White Apron
 
 彼と再会して一緒に暮らし始めて、もうすぐ1ヶ月。二人の生活もなんとなく落ちついてきたかな、と思う。
 あの戦いの後、彼も私も、身も心も傷ついて、互いにその傷を舐めあうように一緒に暮らし始めた。

 あれから一か月も経ったのに……彼はまだ宇宙の仕事に出ようとしない。新しい戦艦も建設されて、彼に任せたい艦があるらしいという話が、私の耳にもそれとなく入ってくるというのに……
 たぶん、いろんな噂から私を守ろうと、ずっとそばについていなければならないと、自分に言い聞かせているんだろうなぁ……

 でも私は以前と変わりなく、司令本部に日々通い、長官秘書として忙しい毎日を過ごしている。なんの支障もなく…… 少なくとも、私の周りの人達は真実をわかってくれていてくれるから。
 噂は、そのうち消えるはず…… 私と彼が幸せな暮らしをしていることがわかってもらえたら、きっと……

 そしたら、彼の気持ちの重石も少しとれて、また宇宙(そら)へ行ってくれるかもしれない。彼が行くのは寂しいけれど、でもそれが一番彼らしい仕事だと思っているから……

 私はもう……大丈夫。あなたのとっても深い愛があるんだもの。

  

 今日は土曜日。週末は基本的にお休みだけど、彼は所用でご出勤。今日は私一人でのんびりと過ごそうと思っていた。すると、それを見ていたかのように、ママから電話がはいった。

 「ちょっとそっち(東京)に用があるから、帰りに寄るわね。お昼過ぎになると思うから、よろしくね」

 と、こっちの都合に関係なく、あっさりと来訪を承諾させられた。突然来るって言われても困るわって思ったけれど、たまには親孝行もしなくちゃと思って素直に頷いた。

 でも、それからが大変。ウイークデーの間はたいした掃除もできなくて、散らかったままのところも多いのよね。それを大慌てで片付けて掃除して…… のんびりした休日が遠のいていく!
 それから、まさか覗かないわよね、と思いつつも……ベッドルームもよ〜〜く点検したりして…… だってやっぱり……恥ずかしいんだもの。

 ベッドルーム……彼と毎日眠る部屋。あったかい胸に抱かれると、ぐっすり眠れるの。でも、休日の前の夜なんかは、あんまり眠らなかったりもするけれど……
 え?どうしてって? やだっ、そんなこと……聞・か・な・い・で! うふふ……

 だけど、彼の胸の中でいる時ほど幸せなことはない、と今は心から思ってる。
 離れ離れになったあの時、もう二度と戻れないとあきらめかけた、私の大好きな彼の大きくてあったかくてたくましい胸の中。


 あっ、話がそれちゃったわ。そうそう、ママが来る話よね。そう、ママは予定通りお昼過ぎにうちにやってきた。

 彼と一緒に暮らすようになってから、ママがここに来るのは初めてのことだったので、ちょっとドキドキした。けれどママは、私の案内したリビングのソファに座ったまま、あっちこっちを点検するようなことはしなかった。

 「ちゃんとごはん食べさせてあげてる?」とか「必要な家財道具は揃ったの?」なんていうママらしいチェックはあったけれど、後はニコニコと嬉しそうに笑って、私がお茶とお菓子を出すと、それを食べながら、パパの近況やとりとめもない世間話を始めた。

 しばらくしてから、買い物の紙包みの中から、小さなかわいらしい模様のついた袋を一つ取り出して、私に差し出した。

 「はいっ。これね、あなたへの引越祝よ」

 「えっ? 引越祝? いいわよ、そんなの……」

 親公認とはいえ、結婚もしないで同棲を始めてしまった私だから、引越祝と言われても、少しばかり気恥ずかしかった。
 でも、ママはそんなこと気にも止めてないように微笑んだ。

 「いいから、ほら、開けてごらんなさい」

 「うん……」

 母に促されて、仕方なさそうに包みをあけてみる。でも、本当はママの気持ちがとても嬉しかった。
 包みを開けると、出てきたのは真っ白なエプロンだった。ご丁寧にも胸元と裾にフリルがたっぷり付いた、まるで新婚の新妻が着るような純白のエプロン。

