Star Myth七夕の夕べ
  

生活班からのお知らせ

七夕の夕べ……

 7月7日の夜を、地球に戻ったつもりで、地上からの星空を楽しみませんか?
 イメージルームをプラネタリウムにして、今年の日本の七夕の夜を再現します。
 ナレーターは、みんなのアイドル、我らが森雪生活班長です!
 非番の方々は、ぜひとも振るってご参加ください。

   7月7日 PM8:00〜9:00 於:イメージルーム


 2199年の6月末、イスカンダルを立ち、地球目指して飛び続けるヤマトの中は、平穏な日々が続いていた。
 その日の夕食時、食堂に入ってきた古代進と島大介は、食堂の掲示板に張り出された生活班からのお知らせのポスターが目に入った。

 「おい、古代! 七夕の夕べだってさ」

 島の声に、進もそのポスターに近寄った。そう言えば雪がそんな話をしてたっけな、と思い出す。

 「ああ、この前雪がするって言ってたな。いいんじゃないか?」

 「お前も見に行くんだろう?」

 島の目が、意味深にきらりと光った。

 ドキリ…… 進はどぎまぎしながらも、なんとかさりげなさを装って答えようとした。

 「え? いや…… そ、そうだなぁ、一応艦長代理としては……やっぱり見ておかないと仕方ないかなぁ」

 言い訳甚だしいというのはこういうことを言うのだ……と島は内心思う。

 「あっはっは…… 「艦長代理」としてじゃないだろう? ナレーターに愛しの彼女が登場するんだ。「彼女にぞっこんの古代進君」としては、行かないわけにはいかない、だろ? もう、今更無理するなって! この際、一気に告白してみたらどうだ?」

 ニヤニヤ笑いながら突っ込みをいれる。進は、最近の島の変わりようには、ある意味驚いていた。行きの航海中は、雪をめぐる最大のライバルとも目していた彼が、いつの間にかその戦列からあっさりと離脱、今ではすっかり進をからかうのを楽しみにしているのだ。

 「ば、ばかなこというなっ!」

 「どうして? 例えば、う〜んそうだな。来年の七夕は地球で一緒に見よう……なんてのはどうだ?」

 「むむ……」

 その時、二人を目ざとく見つけて、こっそり聞き耳をたてていた南部も突っ込み路線に参戦してきた。

 「そうそう、『ダメもと』でここは一発!」

 「うわっ! だ、誰だ? な、南部ぅ!! おいっ、その「ダメもとで」ってのはなんだよっ!」

 「わーっはははは……」

 南部と島が大笑いをした。

 おそらく「彼」の日記には、『今日もまた、彼女のことで艦長代理をからかった。相変わらずの反応振りで、とても楽しかった』と書かれることだろう。

 そうこうしているうちに、7月7日当日がやってきた。
 皆の憧れの生活班長の雪がナレーターだという宣伝が効いたのか、それとも地球から見える星というのに郷愁を感じたのか、イメージルームは非番のクルー達で一杯になった。
 もちろん、進たちも中央の場所を陣取ってどっかり座っている。ところが進は座るなり特大のあくびをした。

 「ふぁぁ〜〜」

 一緒にやってきた相原と島がそれ見て笑った。

 「ははは、古代は眠そうだな」

 「あ、ああ…… ちょっと昨日は徹夜しちまったからな」

 あくびをかみ殺しながら進が答えると、島がくくっと笑った。

 「慣れない書類書きしたからだろ? しかし、確か締めきりは明日の朝までじゃなかったか? 今からでも時間があるのになぁ」

 「そりゃあ、このイベントに参加するために早く仕上げたに決まってるでしょう? ねえ、古代さん!」

 相原がにんまりとする。進が慌てて苦手な書類を仕上げた理由など、聞くまでもないと言いたいのだろう。

 「こ、これも、艦長代理の仕事の内だ!」

 真っ赤になって叫ぶ進に、島と相原が再び笑いを押し堪えながら肩を振るわせた時、あたりが暗くなって七夕の夕べが始まった。


 雪が壇上にあがり、まずは今日の参加の礼を言った。それからさっそく星空の投影が始まる。あたりが真っ暗になり、イメージルームの天井一杯に星々が映し出され始めた。

 雪のナレーションが聞こえてきた。柔らかくて温かくて、透き通るような甘い声だ。進にとって、その美しい声がなによりのリラックス源だった。


 「7月7日の日本、関東地方の空です。天の中央には大きな天の川がうっすらと流れ、その中に一際輝く3つの星が見えます。この3つの星をつなぐ三角形は、夏の大三角形と言われ、夏の星座を探す第一の手がかりになります。

