せいくらべ



 ここは静かな住宅街。都心近くの割に清閑なたたずまいである。今は春、といってももう5月。晴天のせいもあって気温は初夏並に上がっていた。

 そんな昼下がり、古代家では、パパの地球帰還にあわせて休みを取ったママや、保育園自主休暇の子供達が、のほほんと過ごしていた。

 今年で6歳になる守、4歳になる航は、それはもういたずら盛り。ママの悲鳴と怒号!?が日に何回も響く。そして、1歳半の末っ子娘愛は、かわいい盛り。パパの目じりは下がりっぱなしである。

 お昼の2時半を過ぎ、そろそろおやつの時間と、ママが台所でホットケーキを作り始めた。愛はお昼寝中。もうすぐ目を覚ますはずだ。
 そして、お兄ちゃん達二人はというと、さっきまでパパと大騒ぎして、ママから「愛が起きちゃうでしょう!」と今日の午後1発目のお叱りが飛んでから、静かになった。クレヨンと画用紙を持ってきて、リビングの隅っこでお絵描きをはじめていた。
 やっと子供達から開放されたパパが、台所に入ってきた。

 「なにか手伝おうか」

 「あら、いいわよ。ホットケーキを焼くだけだもの。あと1枚焼けば終わりだし、座って待ってて」

 「ホットケーキかぁ、うまそうだな。で、乗せるものは何かないのか?」

 「イチゴとバナナがあるわ。あ、それなら生クリーム泡立ててもらおうかしら。乗せて食べると美味しいのよねぇ、うふっ!」

 雪が嬉しそうににこっと笑った。いつもまぶしい笑顔だ。進は、それがまぶしすぎて心にもないことを言って、妻に意地悪したくなった。これは初めて出会った時からずっと変わらない感覚だ。

 「大丈夫か? 太るぞ」

 そんな言葉にも、雪はめげない。いつものことに慣れたものだ。軽やかにくるっと周って見せる。スカートがふわりと広がった。

 「あらっ、このプロポーションが見えないの? 愛を産んだ後にも、ちゃぁんとトレーニングをして引き締めたんだからっ!」

 「トレーニングねぇ。そう言えば、昨夜(きのう)もいい汗かいたしなぁ。どれどれ」

 ニヤリと進。昨夜のことを思い出した。確かにナイスバディだったな、などと思いながら、雪のウエストからヒップにかけてするりとなぞった。

 「きゃっ、もうっ、えっち!」

 「あっははは…… 生クリームだったな。よし、任せとけ」

 進は妻の仕返しをかわしつつ、冷蔵庫を開けて、紙パックに入った生クリームを取り出た。ボールにあけて砂糖を足す。それから電動の泡立て器で泡立て始めた。
 鼻歌交じりにやっている。なかなか手際が良く、手馴れているようだ。これも奥様の教育の賜物なのだろう。
 
 あっという間に生クリームが程よい固さになった。雪の方もホットケーキを焼き終えて、お皿に並べ始めている。

 「おいっ、これくらいでいいんだろう? こう持ち上げたらピンと立つくらいで……」

 雪がチラッとボールの中を覗くと、たしかにクリームの先がしっかりと立っていた。雪はにっこりと微笑んだ。

 「ええ、OKよ! 後は果物を切るからちょっと待っててね」

 と、振りかえってまな板の上にイチゴとバナナを置いた。すると後ろから、進の手が前に回され、ぎゅっと抱きしめられた。雪の体がびくりと反応する。

 「やだ、あなたっ! 子供達に見られるわ」

 くすぐったそうに笑う雪のうなじを、進は唇でなぞった。

 「大丈夫だよ。今あいつらのいるところから、ここは見えない」

 雪が首だけで振りかえってリビングを見たが、進の言う通り、子供達の姿は見えなかった。ちょっと安心する。
 すると今度は雪を抱きしめていた手が胸元にすいっと差し込まれた。

 「あんっ!」

 ちょっとばかり色っぽい声がでてしまう。

 「ふうん、ここも泡立ちがいいみたいだぞ。ピンと立ってる。固さもちょうどいいかなぁ」

 妻の反応の良さに気を良くして、進はその柔らかい感触を味わうように手を巧みに動かした。

 「生クリーム……ここにもつけて食べたら美味いだろうなぁ」

 耳元で意味深なことを囁く夫に、一瞬我を忘れそうになった雪だが、さすがに昼ひなか、子供達もいる。すぐに我に帰った。

 「あんっ、もうっ…… だめよ」

 やんわりと睨んで、進の手を自分の胸元からひっぱりだした。残念そうな進を見ながら笑った。

 「また、後でねっ。さあ、それより子供達を呼んでこなくちゃ。ずいぶん静かだわ。こういう時って、危険なのよねぇ。何か悪いことでもしてなきゃいいけど…… あっ、進さん、この果物切っておいてね」

