湯けむりのなかで(後編)

 (10)

 食事を終え、少し休んでいると、外からまた声がかかった。さっきの仲居のようだった。

 「失礼します。お食事は終わられましたでしょうか」

 「はい」 簡単に片した食器を見ながら雪が答えた。

 「お風呂のほうも空きましたので、どうぞお入りください。場所は、大浴場の奥になります。行けばすぐにわかると思いますので、入られる時に、入り口の札を使用中に変えていただきますようにお願いします。お部屋の方は、片付けて、お布団を敷かせていただきますので、どうぞごゆっくりお入りくださいませ」

 仲居は、食器を片付けながら、説明をした。

 「じゃあ行こうか、雪」

 進が、立ち上がった。雪もほんのりと頬を染めて頷く。ふたり分のタオルや着替えを袋につめて雪も進の後に続いた。

 風呂に着くと、進はさっさと浴衣を脱いだ。雪はすぐに手を動かせなくて躊躇していた。

 「どうした? 雪」

 「なんでもない……」 雪は、なんとなく恥ずかしくて進の前で浴衣が脱げなかった。

 「ん? ああ…… じゃあ、先に入ってるよ」

 進は、雪の様子に気付いたのか、先に自分だけ風呂場に入っていった。進が入ったのを確認すると雪も浴衣を脱いで、そっと入った。進はもう露天風呂の方に行っていた。雪が入ってきたのに気付くと雪の方を見た。

 「だめ、こっち向かないで……」

 雪がそう言うのに進は一向に構わない。笑みを浮かべて雪の姿をまぶしそうにじっと見ている。雪は全身がカッと熱くなるのを感じた。

 「おいでよ。天気もいいし、星も見えるよ」

 雪は軽くかかり湯をすると、静かに湯船に入り、進が座っているところまで歩いた。進の隣まで来ると、湯の中にそっと体を沈めた。自分の体をお湯に埋めて雪はやっとほっとした。そして、空を見上げた。空気が澄んでいるのか、空の星はいつも家から見るよりも鮮やかに見える。天の川も微かに見えていた。

 「ほんと、きれいねぇ…… とても、気持ちいいわ」 上を向いたまま雪は答える。

 「うん…… きれいだ……」

 くすぐったいほどの耳元で進のささやく声がする。その言葉がなぜか気になってふと横を見ると、進は雪の方を見ていた。

 「古代君……」 進が真顔になって雪を見つめる。雪は心臓が激しく鼓動するのを感じた。

 「きれいだ、雪……」

 進は、もう一度そう言うと、雪を自分のほうに向かせ、そっとキスをした。そのくちづけは、唇を離れるとさらに首筋へと移った。進の雪を抱きしめる手に力が入る。そして、今度は雪を軽く抱き上げて、自分のひざの上に後ろ向きに乗せると、後ろから雪を抱きしめた。

 「だめよ……こんなところで……」 雪が身をよじって離れようとしても進は離さない。

 「誰も見てないよ」

 進の手が雪の胸の上で遊ぶ。後ろからうなじにくちづけを繰り返す。雪はだんだんと自分で自分を支えられなくなってくる。


(by がみらすです三郎さん)

 「あ…… ああ……」

 微かに声が出る。隣は混浴の露天風呂。誰かいるかもしれないと思い、声を押し殺すが、思わずもれてしまう。それでも進の手は止まらない。

 「雪…… 雪……」

 進も切なそうに雪の名前を呼んだ。進の両手が雪の体のあちこちを探り、果てに目的の場所に行きつく。それに、雪は敏感に反応した。雪の頭の中は真っ白になった。

 今度は進は雪を自分のほうに向けると、自分の中心の上に座らせ、静かに動いた。熱いものが二人の中ではじけ、愛する人とつながる幸せをじっくりと味わう。

 静寂の中で、ふたりの吐息と微かなあえぎ声だけがお湯に反響していた。

 (11)

 ふたりが部屋に戻ると、きちんとふとんがしかれていた。

 「ふぅっ…… 暑いな。雪、冷蔵庫から何か冷たいものを出してくれないかい?」

 「ええ……はい、どうぞ」 雪は、炭酸飲料を出して進に渡した。

 「赤い顔して…… のぼせたのかい?」

 進は、雪の顔を見てニヤっと笑って言った。雪の顔にはさっきの情熱がまだ残っていた。

 「知らないっ! もう……」

 雪はさらに赤くなった顔を覆うように洗面所に走った。鏡で見ると恥ずかしいほど赤い顔をしている。雪は、冷たい水を出すと、顔を浸した。

 「雪、寝るよ。おいでよ!」 進が雪を呼ぶ。雪はまたドキドキしてきた。

 (古代君…… また、愛してくれるのかしら……)

 そう思うと、また顔が火照ってしまう。雪はしばらくおさまるまで、洗面所から出られなかった。やっと、少し落ち着いて部屋に戻って見ると…… 進は、高いびきでぐっすり眠っていた。雪はおかしくなって、くすっと笑った。

 (古代君ったら…… 疲れてたのね。航海から帰ってすぐに徹夜の仕事だったものね。ぐっすり眠ってね。そして…… 明日の朝、早起きしたら…… また、愛してね、あ・な・た)

 雪は、進の気持ちよさそうな寝顔を見つめながら明かりを消すと、進の隣にすべりこんで目を閉じた。今日の幸せをしみじみと感じながら……

 次の日の朝、進と雪がどうしたかは、あなたのご想像にお任せします。
 今日のところは……ゆっくりおやすみなさいませ……

おわり

前編にもどる

トップメニューに戻る      オリジナルストーリーズメニューに戻る