ハートのケーキは愛の味!?
(illustrated by 白黒熊さん)

 僕には、かわいい恋人がいる。いや、正確に言うと婚約者……なんだ。本当なら……もう去年には結婚していたはずの……

 けど、僕のわがままで、今のところはまだ婚約者止まり。もう少し、僕に彼女を幸せにできる自信がついたら、その時もう一度、プロポーズしようって思っている。

 彼女の全部を抱きしめて、彼女の全部を嘗め尽くしたいほど愛しているけど…… 今はまだ……それもできない。大切に…… 彼女のことをとっても大切にしたいから。

 今日は、2月12日。僕は明日まで地球で休暇中だ。今日は仕事のある彼女を夕方迎えに行って、デートする約束だった。
 しかし今回の休日は、大変だったよ。おととい、イスカンダルから帰ってきた兄貴を彼女の両親に紹介したばかり。それも兄貴に強引に紹介させられたって感じでさ。
 案の定、あの日は大騒ぎになった。雪のお父さん共々3人して真昼間っから酔っ払っちまったんだからなぁ。全く兄貴ときたら、はあ〜〜〜 先が思いやられるよ。
 けど……兄貴の気持ちは、本当はすごく嬉しかったんだ。

 おっと、もうこんな時間か。今日はよく寝たな。さて、彼女を迎えに行く仕度をしよう。


 予定通り5時30分。司令本部に行くと、彼女はすぐにエントランスに降りてきた。ニコニコしてて嬉しそうだ。何かいいことあったのかな?
 並んで駐車場に向かって歩きながら、彼女が話し出した。

 「古代君! 明日休み取れたわ!」

 僕の休暇は明日までで、また明後日からは宇宙パトロールに出発する。だから、彼女と一日一緒に過ごせるのはとても嬉しい。それはきっと彼女も同じだと思う。

 「ほんとか? よかったなぁ。じゃあ、どっかドライブでも行くかい?」

 「ううん、あのね、提案があるの。14日は、古代君出航しちゃうでしょ、だから少し早いけど行く前にバレンタインのチョコ、あげたいの? 明日私チョコレートケーキ作ってあげるから、うちにこない?」

 あ、そうか、そう言えばバレンタインデーって確か14日だったよな。その日は、朝ちょっと司令本部に立ち寄ったら僕はすぐに宇宙に出航の予定だし、雪も仕事だ。そっか、当日はケーキを作ってる暇なんかないもんなぁ。
 だけど、ケーキを「作る」だって? 雪が? 一人で? ホント大丈夫なのかなぁ? 思わずそれが口に出てしまった。

 「チョコレートケーキ!? 君、作れるのかい?」

 「まあっ!失礼ね。これでもお料理もお菓子作りも少しは上手になったのよ。去年は、ママに手伝ってもらって作ったから、今年は私一人で作るのよ」

 案の定、彼女はプイッとふくれっつらになった。
 けどさ、彼女の料理の腕前は、なんてたってアレだからなぁ〜 この前だって、雪の作った肉じゃがを食えるようにするまで、どれほど僕が苦労したことか……
 それにケーキって言ったら、もっと作るの難しいような気がするんだけど。
 ああ、胃薬持ってったほうがいいかもしれないなぁ。おっと、これは彼女には絶対内緒だぜ!原寸大のイラストへはここをクリックしてね!
 「ははは…… そっか。じゃあ、楽しみにしてるよ。じゃあ、僕も何か持って行くよ」

 「いいわよ、なんにも。私があなたにあげるんだもの。あっ、でも、そうねぇ…… チョコレートケーキにあう飲み物が欲しいわね。それ、お願いできる?」

 「ああ、そうだな。いつものでいいかい?」

 「紅茶? ええ、いいわよ」

 彼女はニコリと笑った。この笑顔がかわいいんだよなぁ。彼女の魅力って、美人ってこともあるけど、それよりも何よりも笑顔がかわいいと思う。この笑顔に僕は何度も癒されてるんだ。

 おっと、話がそれちまったな。ケーキにあう飲み物っていうとコーヒーか紅茶ってことになるけど、僕はコーヒーに関しては味オンチだし――彼女の作ってくれたまずい?ヤマトコーヒーもなんとも思わず飲んでたなんてこともあった――たいして美味いと思って飲んだことがない。

 紅茶に関しては、訓練時代の同期のヤツからいろいろと薀蓄を聞かされて、僕までなかなか味にうるさくなっった。だから、いつものっていうと、僕らの間では紅茶のことなんだ。

