あの娘(こ)のチョコは誰のもの?(宇宙戦艦ヤマトより)
 (1)

 2200年の2月に入った。ヤマトは今イスカンダルとの中間地点、バラン星をやっと過ぎたところだった。日程は遅れている。しかし、バラン星にあったガミラスの一大基地を、ヤマトは辛くも突破し、少しだけだが先が見えてきた。
 そして、病気療養中の艦長沖田の補佐をするべく古代進は艦長代理に任命され、その後は比較的穏やかな旅が続いていた。

 そんなある日、食堂でヤマト生活班長・森雪と料理長がなにやら話し合っていた。

 「料理長、先日お願いしたカカオに似た成分の木の実はどうでした?」

 数日前偶然に通りかかった星系で、植物の存在する惑星を見つけ、ヤマトは採取する事になった。その時、たまたまみつけた実がカカオ豆に似ていた。雪はちょっと思いつく事があって、その実を相当量採取することにした。研究班の成分調査でも、毒性もなく、見た目同様それはカカオ豆に大変組成の似た実だった。そして、料理長がそれをココアからチョコレートへ精製してくれたのだ。

 「うん! ばっちりだったよ。味も本物のチョコレートと遜色はない。まあ、腹いっぱいというわけにはいかないが、クルーたちみんなに少しずつわけるくらいにはなりそうだ」

 「ほんとうですか!! よかったわぁ。この前から激しい戦闘が続いてみんなくたくたなの。たまには明るい話題を提供したいって思ってたいたんです。バレンタインデーには女性全員でチョコレートを作ってみんなに配れるわ」

 「私も手伝うよ。男の私が作ったのは野郎どもは喜ばないかもしれないがな」

 「うふふ……でも、料理長が作ったチョコが一番美味しそうな気がしますけど」

 「あはは、そんなことないさ。チョコレートはできているんだから、後は一旦解かして固めればいいだけだ。誰でも大丈夫だよ。それより森さんは、誰か渡したい相手はいるんじゃないのかなぁ?」

 料理長は横目で雪を見て笑う。その質問に、雪はふと進の姿が頭に浮かび、頬を赤らめた。けれど、今の雪は進にだけチョコレートをあげるわけにはいかない。

 「まあいやだっ、いませんわっ。うふふ……あ、でも、日ごろいろいろとお世話になっている人には私の手作りをあげたいわ。当日は頑張ってみます」

 その会話をドアの外から立ち聞きしていた男が一人……たぶん、男……だと思われる……つまり、アナライザーだった。

 (2)

 アナライザーはさっそく、艦内に報告に駆けまわった。

 「ミナサン聞キマシタカ? バレンタインニ チョコレートガ貰エルカモ シレナイデスヨ!! ソレモ 雪サンノ 手作リチョコモ アルラシイデスヨ!!」

 第一艦橋にも、アナライザーは駆け込んできてこう叫ぶ。平穏な航行で、のんびりと座っていた面々が身を乗り出して振り返った。

 「雪さんのお手製チョコだって?」

 「みんなにくれるのかなぁ?」

 「チョコ……たくさんあるのかなぁ、じゅる」

 南部、相原は雪のチョコというのに反応し、太田はチョコそのものに興味があるようだ。

 「イヤ、雪サンハ 日頃世話ニナッテイル人ニダケ オ手製ノチョコヲ 渡スソウデス!! ワタシハ当確デスネェ イツモオ世話シテマスカラ アア、イヤイヤ ココハ 確実ニスルタメニ 今日カラモット 雪サンニ ツクサナケレバ……」

 「おい、古代、雪のお手製チョコだってよ。欲しいだろう?」

 島が隣に座る進をつっついて、粉をかける。

 「ふんっ! お前こそ」

 雪のチョコ……欲しい!! 単純だが、進の心はすぐにその事で一杯になった。しかし、その気持ちを素直に言えないのが、古代進である所以である。

 「ということは、今日から雪お姫様にはいろいろと尽くさないとなぁ」 と島は笑う。

 「ばからしい!! なんでチョコ貰うために女をおだてなきゃならないんだよ!」

 みんなが雪のチョコを期待して雪をおだてる。自分ももちろんそうしたい気持ちで一杯なのに、みんなと同じに見られたくない、というちょっと屈折した気持ちが沸いてきて、進は強がりを言った。

