にそれがとても楽になって、ごく当たり前に思えるようになったのは……
今は……こうしているのも、とっても……幸せ。
そう思いながら彼をチラッと見ると、じゅうたんの上にごろんと腹ばいになって本を読んでいる。頭の方に、クッションを置き、そこに厚い本を立てかけて、その本を目をきらきらと輝かせながら読んでいる。
その瞳は、まるで面白くてたまらない冒険の本をワクワクしながら読んでいる少年のそれのよう。その姿に、思わず口元が緩んでしまう。
ふと私の視線を感じたのか、彼が目線を上げて私を見た。
「どうした?」
「ううん、別に…… なんでもないわ」
にっこり微笑むと、彼は困ったような顔をする。
「じゃあ、そんなに見つめるなよ…… 気が散るだろ?」
照れ笑いしながら彼が言う。私はおかしくなってクスクスと笑った。
「だって、大好きな人の顔を見てるんだもん! いいじゃない!」
からかい気味にそう言うと、彼はちょっと眉をしかめて
「ば〜〜か!」
と言った。
でも……なぜかその後、彼の顔が少しだけ、嬉しそうに微笑んだように見えたのは、私の思い過ごし……かしら?
「うふふ……」
私はもう一度一人で笑うと、彼から視線をはずして、家から持ってきた恋愛小説のページを開いた。
それは、アメリカ人の作者が書いたよくありがちなハッピーエンドラブストーリー。でもなぜか、お年頃の私にはついつい手が伸びてしまう魅力があるの。
ストーリーはわりと単純。ちょっと強情っぱりで、でもとても素敵な女性が、年上の魅力的な男性と出会う。それから、二人はお互いに意地を張り合いながらもどんどん惹かれていって…… 最後に結ばれる。そしてお決まりのラブシーン。
『ああ、ローラ。君は僕にとって最高の人だ。君を愛してるよ。僕はもう君なしでは生きていけない。結婚して欲しい』
『ああ、ジェームス! 私も愛してるわ。もちろんよ、喜んで結婚するわ!!』
そのままベッドに倒れ込む二人。ウエディングベルのなる日も近いことを匂わせて、話は終わった。
切ないほどの愛の言葉に、胸がキュンとなる。それから思わずこみ上げてくるものがあって、最後にはほぉっとため息が出た。
ああ、いいわ〜 ちょっとばかりオーバーかな?って気もするけれど、愛する人にこんな風に言われて嬉しくない女の子がいるはずがないじゃない!
彼にも一度くらい言ってもらいたいものだけど……
彼に気付かれないように、チラッと横顔を見た。相変らず目を輝かせて本に見入っている。
今度はため息。はぁ〜〜
どう考えたって彼がそんなこと口にするとは思えない。古き良き時代?の日本男児!って感じの彼に、甘いセリフは似合わない。
全世界が交流し始めて何百年たった今でも、西欧人のスマートさを日本人の男性に求めるのは無理ってものなのかしら?
あっ、だけどっ! そうそう、あの眼鏡の彼ならさらりと言ってくれそうだわ。やっぱり、人それぞれなのかな?
私は彼の同僚の一人を思い浮かべて思わず微笑んでしまった。
しかたがないわ、私の夢の中ででも、彼に言ってもらおうかしら。
そう思いながら、私はもう一冊の恋愛小説のページを開いた。
しばらくして、何を思ったのか、彼は本を置いて立ちあがると、私の座っているソファーの隣にどかりと腰掛けて、私の持っている本を覗き込んだ。
「はぁ〜 休憩! 雪は、何を読んでるんだい?」
「えっ? ん、ふつーのラブストーリーよ……」
彼の顔を見上げながら、私は意味深に笑った。でも……
彼ったら、私の答えを聞くと、とたんに興味をなくしたように本を見るのをやめた。
「ふうん……」
古代君ってこういうの苦手みたい。照れちゃうのかな? 映画とかでもラブシーンが来るとどうしていいのかわからなくてそわそわしてるんだもの。
だから……私、ちょっと彼に意地悪してみたくなった。
「ね、どんなの?とか聞かないの?」
「いや……」
困ったように顔をそむける。彼ったら人差し指で鼻先をぽりぽり…… やっぱり照れてるわ。おかしいったらありゃしない。たまにはロマンチックになってみなさいってばぁ!