 「よっし! ばっちり甘いケーキにあう茶葉を選んで買って行くよ」

 「うふっ、待ってるわ。ね、今日はこれからどうする?」

 「中華のうまい店を太田から聞いたんだ。行ってみよう。この間のお礼に僕がおごるから」

 「ほんと!うれしいっ!!」

 この日は、太田のお勧め通りの滅法美味くて安い中華料理を二人でたらふく食べて、僕らは別れた。
 彼女のマンションの前での別れのキッス、これは決して忘れなかったぜ!
 ああ、美味かった。何がって? そりゃあ勿論、中華料理が……って、違う? あははは、ばれたか。


 翌日、僕は9時過ぎに自宅を出て、近くのデパートへ行った。地下の食品売り場の紅茶コーナーで、あれやこれやと茶葉を見た。
 去年は結構茶葉が取れたようで、今年に入ってからは、さらに茶葉の種類が増えてきたみたいだ。うれしいことだ。

 僕はその中でも、少し苦味の強い茶葉を選んだ。これなら甘ったるいケーキに、あうと思う。
 けど……あんまり甘すぎないといいなぁ〜 ケーキは嫌いじゃないが、ベタベタに甘いのはちょっと困る。

 やっぱり、雪が一人で作るケーキだけに、僕の心には一抹の不安が消えなかった。

 そして10時半頃、彼女のマンションに着いた。
 エントランスで彼女から貰っているカードキーを挿入して彼女の部屋番号と暗証番号を入力すると、マンションのドアが開いた。
 中に入ると、管理人さんが僕を見てニコリと笑った。僕も会釈する。僕は彼女から婚約者として紹介されているから、管理人さんにも顔パスなんだ。

 中に入ってエレベータの8階のボタンを押した。もう何度か来ているから、手馴れたものだ。
 そして彼女の部屋の前までやって来ると、呼び鈴を押した。
 ピンポーンという音が中で響いたかと思うと、すぐに雪がドアを開けてくれた。

 「あ、古代君、いらっしゃい! どうぞ」

 鼻の頭に白い粉をつけた雪が、部屋の中から出てきてにこやかに笑った。

 「やあ、やってるね! けどさぁ、ここにもケーキを作るつもりかい?」

 と僕が、彼女の鼻のてっぺんを人差し指でちょんとつっつくと、

 「えっ!? やだっ!」

 彼女はそう言って、恥ずかしそうに微笑みながら、鼻を手の甲でごしごしし始めた。
 そんなしぐさも、僕にはとても愛らしく見える。ニヤニヤ笑っている僕をチラッと見て、彼女は言った。

 「ん、もうっ! ほら、上がって休んでて!」

 「ああ……」

 僕は彼女に勧められて、部屋の中へ入っていった。1DKの部屋は、玄関を入るとすぐにダイニングキッチン。割合広めのその部屋の台所の部分だけを、彼女はアコーディオンカーテンで仕切ってあった。

 ケーキ作りは、どこまで進んでるんだろう? ちょっと気になって、アコーディオンカーテンを開けようとしたら、後ろから彼女がダッシュして来て、僕を押し留めた。

 「だ、だめっ!! 見ちゃダメなの!!」

 「えっ? どうしてさ?」

 「まだ作ってる最中なの!! できるまでは秘密なのよ!」

 「いいじゃないか。僕も手伝うからさ」

 「だめなものはダメ! あなたはこっちで座ってて、ほら、TVでもビデオでも、雑誌見ててもいいから、ねっ!」

 彼女は必死に僕を台所へ入れまいとするんだ。参ったなぁ、「鶴の恩返し」じゃあるまいし、覗いたら彼女が鳥になって飛んでいってしまうわけでもないだろうに……
 そんな視線で彼女を見たが、彼女は僕をじっと睨んでもう一度念を押すように言った。

 「い〜い? 私がいいわって言うまで、絶対こっちにこないでね! じゃあっ!!」

 そして、彼女は、アコーディオンカーテンの向こう側にするりと入って、ぴしゃりと閉めた。

 まったく、強情なんだから!! ん? あ、そうか。はは〜〜ん、わかったぞ。今台所はたいへんなことになってるんだな、と僕は感づいた。
 さっきの鼻の頭の白い粉から想像するに、台所中が白や茶色の粉だらけだったりして……

 う〜〜〜ん、僕の不安はもしかしたら的中するんだろうか? やっぱり胃薬持ってきたほうがよかったかな?

 それから、僕は仕方なくソファーに座って、TVをつけた。平日の午前中なんて、特に見たい番組があるわけじゃないけど、他にすることもない。
 テレビを眺めながら、耳をすませていると、台所からは、カチャカチャとかウィーンとかの音と一緒に、彼女のうわっ、とかきゃっ、とか言う妖しげな声も聞こえてきたりする。
 いったい彼女、何をどうやってんだろう?