 「はあん……無理しやがって、あははは」

 進の性格をよく知っている島に軽く笑われた。その意味深な笑いに、進はますます意固地になってふくれっつらになった。

 (3)

 翌日から、女性クルーたちへの男性陣の対応が一変した。食堂で座ろうとすると、隣で座っていた男性クルーたちが立ちあがって椅子を引いてあげることなどは序の口。あっちこっちで急にレディーファーストが広まった。

 当然、雪もその対象者の筆頭である。噂が流れはじめたある日、雪が休憩時間、サロンに入って来ると、先客に戦闘班の加藤たちと進がいて談笑していた。雪の姿を目ざとく見つけた加藤は、さっそく雪に駆けよって、「コーヒーでもいれようか?」などとやさしい言葉をかけている。

 「あら、加藤君ありがとう…… でも、どうしたの急に?」

 「僕はいつも親切だよ、やだなぁ、あははは」

 加藤はニコッと笑ってウインクすると、カウンターへ歩いていった。戦闘班の他の数名のメンバーもばらばらと加藤の周りに近寄って、カップがどうだとか、砂糖とミルクはどうするだとかわいわいやっている。動かないのは、ニヤニヤ笑いながら見ている山本とムスッとしている進の二人。

 そして、大勢で炒れたコーヒーが雪の前にでてくる。どこから出てきたのか茶菓子までついていた。周りには野郎どもがニコニコして雪を囲んでいる。雪はクスッと笑った。

 「どうもありがとう、本当にサービスがいいのね。みなさん」

 「いやいや、とんでもない! 当然の事したまでですよ。生活班長はいつも大変な仕事してるんですから、たまにはゆっくりくつろいでもらわないと……」

 口のうまい鶴見が恐縮しているように言う。

 「そおお? うふふ…… じゃあ、遠慮なくいただくわね」

 雪は、美味しそうにコーヒーを飲み、菓子を口にしながら、まわりの男たちと楽しそうに話している。そんな様子を見て進は全く面白くない。

 「なんだよ、雪のやつ、あんなべんちゃらに乗せられてうれしそうにしやがって。ほんとに、女ってのは…… みんなチョコだかなんだか知らないけど、そんなもん欲しくてやってるってことくらいわかりそうなもんだよなぁ。それに気付かないでへらへら喜んでるんだから、雪もたいしたことないよな」

 隣でニヤついている山本に向かって強がってみせた。当然小声で雪には聞こえないように言ったつもりだったのだが…… ちょうど運悪く進の言葉が発せられた時に、皆が話をやめてシーンとなっていたものだから大変。雪の耳にきっちり聞こえた。
 雪は、その言葉を聞くと、すくっと立ちあがってスタスタと進の前に歩いてきた。進は雪に聞こえてしまってびっくりして冷や汗がたらっ。

 「古代君!!たいしたことない女で悪かったわね。別に私、「へらへら喜んで」なんかいないわ。親切にしてもらったお礼をいっただけよ。何が悪いの? まぁ、古代君は男の中の男でしょうから、チョコなんかいらないんでしょうけどぉ! 別に欲しくない人にまであげないからご心配なく!!」

 雪はそれだけ言うと、きびすをかえしてサロンから出て言ってしまった。

 「あっ、あわ……」

 雪にびしっと言われ、進はソファに斜めにずり落ちそうになって座ったまま呆然となってしまった。そ周りに、さっきのおべんちゃら組がやってきた。

 「あああ、戦闘班長、再起不能ですよぉ…… 本当は自分だって先頭切ってコーヒーいれたかったくせに、強がっちゃうもんだから、こんなことになるんですよぉ」

 鶴見が同情するような顔をして言う。

 「ドジだねぇ、戦闘班長! まあこれでライバルは確実に一人減ったってわけだ。あははは……これで雪さんのチョコはぜ〜ったい貰えそうにないな、戦闘班長、もとい艦長代理さまっ! あ〜はっはっは」

