二人のWhite Christmas (BGM…White Christmas)
今日はクリスマスイブ、こうして二人っきりで一緒に過ごすのは、もう何年ぶりだろうか…… 毎年のように攻めてくる宇宙の脅威に対して、進も雪も全てをかけて戦ってきた……ヤマトと共に。
そのヤマトも今は、アクエリアスの中で永遠の眠りについた。二人は……今、新しい人生を歩き出そうとしていた。
部屋のあかりは落とされ、間接照明が部屋をオレンジ色に映し出していた。テーブルの上には、雪の手料理のクリスマスディナーと進特選のワイン…… キャンドルの火が微かに揺れている。
「メリークリスマス、進さん……」
「メリークリスマス、雪」
ワイングラスを軽く上げて乾杯する。微笑みあう二人の目には互いの姿だけが映っていた。
「初めてね、部屋でふたりっきりのクリスマスは……」
「そうだなぁ。去年の今ごろはヤマトの中だったからね…… あははは…… イブの夜は雪にプロポーズする夢を見ていたよ」
「プロポーズする夢? ああ、そういえば、次の日の朝、進さんったらとても機嫌が良かったのはそれだったの?」
「うん…… でも、あの時は言えなかった」
「いいのよ…… 私も、同じ…… それに、もう夢じゃないわ、プロポーズも……」
数ヶ月前の進のプロポーズの言葉を思い出して雪は頬を染め、恥ずかしそうに笑った。その姿を進はまぶしそうに見つめ、雪もそんな進の姿をじっと見つめ返す。揺れるキャンドルのあかりが、雪をさらに美しく照らしていた。
(きれいだ……雪)
進はそれを言葉にしようとしたが、出てきた言葉は……
「さぁ、ごちそうを食べようかな……」
「あん! もう……」
「どうした?」
「少しムード出してるんだから、気の利いた言葉の一つも言ってくれればいいのに……」
「あ、ごめん…… 言おうと思ったんだけど……なんて言っていいのか……うん……」
進は頭をかく。どうも、ムードを出すのは未だに苦手だな、と自分でもあきれてしまう。でも、今夜は自分の気持ちを素直に言おう、そう思って思いきってさっき思ったことを口に出してみた。
「きれいだよ、雪」
「いやぁね、とってつけたみたいに……」
恥ずかしそうに頬を染め、すねた風を見せる雪だったが、心の中はやはりうれしかった。進の言葉が胸を熱くさせ、目を細めて雪を見つめる進の視線がなぜかこそばゆい。
「さ、食事にしましょう……」
あのまま見つめられ続けたら、食事どころじゃなくなりそうで、雪は話をそらした。
「なんだ、雪も同じこと言ってるじゃないか、ははは……」
「うふふ……」
食事を終え片付けを済ますと、雪は居間の片隅においてあったリボンをつけた紙袋を持ってきた。そこには雪から進へのクリスマスプレゼントが入っている。
前にも一度あげたことがあったけど…… 目も不ぞろいで自分でも笑ってしまった。今回はそれよりはずっと上手に出来た。何年もクリスマスを一緒にしてなかったから、久しぶりのクリスマスプレゼント……
「はい…… 進さん。クリスマスプレゼントよ」
「ああ、ありがとう。あ、これ……僕からも……」
進はポケットから小さな箱を取り出して、雪の手に乗せた。
「ありがとう!!」
(笑顔がかわいい)
無邪気な表情で笑う雪はまるで天使のように見える。
まず進がプレゼントを開けてみた。雪はドキドキしながら進の様子をうかがっている。包みから出てきたのは、モスグリーンのセーター。無地でシンプルだが、アクセントに鎖編みなどの模様編みが入っている。柔らかい素材の毛糸は見るからに暖かそうだ。
「暖かそうなセーターだな。雪が編んだのかい?」
「ええ…… 前にあげたのよりは上手になったでしょう?」
「あははは……うん…… でも、手編みは目が少しくらい不ぞろいの方がらしくていいんだよ。それに何よりも暖かいから。よく編む時間があったね」
「進さんがいない間の夜は、手持ち無沙汰なんですもの……」
雪は進に持たせかかって顔を見上げた。その顔に進はそっとキスをした。
「ありがとう……」
今度は、雪も包みを開ける。
「まあ……ピアス……?」
