あの娘(こ)のチョコは誰のもの? PART2



〜2226年2月14日〜


 翌日の朝、なぜか(ってなぜじゃないでしょう!)少し寝坊したママを、早々に起きて朝ごはんの仕度などしながら、愛が迎えた。
 進は地球に戻り次第休暇、そして雪も夫に合わせて今日は休みを取っていた。
 ちなみに進パパは……まだご就寝中。休暇初日は大抵こうなる。仕事の疲れと言ってはいるが、本当は…… ととと、これは内緒の話でしたね!

 「おはよう!ママ! お休みになるとお寝坊ね」

 「あら、愛、おはよう…… ごめんなさい。朝ごはん作ってくれたの?」

 「だって、私も航兄ちゃんも学校あるんだもん! ママが起きてくるの待ってたら遅刻しちゃうわ」

 「よく出来た娘だこと……」

 「うふふっ……」

 「でも、今日は特にご機嫌じゃなあい?」

 「だって、今日はバレンタインデーですもの!」

 「はいはい……」

 「それより、あのことうまく話し持って行ってね」

 「ああ、シン君の……ね。わかってるわ。ふふふ……」

 「やんっ! そんな変な笑いしないでっ! それよりもう航兄ちゃん起こした方がいいんじゃなぁい?」

 雪が航を起こし、朝食のテーブルの仕度をし始めたとき、珍しく進が起きてきた。いつもならもっと遅くまで寝ているはずが、意外にも早起きだ。

 「ふぁ〜〜〜 おはよう……」

 ぼさぼさ頭の寝ぼけまなこ。かっこいいには程遠い姿も、家族にはすっかり慣れた姿だった。

 「あら、あなた、今日は早いわね。もう少しゆっくり寝てたらよかったのに……」

 雪が愛しそうに夫に目をやる。
 子供達の前ではあるが、ちょっぴり昨夜のことなど思い出した。昨日は少し無茶させすぎたからしら?なんて思いつつ……

 「ん…… ふぁ〜〜 いや、まあ、航を愛を見送ろうって思ってな」

 「別にいいのに……」

 などと愛想のない返事をするのは、同じくさっき起きたばかりの航だ。やっぱりぼさぼさの頭をしている。さすが父と息子、時折びっくりするほど似た格好をする。

 「あっ、そうだ!! パパ起きるの遅かったら後にしようって思ってたんだけど、今渡すね」

 愛が思い出したように自分の部屋に行くと、リボンで飾られた小さな包みを持ってきた。

 「はい、昨日作ったバレンタインチョコよ! パパ、いつもありがとう」

 愛が父の手のひらの上にその包みをぽんと置いて、頬に軽くキスをした。すると、パパはそれはそれは嬉しそうなニコニコ顔になった。

 「あ、ありがとう、愛」

 情けないほど目尻をたれて微笑む父を見て、航がははん、と気付く。

 「あ〜〜、わかった! 父さん、愛の手作りチョコを早く貰いたくて早起きしたんだろ!」

 「えっ!?」 とびっくりの愛。

 「まあっ! ふふふ……」 大当たりねと思う雪。そして……

 「いや、そういうわけでも…… はは…… まあなぁ〜」

 ばれちまったか、と頭をかく進パパでありました!

 とにもかくにも、昨日の約束通り、愛娘の手作りチョコを貰った進パパは朝から超ご機嫌だ。

 朝ごはんを運ぶために、台所に行った雪と航を尻目に、リビングのソファにどっかりと座ると、さっそく包みを解いてチョコを一つぱくりと口に放り込んだ。

 そばには愛が立っている。味の具合が気になる愛は、ドキドキしながらその反応を待っていると、進は食べ終わるなり、にっこりと笑った。

 「うん! うまいよ、愛!」

 その言葉に、愛の表情がぱぁ〜と明るくなった。

 「ほんと?よかったぁ。でも、ちょっと形が変になったのもあるんだけど、許してね!」

 と言われて、進がチョコを見てみると、確かにまんまるな球形からは少しはずれた形をしたものも入っている。が……もちろん、そんなのはパパにはまったく気にならない!