 加藤が進に追い討ちをかけるように高笑いした。

 「うるさいっ!! 別に欲しかねぇよ!! くっそっ!」

 後悔先に立たずとは言うが、今更あとにはひけず、強がってみせたままサロンから出た進だったが、廊下にでると同時にガクッと肩を落としてしまった。

 (はぁ〜〜 俺って本当にドジだなぁ。加藤の言うとおりだよ。もう、雪からチョコレートは絶対もらえそうもない…… あああ、ばかだなぁ、俺。どうして心にもないことを言ってしまったんだろう)

 艦長代理が、雪のチョコ争奪戦から早々に戦線離脱したニュースは、瞬く間にヤマト艦内に広まった。ほくそえんでるのは、大勢の雪のシンパたち…… 第一艦橋では島を筆頭に同期組の面々、そして大喜びしているアナライザー。

 それから、数日の第一艦橋は、なんとなく明るい雰囲気と暗〜い雰囲気が混在していた。進は雪の顔がまともに見れない。当の雪のほうは、何もなかったかのように普段通りの仕事ぶりだったが…… そして、問題のバレンタインデーの前日となった。

 (4)

 前日の午後、女子クルーたちは時間を調節しながら、かわるがわる調理室を出たり入ったりしていた。調理室からは甘い香りが流れてくる。時間差で食事を取る男子クルーたちはなんとなくウキウキワクワク……
 が、ここにひとりだけ暗い人間がひとり……古代進である。

 「おい、古代。どうした? まだ、落ち込んでるのか? いらないんだろう? チョコなんて……」

 遅い昼食をつつきながらしょんぼりしている進に声をかけたのは、あの時一緒にいた山本だった。

 「別に落ち込んでなんかいないさ、別にチョコが欲しいわけじゃない!」

 まだ強がりを言っているのか、と山本は進の顔を覗きこんだ。

 「チョコが欲しいわけじゃないけど、彼女に嫌われたのが辛い……か」

 「うっ……」 図星だ。

 「本気(まじ)で惚れてるんだな、生活班長に…… けど、あんなこと言うなんて。好きな子に意地悪したくなるいじめっ子の幼稚園児じゃあるまいし、ふうー」

 「ううう……」

 当たっているだけに、進は何も言い返せない。山本は、どうしようもないな、という感じで肩をすくめると、進を励ますように肩をたたいた。

 「仕方ない、後で雪さんにさりげなくとりなしておいてやるから元気をだせ!」

 「本当か!」

 急に表情が明るくなる進。こんなに単純な人間も珍しいな、と山本は思う。それがこいつのいいところか……

 「ああ」

 「けど、余計な事言うなよ」

 「お前が彼女にぞっこんだとかか?」

 「ば、ばかっ! こんなところで……」

 周りをきょろきょろ見ながら焦る進の姿を見て、お前の気持ちなんかヤマト中の奴が知ってるよ、と言いたいのを抑え、山本は笑って進のそばを離れた。進は心配そうに山本の後姿を見送っていた。

 (5)

 山本が医務室に行くと、雪はちょうど業務を終えて出てくるところだった。

 「よぉっ!」

 「あら、山本君、何か?」

 「もうチョコ作ったのかい?」

 「ううん、今からなの。あまり時間がないんだけど、少し挑戦してみようかなって思ってね」

 「で、誰にチョコをやるのか決めたのかい?」

 「え? あら、山本君ごめんなさいね。女子クルーに自由にあげたい人に渡していいって言えば、山本君なんか両手に余るほどなんだけど、やっぱりヤマトの艦内ではそういうわけにはいかないでしょう? だから当番を決めて、みんなに平等にあげるのよ。山本君は私の担当ね。私の担当は、戦闘班と第一艦橋だから。あ、あと、アナちゃんとねっ」

 「なんだ、そうか…… じゃあ、みんなにあたるんだな?」

 山本がホッとして嬉しそうに笑うので雪は不思議に思った。

 「ええ、そうよ。それがどうかしたの?」

 「ん? 古代の奴がね……ちょっと元気がなくてさ。この前のことまだ気にしてる?」

 サロンの憎まれ口のことね、と雪はすぐに気付いた。

 「ああ、あのこと? まさかぁ、あの時はちょっとムッとしたけど、なんとも思ってないわ。本当に古代君らしいわよね、素直じゃないんだから、うふふ…… まるでガキンチョよね」