 「な、なぁに、これ。やあだっ、ママったら」

 かわいくて素敵だと思ったけれど、いかにもっていう感じのするエプロンに、さすがに照れてしまった私は、赤くなって心にもないことを言ってしまった。
 きっとママのことだから、せっかく買ったのに!と文句の一つも言われるかと思っていたんだけど、全然反応が違ってて、びっくりした。ママは……怒りもせず、ただ淋しそうに微笑んだの。

 「ごめんなさい、嫌だった?」

 ズキッ…… そんな顔されると、私とっても辛いんですけど……

 「あ、う、ううん…… かわいいわ、とっても…… あの、ママ……ありがとう」

 やっぱり言いすぎたかな、と思った私が、一生懸命笑みを作ってフォローに務めると、ママも安心したような笑顔を見せた。

 「気に入ってくれたのなら嬉しいわ。本当はね……あなたに来てもらいたかったのは、同じ白でも……」とここで言葉を止めて、私の顔をじっと見た。「ドレスの方なんだけど……」

 再びズキリ……! ごめんね、ママ。でも今はまだ、彼の気持ちの整理が出来てないのよ、ママ。

 だけど、それは私が口に出さなくても、ママにもよくわかってるみたいだった。

 「でもそれは言わない約束だものね。だからね、その代わりにこれを買ったの。古代さんと一緒に暮らし始めるお祝に……」

 切なそうに、でも懸命に微笑んでそう言ってくれるママに、私の胸が熱くなった。

 「ママ……」

 ママの気持ちも私にはよくわかった。ママはママなりに心配してくれて、そして応援してくれていることも…… それから、誰よりも私のウエディング姿を心待ちにしてくれていることも……

 「ね、ちょっとつけてみてちょうだいな」

 ママに促されて、私はその真っ白なエプロンを身につけてみた。小さなフリル、胸当てに咲く小さな刺繍の花、くるりと回るとふわりと広がる裾。本当にちょっとウエディングドレスみたいで、私も嬉しくなった。

 「似合うわよ」

 ママの嬉しそうな顔を見て、私もなんとなく心がウキウキする。

 「今日はこれを着て夕ごはんのしたくをするわ。そうだ、ママも食べていって!」

 私の料理の腕前も披露したくて、そう言って誘ったけれど、ママはパパが家で待ってるからと首を振った。
 それからまたしばらくおしゃべりをしてから、ママは帰っていった。「古代さんによろしく」と言い残して。

 時計を見ると、4時半過ぎ。古代君、今日はそんなに遅くならないって言ってたから、遅くても6時には帰って来るわね。
 さぁて、どんな料理を作ってあげようかな?


 私は、さっき貰ったエプロンをもう一度身につけて、鏡の前でくるりと一回りしてみた。

 うふっ、結構かわいいわね。本当に古代君と結婚して奥さんになったみたいな気分になるから不思議。
 古代君、これ見たらなんて言うかな? いつもと違うエプロンに気付いてくれるかしら? 彼のことだから、全然気付かなかったりして……!? それもありえるわ、ふふふ……

 私は古代君の反応をいろいろと想像しながら、いそいそと食事のしたくを始めた。

   

 今何時だ? 5時半か…… 雪は今ごろ夕飯のしたくでもしてるんだろうか……
 おみやげに頼まれてたケーキも買った。道路は順調に流れている。予定通り、あと10分で家に着くはずだ。雪のいるあの暖かい部屋に……


 僕の部屋に雪が住むようになってから、もう1ヶ月が過ぎた。結婚しよう、とすぐに言い出せない僕の気持ちの隙間にするりと入り込むように、彼女は自然に僕の家の住人になってしまった。
 彼女のご両親には、少しばかり申し訳ない気がするけれど、彼女の同居は、僕にとってはとてもありがたかった。
 今の僕はもう、彼女を手元から離したくなかったから。もう二度と、彼女の手を離したくなかったから。