「イヤリングだよ。雪はピアスはしてないだろ? いまから、耳に穴をあけることもないかなって思ってね……」
「そうね…… でも、とてもきれいな色ね。珊瑚?」
「ああ、天然ものの珊瑚らしいよ。海のものはガミラスの遊星爆弾が飛来して以来、復活するまでにずいぶん時間がかかったみたいだけど、少しずつ取れるようになったらしいよ」
「本物の珊瑚なんて…… もう、手に入らないかと思ったけど…… 地球も少しずつ元通りになってるのね。それに、進さんが自分で選んできてくれたなんて……とってもうれしい。大切にするわ。本当にありがとう……」
雪はイヤリングを持ったまま、進の頬にキスをした。進はくすぐったそうに笑って照れる。
「着けてみるわ…… どう?」
「うん、いいよ。そうだ、僕もこのセーターを着て、みんなに見せに行こうよ」
「みんな?」
「ああ、街を少し歩いてみないか? クリスマスの街なんてずいぶん久しぶりだから……」
このまま部屋で見つめあっていたら、雪を抱きしめて朝まで離せそうもない…… 時計を見るとまだ、8時を過ぎたばかり。愛し合うのは、せっかくのクリスマスイブの雰囲気をもう少し楽しんでから。
進はそう思って雪を誘った。
「ええ…… いいわ。行きましょう!」
進は雪のプレゼントのセーターにコートをはおり、雪も珊瑚のイヤリングを着けて、進のコートにあわせて買った同系色のコートを着た。
二人の住むマンションは、表通りから一本中に入ったところにあるが、5分ほど歩いて表通りまで出ると、若者向けのショップが並ぶショッピングアーケードがある。
進と雪は車は使わずにそのまま歩いて部屋を出た。表通りまでの道は、歩行者のための街灯や小さな公園を照らすあかりで、足元は暗くない。
年末とあって外の空気はさすがに冷たいが、空が曇っているせいか凍えるほどではなかった。
「お天気がちょっと良くなくて残念ね。星は見えないわ……」
「まだ、見たりないのかい? 星なら嫌って言うほど見てるのに」
曇りを嘆く雪を見て進は笑った。確かに、去年の今ごろは星の海の中にいた。星だけは360度どこを見ても見えていたのだから…… それもそうだわね、と雪も微笑んだ。
進の左手が雪の肩を抱く。進の腕に引き寄せられて、雪は進にもたれるようにして二人は歩調を合わせて歩いた。
表通りに出ると、急に目の前が明るくなった。クリスマスイルミネーションがあちこちで光っている。数ヶ月前までは、灼熱の中にあったとは思えないほどの光景だ。いつも地球の人々の復興への活力には驚かされる。
通り全体に、様々なクリスマスソングが流れ、否応にもクリスマスムードを盛り上げている。街を歩く人も、カップルが多いような気がした。
すれ違うカップルが進たちを振りかえってみることがしばしばある。進は特に男性の視線が気になった。きれいな人だな…… どこかで見たことがあるような…… そんな顔をして見ているようにも思える。そして、隣の女性につっつかれて慌てて視線をはずすのだ。
当の雪はいつものことなのか、そんなに気にしていないようだが、進はそれがあまりに頻繁なのに驚く。
雪の美しさをちょっと自慢したいような、それでいて誰にも見せたくないような、そんな複雑な気持ちになる。そして、もう一度愛しい人の顔を見た。
「どうしたの? そんな顔して……」
「そんな顔?」
「なんか変な顔してる……」
雪がいたずらっぽく笑う。振りかえる男性を意識してるのだと、わかっているから。進に振り返る女性だってたくさんいるのに、それには気付かないらしい。
「そうでもないよ……」
進は、慌てて表情を変えて普通を装う。雪は僕だけのものだから…… 何も心配する事なんかないさ。心の中で自分に言い聞かせる。雪はそんな進の不安を見越したように微笑むと言った。
「明日からまたいなくなるのね。寂しいわ……」
私にはあなたしか見えないのよ、とでも言うように、甘えた口調で言われると、もう進の心はすっかり雪のとりこになってしまう。
「雪に会えないのは僕だって寂しいさ。でも、いつもの事じゃないか…… それに、今度帰ってきたら2週間の休暇なんだし……」