 雪の目は笑っている。進のことを思い出しているようだ。進の真意を分かった上で強がりを楽しんでいるように見える。

 「わかってたんだ?」

 「うふふ……もちろんよ」

 「それだけわかればいいんだ。あいつに言っておくよ」

 「あら、だめよ。ちょっとは反省させておきましょう。明日にはちゃんと渡してあげるから、ねっ!」

 雪の瞳がいたずらっぽく光る。進のことを考える雪の瞳はとても優しい。山本はその表情を見逃さなかった。

 「あはは…… わかったよ。本当は一番渡したい相手みたいだな」

 「え? まあ、いやあねぇっ」

 そう言いながら否定はしない雪。ポッと赤くなって思いっきり山本の背中をたたいた。

 「いってぇ〜!」「うふふ……」「あははは……」

 二人は廊下で大笑いした。そこから少し離れた廊下の角に隠れるようにして見ていたのは進だった。

 (山本の奴、とりなしてやるとか言いながら、自分をアピールしてるんじゃないのかぁ。雪も嬉しそうに笑ったりして…… あああ、ますます落ち込んでしまう。もう、こんな日はとっとと寝るしかない)

 ずんとさらに肩を落とし、進は自室に戻っていった。眠れぬ夜を過ごしながら、明日は最悪のバレンタインデーになりそうな気分だった。

 (6)

 夜の調理室……他の女子クルーたちは思う分だけ作ったと見えてもう姿が見えない。残るは料理長と雪。

 「ああん! もうっ! どうしてうまく型が抜けないのかしら。ハートの形がまた変になっちゃった」
 さっきから、作ってはまた溶かしてやり直しをしてもう3回目。それでもうまくいかないらしい。料理長が見かねて声をかける。

 「森さん、いいじゃないですか。要は心がこもってたらいいんですよ。森さんの作ったチョコだったら、形よりも何もみんな喜んでもらいますよ。作ったのはそれ1個ですか?」

 「ええ、そうなんだけど…… もう、時間がないし、これから生活班のミーティングなの。ふぅっ! 仕方ないわ。これで我慢してもらうわ」

 「誰に?」

 「え? うふっ、内緒ですっ!」

 料理長はその姿に安心して雪から離れた。雪はチョコを作りなおすのはもうやめて、今度はその上にチューブのアイシングで何か書き始めた。ところが、それもうまくいかないらしい。

 (あああ…… やだ、これも失敗しちゃった。なんだか、読めるんだか読めないんだかわかんないわ。うーん、まあいいわっ! 彼ならきっと何書いてるかなんてぜーんぜん考えないで食べちゃうわ、きっと…… ええ、その方がいいわ、だって私の自己満足だもの)

 いったい、雪は何を書いたのか? そして、誰にあげるつもりなのか…… バレンタインデーは明日。

 (7)

 当日、華やいだ雰囲気の第一艦橋。結局、全員に渡るらしいという話は既に広まっていた。それでも、落ち込んで暗くなっている約1名がいるものの、みんなはそろそろ届くんじゃないかとワクワクしている。そして、ドアが開いた。雪だ。

 「みなさん! Happy Valentine day!!」

 そう言って雪は微笑んだ。手にはチョコをラッピングしたらしいプレゼントボックスがのっている。入ってきて近い順か年功序列か、最初は徳川機関長に。

 「はい、徳川さん、いつもヤマトをエンジンを守ってくださってありがとうございます」

 雪が丁寧に礼をいいながら、チョコを渡す。

 「あやや…… わしのような年寄りにも貰えるのかい? ありがたいな」

 雪の笑顔に徳川もにっこり。次は、相原へ。

 「はい、相原君、いつも的確な通信ありがとう!」

 「えへへ…… 雪さんにそう言われると困っちゃうなぁ、もっとがんばりたくなってしまうなぁ」

 「ええ、これからもよろしくお願いします。」

 「これは、南部さん、このところ戦闘が激しくてお疲れでしょう? これからはもっと大変になるかもしれないけど頑張ってね」

 「まかせといてください!雪さん!!」

 雪の一言一言が男どもには嬉しい。二人に渡し終わると、今度は前方席に回ってくるのかと、進は不安一杯、期待少しの気持ちになったが、雪はそのまま振り返って太田の方に歩いていった。