 あの戦いでの彼女の辛い体験を思うと、今も心が痛む。彼女がなんでもないの、と笑うたびに、逆に僕の心はぎゅっと痛んだ。
 だから僕はまだ地球を離れられないでいる。心の中のどこかでは、もう宇宙(そら)を求めているのに、彼女を助けられなかった後ろめたさも手伝って……今はまだ、彼女のそばを離れられなかった。

 だけど、彼女は絶対に泣き言を言わない。仕事もいつも通りこなしているという。司令本部に出れば、あっちこっちで嫌な噂も耳にしているはずなのに……

 それなのに彼女は、僕の胸の中にうずくまると、こう言うんだ。

 「あなたの胸の中でこうしていられる今が、一番幸せ……」と。

 本当なんだろうか? 本当にそれだけで彼女は幸せなんだろうか? 実のところ、僕にはよくわからない。

 だけど、ひと月たった今、僕は彼女のそんな笑みを信じようと思っている。
 それにその笑みは……僕の傷ついた心も少しずつ癒してくれているんだ。兄さんと……そして何よりもかわいいあの娘(こ)を亡くしたその悲しみと苦しみから……
 その笑みは……僕の孤独だった心をほかほかと温めて続けてくれている。

 さあ、帰ろう。雪のいるあの部屋へ…… あたたかい部屋へ。

 雪のことを考えていると、ふと彼女の美しい裸を思い出してしまった。再会したあの夜、僕たちは時を忘れて愛し合った。眠ることさえ忘れてしまうほど、ずっとずっと。

 それからも、幾夜も幾夜も彼女と愛しあい温めあった。その時だけは、なにもかも全てを忘れられた。
 ただ、彼女のことだけを考えていられるから……
 ただ……心地よさと快感と愛に浸っていられるから……
 ただ……雪に埋もれていられるから……

 雪への恋しい気持ちが募る。雪、早く君を抱き締めたいよ。雪……

 ピンポーン…… ドアのベルが鳴った。古代君かしら? 私は、ドアベルの音に反射的に駆け出していた。

 ガチャッと音がして、ドアが開いた。あっ、やっぱり古代君だわっ!

 「ただいま!!」

 笑顔の彼がそこにいる。

 「おかえりなさいっ! お疲れ様」

 私も飛びっきりの笑顔でお迎えした。すると、彼がポカンとした顔で私を見た。手に持っていたケーキの箱を黙って私のほうに突き出している。

 「あっ、ケーキ? ありがとう!」

 私がお礼を言ったのに、彼は返事もしないで、まだ私のほうをまじまじと見つめている。
 不審に思って、ケーキを横のテーブルに置いて、どうしたの?って尋ねたら、

 「ん……? ああ、そのエプロン、初めて見たな」

 そう言いながら、私の胸元を見つめるの。その視線にちょっとドキッとしちゃた。
 さすがの古代君でも、これにはすぐに気付いてくれたんだ。そりゃあそうよね、いつもつけてるエプロンっていったら、シンプルなデザインのものばっかりだったもの。こんなの初めてつけたんだから。
 だけど気付いてくれて、ものすごく嬉しかったから、サービスにくるりとまわって見せたの。

 「どぉ〜お? 素敵でしょう?」

 と言ってみた。特別の笑顔付きで…… そうしたら、彼も笑顔で誉めてくれた。

 「ああ、似合ってるよ。どうしたんだ、それ? 今日買物にでも行ってきたのかい?」

 「ううん、今日ね、ママが買ってきてくれたの」

 ママという言葉を聞くと、彼ったらギョッとしたわ。やっぱり、結婚もしないで人様の娘を自分の部屋に住まわせてるのが、ちょっと後ろめたいのかな?

 「お母さん来たのか…… で、何か言ってた?」

 なんとなくドギマギしながらそんな風に尋ねるの。やっぱり気にしてるんだわ。うふふ、おかしくなっちゃう。
 でも、「なにも言ってなかったわ、古代さんによろしくですって」って言ったら、すぐにほっとしたような顔になった。それがまた笑えちゃうのよね。

 「そっか、じゃあ、お父さんも元気にしてるって?」

 「ええ、夕ごはん一緒にって誘ったんだけど、パパが待ってるからって帰っちゃったわ。いまだに仲良しで困っちゃう」

 「ははは…… いいじゃないか。俺達も負けてられないな」

 そう言うと、彼は私をぎゅっと抱き締めて、それから……ただいまの熱いキッスをくれた。うんっ、お・い・し・いっ!