 「あと……ね、はいはいっ!」

 台所を出る雪を肩をすくめて見送り、果物を切ろうと包丁を掴もうとしたその時、「きゃぁぁぁぁ〜〜〜〜!!! 」という、雪の悲鳴が聞こえた。

 「なんてことするの! あなたたちはっ!!」

 すわっ何事!と、進がリビングに駆け込むと、雪が守と航を睨みつけている。子供達は肩をすくませてうなだれていた。

 ママの大剣幕に、二人は「ごめんなさい……」と小さな声で言いながら、半べそをかきはじめていた。

 「どうしたんだよ、雪?」

 「こ、これよっ! これを見て頂戴!!」

 雪が怒りで震える手で指差したのは、古代家のリビングの端にある真っ白な柱だった。まだ築数年の真新しい家の白亜の柱で、リビングのポイントにもなっていて、雪のお気に入りだった。
 その柱の大人の腰くらいの位置に、黒のクレヨンのつたない字で二人の名前と何かわけの分からない線が落書きされていた。





 もう何とか字を書くことができる守のほうを向いて、雪がまた怒鳴った。

 「こんなところに落書きするなんて! 守、あなたね。どうしてこんなことしたの!! よりにもよってこんなお客様も目にする一番目立つところに…… ああ、どうしましょう!! きれいに消えるのかしら」

 ぶつぶつ文句を言いながら嘆く雪を横目に、進は柱に近づくと、その書かれた文字をじっと見た。

 「これは……お前達の名前だな? この横の線はなんの?…………ん? あっああっ!」

 進が何か気付いてぽんと手を叩いて頷くのと同時に、雪の命令が飛んだ。

 「とにかく、早くタオルぬらしてきて拭きなさい!! もうっ!!」

 悪ガキ二人が飛びあがって洗面所に走ろうとした時、進がそれを止めた。

 「ちょっと、待てよ」

 「えっ?」

 「これってもしかして…… ちょっとお前達、そこに立ってみろ」

 進は子供達を手招きした。二人が恐る恐る戻ってくると、その柱の横に立たせた。すると、ちょうどその線のところが、守と航それぞれの背の高さだった。

 「やっぱり、そうか……」

 進が満足そうに頷いて、雪の方を見た。雪もそれで落書きの意味がわかったようだ。

 「まあっ、せいくらべしてたの? でも、よくそんなクラシックなこと知ってたわね。だ・け・どっ! こんなところに書くなんて……」

 再び睨もうとする雪をなだめるように、進が笑った。

 「あははは…… いいじゃないか、これくらい。俺なんか子供の頃、もっとすごい事をしてしまったんだぞ」

 進は、雪と子供達をその場に座らせて、自分もどっかりとあぐらをかいて座り、子供の頃の話をし始めた。

 



 時は遡って、まだガミラスの攻撃にさらされる前の22世紀終わり頃、5月5日の端午の節句の日のことである。
 三浦半島の端にある古代家では、子供達が二人で留守番をしていた。

 「はしらのき〜ずは おととしのぉ〜 ごがついつかぁの せいく〜ら〜べ〜」

 季節柄、日本の昔の行事として、「端午の節句」の特集をしていたテレビからそんな歌が聞こえてきた。父と母は仕事からまだ帰ってきていない。中学生の守はまだ学校にも上がっていない小さな弟と二人、おやつをつまみながら、ぼおっとテレビを見ていた。

 「ねぇ、お兄ちゃん。今の歌ってどういう意味? なんで柱の傷がせいくらべなの?」

 どうして?なんで?がよく出る年頃の進が、さっそく兄に質問をはじめた。

 「ああ、あの歌かぁ。あれはな、大昔の日本の子供達が、5月5日の子供が大きくなったことを喜ぶ日にな、どれだけ背が高くなったかを、柱に傷つけて書いておいたっていう歌だよ。次の年に比べてみたら、どれくらい大きくなっているか、わかるだろう」