 まず、天の川の中で輝く星がデネブ。川の上を飛んでいるように見える白鳥のα星です。
 そして、その天の川を挟むように、皆さんの側から見て上の方に、こと座のα星べガこと織女星と、わし座のα星アルタイルこと牽牛星が向き合って輝いています。
 この二つの星こそが、太古の中国で生まれ、日本に伝わった七夕伝説の主役なのです」

 続けて雪は、他の空の星々の説明をした後、再び七夕の話に戻した。

 「それでは、今日7月7日にちなんで、七夕伝説についてお話したいと思います。アジア各地に残るこの七夕伝説は、国あるいは地方によって様々に言い伝えられていますが、今日はもっともポピュラーなお話をしたいと思います」

 雪の優しい声は、BGMの音楽と合わせて、進の耳をくすぐり続ける。昨夜徹夜していた進は、そのあまりにもの心地よさに、上下の瞼がだんだんと仲良くなっていく。進は抗いがたい強い眠気に襲われ始めた。

 「美しい夜空に輝く天の川のほとりで、織姫と呼ばれる美しい天女が住んでおりました。その織姫は、毎日機織りの仕事を一生懸命していました。
 天の神は、懸命に仕事をするその娘のために、ふさわしい婿を探し、川を隔てたところに住んでいる働き者の牛飼い彦星と結婚させることにしました。
 二人を会わせたところ、人目で互いのことが大好きになり、すぐに二人は結婚を決め、新しい生活を始めることになりました」

 雪は話しながら、聞いているクルー達の姿を一人一人眺めた。皆一生懸命天井の星星を仰いでいる。もちろん、その中にいる進の姿もちゃんと見つけていた。雪の心がときめいた。

 (古代君、来てくれたのね。うれしい! 私の話最後までちゃんと聞いててね)

 と心の中で思ったとたん、進は首をかくんかくんと揺らして、舟を漕ぎ始めたのだ。

 (まあっ!古代君ったら、居眠りなんかしちゃって……もうっ!)

 戦いのない帰路といえども、艦長代理としては、色々と忙しい日々が続いているのだとは思うものの、自分がこの場に立っているのに、と思うとちょっぴり腹が立つ。
 しかし、彼の立場を考えるとあまり強く非難するつもりもなかった。

 (しかたないわよね、艦長代理は多忙なんですものね)

 雪は、進のことは考えないようにして、七夕の話を続けた。

 「けれども、結婚してからの織姫と彦星は、二人の暮らしに夢中になってしまい、織姫は機織りを全くしなくなりました。また、彦星も牛の世話をおろそかにし始めたのです。
 そんな二人に、しばらくは我慢していた天の神も、とうとう腹を立て、二人を天の川の両側に引き離してしまいました。

 『織姫よ、機織りを忘れてしまうとはなにごとか! 自分の仕事をしないのなら、もう彦星と会わせるわけにはいかない!』
 『彦星よ、牛の世話はどうしたのだ! 仕事に精進しない男は、織姫の夫として、ふさわしくないぞ』

 深く愛し合っていた織姫と彦星は、離れて暮すなんてとても辛く、涙を流して、天の神にそれだけはやめて欲しいと頼みましたが、神は許してくれませんでした。

 二人は泣く泣く別れ、そして自分達の行いを反省し、一生懸命に仕事に励むようになりました。しかし会いたいと思う二人の切ない思いは、募るばかりでした。

 さすがにそんな二人を不憫に思った天の神は、年に1度7月7日の夜だけ会うことを許してくれました。
 こうして、彦星と織姫は互いの仕事に励みながら、年に一度の逢瀬の夜を心待ちにしているのでした。

