Silent Night
   
(BGM:Silent Night)



 2205年12月24日、今夜は聖夜。
 天気のよい空には、星がキラキラと輝いている。

 とある高層マンションの一室。静かに流れるクリスマスミュージック。心地よい暖かさの部屋で並んで座る二人は、少し明るさを押さえた照明の下で、そっと寄り添った。



 「クリスマスツリー、今年もここに飾れてよかったわね」

 雪は夫の肩に頭を預けて、部屋の隅でキラキラと輝くツリーをうっとりと見つめた。

 「ああ、去年に続き2年連続…… 今までのことを思うと快挙だな」

 「うふふ……快挙だなんて、これからは毎年こうやってツリーが飾れるって思わなくちゃ」

 「そうだな。そうじゃないと……」

 進は優しい眼差しで妻を見つめた。

 「ふふ…… そうね」

 妻も意味深に微笑んだ。お互いに相手の言いたいことはよくわかっている。

 「けど、よかったのか? 自宅でたいした料理もなくクリスマスだなんてさ。去年も出かけなかったし、結婚して初めてのクリスマスだから、おしゃれして出かけたいっていつだか言ってたのにさぁ」

 恋人同士としてロマンチックなクリスマスを過ごすのは、去年が最初で最後だったこの二人。
 そして今年は、新婚夫婦としての初めてのクリスマス。さすがの進も今年ばかりは色々と決めてやろうと思っていたのだが…… どうも、今年は雪が乗り気ではないらしい。

 「だって、仕方ないじゃない。今の私は、どこにも行きたくないんだもの」

 「うん、それはわかるけど……」

 「今はね、どんなに美味しいお料理を出されても、食べたい気分じゃないのよ。フランス料理も、クリームたっぷりのケーキも……ね」

 「まったく…… 雪らしくないよなぁ。ど〜も、信じられん」

 不思議なものでも見るように、妻の顔を見つめる進。雪は笑いながら怒った。

 「もうっ! それって、どういう意味かしら?」

 「あはは…… そのまんまの意味さ。でも、体の方具合悪くないのか?」

 「ええ、それは大丈夫よ。冷たいものなら、美味しくいただけるし……」

 妻がニコリと微笑んだのをきっかけに、進は気を取り直して、テーブルに置いてあるワインらしきとグラスを引き寄せた。

 「そっか、じゃあ、とりあえずは、ワインで乾杯でもしますかな?」

 「ワインじゃなくって、ノンアルコールのシャンマリーでしょ?」

 「だったな、けど、まあ、見た目は十分スパークリングワインに見えるじゃないか」

 「うふふ、そうね。でもあなたまで私に付き合わなくてもいいのよ」

 1つ目のグラスにシャンマリーなるものを注ごうとする進に雪は言った。が、進は構わず、そのまま2つともに同じ飲み物を注ぎいれた。
 進が言ったとおり、アイボリーがかった発砲性の飲み物はちょうど白ワインのようだった。

 「いいんだ。今日は…… それにこれは、夫婦共犯だしな」

 進がニヤリと笑ってウインクを一つ。

 「やぁね、共犯だなんて…… なんだか悪いことしたみたいじゃないの?」

 「あっははは…… 悪いことどころか、とってもいいことだろ? な、奥さん?」

 「もうっ……えっち」

 「はっはっは…… さ、乾杯だ」

 進はテーブルから2つのグラスを手に取ると、一つを妻に手渡した。そして、二人で声を揃えた。

 「メリークリスマス!」

 カチン……グラスが軽くあたる綺麗な音がして、それからグラスはそれぞれの口元に移った。

 「うへっ、甘いな……」

 進がその甘ったるい味に顔をしかめた。その表情がなんともおかしくて、雪はくすくすと笑い出した。

 「うふふ…… だって、これって元々子供用ですもの」

 「だな? ま、いいや。何年かしたら、これをうまそうに飲む子供の姿も見れるんだもんなぁ」

 「ええ……」

 雪はぽっと嬉しそうに顔を上気させて頷くと、視線を自分の腹部へと持っていった。進の視線も同じところへ向かい、その手が静かに雪のお腹の上に乗せられた。

 「いるんだよな? ここに……」

 「ええ…… いるわ。私達二人の大切な……」

 「来年の今頃は、3人か?」

 「ええ、もちろん!」

 見つめい微笑みあう瞳と瞳が、愛おしそうに絡み合う。2つのグラスがそっとテーブルに置かれると同時に、二人の唇がゆっくりと合わさった。それに惹かれるように、互いの体もさらに密着していく。

 甘いシャンマリーのせいか、今夜のキスはとても甘い味がする。
 僅かに開かれた雪の唇の中に、進の舌がするりと入り込んだ。その口中も温かくて甘い。最初は静かに交わされていたくちづけが、だんだんと熱がこもり始め、いつしか互いをむさぼるように求めあっていた。

 ようやく二人の唇が離れた。と同時に、進の唇は、雪の首筋へと下りていった。

 「ああ、あなた……」

 ため息のような声が進の頭の上から聞こえてくる。夫を抱きしめる妻の手に力がこもる。そして夫の手は、そっと妻の胸元へ忍び込んだ。

 「はぁ……」

 雪の体に心地よい快感が走る。

 「雪……」

 胸の上の手の動きはそのままに、再び頭だけ上げた進が、雪の耳元で囁いた。

 「ああっ……進……さん……」

 繰り返されるキスと胸元への愛撫。その度に発せられる幸せに満ちた妻の声に、進は満足そうに微笑んだ。

 しばらくそんな愛撫を繰り返して……
 進はふうっと大きく息を吐いて、妻から少しはなれて座りなおした。そしてもう一度、妻の肩を抱き寄せた。

 「今夜はここまで……だな」

 少し残念そうに微笑む夫に、雪は申し訳なさそうな顔をした。

 「ええ……ごめんなさい」

 「何も謝ることはないさ」

 「絶対にだめってわけじゃないと思うんだけど…… 私も初めてだし、大事を取りたいって思ってるから……」

 「うん、わかってる。今は大事にしないとな、君一人の体じゃないんだから」

 「ありがとう……」

 夫の優しい愛情が、何よりも嬉しい妻だ。二人は、もう一度笑顔で見つめあった。

 「さぁて、なんか少し食べよう。今夜は雪の食べられそうなものばかり集めたんだからさ」

 テーブルには、冷製の綺麗なオードブルが色々と並んでいる。つわりのせいで温かいものや匂いの強いものが食べられない雪のために、進が街で探してきた品の数々だ。
 その一つ一つにも、夫の愛が込められているようで、雪は嬉しくてたまらなかった。

 「そうね、美味しそう……」

 雪は目を輝かせてその一つに手を伸ばした。

 「よし、俺も……」

 同じように進もその一つを取り口に入れた。なかなかの味に二人は満足げに頷きあった。

 「ほら、シャンマリーのお代わりやるぞ!」

 「うふふ……ありがと。あなたは『本物の』ワイン持ってきたら?」

 「いいのか?」

 「ええ、もちろん!」

 「じゃ、ちょっとだけ……」

 雪はソファにゆったりともたれかけると、台所へ向かう夫の背中を愛しそうに見つめていた。




 流れ続ける柔らかなクリスマスストリングス。ほの暗い部屋の片隅で、キラキラと光るツリーの明かり。囁くようにとぎれなく続く会話と笑い声。

 派手なものも賑やかなものもないけれど、二人で過ごす幸せな聖夜は静かに更けていった。

おわり

 

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(背景:White Bell、BGM:うっちぃの音楽箱)