 兄の説明を聞いて、進は俄然興味を持った。

 「ふうん…… 僕、やってみたいなぁ。ねぇ、いいだろう?お兄ちゃん!」

 「でもなぁ……」

 守は考え込んだ。柱に傷なんかつけたら、父親に叱られる。守の頭にすぐにそれが浮かんだ。
 何せこの家は、何百年前の建築か?と思わせるようなクラシックな日本建築である。これは、父武夫のこだわりだった。なかなかこんな家を建てられる大工も材料も少なく、父はあちこちを探し回って、苦労して建てた。だから、当然父はこの家をとても大切にしている。

 「いいじゃないか。ねっ、あそこの大きな柱がいいなぁ」

 進は床の間に据えられている立派な床柱を指差した。その床柱は、この家の中でも特に父が大切にしているものだ。守は父から、その柱だけでもすごく値打ちがあると聞いたことがあった。しかし、進にそんなことがわかるはずがなかった。無邪気なものだ。

 「ええっ! ば、ばかっ。あれはだめだよっ!」

 「どうしてぇ……」

 進の目が潤み始めた。

 (や、やばいっ!!)

 守は焦った。この弟は、守とは年が離れて生まれたせいか、両親と守にかわいがられて育っている。だからなのか、やたら甘えん坊で泣き虫なのだ。
 守は、しかし、この年の離れた弟がとてもかわいかった。兄弟もなく育った自分にできた弟。自分のことを慕って、いつでもどこへでもついていきたがる弟。少しうっとうしく思うこともあったが、本音はいつもかわいくて仕方ないのだ。
 だから、進の涙には滅法弱い。ちょっとかわいそうになった。ふうっとため息をつくと、立ち上がった。

 「よし、じゃあ。ちょっとだけ、やってみよっか?」

 「ほんとうぉ!! やったぁ!!」

 今まで泣いていた進の顔が一瞬の内にぱっと明るく輝き、兄に先になって床の間に走った。そして、くるっと振り向くと柱に背を向けて立った。
 さすがに守は柱に傷をつけるのははばかられた。そこで自分の机から、書いた後も拭けば消せる素材のサインペンを持ってきて、それで書くことにした。それならば、後で拭けば取れると思ったからだ。

 「よしっ! これで線を引いて……と。で、『す・す・む 4歳』って書く」

 進は、線を引いた後すぐに身を翻して、兄が自分の名前を書くのを、嬉々として見つめた。守はにこにこ顔になった進の頭をくしゃくしゃとなでた。

 「よかったな、進」

 「うんっ! じゃあ、今度はお兄ちゃんもやって!!」

 「俺? え、ああ、そうだな。じゃあ……」

 「僕、椅子持ってくる!!」

 進が台所に走ると、体より大きそうな椅子を一生懸命持ってきた。その姿がとてもかわいらしくて、守は笑った。
 そして進は、守を自分と同じように柱に背を向けて立たせると、守から受け取ったサインペンで、守の頭にそって線を引いた。

 「できたっ!!」

 「よし、じゃあ、名前を書いておくぞ。えっと、まもる、14歳。これでよしっと」

 「うん! うっわぁ〜、お兄ちゃん大きいねぇ。僕とこ〜んなに違うぅ!」

 進が守の線と名前の入ったところを見上げて両手を上げて叫んだ。

 「あははは…… そりゃあそうさ。けど、あと10年したら、進もお兄ちゃんに負けないくらい背が高くなってるかもしれないぞ」

 「ほんとうぉ?」

 「うん、ほんとうだよ」

 守と進は、にっこりと笑いあった。
 その夜のことである。仕事から帰った両親と一緒に夕食を取って、守は勉強をはじめ、進と両親はテレビを見ていた。
 ちょっと探し物があると、父、武夫が居間から席を立って床の間に入った。その直後、武夫の怒鳴り声が家中に響いた。

 「守っ!! 進っ!! ちょっとこっちへ来いっ!!」

 いつもは穏やかで怒鳴り声など聞いたことがない武夫のあまりにも大きな声に、母のあき子まで驚いて立ち上がった。進もびっくり仰天。飛びあがって、すぐに床の間に駆けて行った。

 一方、自室で勉強していた守も、父の怒声を聞いて、はっと思い立った。

 (あっ、まずいっ!! あれを消しておくのを忘れてた!!)