 ところが、7月7日に雨が降ると、天の川の水かさが増して、織姫は川を渡ることができなくなります。
 皆様、7月7日が晴れて二人が再会できるように、どうかお祈りください。

 ちなみに、伝説によっては、雨が降って水かさが増すとカササギが飛んできて二人のために橋を作ってくれると言うお話もあるそうです。

 それでは、しばらく7月7日の夜の星空をゆっくりと映し出していきましょう。時の流れと共に西へ西へと流れて行く星々を眺めながら、しばし夢のひとときをお過ごしください」


 雪の解説はそれで終わり、静かな美しいBGMに合わせて、星々がゆっくりと動き始め、最後にはうっすらと明るくなり夜明けを向かえた。
 映像が終了すると拍手が沸き、予定通り9時に七夕の夕べは好評の内に終わった。

 あたりが明るくなって見学を終えたクルー達がぞろぞろと出口に向かい始めた頃、我らが古代進はというと…… やはり、すーすーと静かな寝息をたて、ぐっすり眠ってしまっていた。
 あきれて見ているのが、一緒に来ていた島と相原だ。

 「古代さん、途中からすっかり夢の中じゃなかったですか?」

 「いいさ、ほっとけ。まだ雪が残って後片付けでもしてるんだろ? 後で起こしてもらえばいいさ。徹夜したからなぁ。眠かったんだろう」

 勝手にやってろとばかり突き離し気味の島とは対照的に、相原は心配している。

 「でも、せっかくの雪さんの企画の最中に寝てたってことがばれたら…… 雪さん怒りませんか?」

 「へんっ! 怒られてみろってんだ。いい気味だよ」

 「ああっ、島さん、ヤキモチですか? やっぱりまだ未練が……」

 相原のちょっぴり意地悪な質問にも、島は動じなかった。

 「ばぁかっ! あいつらのくっつきそうでくっつかないイチャイチャぶりを楽しんでるのは、お前たちのほうだろう? さ、行くぞ!」

 「あっはっは…… それは島さんも同罪でしょっ!」

 二人は笑いながら、進を置き去りにして、さっさとイメージルームを後にしてしまった。

 置いてけぼりを食った進はというと、しばらくそのまま眠っていたらしく、誰もいなくなった頃になってやっと目を覚ました。

 「ふぁぁ〜良く寝た。ん?あれ? ここどこだっけ? あっ……!」

 進はキョロキョロとして誰もいないのに気付いて、はっと我に返った。一緒に来ていたはずの島と相原もいない。

 (ああっ! あいつら、俺を置き去りにしやがったなぁ!)

 ムッとして立ち上がった時、誰もいないと思っていたイメージルームに、まだ一人残っている女性がいた。
 見てみると、その女性はうつむいたまま肩を小さく震わせている。泣いているらしい。

 彼女の名前は、相良那美。生活班のチーフの一人で、雪の下で皆をまとめている聡明な女性だ。年は雪より何歳か上で真面目で優しい性格の彼女は、若いクルー達から慕われていた。
 進も、物静かでいつも笑みを絶やさない大人びた風貌の彼女の姿には好感を持っていた。

 さすがに泣いている女性をそのままにしておけず、進はゆっくりと近寄ると、那美に声をかけた。

 「あ、あの…… 相良さん……? どうかしたんですか?」

 進がおずおずと尋ねると、那美は驚いて振り返った。彼女も誰ももう部屋に残っていないと思っていたのだ。

 「あっ! い、いえ……」

 「でも、一人で泣いてるなんて……」

 心配げな進の顔を見て、那美は目じりの涙をそっとふき取ると、寂しげに微笑んだ。

 「古代さんはいいですね。ずっと好きな人のそばにいられて……」

 突然自分に話を振られて、進は驚いた。

 「えっ!? なっ……何の話だか」

 「うふふ…… うちの班長でしょ?」

 「いっ!?」

 いきなり的を突かれた進は焦ったが、別にそれは彼女の感が鋭いわけでもなんでもないのだ。ヤマトの中では既に進と雪の微妙な関係は、既に噂の種だ。特に生活班の女性たちには、二人が思いあっているというのは周知の事実として広まっている。
 が、もちろん、進はそんなことを知らない。那美から見れば、そんな進の焦り方が微笑ましいかった。