 「はい、太田さん。いつもレーダーや航路計算ではお世話になってます。これからも一緒に頑張りましょうね。」

 「は、はいっ!! 雪さんと一緒ならなんでもやりますよっ!」

 「はい、真田さん。いつも忙しい真田さんですけど、たまには息抜きしてくださいね。体を壊さないように……」

 「ありがとう、雪。君たち女性の笑顔は気持ちを和ませてくれるよ」

 雪の笑顔が一層輝いた。そして、続いて島の方に向かう。

 「はい、島君。イスカンダルに着けるかどうかは、島君の操縦桿にかかってるわ。とっても大変な仕事だけど頑張ってね。私も出来る限りのお手伝いをするわ」

 「うん、ありがとう、雪。まだやっと中間地点を越えたところだけど、これからもうひと頑張りで一気にマゼラン星雲だ! いつも後ろから応援してくれてると思うと心強いよ」

 雪は微笑んで頷いた。そして、最後の一個を手にして進の方を見た。隣にいる雪の姿も見ることが出来ず、うつむいたままの進に、島が声をかけた。

 「おいっ! 古代!! 雪の手にまだチョコが一個残ってるぜ。余ったのかなぁ?」

 進ははじけたように顔をあげて、ニヤついている島と並んで立っている雪を見た。雪は進の顔を見ると、言い様もなく優しい目を向けた。

 「古代君…… 戦闘班長に加えて、今度は艦長の補佐のお仕事。とっても大変だと思うけど、みんながあなたに期待してるし、協力は惜しまないわ。ヤマトと地球のためにこれからも頑張ってね」

 「雪……あ…… あの……」

 「古代、礼を言えよ、礼!!」 島がニヤニヤしながら隣から突っついた。

 「あ、ああ…… ありがとう、雪。あの……この前はごめん。俺、心にもないことを……」

 「いいのよ。気にしてないわ。仲間でしょ?」

 雪の優しい微笑みに進もやっと笑みを返した。第一艦橋の全員がうれしそうに微笑んでいた。

 (7)

 雪がまだ配るところがあるからと出ていったあと、第一艦橋の中は大騒ぎとなった。

 「開けてみようぜ」「おおっ! かわいいハート型だな!」「上にはハートの飾りもついとるぞ」「俺のはバレンタインデーの文字だぞ」「うん! うまい!!」「この前採取した未知の木の実から作ったとは思えないな。本物のようだ」etc……

 口々にうれしそうな声をあげて、中を開けてさっそく食べている。進だけは、なんとなくじんわりとしてしまって、箱を握ったまま動かなかった。

 (雪がくれたチョコ…… 貰えないと思っていた。全員にあたるってわかっていてもなんだかとてもうれしい……)

 「おい、古代。なに浸ってるんだよ、お前も開けてみろよ、ほらっ」

 島に促されて進はやっと我に帰って、箱のふたを取った。

 「なんだそれ!?」 島がすっとんきょうな声を上げてすぐに笑い出した。「あははは……」

 「あっ……」

 進も思わず声が出てしまった。そこに入っていたチョコは……ハートの形が歪(いびつ)に曲がっている。他の皆のものとは明らかに違っているのだ。

 「失敗作……?」 進の声が小さく発せられた。

 「ぷはぁーっ あーはっはっは……」

 島が吹き出して笑うのを聞いて、周りのみんなが進を囲んでそのチョコを覗き込んだ。

 「なんですか、それ?」 「あっははは……雪さんやっぱりまだ怒ってたんだ!」「仕返しに失敗作を入れたってわけですかぁ?」「それに、その上の模様、ミミズが張ったみたいですねぇ、ぷははは」