 昼間、進と一緒にやったせいくらべの後のことだ。進が忘れた頃に消しておこうと思って、そのままになっていたのだ。守も慌てて、床の間に走った。

 駆け込んだ守が目にしたのは、目を三角にして怒る父と、兄の登場でたがが外れたように、大きな声で泣き出す進。そして、おろおろする母の姿だった。
 武夫は、守の顔を見るなり、再び大声で怒鳴った。

 「守っ! お前も付いていながら、何をやってるんだぁ!」

 守の耳を劈(つんざ)くような大声である。進はそれにびっくりして、さらに大声で泣き出す始末。

 (お父さんもそんなに怒らなくっても……消せば後の残らないんだから!)

 「ごめんなさい、お父さん! すぐ消し……」

 父の怒りがあまりにも大きいので、少し面食らいながらも、守はすぐに謝ろうとその柱に近づいた。そこに残っていた昼の遊びの跡に、守は自分の目を疑った。

 (こ、これはっ!)

 昼間、守がサインペンで書いた線と名前の上を、ご丁寧にもなぞってしっかりと削り込まれていたのだ。ボールペンの先ででも何度もなぞったようだ。
 守は驚いて進の顔を見た。それは間違いなく進の仕業に違いなかった。あの時、守が柱に背の高さを傷つけておくと説明したことを覚えていて、律儀にそれを実行したに違いない。
 しかし、進は大きく口を開けて泣くばかりで、事情を聞く状況にはない。
 確かにこれでは父が怒るのも、仕方がないと思った。自慢の床柱を傷つけられてしまったのだから、それもまだわけのわからない進一人の仕業ではなく、守も一緒にやったと思っているのだ。

 「ばっかも〜ん!!」

 父はそう叫んで守に力いっぱい平手打ちを食らわせた。バチンという大きな音がして、守がよろめいた。その音に、進は一瞬びくっとして泣き止んだが、すぐにまた大声で泣き始めた。
 母のあき子が、間に入って武夫に懇願した。

 「お父さん……お願い、もう許してあげて。二人に代わって私が謝りますから…… 守も進が喜ぶと思ってしてあげたことだと思うわ。だから……」

 叩かれた頬を手で押さえながら、守はじっとうつむいていた。そして、決意したように父の顔をもう一度見ると、深々と頭を下げた。

 「本当に、すみませんでした」

 守はそれ以上、何も言い訳をしなかった。自分は後でその後を消すつもりで消せる素材のサインペンで書いただけだということを…… そのことは、守の口から出ることはなかった。


 日にちがたち、父の怒りも和らいで行ったが、その時ショックを受けた進は、それ以来床の間に行くのを避けるようになった。
 自分のしでかしたことの重大さを小さい身でも感じていたのだろう。いや、それ以上に兄に責任をなすりつけたまま、何も言い出せなかった自分を、幼心にも恥じていたのだ。
 そして、翌年の端午の節句。武夫は、守と進を床の間に呼んだ。しばらく忘れていた昨年の出来事を思い出して、二人は恐る恐るそこに行った。しかし父は、自分達をその柱の前に立たせて微笑んだ。その爽やかな笑顔に進も守も驚いた。

 「ほら、一年間でどれだけ大きくなったか、印をつけてみろ」

 武夫は、にっこり笑って、二人の背をその床柱に記した。父は、高価な床柱よりももっと大切なものが二人の息子であることを、その時の笑顔で二人に伝えたのだ。

 以来、古代家の床柱には、10本以上の傷跡がつけられ、それは父と母の楽しみにもなっていった。

 



 「と言うわけで、俺はこいつらを叱る資格なんかないんだよ」

 進はその頃を思い出すように、じっと目をとした。今は亡き父母や兄の懐かしくも切ない思い出だった。雪はそっと目頭を押さえた。

 「そう……だったの」

 「兄貴は、結局最後まで俺が勝手にやったってことを、父さんには言わなかったんだ。俺は自分のやったこともだけど、兄さんが俺をかばってくれているのに、そのことも正直に父さんに言えない自分が恥ずかしくて、しばらくの間、その床の間には近づけなかったよ」

 恥ずかしそうに笑う進の顔は、20数年前の自分に戻っているようだった。

 「じゃあ、お父様は知らないまま?」

 「いや、分かっていたみたいだ。落ち着いて柱を見れば、下の字が兄さんの物だとしても、それをなぞった傷があまりにもつたなかったことくらい、すぐに分かったと思うよ」

 「でも、お父様も何も言わなかったのね?」

 「ああ。次の年、俺がどうしても後ろめたくて言おうとしたら、父さんも兄さんも笑って、もういいんだよって言ってくれた。あの時は子供だったから、ただ本当にほっとして、肩の荷が降りたって思いだけだったけど、今から思うと、本当に二人に愛されてたんだなって思うよ」

