幸せな朝




 朝…… 太陽の光が白いレースのカーテン越しにまぶしい。

 その光の目覚ましで、先に目をあけたのは、私。

 そっと……

 彼の寝顔を覗き込んだ。

 彼ほどの人のこれほどまでの無防備な寝顔に、

 思わず顔がほころんだ。



 昨日の夜は、二人でナイトキャップ。

 それから……

 ほろ酔い気分で気持ちも体も大胆になって、彼の腕の中で激しく揺れた。

 思い出すと、少し体が火照ってくるような。頬がほのかに熱い。



 じっと見つめているのも知らずに、彼はまだ……寝てる。

 スースーと規則正しい寝息をたてて、気持ち良さそうに……眠っている。

 柔らかいくせっ毛が、彼の顔に少しかかっていて、

 それをそっと……かきあげた。

 私ね、彼の顔……じっくりゆっくり眺めるのが、とっても好きなの。

 太い眉、意外と長いまつげ、すらりと筋の通った鼻。

 そして、いつもは意志の強そうに難く結ばれている唇が、今は緩んで柔らかく開き加減。

 まるで無邪気な少年のように……

 でも……

 この唇はいつも熱く私の体を愛撫し、ほんの時たま漏れる甘い囁きは、

 私の心の琴線に強く優しく触れてくる――



 ゆっくりと視線をおろして……

 引き締まった顎、そして太い首筋をなぞるようにたどって……

 ブランケットから半分だけ覗いている広くて大きな胸板に届く。

 まだ彼は、

 私が見つめてるのも知らずに、気持ち良さそうにぐっすりと眠っている。

 その艶やかな体に触れてみたくて仕方がないけれど、

 彼を起こしたくなくて、その衝動を一生懸命抑えている。

 それが甘く切なく苦しいほど……つらい。


 昨日の晩、私を激しく抱きしめたたくましい腕にも、

 体ごと受け止めてくれた胸元にも、

 早く……もう一度、早く触れてみたい。

 でもそれは……もう少しあとで。

 彼はまだ……ゆったりと眠っているのだから。



 思えば、数ヶ月前のこと。

 もう二度と、彼の腕に抱きしめられることはないと覚悟したあの時。

 彼にはもう……決して会えないのだと、つらい決意をしたあの時。

 忘れてしまいたい日々。

 そして、ほんの僅かな希望が叶って、再び巡り会えたあの日。

 決して忘れられない……あの日。


 それからの日々は、二人して懸命に互いを取り戻そうと、もがき続けた。

 あの戦いは、私に奇妙な感情を残し、哀しい男の想いを残した。

 そしてあの戦いは、彼の大切な人々を奪い、彼の心に深い傷を残した。

 私と彼は、互いが互いの苦しみを想い、自分の苦しみと悲しみを克服しようと、焦り続けた。

 眠れぬ夜。悪い夢。遠い夜明け。

 爽やかな朝を見つけるために、二人は長い夜を彷徨(さまよ)い続けた。



 時は……

 そのすべてを少しずつ、ゆっくりと、けれど確実に彼方へと遠ざけてくれた。

 一日一日が、大切なくすり。

 やがて二人は、夜に悪夢を見なくなり、

 いつしか、朝は静かに訪れるようになった。



 「ゆ……き……」

 彼の唇がそう動いたように見えた。

 「なあに? 古代君?」

 私は両手で、眠ったままの彼の手をそっと取った。

 私はいつもここにいるわ。

 あなたのそばにちゃんといるのよ……

 心の中で、彼にそう囁きながら。



 彼が目を覚ました。

 「夢を見てた……」

 寝起きの少しぼけているかのような不可思議な顔で、彼は私を見上げた。

 「え?」

 一瞬よぎる不安。

 あなた、また悪い夢を見たの?

 ここしばらくは、見てなかったのに。

 やっと見なくなったと……思っていたのに。ホッとしていたのに……

 そんな私の不安を感じ取ったのか、彼は微笑みながら首を左右にゆっくりと振った。

 「違うよ……」

 それから、目を細め、両手を伸ばして私を抱き寄せた。

 「君と空を飛んでる夢だった。二人でゆったりと空を飛んでたんだ。とっても気持ちよかったよ……」

 「まあっ、うふふふ…… 子供みたい」

 「ああ……すごく幸せな夢だった」

 「そう……」



 悪い夢じゃなかったことに嬉しくなって、私も微笑を返すと、彼は少しだけ真面目な顔つきになった。

 「けど……これは夢なんだって気が付いて、そしたら、目を開けたら君がいないんじゃないかって、少し不安になった」

 「古代……君?」

 「でもいてくれた。僕の隣に……」

 彼は目を細め、とても満足そうに私を見た。

 彼が愛しい…… 愛しくてたまらない。

 彼の頬に両手を添えて、彼の顔に私の顔をゆっくりと近づけた。

 「もちろんよ。いつもいるわ、あなたのそばに……」

 「これからもだよな?」

 「ええ……そうよ。これからも……ずっと」

 決してあなたの手を離したりしない。絶対に……

 「そうだな。これからもずっと……」

 私の想いが彼に伝わる。

 彼は満足そうに微笑んで、もう一度私を強く抱きしめた。



 抱きしめた彼の手が、裸の私の背中を始めは静かに、そして徐々に激しく這っていく。

 その想いを伝えようと、彼の唇が私の口を覆った。

 温かくて、優しくて、大きな手。

 甘くて、熱くて、激しい彼の唇。

 朝日が私と彼を照らす。

 それは、カーテン越しでもとてもまぶしくて……

 互いの体を、一層輝かせた。

 彼の体は、赤銅色に艶やかに光り、

 私の体は、薄紅色に色づいた。

 溶け合うように……ひとつになる。


 もう離さない。

 もう離れない。

 二人の体がどんなに遠くにあったとしても、

 心は一つだと、

 固く誓い合った、幸せな……朝。


 そしてまた……

 新しい一日が始まる。
 

(背景:自然いっぱいの素材集)

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