 みんなが口々に笑う。進はどうしていいかわからないまま、押し黙ってそのチョコを見つめていた。けれど、もし雪が失敗作を入れたとしても進には責められなかった。

 (俺が悪かったんだもんなぁ…… 仕方ないさ。くれただけでいいってことにしなくちゃなぁ)

 腹は立たなかった。けれど自分でそうなぐさめてみても、なぜだかとても情けなくなってしまった。

 (俺、やっぱり雪に嫌われてしまったのかなぁ)

 ふうーっと大きなため息がでた。進が笑われても怒らず、ため息をついているのを見て、みんなは急に押し黙ってしまった。言い過ぎた、と思った。進が雪のことが好きなことはみんなもよく知っていることだ。誰も何も言えなくて、黙って席に戻った。

 「古代、気を落とすなよ。貰えただけでもよかったじゃないか。さっきも雪が言ってたけど、仲間じゃないか。ちょっとした仕返しのつもりだっただけだよ。なっ」

 島がなんとか言葉を探してフォローした。だが、心の中ではちょっぴりうれしかったりする。雪への恋敵としては進が一番気になっている島だから。これで俺の方が一歩リードかも

 「うん…… そうだな」

 島は、進の重い返事に肩をすくめて前を向き、話題を変えるつもりでこう言った。

 「さて、あと一時間で今日最後のワープだな」

 「ちょっと、一息入れてくる」

 (8)

 蓋をあけたままのチョコを持って歩き出した進の落胆ぶりを見て、真田も一言慰めてやろうと、後に続いて廊下に出て、進に声をかけようとした。が、そのチョコの上のミミズのような模様を見つけると……

 「ん? 古代、ちょっと見せろ」

 チョコを手に取った。しばらく、そのチョコをじっと睨んでいたが、ふっと顔の表情を緩めたかと思うとこう言った。

 「古代、そう悲観することないぞ。ククク…… これ、雪が自分で作ったんじゃないかな?」

 「え?」

 「他のはずいぶん上手にできてたから、本職の料理長が作ったものかもしれないが、これは…… まあ、失敗作だったかもしれんが、雪のお手製という点ではお前だけが逆に当たりだったかもしれないぞ。それに……」

 「それに?」

 「いや、これは自分で考えた方がいいかもなぁ。このミミズ模様、数字に見えないか?」

 「数字ですか?」

 「そう、『1921 1109 2515』ってね」

 「なんですか? その数字?」

 「いや、違うかもしれないし、まあお前が自分で考えてみればいいじゃないか、ははは」

 真田はそれだけを言うと、進のそばを離れた。進も、真田の『雪お手製説』に、ちょっとばかりうれしくなって、やっとそのチョコを食べて見る気になった。

 「うまいや……」

 とにもかくにも、雪がチョコをくれて、そのチョコはちゃんとおいしかった。それで進には十分幸せなバレンタインデーとなったのである。その数字は、食べてしまったチョコと共に腹の中に消えてしまった。

 (9)

 翌日、展望室にいる雪を見つけて進は声をかけた。

 「雪、昨日はチョコありがとう。うまかったよ」

 「そう? よかったわ。ちょっと形が変だったでしょう?」

 「ん? ああ、まあな…… あれ、雪が作ったのかい?」

 「ええ……ごめんなさいね、うまく作れなくて…… 数がぎりぎりだったの。だから、あんなのも入れないといけなくなってしまって…… 忙しくて作りなおす時間もなかったし。それで、古代君なら許してくれるかなって思ったの。古代君にだけなのよ、私が作ったのを渡したのは…… 修行が足りなくてごめんなさい。怒ってない?」

 ちょっと、心配げな顔で雪に覗き込まれると、進のほうがびっくりしてしまう。それに、どんなに形が潰れていようが歪(いびつ)であろうが、あのチョコは雪が作ったものなのだ。しかも進にしか渡してないと言う。進は俄然いい気分になった。