 気になる、気になるぞ…… けど、もし覗いてるのがばれたら、後でどんなにどやされるかわからない。
 なにせ彼女は、怒るとものすごく恐い。機嫌を直してもらうのにいつも余計な労力を使わされるし、やっぱり今は我慢してた方が身の為だな。
 僕はまたぼんやりとTVを眺めた。


 それから一時間が経った。だが彼女はまだケーキ作りに格闘している。
 いったいいつから始めたんだろう? そんなに時間がかかるものなんだろうか? 僕だって作ったことないからわからないが……

 グー…… ああ、腹が鳴った。時計を見るともう11時半近い。昼飯の時間だよなぁ。この調子じゃ、昼飯なんて用意してないんだろうなぁ〜〜 ああ、腹が減ったぞ。

 しばらくして、やっと彼女がカーテンの向こうから顔を出した。

 「はあ〜、お待たせしてゴメンね、古代君。今、ケーキをオーブンに入れたから、あと30分でできるわ」

 ニコリと笑う彼女だったが、またその顔に粉やら茶色いねばねばした物をつけている。まったく……

 「プッ……」

 僕は思わずその顔を見て笑ってしまった。

 「な、なによ!」

 「ほら、またついてるぞ」

 僕は今度は、手ではなくて、唇を近づけてその粉やらねばねばやらをぺロッとなめた。うん、甘い!

 「あんっ!」

 彼女の顔がぽっと赤くなった。ふふ、かわいいな、雪は。

 僕はそのまま彼女を抱きしめて、今度はきちんと?唇を奪った。彼女の唇も今日は特別に甘かった。随分、味見したんじゃないのかな?
 そんなことを思いながら、僕は彼女の唇をたっぷりと味わってから、体を離した。

 「もうっ……あっ!」

 嬉しそうに軽く僕をにらんでいた彼女は、視線を僕の胸元におろしてから、急に顔色を変えた。

 「ん?どうした?……ああっ!!」

 僕も視線を降ろして見てその意味がわかった。胸元から、ジーパンの上半分くらいが、真っ白な粉だらけになっている。彼女のエプロンに着いていた粉がこっちについたようだ。彼女のエプロンは白っぽかったから、わからなかったみたいだ。僕の方は青い服を着ていたから、余計にその白が目立った。

 「ごめんなさいっ! 今拭くわ!」

 「いいよ、こんなのはたけば取れるよ。ちょっと表に出てはたいてくるよ」

 「じゃあ、私も……」

 それで僕らは、二人揃って外の廊下に出て、二人で体中をパンパンはたいた。粉だから、まあ簡単に取れた。
 それから僕らは顔を見合わせて、ははは、と大きな声で笑いあった。

 部屋に戻った僕らは、ソファーに並んで座った。特に何を話すってわけじゃないけど、取りとめもないことを言って笑いあった。
 こんななんともないひとときが、僕らには一番楽しい。


 そして30分後、そろそろ焼けたかしら、と彼女が立ち上がった。
 僕も一緒に立ちあがると彼女の後ろに続いたが、彼女はまた例のカーテンのところで、僕を止めた。

 「ちょっと待ってて。出来映えを見てから、そっちに持っていくから、ねっ!」

 彼女はやっぱり頑固だ。

 「ああ、わかった」

 諦めた僕は、カーテンの手前で立ち止まったが、彼女がカーテンを開けたとたん、ぷーんと匂いが漂ってきた。
 もちろん、チョコレートケーキの甘い香りが…… と言いたかったんだけど、ちょっと違うぞ!
 これは、う〜〜ん、なんて言うんだろう。確かにケーキの甘い香りもしなくはないが…… なんとなく焦げ臭い!? ま、まさか……!? そう思ったとたん、

 「ああ〜〜ん!!」

 彼女の今にも泣き出しそうな悲鳴が台所の中から聞こえてきた。

 「どうしたっ!!」

 とうとう僕はたまらなくなって、禁断の!?台所に飛びこんだ。
 うわっ! 足元が、粉だらけ!? 流し台には……使い終わったらしい器具やボールの山!!
 そして、オーブンの前にたたずんだまま動かない……彼女の背中。

 僕は恐る恐る彼女に近づいた。

 「雪?」
原寸大のイラストへはここをクリックしてね!
 「…………どうして? どうしてこんなことになったの!? ちゃんと本を読んで本の通りに材料を入れて、本の通りに混ぜて、本の通りに時間と温度をセットしたのよ!」

