さくら貝の想い出
ある日の午後、進と雪はソファでなにするでもなくボーっとくつろいでいた。
「ね、進さん…… あなたの初恋って、あ・た・し?」
「ん? そうだな、あの時地下の中央病院で君に初めてあった時に、一目惚れだったのかなぁ…… なんだか初めて会ったような気がしなかったんだ。あ、でも、待てよ…… うーん、あれは恋って言えるのかな? けど……」
「? なあに? それ?」
「うん…… あれは、まだ遊星爆弾も地球に来る前、5歳くらいだったと思うんだけど…… 兄貴は、中学生だったな。天気のいい春の日だった。
あの日兄さんは、やっと話もわかるようになってきた僕を連れて、近くの海に遊びに行ったんだ。あの頃はよく連れて行ってもらってたなぁ。遠浅の砂浜で、ちょっと岩場に行くと小さな魚や貝、蟹なんかがいっぱいいた。それを、兄さんがとってくれるのがうれしくって……
あの日は、貝殻をいっぱい拾ったんだ。いろんな種類の貝殻がたくさん落ちていて、その中でもきれいなさくら貝がその日の一番の収穫だった。宝物にしようって思ってそれだけ別にポケットにしまった。
その日は、田舎の春の海に珍しく先客がいたんだ。夏の海なら海水浴客もよく来るんだけど、まだ春だったからいつも誰もいなかったけど…… 小さな女の子とその両親らしき人がいた。遠くから見ても街の子らしい感じで、真っ赤なワンピースに白い帽子をかぶってた……
いっつも10も年上の兄さんに遊んでもらってたから、同じ年頃の女の子っていうんで、ちょっと気になって見てた。女の子は、波打ち際で波と追いかけっこして遊んでたな。それから岩場で蟹を探していた、僕達のほうへだんだん近づいて来るんだ。なんか気になってそっちの方に気を取られているうちに、そこで足を滑らして海にドボン!
兄さんはびっくりしてひっぱりあげてくれた。だいたい、子供の膝もない深さなんだから全然なんでもないところなんだけど、びしょびしょにはなるし、僕としてはびっくりしたんだろうね。だから、大声で泣き出してしまったんだ。兄さんはおろおろしながらなぐさめてくれるんだけど、僕は泣き止まなかった。
そうしたら、その女の子がすたすたと近づいてきて、僕に向かってスッと手を出した。くるっとまわしたその手のひらには、キャンディーが1個乗っていた。
『ねぇ、これあげるから、泣くのはやめてね。』
凛とした声だった。僕はやっと泣くのをやめて、話しかけてきたその少女の方を見たんだ。その子の後ろから太陽が輝いていてまぶしかったなぁ。僕は、おずおずとそのキャンディーを取って、やっと笑った。
『よかった…』
女の子は、そう言ってまた、両親の方へ戻ろうとしたんだ。
『ま、待ってよ!』
慌ててそう叫んで、僕は、ポケットの中に入れてたさっき拾ったばかりのさくら貝を、その子の前に差し出したんだ。その子は、ちょっとびっくりしたような顔をしてたけど、ニコッと笑ってその貝を受け取ってくれた。
『ありがとう…』
それだけを言うと、そのまま駆けて行ったよ。
(イラスト by ミカさん(Photo by (c)Tomoyuki.U ))
ただ、それだけなんだけど…… その子の顔ってどうしてだか思い出せないんだ。赤いワンピースと白い帽子…… その印象がとても強かったからなのかもしれないけど…… 子供だったからかな?
けど、なんとなくその記憶が忘れられなくて…… 初恋っていうほどのことじゃないかもしれないけど…… ははは…… 幸せな夢のようだった……」
その話を聞き終えると、雪は何も言わずにスッと立ちあがって、ベッドルームに消えた。
(どうしたんだ? 雪、まさかこんなたわいもないことにやきもち妬いたわけじゃ?)
進が不思議に思っていると、雪は小さな箱を大事そうに手に乗せて持ってきて、フタを開けて見せた。
「これ…… うふふ…… 子供の頃、両親と海に行った時に出会った泣き虫の男の子にもらった…… さくら貝」
「えっ!?」
「やっぱり、進さんの初恋は……」
「それじゃ、あの時の女の子って……雪…… まさか……」
「私もなんとなく貝を貰った事を覚えてるの…… 大事にとってたのよ。とてもきれいで小さい頃の私の宝物だったの」
「雪…… 僕はあの女の子の顔、忘れたわけじゃなかったんだ。思い出してもいつも、アルバムで見せて貰った君の子供の頃の顔に重なってなってしまう…… 雪への気持ちが強くてそうなってしまったのかと思ってた……」
「進さん…… わたしたち、ずっと前から知り合ってたのね……」
二人の唇がそっとあわさった…… あの日の子供達の笑顔がここにあった。
ラブ・シュープリーム めぐり会えたの二人
ラブ・シュープリーム 信じあうために
生まれる前から決まっていたの
いつかめぐり会って 愛を確かめあう日が 来る事は……
(八神純子CD『ベストオブミー「ラブ・シュープリーム」』より
※イラストに使用した写真について……ゆんPhotoGallaryからいただきました