 「怒ってなんかいないよ。おいしかったし、別に形なんか気にしないよ。この前あんなこと言ってしまったもんだから、貰えただけでもうれしかった」

 「そう? よかったわ。来年はもっと上手に作ってあげられるように頑張るから……」

 進の返事にニッコリ笑う雪。その笑顔がたまらないんだよなぁ、などと進は見惚れる。

 「ん、期待しないで待ってるよ」

 また憎まれ口を口にしてしまう進。それに来年……その言葉に含まれる雪の思いは、鈍感進君は通じなかったようで、進は話題を変えてしまった。

 「あ、そうだ、なあ、雪? あのチョコの上のミミズのような、あ、いや、何か書いてあった?」

 「えっ、ええ…… ミミズ?あ、ああ、うふふ」

 雪はどきりとしたが、進が何もわかっていないようなので笑ってしまった。思ったとおり、古代君は相変わらずね、というところか。

 「そのぉ、よくわからなかったんだ。真田さんは数字みたいに見えるって言ってたんだけど、俺にはよくわからなくて、それに食べてしまったものだから、あの…… なんか意味あること書いてたのかい?」

 「ん? ううん…… いいのよ、たいしたことじゃないから…… うふふ、やっぱり」

 「え? やっぱりって、なにか書いてあったのか……」

 「うふふ、いいのいいの」

 「よくないよ、何書いてたんだよぉ! 教えてくれよ。なあ、雪」

 「だ〜めっ!! だって、古代君食べちゃったんでしょう? そうねぇ……これも来年のバレンタインの時におしえてあ・げ・るっ! じゃあ、またねっ」

 (10)

 雪はそう言って展望室から駆け出ていった。進がそこでしばらくたたずんでいると、アナライザーがイライラした様子で入ってきた。

 「アーッ! 古代サン!! クソッ、コノ野郎!!」

 「なんだよ、アナライザー!やぶからぼうに、この野郎ってのはぁ!」

 「フンッ」

 「なんで怒ってんだよ。お前だって、昨日、チョコ貰ったんだろ? あ、そうか、お前貰っても食べられないから悔しがってんのか?」

 進はさっきの雪とのやりとりですっかりいい気分になり、アナライザーをからかう余裕が出てきた。

 「チガイマス! チョコハ チャント 雪サンカラ 貰イマシタ!! 食ベラレナイカラッテ 特別ニ 花モツケテクレマシタッ!!」

 「じゃあ、いいじゃないか。よかったなぁ、アナライザー」

 「フンッ!! 雪サンカラ 告白サレタカラッテ 言ッテモ マダ 僕モ 諦メタワケジャ アリマセンカラネ!」

 「雪から告白? 何の話だ??」

 「ヘ?? ダッテ真田サンカラ 聞イタ話ダト……」

 「真田さん、なんか言ってたのか?」

 「…………アンナ簡単ナ暗号、解読シテナインデスカ?」

 「暗号???」

 さっき、真田が『これなんだと思う?』と言って、アナライザーに見せた数字。分析ロボットアナライザーにとっては、ひらがなくらいに簡単な暗号だった。

 『これ、雪が古代にやったチョコに書いてあったんだぞ』

 真田の言葉に、アナライザーは大ショック!! が、その暗号を進は気付いていないらしい? 進が全然わかってないことを知って、アナライザーは急に元気になった。

 「カーカカカ ナーンダ アハハハ…… 僕ハ 何モ 知リマセーン! カーカカカ」

 そう言って、すっかり機嫌を直したアナライザーは、大笑いしながらさっさと展望室を出て行ってしまった。残された進は……

 「雪といい、アナライザーといい、なんなんだよ。自分だけわかって喜んでるんだから。ちぇっ」

 そう言いつつも、進は、昨日のバレンタインデーはやっぱりいい日だったなぁなどと、チョコの甘さと同じく甘〜く幸せな気分に浸っていた。

 「古代サンッテ バカナンダナァ アンナ簡単ナ 暗号ヲ 読メナイナンテ…… 雪サンノ チョコニハ 『1921 1109 2515……SU KI YO』ッテ 書イテアッタノニ……」

 あんな鈍感な男が相手なら、まだまだ自分にもチャンスはあるぞ! とほくそえむアナライザーもちょっぴり幸せな気分になったのであった。

−お し ま い−

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