 「こんなの変なうちに入らないぞ。だいたい母さんが初めて作ったのなんかなぁ……」

 「あ・な・たっ!! 何ですって!?」

 台所にいると思っていた妻が、後ろから怖い声を出した。ぎくっとなった進が、愛想笑いを浮かべつつ、言ったことをごまかそうとした。

 「いやあ……はは、愛の作ったチョコはおいしいなって言っただけだよ、なぁ、愛」

 突然同意を求められ、あっけにとられていた愛が目をぱちくりさせていると、

 「初めて作った私のはどうだったんですって?」

 「あ? なんのことだったっけなぁ〜〜」

 もうこの際とぼけるしかないとばかりの進に、雪は口を尖らせた。

 「ん、もうっ!とぼけちゃって! どうせ私はお料理はへたくそでしたわよ! とんでもないチョコもあげたことありましたものねぇ〜〜! ごめんなさいね! もう、あなたには私からのチョコはあげませんから、ご心配なくっ!!」

 と強い口調で言い放つと、くるりと振り返って自分の部屋の方にすたすたと歩き出した。

 「え〜〜! そう言わずに、おいっ、母さん! 雪っ!!!」

 あせった進は、妻を追いかける。そして二人は部屋に消えた。残された息子と娘は顔を見合わせて笑い出した。

 「ふふふ……」

 「はは……またやってんな、年中行事」

 航と愛は、二人が消えた部屋をじっと見た。
 おそらくあの部屋中で、進が謝り、そのうち雪が機嫌を直す。そして、二人はあっさり仲直り。雪がちゃんと用意してあったチョコを渡して、キスの一つもしてから戻ってくるに違いない。
 そんな筋書きが、いとも簡単に子供達の脳裏に浮かんでいた。

 「いいじゃない、幸せそうで……」

 「自分の両親じゃなきゃ、そう思うけどな。自分のとなると、色々となぁ〜」

 少々苦虫をつぶしたような顔でウインクする航に、愛はまたおかしそうに笑い出した。

 「くくっ…… やだ、航兄ちゃんったら」

 仲良し夫婦の子供達もお年頃、両親が仲良すぎるのもたまには困りものらしい。
 愛が笑っていると、航がつんつんと愛のホッペをつついた。

 「で……本命君にはいつ渡すんだ?」

 愛がさっと頬を染めながら、人差し指を口元にやった。

 「シーッ! パパに聞こえたらどうするの!?」

 「聞こえるわけないだろ、あっちでラブラブなんだから」

 確かに……

 「ふふ…… んとね、今日学校の帰りに寄ってくるつもりよ」

 「ふ〜〜ん」

 小さな声で、でも嬉しそうにそう答える妹を見ながら、こっちはこっちでラブラブかぁ〜などと思う航君には、今のところ決まった彼女はいない。

 しばらくして、子供達の予想通りニコニコ顔で戻ってきた父と母を交えて、4人の朝食が始まった。
 食事も半ばを過ぎた頃、愛が母に目配せをした。シン君にチョコをあげる口実作りを母に手伝ってもらう予定なのだ。
 さて、いよいよ作戦開始である。