「当然でしょう? だって…… 帰ってきたらすぐ……」雪は少し頬を染めてうれしそうに言葉を続ける。「結婚式に……ハネムーンですもの」
そう、明日12月25日に、今回新造された巡洋艦で、進はまた宇宙に立つ。そして、そのまま越年して1月13日に、地球へ帰還する予定になっている。
そして…… 二日後の1月15日には、待望の二人の結婚式が控えている。
「今度は中止だって言わないでね」
「あははは…… わかってるよ。間違いなく……1月15日には式を挙げる」
進が確約するが、その姿に雪はくすくす笑っている。
「なんだか、信用ないなぁ…… ま、前科があるから仕方がないか。けど、今度中止なんかしたら君のお母さんに殺されそうだよ」
おどけた顔で進が笑う。
「うふふ……ええ……待ってるわ、あなたの帰りを」
やっぱり今日の雪は特別きれいだな…… 進は自分を見つめる瞳に魅了されていた。
二人は、通りの店をウインドウの外から冷やかしながらしばらく歩いた。どの店もクリスマスを意識した装飾で二人を楽しませてくれる。雑貨屋に入ってクリスマスグッズを手にして雪ははしゃぐ。雪が気に入った小さなサンタの人形を進がプレゼントしてくれた。小さな贈り物が雪に大きな幸せを届けてくれる。
それからしばらくの間、おもちゃ箱の中を探っている子供のように、二人は目を輝かせながら店頭に並ぶ品物を見て歩いた。
「ちょっと寄って行こうか」
ふと進が足を止め雪を誘ったのは、小さなピアノバー。雪には初めての店だった。
「ここ、来たことあるの?」
「ん、雪が仕事でいないときにね、たまに一人で手持ち無沙汰で何度かね……」
ドアを押して中に入ると、さすがにクリスマスイブの夜、幸せそうな恋人達で一杯だった。満席かな?と思いつつ見渡すと、カウンターにまだ空きがあった。カウンターの中に立つマスターが、目線でカウンター席に案内する。
ピアノは、今日はクリスマス特集なのだろう…… 静かに奏でていたのは、『Silent Night』。
二人が並んで店の中に入っていくと、周りのカップルからため息がもれる。
素敵なカップルだな…… 見たことがあるような気がするけど……芸能人だったっけ? 絵になるなぁ……
それぞれの視線がそんなことでもつぶやいているかのように見える。
カウンターに座ると進は雪に尋ねた。
「何、飲む?」
「そうね……スクリュードライバー……」
「え!?」
「あら? だめ?」
「いや…… まいったな」
進がちょっと驚いたような顔をして苦笑した。
「どうして? 甘くておいしいのに?」
困惑顔の進の真意がわからずに、雪は進の顔を覗きこんだ。そこにマスターから声がかかる。
「何にしましょう?」
「僕はジンライム、それから彼女には……スクリュードライバーを……」
「かしこまりました」
そう答えると、マスターは進にニヤリと意味深な笑みを向けた。
「やっぱり……」 進がほんの少し眉をひそめた。
「え? なにが?」
「マスターさ…… ずいぶん古い手を使うなって顔してたよ。彼女酔わせてどうするつもりだってね」
「ああ…… うふふ……そういうことだったのね。じゃあ、私マスターのご期待に添わないとね」
雪が進にウインクをして笑顔を向け、進の方へ体をしなだれかかった。
「まさか…… スクリュードライバーだろうが、ウォッカのストレートだろうが、君がカクテル一杯でどうにかなるはずないだろ?」
「まあ、失礼ねっ」
二人が笑っていると、マスターが注文の品を持ってきた。そして二人に微笑むと、雪に尋ねた。
「お嬢さん、なにかリクエストはございませんか?」
「あら…… じゃあ、『White Christmas』を……」
「かしこまりました。ゆっくりおくつろぎください」
しばらくしてピアノが雪のリクエストした『White Christmas』を奏で始めた。感情のこもった美しい音色に、雪は目を閉じて聞き入っていた。隣では、進も耳をそばだてながら、雪の横顔を見つめている。ふっと意識が乱れ、思わず雪の顔に引き寄せられて、くちづけしてしまいそうだった。
