進君のお得意料理
(1)
ある晴れた春の昼下がり。今日は、進の乗る巡洋艦がパトロールから地球に帰還する日だった。雪は、いつものように午後から休暇をもらい、進を迎えに来ていた。
「古代君、おかえりなさい!」
雪は、この瞬間が大好きだった。毎日、進のことを思いながら眠る夜が過ぎ、今日やっと進に会える瞬間、なんとも言えない幸福感がある。今年に入ってから、雪は、進と一緒に暮らしている。けれども、宇宙勤務の時間の長い進との暮らしは、一人暮しのころとそれほど変わらなかった。ただ、進が帰ってきたときは、毎晩さよならを言わなくてよいのだけがうれしかった。
「ただいま、雪」
進も、雪の出迎えがあると、幸せな気分になる。めったにないが、雪が長官との仕事で迎えに来れないと、なぜか仕事の疲れが一気に出てしまうような気がするのだった。それに、今日は特に、雪が恋しくてしかたがなかった。雪がいてよかった。進は心からそう思っていた。
「古代君、お疲れ様。今日はこれからどうする?」
雪の問いに、進は間髪を入れずにこう言った。
「家に帰ろう」
「えっ? 家に帰る? 古代君、疲れたの?」 雪は、驚いて聞き返した。
「いや…… ま、いいから、帰ろう」
なぜか、進は理由をいうこともせず、それを主張した。
「いいけど…… 夕食の買い物だけしたいわ。せっかくお迎えにきたから、ちょっとお買い物でもして、どこかで食事してきてもいいかなって思ってたものだから……」
雪が名残惜しそうにそう言っても、進は全然意に介さなかった。
「食事? 明日の晩連れて行ってやるよ。今日は、帰ろう。夕食は、カップメンでも、おむすびだけでもいいからさ」
「??? いったいどうしたの?」
雪の質問には答えず、進は、どんどんと歩いて行った。
(古代君、どうしたのかしら? へんねぇ……)
雪は、進の行動の意味がまったくわからなかった。進の歩みが止まりそうにないので、雪は仕方なく、その後について家路についた。
(2)
早々に家に帰りつくと、進は、洗面所へ行き、着て帰った制服を脱ぎに行った。それを見て、雪は、あわててベッドルームにあるクローゼットから、進の普段着を見繕っていた。
「雪……」
クローゼットから、服を見つけ出して立ちあがった雪の後ろに、下着姿の進が立っていた。進は、そのまま腕を雪の体にまわすと、ぎゅっと抱きしめた。
「古代君! どうしたの?」 雪がドキッとして振りかえろうとしたが、進は雪を離さなかった。
「ねぇ……雪ちゃん……」
進は、後ろから雪の髪のにおいをかぐように、うなじへキスをすると、さらに強く抱きしめた。
「古代君てば…… もう、お昼間から……」
「昼間はだめ?」
「だめっていうわけじゃないけど…… だって……」
雪は、なんとかごまかして逃れようとするが、進は離そうとはしなかった。進は雪を抱きしめたまま、自分の方に向けると、今度は唇にキスをした。そのまま、雪が後ずさりするような格好になって、とうとう、ベットの上に押し倒されてしまった。
「雪…… さっき、エアポートで雪を見たときから、ずっとこうしたくてたまらなかったんだ……」
「古代君……だから、早く帰ろうって言って?……あ……」
雪の言葉は進の唇に止められてしまった。後は、若い盛りのふたりのこと、言葉はもういらなかった。久しぶりの再会に熱く愛し合った。
(3)
「雪、怒ってる?」 たっぷりと愛し合った後で、進が尋ねた。
「ううん……」
雪は、進の情熱に翻弄された自分を思い出して顔を赤らめながらそう答えた。
「だけど、ちょっとびっくりしたわ……」
「俺も自分でびっくりしてる」 進は、その大胆な行動に自分でも驚いているようだった。
「さっき、エアポートで雪を見たら、なんだか急にどうしてもこうしたくてたまらなくなってしまったんだ。ごめん…… なんか色々計画してたみたいなのに……」
「うふふふ…… いいのよ、それは……」
困ったようにあやまる進が、雪にはとてもかわいく見えた。
「さ、何か夕ご飯作らないとね」
雪はそういうと、ベットから抜け出して、あちこちに散乱している自分の衣服を集めた。その散らかり方に進のさっきの情熱を思い出して、雪はまたドキドキした。進は、雪が衣類を集めて、身につけるのを、笑みを浮かべながら見つめていた。
「いやね、古代君、エッチ!あっちむいてて……」
「どうして? さっきまで、なんにも着てないところ見てたのにいまさら……」
進は、笑いながら雪を見つめたままそう言った。その視線に雪は、顔が火照るのがわかった。
「だって、着替えするところって、はずかしいんだもの。もう!」
雪は、ベッドのかけぶとんをまくりあげると進にかぶせた。
「おいおい……」
雪にふとんを頭からかけられても、進はまだ笑っていた。
(4)
雪は着衣をすませて、台所に立った。
「さてと…… 冷蔵庫に何があったかしら? ほとんど残り物無かったはずだわ……」
雪が冷蔵庫を探して見つかったのは、卵、ねぎ、それに冷凍庫に入れてあった鳥のささみ肉だけだった。
「ふうっ、これしかないわ。あとは、ごはんだけね…… やっぱり、ちょっと買い物してくるべきだったわ…… もう、古代君のせいだからねっ!」
雪は、自分も十分に堪能したわりには、進にぜんぶ責任転嫁していた。そこへ、着替えを済ませて進が入ってきた。
「なんでもいいって、雪。カップメンでもなんでも……」
「だって、カップメンだって買ってないのよ。私、あまり好きじゃないんだもの。古代君が買い物の時間もくれないから……」
「そっか…… ん? 卵にねぎ? うーん、あと、鶏肉かなんかない?」
進は、雪がのぞいていた冷蔵庫を同じように覗きこむと中身を物色しだした。
「え? あるわよ、冷凍してあるささみが」
「ほんと? ご飯はあるんだろ? あとさぁ、えっと、バターと醤油、塩こしょうは?」
進が、どんどんと調味料の名前をいうので、雪は笑いながら答えた。
「ええ、そういうのは、いつもあるわ」
「オッケイ! じゃ、俺が炒飯作ってやるよ」
「えっ? 古代君が? 作るの?」
(5)
進の発言に雪は驚いてしまった。今まで、進が雪の作る料理を手伝う事はあっても、自分で作るのは見たことがなかった。
「俺だって一人暮しが長いんだから、料理くらい作るさ。ちょっと、待ってろよ。あっ、そうそう、乾燥わかめはない?」
「??? あるわ。 でも、どうするの?」
また、進から違う食材の名前を言われて、とまどいながら雪は答えた。
(炒飯に乾燥わかめなんか入れるのかしら?)