 まず愛がチョコレートの話題を出した。

 「でも……昨日作ったチョコ、作りすぎちゃたわ。パパと航兄ちゃんにあげてもまだ余ってるのよねぇ〜 どうしようかしら?」

 ちょっとばかり困った顔で愛がぼやくと、即座に父が答えた。

 「おいとけばいいだろう? お父さんが全部食べてやるぞ!」

 なんてったってかわいい娘の手作りだ。いくつ食べたってもういいなんてことはない。
 と、こんな反応も予想範囲内らしく、愛はさりげなくそれをかわした。

 「うふふ、うれしいけど、ママからも貰ったんでしょう? 全部食べたら太っちゃうわよ、パパ。おなかの出たパパはやだわ」

 「むむっ……」

 鍛えているとは言え、中年にさしかかった今、微妙に気になる進パパの心をぐさりと突いた。
 続いて愛が話を進めた。

 「守兄ちゃんのところにでも持っていってあげようかなぁ?」

 長男の守は、ただいま宇宙戦士訓練学校士官コース(つまり、今で言う防衛大学)の1年生。全寮制の寮で、規則正しい(たぶん)生活を送っている。
 この守君、成績優秀の上、パパママのいいところを貰ってとってもハンサム君。小学生のときからもてまくっていた。だから……

 「守? いらんいらん、あいつは人に売るだけ貰うに決まってるんだから、妹の手作りなんてお呼びじゃないぞ」

 と、進パパにあっさり却下されたが、これも計算のうちらしい。余裕を持って愛がつぶやく。

 「そ〜〜お?」

 そして、ちらり……と見た先は、ママの顔。出番です、雪さん!

 「なら、シン君にもあげたらいいんじゃなぁい?」

 「な、なんで、シンの奴に!?」

 突然出てきた男の名前。まったく見知らぬ男ではない。が……例え旧友の愛息子であろうとも、息子同様にかわいがっているとしても、やっぱりひっかかるらしい。
 そこで、愛のお願い光線をひそかに受けながらママがもう一押し。

 「だって、いつもお世話になってるし、毎年あげてたものね」

 そしてさらに、航兄さんもさりげなくフォローする。

 「そうだよな、守兄さんと俺とシンは、いつも兄弟みたいなもんだし、去年もちょうどシンが来てて、3人一緒に貰ったんだよな?」

 「そう言えば、そうだったわ。シンのことすっかり忘れてた〜! 他のチョコも買ってないし、そうしようかな。余っても仕方ないものねぇ〜 パパ、そう思うでしょう?」

 最後の締めは、愛が自分でまとめて、甘えた声でパパに駄目押し。
 「毎年あげてる」し「シンって兄弟みたいなもんだ」し「すっかり忘れてた」し「チョコが余っても仕方ない」と言われれば、さすがの心配性のパパにも、こりゃ対象外だなと思えてきてしまう。

 「ん、ま、まあ〜 余りもんだからな。そうだな、捨てるのはもったいないし……はは……」

 と余裕の笑いを浮かべた。ここがチャンスと愛は畳みかけた。

 「じゃあ、今日学校の帰りにちょっと寄ってくるわね」

 「なら、夕方お買い物のついでに迎えに行ってあげるわ」

 と、ママがきちんと話を収めて、愛ちゃんの「パパに気取られずにシン君にチョコを渡す」計画は、まずは成功を収めたのだった。

 そして放課後、愛は予定通り学校帰り、相原家に向かっていた。もちろん、昨日の夜、こっそり自分の部屋から電話して約束はしてあるので、進一郎は大好きな彼女とバレンタインチョコが届くのを心待ちにしているはずであった。

 相原宅に着くとまず玄関のベルを押す。すぐにドアが開いた。

 「こんにちは!」

 「やあ、愛ちゃん、いらっしゃい」

 玄関でニコニコ笑って迎えてくれたのは、恋しい彼のシン君だ。彼のやさしい笑顔が大好きな愛は、それだけでウキウキしてしまう。思わず彼の顔を見とれていると、

 「何してんだ? あがれよ」

 愛ちゃんにまじまじと見つめられて照れたのか、もじもじした顔をして、進一郎は中へ招き入れた。

 「うん、おじゃまします……」

 と靴を脱いで部屋の中へ。入って廊下を抜けると広いリビングになっている。愛ももう数え切れないほど来たことのある慣れた部屋だ。
 愛はきょろきょろと辺りを見回して、進一郎に尋ねた。

