クリスマス・ドリーム(BGM:『Silent Night』)

 「やったー! 地球は救われたぞ!! これで地球は元に戻るんだ!!」

 ヤマトの第一艦橋では大きな歓声が上がった。進も太陽の異常増進が目に見えておさまって行く姿を目のあたりに見て、大きな安堵感が心の中に広がっていった。
 そして……振り返って雪を見た。雪もうれしそうに微笑んで進を見つめている。

 (雪、やったよ。地球は元通りになるんだ…… 俺の艦長としての役目はこれで終わる…… 雪、待たせたな。やっと今までの二人に戻れるんだ!)

 進は、島にすぐ地球への帰還の指示を出して、歓声のあがる第一艦橋を後にした。雪の方をチラッと見て、聞こえるように言った。

 「艦長室にいる。何かあれば連絡してくれ」



 艦長室…… 進はこの部屋で時間を過ごすことは少なかった。航海日誌を付ける時と就寝時以外はあまり使うことはなかった。その艦長室に一人立って元に戻りつつある太陽と地球を見、この航海の様々な苦労を思い出していた。
 最も辛かったことは、訓練でも敵の攻撃でもない。雪のこと…… 自分が最も大切にしたい人をその思いで見ることができなかったこと……

 「雪……」

 進は思わず声に出してつぶやいていた。その時、第一艦橋から連絡が入った。島からだった。

 「艦長、地球へは約5時間後に到着します」

 「わかった。乗組員達には俺から今通達する。ありがとう」

 進は、艦内への全艦放送スイッチをオンにして、乗組員全員に、地球到着時間の連絡と、今までの苦労をねぎらうメッセージを流した。その放送をし終わったところに、トントンとドアをノックする音がした。

 「はい?」

 「森雪です。艦長、入ってよろしいですか?」

 「(雪!) どうぞ……」

 今、思っていたその人がドアを開けて現れて、進はうれしそうに雪を見た。

 「どうした?雪? 何かあったのかい?」

 「いいえ…… あの……」 雪はなぜかもじもじしている。

 「こっちに来て一緒にご覧よ。地球が見えてきた。もうすぐ元に戻るんだ」

 「ええ…… 私、古代君と一緒に地球を見たかったの」

 進が今までの艦長としての一線を引いた態度をとらなかったことに、雪も気が付いた。雪も地球が救われたことで、自分に課していた進への遠慮を解いた。

 「うん……一緒に見よう」

 進もニッコリ笑って雪を招きよせた。隣りに立つ雪の肩をそっと抱きしめて、自分の方に引き寄せた。雪も顔をほころばせて進の顔を見る。いつになく輝いて見える雪の顔に、進はいとおしさが募ってきた。

 地球に帰れば、また二人の生活ができる。家に帰ると雪が待っているそんな二人の……生活……
 進は、ふと去年の1月に三浦半島の墓参りに行ったことを思い出した。

 (あの時、年が明けたら雪にプロポーズしようと思っていたんだ…… その年も明けてずいぶんになる…… そうだ、プロポーズを!! 今ここで……)

 様々な想いを乗り越えて、二人ですぐ隣を歩いてきた道を、いまこそ一つにしたい。進は雪の顔をもう一度じっと見つめた。

 「雪…… もうすぐ帰れるね。地球に…… 長い間苦労かけたね。ありがとう……」

 雪はその言葉に今まで心の奥に締まっていた想いがあふれてくるのがわかった。そのあふれた想いが涙となって雪の目に上がってくる。

 「なあ、雪」

 そして、いつになく真剣な表情の進の顔に、雪も真顔になって進を見る。その瞳は進に吸い寄せられた。

 「なあに?」

 「地球に帰ったら…… 僕たちの人生を……一つにしよう。結婚して欲しい」

 「!…… 古代君……」 雪の瞳から見る見るうちに涙があふれてきた。

 「返事は? 雪……」 進はその涙を指ですくいながら微笑んだ。

 「もちろん、OKよ! わかってるじゃないの!」

 そう言うと同時に、雪の体が進の胸に飛び込んできた。進は雪をしっかりと受け止めて、雪が苦しくなるくらいの力強さで抱きしめた。いつからこうして抱きしめてないだろう…… 進はもう思い出せないほど前のことだったような気がした。
 しばらくそうやって互いの熱い想いを受け止めてから、顔をあげた雪の涙で潤んだ唇に、進の唇があわさった。雪の唇は、うれしさのためか涙のためか小刻みに震えていた。



――機関室――

 『こっちに来て一緒にご覧よ。地球が見えてきたよ。もうすぐ元に戻るんだ』 『ええ…… 私、古代君と緒に地球を見たかったの』

 「およっ!? な、なんだ? この声は???」

 太助が驚いてマイクの方を見た。


――医務室――

 『うん…… 一緒に見よう』

 「なんじゃ?古代と雪のラブシーン放送か??? 地球帰還にあわせてサービスいいのお」

 佐渡は、すっかり酒に酔って浮かれていた。


――食堂――

 『雪……もうすぐ帰れるね。地球に…… 長い間苦労かけたね。ありがとう…… なあ、雪』 『なあに?』

 「うわぁぁぁ…… なんだなんだ!?」

 「艦長の声だぞ!」 「それに、生活班長!!」

 食堂でジュースで乾杯していた面々が、シーンとなってその放送に耳を傾けた。


――第一艦橋――

 『地球に帰ったら…… 僕たちの人生を……一つにしよう。結婚して欲しい』 『!…… 古代君……』 『返事は? 雪……』 『もちろん、OKよ! わかってるじゃないの!』