 「今、ごはんのしたくしてるわ。もうすぐできるから、着替えてそっちで待ってて」

 そう言い残して、私は彼に背を向けると、再びキッチンに戻った。


 今日のメニューはワインのおつまみになりそうなオードブルを少しとコンポタージュスープ、ロールキャベツのコンソメ煮にシーフードサラダ。デザートは彼の買ってきてくれたケーキね。ワインはどれがいいのかしら?

 したくもだいたい出来上がって、あとはロールキャベツがもう少し煮えれば出来上がり。弱火でことこと煮えているロールキャベツを横目で見ながら、私はサラダのドレッシング作りを始めた。
 いつもは、市販のドレッシングなんだけど、今日はお休みだったし、たまには手作りもいいかなって思って、がんばってみてるの。
 えっと、オリーブオイルにワインビネガー……塩コショウと、それからぁ……

 味見を何度もしながら、あれを足しこれを足して、一生懸命ドレッシング作りに熱中していたから、彼が後ろから来ていることに全然気付かなかった。 

     

 僕はベッドルームに入って、はぁ〜っと大きく息を吐いた。さっきの雪のあのエプロン姿に、実はちょっとドキッとしてしまったんだ。あの白さが眩しくて、まるで……そう、僕がまだ着せてやれていないあの衣装のような気がした。

 雪のその姿…… 早く見てみたい。その気持ちは山々だけど、まだ僕の中でそれを許さない重石がある。いろんな思いが僕の心の中で足枷になっていて、整理をつけるためにもう少し時間が欲しいんだ。
 雪……もう少しだけ、待ってくれ……よな。

 しかし……あのエプロン姿は……男としちゃあ、ちょっとそそられるよな。いつもと雰囲気の違う真っ白なエプロンは、男心をくすぐった。ああ、ご飯前に押し倒してしまおうか……
 だけど台所からは夕飯のいい匂いが漂ってくるし、腹も減ったしなぁ。

 僕はそんなことを考えながら部屋着に着替えると、リビングに戻った。


 彼女は待ってて、と言ったけれど、何か手伝おうか…… ちらりと台所を覗いてみると、コンロには鍋がかかっていて、弱火で何かがことことと煮えている。テーブルには出来上がったサラダとオードブルの皿、それからワイングラスや皿類が並べられていた。

 彼女はというと、鼻歌交じりでボールをかき混ぜている。それからまた、何かビンから液体を注いで、またかき混ぜ始めた。なに作ってるのかな?
 僕はそっと彼女の後ろから近づいた。

 何かを作るのに一生懸命になっている彼女は、僕が近づいてきたのに全く気付いていない。僕は少し離れたところで立ち止まって、彼女の後姿を眺めた。

 体にフィットしたシンプルなセーターとタイトスカートは、彼女の背中からお尻への美しいラインをそのまま見せてくれている。僕は思わず手を伸ばしたくなった。

 服の上には、さっきの真っ白なエプロンを着けている。後ろから見ると、腰のところで白い布地が綺麗にリボン結びになっていた。
 彼女がボールの中身をかき混ぜるたびに、彼女の腰が小さく振れる。それにあわせてお尻も揺れて、エプロンの裾のフリルもふわふわと揺れた。

 なんて言っていいのかわからないけれど、その仕草が僕の心を激しく掻きたてた。急に彼女への愛しさで胸がいっぱいになって、気がついたら彼女を後ろから抱き締めていた。

 「あっ!」

 彼女が小さな声をあげた。それからカシャンという音……本当にびっくりしたみたいで、彼女は手に持っていた泡立て器を落としてしまったんだ。

 「古代君っ!」

 彼女は、僕に抱き締められたまま、赤い顔で振り向いて睨んだ。きっと、急に抱き締められたことと、僕の手が確実に彼女の二つの丸みを捕らえていることに、抗議したいんだと思う。
 だけど、僕はそんな事はまるで気にしない。だって彼女もそんなことすぐに気にしなくなるに決まっているからだ。
 僕は抱き締めた腕の力をさらに強めて、そして唇を彼女の首筋に這わせた。