 「おじ様とおば様はお仕事……よね? 千晶ちゃんは?」

 進一郎の両親は、今も地球防衛軍司令本部に勤務している。平日の今日は、もちろん仕事である。千晶というのは、進一郎の二つ下の妹。愛よりも一つ上だが、進一郎と同じように愛とは姉妹のように仲がよかった。

 「なんか母さんと待ち合わせて買い物してくるってさ。でもそんなに遅くならないはずだよ」

 「そう……」

 じゃあ今は二人きりなんだ……などと、ちょっとドキドキしちゃう乙女な愛ちゃんであった。
 そんな乙女心に気付かないのか、進一郎はのんきな顔で笑っている。そしてリビングで突っ立ったままの愛に声をかけた。

 「あ……コーヒーでも入れようか?」

 「あ……私が」

 「いいよ、愛ちゃんはお客さんなんだから。大丈夫だよ。そこに座ってて」

 「はい」

 実はシン君もちょっと緊張気味。去年のクリスマスに恋人同士になったし、ファーストキスも先月済ませた。でも、まだまだ初々しいカップルのこと。家の中に二人きりというシチュエーションは、実はこれが初めてのことなのだ。

 台所に向かう進一郎の後姿を見つめながら、愛はソファにすとんと座った。

 しばらくして進一郎はコーヒーを持ってリビングに戻ってきた。愛にカップを差し出すと、自分もカップを持って向かい側に座った。
 二人してコーヒーを口に含み、そして互いを見て、なんとなく照れ笑いをしあう。
 何か話さなくてはと、愛が話題を探した。

 「えっと…… 今日、午前中は学校に行ってたのよね?」

 昨日電話で話したときに、そんなことを言っていたのを思い出して、愛が口を開いた。

 「あっ、ああ……うん。今日私立の発表があってさ、そこ友達が受けてたから結果聞きにいったんだ」

 「友達合格だったの?」

 「ああ、ばっちりだった!」

 「わぁ〜、よかったわね」

 などとどうでもいい話をしているうちに、何とか二人の緊張もほぐれてきた。

 そこで、愛はやっと今日ここに来た目的を果たそうと、バックの中からきれいにラッピングされた包みを取り出して、進一郎の目の前のテーブルにそっと置いた。

 「あ……はい、これ……バレンタインチョコ」

 「あ、ありがとう」

 進一郎はおずおずとそれを手にする。それほど変わったものでもないはずなのに、手にするだけでドキドキしてしまいそうになる。

 去年までも愛からチョコは貰っていたけれど、まだ付き合う前のことで、愛の兄達と一緒に貰っていた。いわゆる義理チョコに毛が生えたようなものだった。
 だが今年は正真正銘、本命のチョコである。それは、愛が渡すときに見せたはにかんだような笑みが証明していた。
 そんな思いでじっとそれを見つめる進一郎に、愛は小さな声で言った。