 「地球に帰ったら、お二人はきっと……」

 「な、何をばかなこと……」

 真っ赤になってしまった進を見て、那美はおかしそうにくすくすと笑い出した。

 「まだ告白されてないって、ほんとだったんですね」

 「な、なっ……」

 進は、うまい受け答えができない。とにかく雪のことになると、艦長代理も形無しの進なのだ。ひたすら顔を赤くする進に、那美は柔らかな笑顔を送った。が、その瞳には羨望が込められていた。

 「ずっと一緒にいられるって……本当に羨ましいわ。私は…… 本当に、織姫と彦星のように、1年間も会えなくても相手のことを想い続けていられるのかしらって…… そう思ったら、急に悲しくなって……」

 「え?あの……それじゃあ、相良さん、恋人を地球に?」

 那美は悲しそうに微笑んで、こくんと頷いた。

 「私だけがヤマトのメンバーに選ばれた時、私、断るつもりだったんです。彼のそばにいたかったから。でも、彼は行ってこいって、頑張って来いって、そして必ず帰って来いよって…… 俺は地球の市民を守っているからって……」

 「地球市民を守る…… 彼も戦士なんですか?」

 進が問うと、那美は軽く首を左右に振った。

 「いいえ、彼は消防士なんです。彼は彼ができる仕事で地球のために1年間頑張るから、私にも私のできる仕事をして来いって…… でもでも!やっぱり彼も一緒にヤマトに乗って欲しかった。
 このごろ、地球のことを思い出すたびに、彼はもう、私のことなんか待ってないんじゃないかって、今ごろ別に好きな人ができてるんじゃないかって、そう思うと……」

 那美はううっと小さくうめいて、両手で顔を隠した。また涙が出てきたのだろう。進はそんな那美の肩を強くつかんで励ました。

 「相良さん…… 大丈夫だよ。彼はきっと地球で頑張ってるさ。そして、君のヤマトの帰りを絶対に待ってくれているよ!! 君が愛した人を信じろよ」

 「でも……」

 那美は不安げな顔で進を見上げた。進の瞳が優しくなった。

 「そう思わないでどうするんだよ。君が弱気になったらだめだよ。そりゃあ、俺だって好きな人が一緒にいるのはうれしいけど…… けど、地球に戻れないと告白できないって思ってるんだ。
 だってさ、もし俺が俺の仕事をきちんとこなさないで、恋にだけうつつを抜かしていたら、天の神に罰せられちまうだろ? 自分の仕事をちゃんとできない、そんなヤツを、彼女が好きになるはずないもんな。自分の仕事をきちんと全うしてこそ……俺は彼女にふさわしい男になれるんだって、そう思ってるんだ」

 進の真摯な瞳は、那美の心を打った。那美は今一番しなければならないことを忘れそうになっていた自分を、再び取り戻したような気分だった。

 「古代さん……」

 那美が顔をあげた。それは先からの悲しそうな顔ではなく、いつもの落ちついた笑みだった。

 「君も……そして君の恋人も、1年ぶりに会うために、自分の仕事を最後までやり遂げないと。それで初めて心置きなく再会を喜べると、俺は思うよ。君の信じた彼なんだ。必ず待っていてくれるさ」

 「そうね、そうよね…… ありがとう。私、彼を信じて頑張るわ、織姫みたいに。古代さんも彦星に負けないように、ね」

 「ああ……」

 笑顔の戻ってきた那美を見て、進も安心したように微笑んだ。

 イメージルームの片づけを終えた雪が、ふと操作室のガラス越しに外を見ると、そこに二人の男女の姿が見えた。俯いている女性に男性が話しかけている。

 (あら、やだわっ。こんなところでラブシーン? でも、1年に1回の日ですものね。見ない振り見ない振り……と)

 帰りの航海中には、雪の耳にもちょっとした恋愛話が聞こえてくる。艦長も若い彼らの行動には大目に見てくれているようなので、雪は今日もそっと出て行くつもりだった。

 (でも……誰と誰なのかしら?)