 すっかり落ち込んでいる彼女は、力なくそう呟いて、青い顔でうつむいたまま肩を落としている。そしてその手に乗っていたのは…… 真っ黒に焦げたハートのチョコレートケーキとおぼしき物体! 明らかに焼き過ぎている。

 あ〜〜あ、やっぱりやっちまったのか。
 ふと、テーブルの上を見ると、ちらかった材料や器具の横に『絶対失敗しないバレンタインケーキの作り方』なる本が広げてあった。この『絶対』ってとこに、彼女も惹かれたんだろうな。

 それらの情景を見ていると、僕はだんだんおかしくなってきてしまった。だが、笑っちゃいけないんだ。
 そう、思いっきりがっかりしてる彼女がいる。その姿は、とてもかわいそうで、それでいてとてもかわいらしかった。

 「あ、あのさぁ〜〜 ケーキは焦げたけど、君の一生懸命さはよ〜〜くわかったし、ほら、なんだな、その……中の方の焦げてないところは食べられるんじゃないか? うん!」

 「…………」

 それでも不機嫌なまま、じと〜っとしたうっとおしい視線で僕を見上げる彼女に、僕は思いっきり歯の浮くセリフを吐いてみせた。

 「ケーキは黒く焦げたって……僕たちの愛は永遠に純白だよ!」

 ううっ、我ながらちょっとクサ過ぎたかなって思ったけど、その言葉にやっと彼女が反応した。

 「ほんと……?」

 「ああ、本当だとも! 君の一生懸命な気持ちが一番嬉しいんだから! なっ、なっ!!」

 「本当にそう思ってるの? 古代君」

 そう何度も念を押す彼女に、僕はもう一度大きく頷いて、「本当だよ」と言ってやった。すると、やっと気持ちがおさまったのか、彼女は少しだけ笑みを浮かべた。ここで畳み掛けなくちゃ!

 「ほら、買ってきた紅茶入れてやるから、雪はそれ持ってあっちに行って座ってろ!」

 「でも、これじゃあ……」

 「いいって! 中の方食べられるからさ!」

 まだ二の足を踏む雪を僕は懸命に慰めながら、リビングの方へ押しやると、足元の粉を避けながら、お茶を入れて早々にリビングへと戻った。


 「ほら、雪。美味いミルクティーいれたからな! 飲んでみろ」

 「ん……」

 「おお、ケーキ、やっぱり中の方はいけるじゃないか!」

 「そう……だけど……」

 まだしぶしぶの彼女を促して、僕らは、黒焦げになったチョコレートケーキの真中の部分をなんとか二人分切り出して、少々ぼそぼそで焦げ臭い味もするケーキを、ミルクと砂糖をたっぷり入れて甘〜〜くしたミルクティーで流し込んだ。

 「美味しかったよ、雪」

 何が、とは言わない。もちろん美味しかったのは、ミルクティーだが、それを何と取るかは彼女の勝手だ。
 それが効いたのか、食べ終わった頃には、彼女も大分復活してきて、

 「初めて作ったんだから、ちょっと失敗しても仕方ないわね。とりあえず、食べられたんだし……」

 「そ、そうだな」

 立ち直りの早いヤツ…… これを食べられたっていうのかどうかは、多いに疑問があるところだが、ここでは追及しないことにしよう。
 とりあえず、ニコニコとしだした彼女にホッと一安心して、僕は口直しに、もう一度ミルクティーをがぶりと飲んだ。

 それから僕らは二人で台所の大掃除をしてから、グーグー鳴る腹を抱えて、街へと出かけた。
 今度こそ上手に作れるように練習するわ、とまた材料を買っている彼女を見て、ちょっと冷や汗が出てしまったのは、ご愛嬌ということにしよう。


 ということで、とんでもないバレンタインケーキだったけど、でも、やっぱりあのケーキには彼女の愛がこもっていたんだと思う。
 たぶん、きっと……そう……だよ……な?

 ちなみに、彼女がケーキを焦がしてしまったわけは……
 例の絶対失敗しないっていう本に、170度で30分と書いてあったケーキの焼き時間を、190度で30分と読み間違えてしまったことが原因だったらしい。
 だが、どうやったら170度を190度に読み間違えられるんだろう?

 万が一、ヤマトのレーダーの数値をそんな風に読み間違えたら、命取りになりかねない。
 だが、彼女が間違えるのは、なぜか料理の時だけらしい……!?

おしまい

注:太文字の部分は、イラストをくださった白黒熊さんがイラストに寄せて書いてくださったメッセージを使わせていただきました。
なお、イラストは縮小して掲載してあります。原寸大をご覧になられたい方は、それぞれのイラストをクリックしてください。

トップページに戻る       バレンタインのお部屋へ

(背景:Pearl Box)