 「あのね……」

 「うん」

 「今年初めて自分で作ってみたの」

 「へえ〜 愛ちゃんの手作り!?」

 進一郎はさっきに増して嬉しそうにその包みを見つめた。

 「うん…… ママにも手伝ってもらったけど……」

 「そっかぁ、すごいなぁ! 本当にありがとう!」

 顔を上げて礼を言う進一郎の顔は、本当に嬉しそうだ。愛は、それを見ただけでもがんばった甲斐があったな、と思った。

 「開けてみてもいい?」

 「うん、どうぞ」

 愛の返事を貰い、進一郎はウキウキと包みを解く。するとその中には、さまざまなトッピングで飾られた丸いチョコが7個入っていた。

 「トリュフ……だよな? うまそう! 食べてみてもいい?」

 「いいわよ」

 進一郎は、早速に口に放り込みもぐもぐと食べると、満面の笑みを浮かべて叫んだ。

 「おいしいっ!!」

 「ほんと?」

 進一郎の答えを聞くまで、不安そうな顔をしていた愛も嬉しそうだ。

 「ああ、ほんとにおいしいよ」

 「うふ……うれしい」

 にっこり微笑む愛が、進一郎はかわいくてたまらなくなった。

 「愛……ちゃん」

 進一郎はすくっと立ち上がると、愛の隣に座りそっと抱き寄せた。

 「シン……」

 見上げる愛のさくらんぼのような唇を、進一郎はそっとふさいだ。

 しばらく雑談をしていたが、愛が何か思いついたように尋ねた。

 「ねぇ、シン……」

 「ん?」

 進一郎は、ちょうどさっき貰ったチョコレートをまた一つつまんで口に入れようとしたところだった。

 「今日学校へ行ったのなら、もしかして……もらった?」

 「へ?なにを?」

 進一郎は、チョコレートを一つ掴んだままきょとんとしている。愛の言葉の意図がわからなかったのだ。

 「……チョコ!」

 「うぐっ!? え? あっ……」

 進一郎は思わず持っていたチョコをポロリと落として、あわてて拾った。

 「あ〜 やっぱり貰ったんだぁ〜」

 愛は、進一郎をちろりと横目で睨んだ。進一郎は、持っていたチョコを箱に戻してから、懸命に弁解した。

 「い、いや……その……付き合ってる子がいるって言って断ったんだよ。けど、それでもただ受け取ってくれるだけでいいからって言うから、なんていうか……その……無碍(むげ)に断れなくて…… 愛ちゃん、ごめん!」

 がばりと大きく頭を下げる進一郎の前に、愛はすっと手を差し出した。

 「はいっ!」

 「え?はいって?」

 驚いて見上げる進一郎に、愛は微笑んだ。その笑みが進一郎にはかえって恐ろしかった。すると、愛はしらっとして言った。

 「じゃあ、それ全部没収ね!」

 「えっ!?」

 「だめなの?」

 「いや……だめ……じゃないけど……」

 「なら、早く持ってきて」

 「わかったよ」

 愛の断固とした言い方にすっかり気おされて、進一郎は素直に貰ったチョコレートを全部袋に入れて持ってきた。

 「うわぁ〜〜 すごいわね〜」

 「感心するなって、俺も扱いに困ってたんだから。けど……これどうするんだよ?」

 「だってチョコには責任ないし、かといってシンに食べさせるのはもっとヤなんだもん! だから私が全部食べたげる。うふっ、結構おいしそうなのが一杯あるわ〜」

 「はぁ〜〜? い、いいけど、腹壊すなよ」

 「大丈夫よ!」

 愛はにっこり微笑んで、チョコが入った袋を抱きしめた。ちょうどその時だった。玄関のドアベルが鳴り、晶子と千晶が帰ってきた。

 「ただいま!進一郎! あら、愛ちゃんいらっしゃい」

 「おじゃましてま〜す!」

 帰宅した二人に、愛はニコニコと挨拶をした。

 「おいしいケーキ買ってきたのよ。一緒にいただきましょう」

 「やった!」

 そして、愛にチョコを貰った進一郎をちゃかしながら、晶子と千晶は、愛と買い物の成果で話が盛り上がった。

 その後、迎えに来た雪と再び皆で会話が盛り上がった後、二人は相原家を辞した。

 「ただいま!」

 車をしまっている雪を置いて、愛が買い物袋だけ持って先に家の中に入ってくると、早速父の進から声がかかった。

 「おかえり…… シン、いたのか?」

 「うん、いたわよ」

 「ひとり……か?」

 「え? ううん……晶子おば様と千晶ちゃんもいたわよ」

 「そうか」

 父が安心したように小さく答えた。微妙に気にしているのが、愛にもわかって妙な気分になる。とはいえ、何か感づいたわけでもなさそうである。
 そのままさりげなく通り過ぎようとすると、進がまたボソッとしゃべった。