 「うっひょー! やるじゃないか! 艦長!」 南部が口笛を吹く。

 「ひゃぁ、なんか熱っついと思ったら……」 相原と太田がニヤニヤする。

 そして、その会話の後の沈黙に……

 「あいつら…… ナニしてるんだ?」

 島がまた耳をすまして、艦長室の二人の様子を想像してニヤついている。山崎もしたり顔で笑いが止まらないようだ。

 そして…… 真田が苦笑しながら、艦長室への通信回路を開いた。

 「艦長! おめでとう!! だが、そろそろ全艦放送を切ったほうがいいぞ。それ以上は、独り者には刺激が強すぎる」



 キスを繰り返しながら、見詰め合う二人に、突然真田の声が耳に入って来た。

 「な、なんだってぇ!!」

 進は慌てて通信ボタンを見ると、さっき全艦放送にしたままオンになっていた。慌てて、そのスイッチを切ったが……当然後の祭だった。

 「みんな、聞いてたの? 今の……?」

 「そうみたいだ……」

 二人の顔が蒼白になった時、艦長室の外が騒がしくなったかと思うと、ドアが開いて、新人達を中心にした面々が転がりこんできた。

 「か、艦長!…… あ、あの…… おめでとうございます!」

 「班長! おめでとうございま〜す!」

 土門、雷電、坂東…… どどっとなだれこんだ者たちは、口々に祝いの言葉を言うと真っ赤な顔になって突っ立っていた。

 「お前たち! 今の話全部聞いてたのかーーーーー!?」



 進がガバッと起きあがると、そこはいつもの静寂な宇宙の中だった。周りには、雪も新人達もいない。進はいつもの艦長室のベッドにいた。

 「夢……だったのか…… なんてリアルな夢だったんだろう。地球が救われて雪にプロポーズする夢だなんて…… 俺の願望がそのまま夢になったようなものだな。夢の中でしか言えない……今の俺の気持ち……
 だが、新しい地球を見つけるんじゃなくて、太陽を制御するだなんて…… そんなことが可能なんだろうか?」

 進は、起きあがって着替えながら、時計を見た。地球標準時2203年12月25日、AM6:00…… 時計はその日時を指していた。不思議な夢のことを考えると、なんとなく笑みがもれた。
 進は今はヤマトの艦長として、ヤマトの指揮をとることだけを考えるようにしていた。雪への気持ちは決して表には出さない…… それは出発の時に自分に課し、雪にも宣言したことだった。
 だが、心の奥にある彼女への思いは常に燃えつづけている。全くそれが色あせることなく…… 今日の夢でそれを思い知らされた。

 (夢の中だけなら、許されるかな……)

 進が自分の夢を自分に納得させていると、トントンとノックする音がして、雪の声がした。

 「艦長、森雪です。入ってもよろしいですか?」

 「どうぞ……」

 進は。夢と同じだな、と苦笑した。ただ、第二の地球はまだ見つかっていない……

 「艦長、来月の食料状況の予定表です。今のところ、出発時に余裕を持って食材を入れてますので、1月も特に問題ないかと…… 変わったところでは、お正月にはお雑煮を出すことくらいでしょうか」

 雪が仕事の話を始めて、やっと進はこれは夢じゃないんだ、とはっきりと認識した。

 「うん、わかった。いいと思うけど、一応後で目を通してから返事するよ…… でも早いね、雪は」

 「昨日の夜、出来たものだから…… それに……」

 雪がそこで言葉を止めて、ほんのり頬を染めた。

 「早朝だと古代君は艦長室にいるでしょう?」

 だって、艦長室にいる古代君は少しだけやさしいんだもの…… 雪は心の中でそんな風に思っていた。

 『艦長』でなく『古代君』と呼べるのも雪にはうれしかった。みんなの前ではあくまでも『艦長』としか呼べないから……

 「ん? それが?」

 「あは……なんでもないわ…… でも、古代君?」

 雪は自分の報告に答えながら、進がすがすがしげに笑っているので、不思議に思って尋ねた。

 「ん?」

 「なんだか、とっても機嫌がよさそうね」

 「ああ、いい夢を見たんだ。ちょっと失敗もあったけど……」

 夢のことを思い出しながら、進はまた雪に笑顔を見せた。

 「そうなの? よかったわね、どんな夢だったの?」

 あまりにもうれしそうなので、思わず雪はその夢のことを聞きたくなった。

 「それは…… 内緒だよ。夢は人に話すと正夢にならないっていうから……」

 (地球が救われた夢だって言うのはいいけど、雪にプロポーズしたなんて、とても今は言えない…… それに、いつか本当に正夢になるのなら、どんなにいいか)

 進は心の中でつぶやいた。

 「まあ…… うふふ…… わかりました。正夢になったら教えてね! でも……一つだけ、その夢には私はいた?」

 「いたよ。雪…… あっそれから、メリークリスマス」

 「メリークリスマス…… 今日1日が良い日になりますように」

 雪はニッコリ笑ってそう答えると、艦長室を後にした。

 (古代君の笑顔、最近になくとても爽やかだったわ。メリークリスマスって自分から言うなんて…… ほんとにいい夢見たのね。第二の地球が見つかる夢だったのかしら? 私とデートした夢だったらいいんだけど。まさかね。
 でも…… 私もいい夢を見たのよ。私が、古代君にプロポーズされた夢見たって言ったら、古代艦長には叱られちゃうかもね?)

 雪の夢では進はどんなプロポーズをしたのか? それは雪にしかわからない…… それは雪の夢だから…… でも……二人はそれぞれに小さな幸せを感じていた。

 2203年のクリスマス・イブ…… どんなに深く愛し合っていても、お互いの愛情を相手に伝えることができない恋人達への、サンタクロースからのささやかなプレゼント。

 それは……クリスマス・イブの一夜の夢…… クリスマス・ドリーム。

−お わ り−

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(イラスト素材:Queen’s Free World)