 「あんっ、だめ……!」

 彼女の声が甘く響く。身をよじって逃げようとするけど、僕は離さなかった。

 「だめって言ってるでしょう? ほら、今ドレッシングを作ってるの。古代君、味見してみて……」

 彼女がちょっと潤んだ瞳で僕を見ながら、ボールの中のドレッシングを人差し指につけて、僕の目の前に突き出した。僕は素直にそれを舐めた。酸味と塩辛さが口の中に広がる。うん、おいしい。なかなかいい感じだ。

 「うまいよ……」

 「そぉお? うふっ、じゃあ完成ね。あっ……」

 彼女が嬉しそうに微笑むと、僕はもう一度彼女の指を口に含んだ。まだ少しドレッシングの味がついている指を、今度はさっきよりももっと丁寧に舐めた。
 それから、他の指も一本ずつゆっくりと丁寧に舌を絡めながら…… 彼女の顔がうっとりとしてくるのがわかった。

 たっぷり彼女の指を堪能してから、今度は僕もドレッシングに指を2本ほど入れて、彼女の前に差し出した。

 「雪も味見してみろよ」

 「ん……」

 今度は雪が僕の指をぺろりと舐めた。そしてさっき僕がしたように、彼女も指の周りに舌を這わせてくる。くすぐったいやら心地よいやら……その感触の艶かしいことと言ったら……
 その上、僕の指を口に含んだままの彼女に、上目遣いで僕を見上げられては…… これで僕の理性は一気に吹っ飛んだ。

 「雪……」

 その声に、彼女は舐めていた唇を離して、上気した顔で僕を見た。僕はすばやくその唇にくちづけをする。塩味と一緒に彼女の甘くて柔らかい唇の感触が、僕の喉の奥まで感じられた。
 そして僕は再び、耳の後ろからうなじへの愛撫を始めた。

 「こ……だい……くんっ! お料理……作れない……ったらぁ〜」

 そんな風に文句を言っているその声は、だけどもうたっぷりと色気がある。だから僕の動きは、さらにエスカレートしていった。
 僕の二つの手のひらは、気持ちの赴くまま、彼女の体を上から下へとなぞり続ける。片手は程よい弾力のある胸元をぎゅっと掴んだと思ったら、もう一方の手はお腹からその下へとなぞらせた。

 あとはもう、成り行き任せ…… 既に彼女は僕のなすがままだった。軽く抵抗して見せるが、それは単なる見せかけだということはよくわかっている。それが証拠に、彼女の大切な温かいところは、僕が指を入れて確かめてみると、もうすっかり濡れていた。

 そして……その勢いのままに、僕と彼女は重なり合って、一つにとけあった。
 こんな場所で、こんな格好で愛し合うのは初めてだったけど、いつもと違う雰囲気に、僕はとても興奮していた。

 弱火のコンロにかけられたままの鍋の中から、コンソメの濃厚な香りが漂ってきた。


 事が終ってから、彼女は「もうっ」と真っ赤な顔で僕を睨むと、慌てて鍋の中を確かめていた。焦げ臭い匂いはしなかったから、料理は無事だったようだけど……
 彼女は「煮詰まっちゃったのは、古代君のせいよ!」と、もう一度僕を睨んだ。

 だけど、雪…… 人のせいばっかりじゃないと思うけどなぁ。誘ったのは、君のその格好なんだから、さ。

 僕は彼女の睨む顔さえかわいく見えて、思わず顔がほころんでしまった。  

 結局、あれからずっと、私は夢の中にいるみたい。台所であんな風に愛されて、どうしていいか戸惑いながらも、彼の情熱をそのまま受け入れてしまった私……
 終ってから、なんだかちょっといけないことをしてしまった後みたいに、ものすごく恥ずかしかった。照れ隠しに睨んでみたけれど、彼ったら、ニヤニヤ笑うばかりだし。もうっ!