 「チョコもやったのか?」

 「ええ、そのために行ったんだもん」

 「ま、そうだな……ん?それ、何持ってるんだ?」

 愛が持っている鮮やかな包みがたくさん入った手提げ袋が目に入ったのだ。それを聞いて、愛にふっと名案が浮かんだ。

 「ああ、これ? うふふ……シンが貰ったチョコなの」

 「は? どうしてお前が持ってるんだ?」

 父の問いに、待ってましたとばかり愛が答えた。

 「だってシン食べきれないって言うから、貰ってきちゃったの。儲かったわぁ〜 手作り義理チョコが、こんなにたくさんの豪華チョコに早代わりだもん!」

 「はぁ〜〜〜? お前、もしかして……最初からそれ狙って持っていったんじゃないだろうな〜!」

 「うふっ、大量大量! やっぱり守兄ちゃんのところにも行けばよかったかなぁ〜」

 「ったく何考えてんだ!?」

 父のあきれ声を聞きながら、愛は「これで作戦完了!」と心の中でガッツポーズをしていた。

 その夜のこと。夫婦のベッドでは、風呂上りの進と雪が並んで横になっていた。
 妻を片手で抱き寄せながら、進は機嫌よさそうにくくくと笑った。

 「まったく愛ときたら、まだまだ子供だよな。手作りチョコなんて作ったっていうから、好きな男でも出来たかと思って心配して損したよ」

 さっき愛から父に進一郎に貰ったチョコの説明をした話を聞いていた雪は、進のご機嫌の原因を思うとおかしかった。

 「うふふ…… そうね、チョコはパパのために作ってくれたんですものねぇ〜」

 「そうさっ!」

 と、進がが自慢げに鼻を大きくした。

 「実は……シンにもやるって言ったときは、もしやシンに渡すのが本命で、俺がおまけだったんじゃないかってすごく心配したんだけどな」

 「えっ?」

 驚いて顔を上げて夫の顔を見る。旦那様の目も節穴ではないかもしれないと思わずドキリ!

 「けどなぁ、余った『ついで』にシンにやっただけなんだもんなぁ。その上、代わりにシンが貰ったチョコまで貰ってくるってんだから、ははは…… それが狙いだったなんてやっぱりまだ愛は子供だよな!」

 節穴ではない、と思ったのもつかの間、やっぱり夫の目はまだまだ穴だらけなようだ。

 「うふふ、あなたったら、すっかりご満悦ね。ところで私のあげたワイン入りチョコはいかがだったかしら?」

 そっと寄り添いながら雪が囁くと、進は満足げに妻の唇に、チュッとキスをした。

 妻が夫にあげたチョコは、さる有名メーカー製の高級チョコ。少しビターで上品な味のチョコレートの中に、高級ワインが入っている大人のためのチョコである。

 「ああ、うまかったよ。ミルク味の愛のとは違って大人の味だったな」

 「そう、よかったわ。じゃあ……来月のホワイトディは楽しみだわ、忘れないでね、あなた!」

 「はは、期待してろ。ま、愛に渡す『ついでに』用意しておいてやるから……」

 「まあっ!」

 相変わらずの娘の溺愛ぶりに、雪が不満げな声を上げると、進はおかしそうに笑った。

 「ははは…… その代わり、今夜のうちにお礼はさせてもらうよ、奥様」

 「ふふふ…… そっちは私だけのお楽しみ……よね!」

 「ああ、当然だ。愛には20年早い」

 20年もたったら愛もおばさんになっちゃうじゃないと思うけれど、それは言いっこなし。いつか話す日も来るけれど、今はまだパパだけの愛だと思っていて貰いましょうと思いながら、夫の愛撫に身をゆだねる雪であった。

 「あなた……昨日も……だったんだから、無理しちゃだめよ」

 そんな妻の言葉は、夫の唇にあっさりとかき消されてしまった。


 こうして、愛の初めてのバレンタインデーは無事に終わった。パパも満足、恋人も満足。


 あの娘のチョコが本当は誰のものだったのか……は、本人だけが知っている……???

 いいえ、知らないのはパパ一人!

おしまい

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(背景:Pearl Box・イラスト:いちごのキッチン)