「いいから、いいから、ま、見てなさい」
進は、そう言うと、鶏のささみを、レンジで解凍し、ねぎを刻みだした。雪は横から眺めていた。
「何か手伝う?」
「うん? じゃ、鶏肉をゆでるから、お湯を沸かして、あと、卵を2個と1個に分けて割って、といてくれる?」
進は、手際よくそんな指示をした。そして、鶏肉が解凍されると、お湯が沸くのを待ってその中にほうりこんだ。
「この鶏肉をゆでた汁を捨てないのが、ミソなんだ」
「どうするの?」
「卵わかめスープ。鶏肉のだしがきいてて美味しいんだ。だけど、この肉を入れるときは、必ず沸騰してから入れるんだよ。そうでないと、スープが濁るから。それから、あまり、ゆですぎないこと!」
「へぇぇ…… 古代君ってそんなことまで知ってるのね?」
雪は、進が自分も知らないような事まで知っていて、詳しいのにびっくりしてしまった。
「いつだったか、TVで言ってたのを見たんだ。たまたま見ただけだったんだけどさ」
進は、雪が感心するので得意満面だった。それから、進は、鶏肉を出して、塩コショウで味を整えると、わかめを入れ、卵1個分を流し込んだ。
「これで、出来あがり!早いだろ。味見してごらん」
進は小皿にスープを少しいれると、雪に差し出した。
「おいしい!」 雪は、お世辞でもなんでもなく、その言葉が出てきた。
「だろ?」 進もうれしそうに笑った。「さ、次は、炒飯だ」
進は、今度は、中華なべを温めだすと、ごま油を入れ、溶いた卵を入れた。ジュッと音がして、プーンといい香りがしてくる。卵が半熟になると、次はご飯、さらに炒めて、みじん切りした鶏肉を入れ、最後にねぎをパラパラと入れると、醤油、塩こしょうとバターを一切れいれた。
「バターを入れると風味がでるんだよ」
進の得意げな笑顔とバターのいい匂いがなんとなく、フィットしていて雪は思わず微笑んでしまった。
「何笑ってる? そんなにおかしいかい?俺が料理するのって」
「だって…… 古代君がこんなに手際よくお料理するなんて…… もっと早く気がつけばよかったわ」
「作れるのはこれだけだよ。俺の料理は…… さぁ、出来たから熱いうちに食べよう」
出来た炒飯とスープを並べて、二人は食べ始めた。
「古代君、とっても美味しいわ。私が作ったよりもずっと美味しい!! スープも丁度いいし、それに、ゆでたお湯を捨てないで使うなんてすごいわ! 炒飯もバターの香りがなんとなく香ってきていい感じ」
雪は、ここぞとばかり、誉め言葉を並べた。本当に美味しく出来ていた。内心、炒飯はちょっとしょっぱいかなとも思いながら、これだけ誉めておけば、今後の炒飯担当は、進に任せられそうな雰囲気だったので、おもいっきりの賛辞を並べた。
進は、雪に手一杯誉められて、口元が緩みっぱなしだった。
(古代君って、おだてには乗りやすいのよね。そう言うところは、単純でいいわ)
雪は、心の中で、進のことを冷静に見て、ほくそえんでいた。
「また、いつか、作ってね」
雪は、とびっきりの笑顔を進にむけて言った。その笑顔にすっかり魅了された進が、当然、胸を叩いて頷いたことは、火を見るよりもあきらかだった。以来、『古代家の炒飯担当は進』という不文律ができてしまった。
機嫌のよい進は、食後に進特製のレモンティーを入れてくれ、食事の後片付けも手伝った上に、その晩も、雪に大サービス。雪の『進君操縦法』は、いつもながら冴えている。
10年後、子供達の大好きなメニューの一つに『パパの炒飯』があがるのは間違いないことだろう。
−おわり−