 そのあと、一緒にご飯を食べて…… 彼は美味しいって言ってくれたけれど、私はっていうと、さっきのことがまだ頭の中にも体の中にも残ってて、何をどうやって食べたのかさえあんまり覚えていない。

 一緒に片付け物をしてから一緒にシャワーを浴びて……

 それからそれから……二人でベッドに飛び込んで……また、いっぱい愛してもらった。

 そして今は、愛しあった姿のままで、あったかい彼の大きな胸の中にいる。
 そっと顔を上げて彼の顔を見つめた。彼は愛しそう優しく私を見つめ返して、頬をそっとなぜてくれた。


 その時、突然私、おみやげのケーキを食べていないことに気がついてしまったの。

 「あぁっ!! ケーキ!!」

 「えっ?」

 彼は、突然「ケーキ!」なんて叫び出した私を、一体何事が起こったのかというような顔で見た。

 「まだ食べてなかったわ。あ〜〜ん、楽しみにしてたのにぃ。古代君のせいよ!!」

 「はぁ? 俺のせいって? ケーキなんて明日の朝食べればいいだろう?」

 「だって、今夜食べたかったんだもの……」

 ちょっとべそをかく私を見て、彼ったらクスクスと笑い出した。

 「しっかし、雪ってさ。いまだに色気より食い気なわけ? 外見とは随分違うよな」

 だなんて笑いながら私の体をつうっとなぞった。うんっ、くすぐったい!! でも、それはそれ、これはこれなんだもの!

 そんな顔して拗ねてると、彼は笑いながらもベッドから降りて、冷蔵庫にしまってあったケーキを一つお皿に入れてきてくれた。
 それからもう一方の手には、あの白いエプロンが握られていた。何をするつもりなのかしら?

 「ほら、ケーキ。夜中でも食うのか?太ってもしらないぞ」

 といたずらっぽく笑う彼から、ケーキを奪い取って私はにんまり。

 「いーの!」

 「なら、汚すといけないからさ。これ着て食べたら……」

 と、例のエプロンを差し出してくれた。
 あら、古代君にしてはよく気がつくのね……って思って、素肌にそのままエプロンを身につけて食べ始めようとした。
 するとなんだか視線を感じる…… ちらりと横を見ると、彼ったらやけにニヤニヤして私のほうを見ているの。さすがの私もピンときてしまったわ。

 「古代く〜〜ん!」

 私が睨んでも、彼のニヤケ顔が戻らない。それどころか、耳元に口を持ってくると、

 「今度さ、この格好でお帰りって言って欲しいんだけどなぁ」

 なんて囁いてくるの!!! もうっ!! 古代君のえっち!

 5秒後には、「いててて……」と両手で頭を抑えている古代君がおりました……

 でも……それもちょっと……楽しいかも…… な〜んて心の中では思っている私でした。また、そのうちに……ねっ。

 いってぇ〜〜!! いきなり殴ることないだろう! 雪だって結構楽しんでたくせに…… って、まあいいか。今夜はなかなか楽しかったし、雪の反応もすごくよかった。
 今夜も、素敵な夜をありがとう……雪。

 そんな気持ちを込めて、プリプリ怒りながらも、まだケーキをつっついている雪の耳元にキスをしたら、彼女はまた首から真っ赤にしていた。
 君って本当にかわいいな……

 そうして僕は、ケーキを食べ終えて満足げな彼女の体を、ゆっくりと押し倒していった。


 二人で暮らすようになってから、ひと月が過ぎて、外ではいろんな思いもしたけれど、こうして二人でふざけているのが一番心が癒される気がする。
 戦いで傷ついた心を、彼女がどんどん癒してくれる。一人で生きてきた寂しさを、彼女がどんどん……埋めていってくれる。
 だから僕は、こうして少しずつ生きることの幸せを感じ始めているんだと思う。

 同じように、彼女の心の傷も、僕がいることで癒されているんだろうか……? きっとそうだと、僕は信じたい。そのために、僕は彼女のそばにい続けるのだから……


 僕の下にいる彼女をじっと見つめた。すると、僕の心の中を見越したように彼女は微笑んだ。

−お わ り−

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(背景:Cool Moon イラスト:Sweet Room)