 さすがに、恋に関しては乙女の好奇心は旺盛である。雪は二人に気付かれないように、そっと顔が見える位置に移動した。
 その二人の顔が見えた瞬間、雪の心は大きな矢がぐさりと突き刺さったように痛んだ。

 (えっ!? 古代君!! それに……相良さん? うそっ…… 何しているの!?古代君! あっ、肩を抱いた…… ええ!?ああもうっ! さっきだって私のナレーター中に眠っちゃってたし…… 古代君のバカ! もう、知らないっ!)

 進が自分を好いていてくれていると、雪は信じていた。地球に戻れればきっと告白してくれる、そう思っていた。
 それなのに、事情は知らないが、他の女性クルーと親密そうに話しているではないか! 

 (もう、古代君なんて知らないっ!)

 雪はすっかり不機嫌になってしまった。腹が立つような悲しいような、ものすごく嫌な気分だ。そして、雪が二人に気付かれないように部屋から急いで出ようとドアに駆け寄った。と、開いたドアの前に、なぜかあたふたと焦っている南部がいた。

 「あっ……」

 雪は面白くなさそうな顔のまま、南部に尋ねた。

 「あら? 南部君どうしたの?」

 実は、南部はさっきイベントから戻ってきた島たちに、進が眠ってしまって居残っていることを聞いた。その後、雪に起こされて怒られているのか、はたまた、二人でもう一度見なおそうなどと、いい雰囲気にでもなっているのかと、それを確かめようと覗きにやってきていたのだ。

 ところが不機嫌そうな雪の顔を見て、「古代はやっぱり怒られたのか」と思いながらも、覗きの現場を見つかった南部は、必死に言葉を取り繕った。

 「い、いやぁ…… 遅くなったけどまだやってるかなぁと思ったりして…… けど、もう終わりですね、七夕の夕べ」

 南部が、遅くなってからこのイベントに来てくれたのだと思った雪は、少し顔つきを和らげて微笑んだ。

 「ええ、ごめんなさい。時間はあるから、もう一度見せてあげてもいいんだけど……」

 とチラッと後ろのドアの方を見ると、雪は何かを思い出したように再びムッとした顔になった。

 「どなたかお取り込み中の方がいらっしゃるようですから、今日は無理みたいよっ!」

 雪の声がいきなり鋭く強くなった。

 「は?」

 きょとんとする南部を置いたまま、雪はつんと顔を上げてスタスタと立ち去ってしまった。

 (どうしたんだ? なんで雪さんは怒ってんだ?)

 気になった南部は、さっそくそっとイメージルームを覗いた。すると、なんとそこには進と那美の姿があるではないか、さらに二人は見つめ合って微笑んでいる。

 「あっ……」

 (ははぁん、これが雪さんの不機嫌の原因か…… しかし、古代のヤツ、雪さんの前で他の女とラブシーンとは……どういう了見なんだ!?)

