う さ ぎ




――ねえ、おとうさん。うさぎって、ひとりぼっちになったら死んじゃうだって知ってた?

――ふうん、そうなのか?

――うさぎってねぇ〜 ひとりぼっちになったら、淋しくって淋しくって淋しすぎて、死んでしまうんだって……




ある日の宵の口。夕食の後、私は台所でお片付けをしながら、子供達とくつろぐ彼の姿を目で追っていた。

テレビでは子供の好きなアニメーションが流れていて、3人が3人とも、真剣に見入っている。

そんな子供達を眺める夫。きっと、優しい目で見ているんだろうな……

その時、何を思ったのか次男坊の航が、パパの膝の上にちょこんと乗ってきた。妹が産まれてから、パパの膝の上はなかなか奪取できない彼は、妹がテレビに見入っているのをチャンスと思ったのかもしれない。

そして……さっきのうさぎの話を始めた。

――そうなのか?

夫もわざとらしく感心して見せている。そう、さも初めて聞く話だとでもいうように……

――今日ね、保育園でうさぎを飼ってるお友達から聞いたんだ。

よく聞く話だけど、本当のところはどうなのかは、私も知らない。だけど…… あのかわいらしい動物が、ひとり淋しく置かれてる姿は、やっぱりとてもかわいそう。

――本当に淋しいと死んじゃう……のかな?

子供らしい言葉に、思わず笑みが漏れた。パパもきっとそう思ったのだろう。懐の中の息子に優しい笑みを向けていた。

――そうかもなぁ〜

夫(かれ)の視線が、一瞬だけ遠くを見つめた……ような気がした。



それからまた、航がつぶやいた。

――僕もね……おんなじだと思う。

――おんなじ?

――うん、僕もきっと……ひとりぼっちになったら、淋しくて死んじゃう……と思う!!

人一倍甘えん坊の航。真剣な眼差しで父親を見つめた。

胸がキュンと締め付けられた。パパも同じだったのだろう。自分を見上げる息子を抱き上げると、大きな胸にぎゅっと抱きしめて、航の背中をゆっくりとさすった。

――大丈夫だよ、航。絶対にお前だけひとりぼっちになんかさせやしない。パパもママも、それから守も愛も、み〜んなずっといっしょだ。

――ほんと? 絶対ひとりぼっちにならない?

――ああ、ほんとだ。絶対だ!

――おとうさんも、遠いお空の向うに行っちゃっても、絶対帰ってくる?

――ああ、必ずお前達のところに帰ってくるよ……

優しくも真面目な眼差しでじっと見つめる父親の顔を見て、航も安心したようだった。

――よかった…… 僕は淋しくて死んじゃいたくないもん!

――はっはっは…… そうだな、そんなの嫌だよな。

――うんっ!!



その時、ずっとテレビを見ていたはずの守が2人のほうを振り返った。

――ばっかじゃないの〜 淋しいだけで死んじゃうわけないだろ〜

――そんなことないよぉ〜 僕は死んじゃうのぉ〜〜!

――へ〜ん! 甘えん坊のわ〜た〜るぅ〜 男のくせに〜〜

――だってやなもんは、やなんだも〜〜ん!!

ふふふ…… また始まったみたい。恒例の兄弟げんか。ちょっぴり意地悪なお兄ちゃん。航は立ち上がって、お兄ちゃんのほうへ抗議に向った。

その隙を狙うように、まだ片言におまけがついたくらいのお話しかできない一番小さな愛が、パパのお膝にちょこんと座った。

――ぱぁぱ、だっこぉ〜〜

はじめのけんかの原因そっちのけで、追いかけっこを始めた腕白兄弟を、愛娘を膝に乗せたパパは、目を細めて見つめている。

幸せなひとときが過ぎていく……

誰も失われることのない平和なとき……

ずっと求め続けていた静かな時が……過ぎていく。






夜も更けて、子供達はそれぞれベッドに入ってぐっすり夢の中に入った頃、私たちの2人の時間が始まる。

愛し合う行為は、いつも切なさと甘さと夢の世界を私にくれる。

そして、今夜。

いつになく激しく求める夫のほとばしりを、たっぷりと受け止めて、私は薔薇の吐息をつく。

はぁ……



情熱の余韻を楽しむように、夫の胸にそっと寄り添うと、彼は私の耳を軽くかじった。甘い痛みが走る。

ああ……

そして優しく、けれど強く抱きしめてくれた。


これもまた至福のひととき……

平和の夢の中。

愛することだけを考えていればいい幸せな時間。




それから、彼がつぶやいた。

――俺もきっと……「うさぎ」だな。

――うさぎ? あなたが?