だいたい彼ったら、休みのたびに遊びに来る彼女―私のことだけど―を毎度毎度品行方正に、キスするだけで送り帰しちゃう人なんだもの。
ねぇ、古代君。そろそろ私たちも……いいんじゃなぁい?
「どうして? ねぇ、古代君も読んでみたら? 私も、たまにはここに出てくる男性みたいに素敵な言葉をかけてもらいたいわ」
そして……いっぱい愛してもらいたいのよ。きゃっ! 言葉にするだけで恥ずかしいわっ。
でも、彼ったらあっさり……
「やだよ」
だって。ん、もうっ! だから雪ちゃんがじれるんでしょう!
「どうして?」
ちょっと彼がドキリとしそうなかわゆい笑顔で、彼の顔を覗き込んでみた。そしたら、彼困ったような照れた声で小さくつぶやいた。
「どうせ、君を愛してるとか、君は僕の命だとか、君なしでは生きられないとかって言えっていうんだろ? やだよ俺は……」
だって、もうっ!
ん? あれ? やだ、古代君ってば、言ってるじゃない! そう気付いたら、ものすごくおかしくなったんだけど、その言葉を吐く彼の声の響きはまんざらでもない。だったら素直に喜んであげよう……!!
「うふっ、あ・り・が・とっ!」
とびっきりの笑顔を向けて、彼の頬にチュッ!!としてあげた。
そしたら彼ったら、飛びあがらんばかりにびっくりして、もちろん顔は……真っ赤。
「ち、ちがっ!」
焦る彼に追い討ちをかけるように、今度は悲しげな顔で彼を見つめた。
「……うの?」
うふふ……私って結構演技派よね? 当然ながら彼は困ってしまって……
「いや、その……ちが…………………(このあいだの「間」がやたら長く感じた)………………………わない……けど」
また人差し指でポリポリと鼻の頭をかきながら…… もう古代君ったら、真っ赤っ赤!! やん、かわいいっ!!
古代君って、ロマンス小説のヒーローのように、かっこいいセリフは言えないけれど、心の中ではちゃんとそんなヒーロー達に負けないほど私のことを思ってくれてるのよね!
やっぱり私の最愛の人! 大好きよ、古代君!
まだ照れてる古代君。もうこれ以上、いじめちゃかわいそうよね! 少し話題を変えてあげるわね。
だから今度は私が彼に尋ねた。
「ねぇ、古代君は何を読んでるの?」
と、とたんに彼の瞳がキラリと輝いた。
「ん? あれかい? あれはな、『地球における植物種の起源と進化』っていう本でね。最近出た最新の論文なんだ。
ガミラスの遊星爆弾が投下される前の自然があふれていた頃の地球にあった、全ての植物のDNAを研究して、それを系統別にまとめてその進化の仕組みを……」
まずい、って思ったらもう遅かった。古代君ったら、自分の好きなことを聞かれたものだから、やたら嬉しそうな顔をして、立石に水のようにしゃべりだしちゃったの。
あ〜〜〜〜、これが始まると、長いのよねぇ〜彼。
彼の口からあふれんばかりに出てくる話を、しばらく頷きながら聞いてたけど、やっぱりちんぷんかんぷん。ああ、もうだめ、降参!
「あ、あっそうだわっ! 私、そろそろ夕ご飯のしたくしようかなぁ」
すくっと立ちあがって、バタバタと台所に駆け込んじゃった。後ろでは、豆鉄砲を食わされた鳩のような古代君が、口をぽかんとあけていたわ。
「へ? お、おいっ、雪!………………」
彼、ああ言う類の話し出すと、やたら長いのよねぇ〜 こればっかりは、逃げるが勝ち! ごめんなさい!古代君っ!
私は台所で、一人舌をぺろりと出した。
しばらくして、台所からリビングを覗き込んでみると……
彼はまた、さっきと同じ格好でその植物なんたらっていう分厚い本を、やっぱりさっきと同じように嬉々として見入っていた。
もう、まったく!!
そのめげない様子に、怒りたいようなおかしいような……
だけど、こんなリラックスした日もいいもの。何をするともなしに過ごすひととき。特に何するわけでもないけれど、とても幸せになれる瞬間がある。
私と彼のRelax Time…… これからもずっと、こんな時を重ねていくんだろうな。きっとそれが一番……幸せなんだと思う。
なんとなく……きっと……
おしまい
(背景:Forestbouquet)