(雪を抱きしめたい……)
進のはやる気持ちを表すかのように、カクテルを一杯飲み終えた二人は席を立った。進も雪も、クリスマスイブの雰囲気を十分に堪能した。後はもう二人きりになりたかった。
バーから出ると、雪がブルッと一つ身震いして、肩をすくめた。そのとき、ちらちらと白いものが空から舞い落ちてきた。
「あら…… 寒くなったと思ったら、雪だわ」
雪が空を見上げる。空からは、無数の白い結晶がゆっくりと揺れながら落ちてくる。クリスマスイルミネーションに反射して、白く輝く雪は幻想的ですらあった。
「ほんとだな…… 本当に『White Christmas』だね」
「思い出すわ…… あの火星の雪。地球に降らなくなってからしばらくぶりに見た雪で感動したわ。あの頃、私達は出会ったのよね」
「うん…… もうずいぶん昔の事のように思えるね。でも…… これからの方がずっと長いんだ」
「ええ……」
二人は、 降り続く雪の中を歩きながら、これからの結婚生活についてそれぞれ思いに耽っていた。雪は進ににぎやかな暖かい家庭を作ってあげたいと…… 進は雪がいつも笑顔でいられる家庭を作りたいと……
「寒くなってきたな。大丈夫かい? 風邪をひくと大変だ。そろそろ帰ろうか……」
進はまた雪をそっと引き寄せると耳元で囁いた。
(by よっしーさん)
「ええ…… 少し寒くなってきたわ。家に帰って暖まりましょうね」
「ああ、僕が……暖めてあげるよ」
「え……?」
いつもの進らしくないスマートな誘い文句に雪は頬を赤くした。
「暖めるには人肌が一番だって、佐渡先生に教わったからね」
「まあ、進さんったら……」
進の低く囁く声に雪は魅惑される。耳元がくすぐったくて、雪はまた肩をすくめた。
同じ道を通って家路につく。そして、帰るなりキスの嵐、唇に熱気がこもる…… そしてそのままベッドイン……
部屋は温めてあったけれど、それよりもなによりも進の愛撫が熱い。絡めた足も初めは冷たかった…… でもそれもあっという間に互いの体温で暖かくなった。
そして…… 胸から順に下へとはわせる進の唇に、雪は体を震わせる。体に力が入ると、今度はじんわりと汗ばんでくるほど。
互いを愛し慈しみあって十分に体が火照ったころ、進と雪はひとつになった。愛する人と交わる事ほど体を熱くするものはない…… 愛する人の中は、いつも暖かく進を迎えてくれる。
「あたたまったかい?」
ベッドの中で愛しい人の胸に顔を摺り寄せる雪に、進が尋ねた。
「ええ……でも…… まだ……足りないわ。だって、また20日間もあなたはいないのよ。寂しくて寂しくて寒くなるわ……私の心が…… だから……寒くならないようにもっともっと熱くして……」
雪が熱のこもったまなざしで訴え両手を彼の背中にまわす。瞳が微かに潤んでいる。今日の雪は甘え上手。
もっともっと愛して…… そんな風に愛しい人に迫られて、燃えない男がいるだろうか……
「雪の望むままに……」
進はまた雪の体の隅々をくまなく愛していった。耳たぶ、首筋、胸、指の1本1本まで、20日分の愛を雪の体に刻印するかのように。
そして、雪もまた同じように進を愛しかえす。互いの吐息が交互に聞こえてくる。
こんなに抱きあっていてもまだ愛しい…… 不思議に思うほど二人は互いを愛し求めつづけた。
「今度こうして愛し合う時は、もう……君は僕の奥さんだね」
やさしく微笑みかける進に、雪はうれしそうに体を寄り添わせた。『僕の奥さん』……その言葉が何にも増して雪の心をときめかせる。
今夜は進も不思議なくらい言葉で雪の心をくすぐるのが上手だ…… クリスマスイブのマジック?……
外はちらちらと雪の舞う寒い夜。でも、部屋の中は幸せな恋人達が愛を語らう熱い熱いWhite Christmas……
二人の今年最後のMake Love…… 恋人としての最後の愛の交歓……
そして…… 来年からは、幸せな新婚さん……
書いてる私も、読んでるあなたも…… 出てくる言葉は『ごちそうさま』とため息がひとつ……?
−F I N−
(背景:イラスト素材 Queen’s Free World)