突然のことに、私は一瞬何の話をしているのかわからなかった。

うさぎってなぁに? 逞しくて勇ましいあなたなら動物に例えるなら、ライオンか虎って感じだけれど……?

――そんなにかわいいわけないでしょ!

――はは、そうじゃなくて…… 夕方の……

その言葉で、私も航が話していたことを思い出した。

――うさぎって…… 航が言ってた、ひとりぼっちになったら淋しくって死んじゃうっていうあれ?

――ああ、それ……

真面目な顔で夫が頷いた。それがかえっておかしくて、

――ふふふ……

思わず笑ってしまった。それから何年か前の彼の姿を思い浮かべた。

――でもあなた、ひとりぼっちになっても、頑張って生きてたわ。

――そんなことないさ。俺は一人ぼっちじゃ生きてけない。

やっぱり真面目な顔でそう答える夫に、私は遠い日の彼のことを思い出していた。

家族を失っても必死に生きてきた彼。だから、本当はとても強い人だということを、私は知っている。

まだこの時は、そう思っていた……の。



――だって、ご両親を失くしても頑張ってたじゃない?

――あの時は兄さんがいただろ? 確かにいっしょに暮らす時間は短かったけど、でもひとりじゃなかった。

――そうだったわね、でも……お兄さんが亡くなってからも…… ヤマトで頑張ってたわ。

そう話しながら、誰も連絡するあてのない砂嵐の画面を見ていた彼の姿が、急に思い起こされてきて胸がつまった。

辛かったのよね? でも、あなたは、ひとりでもがんばってたわ……

すると、彼はなんともいえない優しい笑顔を浮かべた。それから、少しはにかみ気味に、小さな声でこうつぶやいた。



――あの時は……



さらに声を潜めて……




――君がいたから……






――君がいてくれたから、俺は生きていけたんだ。ひとりぼっちじゃなかったから……

――もうっ、なによ急に、あなたったら……

一気に瞳から涙が溢れてきた。嬉しくってでもちょっぴり哀しくって……

そうしたら、彼ったら、私の涙を見て焦ったのか、今更とってつけたように茶化しかげんのセリフを吐いた。

――それに、ヤマトのみんなもいたからなっ!

それから、私の体をさっきよりもずっとずっと強く抱きしめてくれて……

――だから、やっぱり俺はうさぎとおんなじなんだ。

さっきの言葉を繰り返した。

――ひとりぼっちじゃ、淋しくて生きていけない……

――古代君……

思わず昔の呼び名が私の口からついて出る。

――久しぶりに聞いたな。その呼び方……

彼が眩しそうに私を見る。そしてすがるように……

私の顔を覗き込む。

――ずっとそばにいて欲しい。体は離れていようとも、心はいつも共に……

彼の瞳がそう告げている……そう思えてくる。

だから私は……

あなたのその求めをしっかりと受け止めようと心に誓った。そしてそれをコトノハに乗せる。

――私は決してあなたをひとりぼっちにはさせない。それに、あなたはもう決してひとりぼっちにはならないわ。だって、あなたには家族がいるんですもの。

――ああ……

彼が嬉しそうに頷いた。

――私と守と……

ひとりひとり丁寧にその名前をなぞる私の声に、彼の声も重なった。

――航と愛と……

――ええ、みんな一緒にいるわ。あなた、さっき航にそう言ってたじゃないの?

――ああ、そうだ。だから淋しくなったりしない。

――だから、淋しくて死んじゃうなんてことは……ないのよ……

そして私たちは、それを誓い合うように、深い口付けを交し合った。




僕はうさぎ……

ひとりぼっちになってしまったら、淋しくって淋しくって

淋しすぎて死んでしまう。

でも、君がいてくれれば……

僕はひとりぼっちにならなくてすむ。

淋しすぎて死んでしまうことも、ないんだね……






よかった……







私も……


う さ ぎ……

おしまい


うさぎは、ひとりぼっちになると淋しくて死んでしまう…… そんな話を聞いたことありませんか?

実際はどうかというと、実は「NO」だそうです。だから、これはいわゆる迷信っていうものですね。

でも、あの小さくってかわいらしいうさぎだからこそ、そんな迷信も生まれたのかも知れません。

うちの古代君も、外見も仕事もあっち(ってどっち!?(爆))も、ライオン並みに激しいようですが、心は淋しがりやのうさぎさんのようです……

やっぱ雪ちゃんは、大変だわ〜〜〜(^^;)
あい

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