 雪が微笑んだ。そしてそれまで静かに話を聞いていた守と航が、わーんと大声で泣き出して「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝り始めた。父の話の内容がどこまで理解できたかわからなかったが、なにか心を動かされたのだろう。
 進は、そんな二人の頭を嬉しそうになでながら、諭した。

 「守も航も、もういいよ。勝手に書いたのは確かにお前達が悪かったな。けど、この柱、今度はお父さん達の宝物になりそうだな。来年は、お父さんがお前達の背を測ってやるからな。愛も一緒に3人分だ。いいだろう?雪」

 進のそんな提案に、雪が反対できるはずはなかった。進とそして子供達に向かって柔らかな笑みを送った。

 「仕方ないわね。古代家の息子達の代々のいたずらなら…… 叱れないわ」

 子供達の顔がぱっと明るくなった。母親の顔が穏やかに微笑んだのがとてもうれしかったのだろう。

 「でも……どうしてこんなことをすること、知ってたのかしら? テレビでやってたかしら?」

 それには守が答えた。現金なもので、もう元気を取り戻している。

 「ちがうよ。こどもちゃんぷのディスクで、しまたろうくんとめめりんが、タイムマシーンで大昔の行事を見に行ってたんだよ。その時にやってたのを見たんだ!」

 こどもちゃんぷとは、守がとっている子供用の雑誌だ。その付録の映像ディスクで知ったらしい。雪はそう言えばそんな特集だったわね、と思い出した。
 さらに、守は歌まで歌って聞かせた。

 「えっとねぇ、こんな歌を歌ってたんだよ。『はしらぁの、ちぃずうはぁ、おとどしのぉ、ごあついつかの せえくわべぇ〜』」

 「なんだか、歌詞がちょっと違うような気もするが……」

 ぷっと噴出して笑うパパの指摘に、守が「ちがわないぞぉ!」とむくれ、「わはは」とパパがまた笑った。
 その時、後ろからかわいい声がした。

 「マンマ、マンマ……」

 愛の声だった。お昼寝から目覚めた愛が、母の姿を探して子供部屋から出てきたようだ。雪は愛に駆けよって抱き上げて、頬にキスをした。

 「おはよう、愛ちゃん。おやつにしようか? さ、守も航も手を洗ってらっしゃい。みんなでホットケーキを食べましょう!」

 「やったぁ〜〜!!」

 愛がにこりと笑い、守と航が大喜びする。

 「今日は、クリームとイチゴとバナナもついてるんだぞ!」

 パパの言葉で、子供達は「うわぁぁぁい!!」と飛びあがって万歳している。

 手を洗ってちょこんと座って待つ3人の子供達の前に、パパとママがホットケーキやクリーム、果物を運んできた。古代家のにぎやかなおやつタイムの始まりだった。
 30分後、たくさんあったホットケーキは跡形もなく5人の腹の中に収まった。満足した子供達は、まためいめいに遊びに興じ始めた。

 そして……片付けをするママを、パパがお手伝いをする。残ったわずかな果物とクリームを盆に乗せて、台所へ運んできた。雪は使った食器を洗い始めていた。

 「雪、残ったのはどうする?」

 「冷蔵庫に入れておいて」

 カチャカチャと食器の音を鳴らしながら、雪が答えた。

 「たいした量じゃないし、食っちゃおうかな」

 「あっ、果物はいいけど……クリームは、ちょっと……置いておいてね」

 雪が背を向けたままで言った。なんとなく語尾が言いにくそうだ。

 「どうしてさ?」

 「ん……ちょっと、使いたいの……」

 進が不思議に思った尋ねたが、はっきりとした答えが返ってこない。気になってさらに聞いてみた。

 「何に?」

 妻が振りかえった。そして昼には似つかわしくない妖艶な笑みを浮かべると、そばまで来ていた夫に顔を寄せて、耳元で意味深に囁いた。

 「うふっ…… な・い・しょっ!」

 えっ、もしかして……さっき俺が言ってた?? 進はピンときた。にんまりと笑うと、

 「よおっし、じゃあ今夜は早めに風呂に入って、子供達をとっとと寝かせてしまおうぜ」

 そんな夫の囁きに、妻はまんざらでもない笑みを返すのだった。

お し ま いっ!

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