 すると中の二人がドアのほうに歩き出したので、南部は慌ててドアから離れた。
 程なく二人は部屋から出てきた。部屋の前にいた南部を見つけた進は、驚いた顔をした。

 「あれ?南部、今ごろ見に来たのか? もう遅いぞ、残念だったな」

 進が南部と話を始めそうなのを見て、那美が後ろから声をかけた。

 「あ…… 古代さん、ありがとうございました。私はこれで……」

 「ああ、元気だせよ。絶対、彼氏は待っててくれるからな!」

 「ええ」

 那美は、振り返った進に軽く会釈をすると、そのまま廊下を歩いて行った。彼女が声が聞こえないくらい遠ざかった頃、南部が尋ねた。

 「なんだ? 彼氏って?」

 「ああ……実はな…………」

 進は、さっきの話を南部に聞かせた。

 「そうだったのか。ちょっと大人っぽくて色気のある人だと思ってたけど、そんな彼氏がいたのか…… っと、ああっ、それじゃあ!」

 南部が、はたと気付いて手を打った。進にはなんのことかわからなくて、首を傾げた。

 「どうした?」

 南部は、これは少し面白いことになったな、とニヤリと笑った。

 「さっき、古代さんよりちょっと前にこの部屋を出た人が一人いましてねぇ」

 「は? それがどうした?」

 訳のわからない進に対して、南部がゆっくりと説明した。

 「その人の名前は……も・り・ゆ・き」

 「な、なんだよっ、それが……」

 「あのタイムラグならきっと、今のお二人さんの様子を見てたんじゃないかなぁ。どおりで部屋から出てきたとき、えらくプリプリしてたのかぁ〜 たしか〜取り込み中の二人が中にいるとかいないとか、そんなこと言ってたような…… それってやっぱり……」

 南部のめがねの中の瞳が、ちょっぴり意地悪く光った。

 「げ、げぇぇぇ! そ、そんなっ! 俺は……!!」

 「ぷぷぷ…… 誤解、早めに解いておいたほうがいいかもなぁ!」

 と、南部が笑いを堪えて言った時には、既に進は走り出していた。

 (へぇ、さすが戦闘班長。行動は早いじゃないか。いやそれ以上かな? ははは……)

 雪のこととなると、一気に頭に血が上るらしい若き上司を、南部はニヤつきながら見送った。

 進は走った。とにかく誤解を解かなければ……
 まず行ってみたのが、生活班の班長ルーム―不在。そして医務室―佐渡先生がぽかんとした顔でいないぞと言い、アナライザーが愛想のない返事をしたが、とにかくここも不在。

 では……と、彼女の自室の方へ回ってみる。部屋をノック。しかし返事はなかった。まさか居留守!?と思ってもみるが、勝手に入るわけにも行かず、すごすごと退散。

 今度は第一艦橋に戻ってみたが、そこにいたのは当直の太田と相原だけ。さりげなく雪の居場所を尋ねてみても、首を傾げるばかり。その上相原に、

 「古代さん、さっき雪さんのナレーション中に寝てたでしょう。雪さん恨めしそうに見てましたよ」

 などと注進されてしまい、さらに青くなる始末だった。

 「ど、どうしよう……」

 そこにふらりと入ってきたのは、真田だった。

 「どうした古代? 随分顔色が悪いぞ。雪に診てもらったらどうだ? ちょうど、そこの後方展望室にいたぞ」

 「えっ!? 雪がっ! 真田さんっ、ありがとうございます!!」

 全ての言葉が真田の耳に聞こえたかどうかわからないくらいの猛スピードで、進は第一艦橋を後にした。

 「おおっ! お決まりのデートコースですね。でも古代さん、どうしてそんなに慌てるんだろう?」

 「居眠りを謝りたいんじゃないのか?」

 「あっ、そっかそうだな、あっははは……」

 「なんだ、それは?」

 真田が不思議そうな顔で尋ねた時、進と入れ違いに、南部が艦橋に入ってきた。相原が今進が来た話をすると、南部は可笑しそうにさっきの話をして聞かせた。

 「よしっ、じゃあ次は展望室だ!」

 進が展望室に駆け込むと、確かに雪が一人で窓の外を眺めていた。雪はドアが開く音に振り返った。

 「こ、古代君……」

 雪は、進の姿を見て慌てて顔をそらした。そして、ごしごしと目のあたりを拭くような仕草をしてから、再び向き直った。
 一方、進の方も飛び込んだはいいが、なぜか寂しげな顔をしている雪を見て、ひるんでしまった。

 「いや…… あのぉ…… さっきは……」

 口篭もる進の顔を、雪はつまらなさそうな顔でチラリと睨んでから、背を向けた。

 「古代君…… 相良さんはどうしたの?」

 内容はたいしたことはなくても、その口調は冷たい。雪のなにげない言葉が進の胸に突き刺さった。

 (やっぱり見ていたんだ。でもって、やっぱり誤解されてる)

 そう思った進は慌てて言い訳を始めた。

 「べ、別にどうもしないよ。彼女が彼氏のことを思い出して寂しそうにしてたから、慰めてただけで…… 1年も離れていても、織姫と彦星みたいに思いを繋げていられるかどうかが不安になったらしくて…… だから……」

