Yuki’s Holiday−ママはお節介!−
ある土曜日の夕方、雪は横浜にある両親の家にやってきた。両親宅に来るのは、しばらくぶりだった。暗黒星団帝国との戦いの後、雪のマンションの破壊を理由に一緒に暮らし始めた二人。正月に行った時に、両親には了解を取っているようないないような…… とりあえず、同棲していることは雪の両親公認ということになっている。
進には、たまには顔を見せに行くようにと、いつも言われているし、先日も母から電話が来ていた。さりげなく帰宅の催促のよう。
ということで、雪は、家に連絡することなく不意に帰ってみた。
「ただいま」
「あら、雪? 久しぶりね。ひと月くらい姿見せてなかったわね。忙しかったの? 今日は古代さんは?」
「私の方はあいからわずよ。忙しくないと言ったら嘘になるわ。古代君は、宇宙…… 今ごろ、火星基地かしら」
「やっぱり、宇宙に出てるのね」
「当然でしょう? それが仕事だもの……」
「いい加減、地球に落ち着いてもらってもいいんじゃない?」
「うふふ…… それは無理よ。わかってるでしょ? ママも……」
「まあね」
母子は顔も見合わせてクスッと笑った。今ごろ、進はくしゃみをしているに違いない。この母子にかかっては、男性陣はいつもたじたじなのだ。
雪がふとテーブルを見ると、そこには、作りかけの晩御飯のおかず。見つけた雪は、ちょいとつまむ。
「これ、もう! つまみ食いなんてお年頃の女性のすることじゃないわよ」
「だって…… ママのエビチリ美味しいんだもの」
笑ってごまかす雪に呆れ顔で母の美里が尋ねる。
「あなたもちゃんとお料理作ってるの? 自分一人だってちゃんと食べないといけないし、古代さんが帰ってきたら、ちゃんとしたもの食べさせてあげないと・・・」
「ちゃんとちゃんとって、してるわよ、ちゃんと!! 古代君、私のお料理美味しいっていつもたっくさ〜ん食べてくれるもの」
雪はつんと顔をあげて自慢げに言い返した。
「それはごちそうさまっ。 お料理だけはさすがに必要に迫られてうまくなったみたいね、雪」
雪の料理、これは本当に自分でも自慢できるくらい上手になった。必要はなんとかの母とかいうけれど、この場合ちょっと違うが、雪の料理の腕はあがったようだった。
「『だけは』は余計よぉっ! ねぇ、パパは?」
「今日ね、休日出勤なの。でも、もうすぐ帰ってくると思うわよ。喜ぶわ、雪が帰って来てくれてたら。淋しそうなのよ、この頃」
そう答えてから、美里は料理の火を止めるとテーブルの方を向き、真面目な顔で雪を見た。
「ねぇ、雪?」
「なあに?」
雪は、冷蔵庫から、お茶を出して飲みながらチラッと母の顔を見る。
「それで…… あなたたち、まだ結婚しないの?」
「プゥーッ! またその話?」
雪はお茶を吹き出しそうになるのを、慌てて手で押さえた。
「だって…… あなたたち一緒に暮らしてるんだから…… ねぇ、ちゃんと籍いれて…… 古代さん、何も言ってくれないの?」
たまに来るとこれだから困る。雪は母の説教まがいの話を右から左に聞き流そうとした。
「またその話?」
「またってねぇ、パパやママは心配してるから言ってるんでしょう? 二人のことはよくわかっているつもりだけど、いい加減きちんとした方がいいと思うのよ」
確かに母の言うこともわかる。婚約してから既に2年以上、共に暮らす二人が結婚しない理由があるわけもなく、そろそろと思わないわけでもなかった。けれど、まだ、進がサーシャのことで心の傷が癒されていないような気がして雪も何も言えない。
「だから、古代君はお兄さんや姪御さんを亡くして……」
「それはわかるけど…… 私たちだってそろそろ孫の顔…… そうだわっ! 作っちゃったら? 子供! 既成事実作ってしまえば、古代さんだってごちゃごちゃ言ってられないでしょう?」
美里はパンと手を打つと、これだっ!とでも言いたいくらいに満足げな顔で雪に迫る。雪はまたまた慌てて、持っていたコップを落としそうになった。顔も真っ赤だ。いくらなんでも、母親からそんな話がでるとは思ってもいなかった。
「あのねぇ、ママ! 母親が嫁入り前の娘に言うこと? それって…… 私たちまだ結婚してないのよ!」
「だから、結婚するいいきっかけになるでしょって言ってるんじゃない。だいたい、一緒に暮らしてて、嫁入り前もないでしょう! 今さら赤くなって焦ることでもないじゃないの」
美里は雪の焦りを、まったく意に介していない。平然としてマイペースだ。雪は、返す言葉がない。
「やっぱり、雪はそれなりに考えてるわけ?」
さらに突っ込みを入れてくる。つまり、バースコントロールをしてるのかと聞きたいらしい。雪はますます火照ってくる顔を押さえながら、母の真剣な表情に答えないわけにはいかなくなった。
「あのねぇ…… ん、もう! 私は看護婦よ、そういうことは自分でコントロールしてるわよぉ」
「まあ、そうなの? じゃあ、そう言うのやめて自然にしてればいいんじゃなぁい?」
美里はいとも簡単に言い放って笑顔を見せた。
「だから…… んー! もう、ママったら。はぁ〜」
話が堂々巡りをしそうだ。ママのお節介は一生治らないんだろうな、とおもいきりため息をつき、ありがたくて涙が出そうな雪だった。
しばらくして帰ってきた父の晃司にも、美里はその提案を嬉々として話した。
それに対しての反応だが、またもや赤くなって怒る雪はさっきのとおりだが、いつもなら美里が孫がほしいと言えば同調する晃司が、
「そこまですることないだろう!」
と、ムスッとして答えたので美里は吹き出してしまった。
孫は欲しくてもその過程については考えたくもないらしい。いかにも父親らしい発想がとても滑稽に見えたのだ。
ちなみに、火星基地で一日待機中の進は……
「はーっくしょん!! んん? なんだか今日は鼻がむずむずするな、風邪かなぁ?」
そんなことをつぶやきながら、ふっと思い出すのは雪のこと。どうしているかな? 今日は休みのはずだから昼寝でもしてるかなぁ、などとのんきに考えている間に、自分が話のネタになっているとは全く知らない進なのだった。
−お し ま い−