 しどろもどろの説明ながらも、進のその説明は、雪の心をゆっくりと安堵へと向かわせた。

 (古代君、彼氏のことで泣いてた彼女を慰めてたけなんだ。よかった。相良さんには、地球に思う彼氏がいたのね……)

 雪の顔が少し和らいだと進が感じた時、雪が口を開いた。

 「古代君が……励ましてあげてたの?」

 「あ、ああ…… 再会のために、今はお互いの仕事を懸命にやろうって、彼女の彼氏、消防士なんだってさ。きっと、地球の辛い状況の中でも頑張ってるさって……」

 雪がやっと微笑み、今度は進の顔をじっと見つめ返した。

 「……そう。古代君もほんとにそう思うの? 男の人って、好きな人のこと、1年くらい会わなくても忘れたり他の人に心を移したりしないの?」

 「も、もちろんだよ! あ、いや……少なくとも俺は……す、好きになったら、絶対……」

 「ずっと会えなくても?」

 畳み掛けるように尋ねる雪の言葉に、進は、思わず「僕が君への思いを簡単に変えられるわけがないだろう!」と叫びそうになったが、ぐっと堪えた。視線を少しそらして答えた。

 「俺は……いい加減な気持ちで人と付き合いたくない」

 「古代君って、付き合いたい人、好きな人いるの?」

 「えっ!?」

 進はその質問にドキリとして、雪を見た。雪は真剣な眼差しで見つめている。嘘は言えそうにない。沈黙が続く……
 しばらく黙って見つめあっていたが、進はごくりとつばを飲んでから答えた。

 「い、いるさ、そりゃあ、(目の前に……) けど……」

 「けど?」

 雪が小首を傾げる。かわいい仕草だ。進はそんな彼女の姿に、やっと自分の今を考える余裕ができた。

 「ちゃんと自分の仕事をやり遂げてからだって思ってるんだ。天の神様の怒りに触れてしまったら大変だからな。地球に帰ったら……(君に好きだって言いたいんだ)」

 最後の部分は、心の中で叫んだ。その答えに、雪は満足したようだった。

 「そう……」

 「ゆ、雪はどうなんだよ? いるんだろう?好きになって欲しい人。昔オリオンの星に願ってた……」

 勢いで聞いてしまってから進は後悔した。もしここで、島や他の男性の名前が出たらどうしようと、真剣に思った。
 しかし、雪はちょっと肩をすくめて微笑んでこう答えたのだ。

 「わたし…… 私も……地球に帰ってから」

 そこまで言うと、雪は嬉しそうにクスリと笑った。

 「ね、古代君! 来年の七夕の夜は、きっと地球で星を見られるわよね?」

 「ああ、もちろんだよ!」

 「じゃあ、星が綺麗に見えるところに、連れて行ってくれる?」

 「ああ! 絶対に地球でみんなと一緒に見に行こうぜ!!」

 やはりというか、予想通りというか、雪の言葉が二人のデートの誘いだと言うことに、進は全く気付いていない。

 (んっもうっ! 古代君ったら…… みんなと、じゃないでしょう。ばかっ!……でも、うふふ、それが古代君らしいところよねっ)

 雪は進のそんなところも好きだった。だけど、ちょっと鈍感な彼に意地悪がしたくなった。

 「でも…… 本物の織姫と彦星の星を見るときは……今夜みたいにい・ね・む・りしないでねっ! じゃあ、おやすみっ!」

 それだけを言うと、雪は進の横をするりと抜けて、ドアの方に向かって歩き始めた。

 「あっ、ああ! あの……それはその……昨日徹夜したから、それに、あの……あんまり雪の声が心地よくて……ご、ごめん!! 許して、雪、雪ちゃ〜ん!」

 慌てて追いかけた進が、再びどんな言い訳をしたのかは、皆さまのご想像のままに……


 2200年7月、ヤマトは順調に地球への旅を続けていた。二人が互いの本当の気持ちを知るまでは、もうしばらくの時が必要のようだった。

おしまい

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