3年後のクリスマスツリー〜“戦士の休日”その後〜



 深夜のヤマトの食堂で飾られたクリスマスツリー。役目を終えて静かに箱に収められ、それから3年の月日が経った……

 12月も半ば過ぎ。クリスマスまであと1週間足らずと迫ったある日の朝――正確にはお昼前といったほうがいいのだが――のことだった。
 古代進と森雪が暮らすこの部屋はまだ静かな寝息だけが聞こえていた。

 ベッドで素肌のままぴったりとくっついて眠っているアツアツラブラブ同棲カップルは、数々の試練を乗り越えて、まもなく晴れて結婚式をあげることになっていた。

 数日前地球に帰還した進は、昨日まで休みが取れないまま、地上で仕事に追いまわされていた。そして今日、やっと雪と二人揃っての休日が取れた。
 この休暇の後、進は地上での出航準備を済ませ、再びクリスマスの日に出航することになっている。それが結婚式前の最後の航海となる予定だ。

 ということで、休暇第一日目の今日は、一日中何もせず、ゆっくりと家で過ごすことに決めていた。
 早朝明るい日差しに一旦目が覚めたものの、どちらからともなく手を伸ばし、朝陽の中、ベッドの上でひとしきりいい汗をかいた。もちろん、ベッドの上でマラソンをしたわけでは決してないことはよくおわかりだろう。
 その後再び睡魔に襲われ、心地よい二度寝と相成ったわけだ。

 そして……先に目を覚ました雪が、ぼーっとベッドサイドのカレンダーを眺めてから、いきなりニッコリとした。それから、もう一度愛する彼の胸の中にもぐり込んで……

 「ね〜え、進さん。ツリー飾らなぁい?」

 進の方はまだ、ぬくぬくのベッドの中でうつらうつらしている。雪は、その愛する人の胸を、人差し指でツーッとなぞりながら、ちょっぴり甘え口調で言った。

 「ん……? つり〜? 釣りに行きたいって?」

 と、まだ寝ぼけまなこの進が、隣の彼女をぐいっと引き寄せて抱きしめた。ついでに、無意識に?手が胸元へと伸びていって……寝ぼけていても、男としては抜かりない。

 「あん、もうっ! なに寝ぼけてるのよっ!」

 ペチンとホッペを叩かれて、進はやっと目を覚ました。

 「あ? ああ?」

 進は痛い頬をさすりつつ、愛する彼女の顔を見た。すると雪がむっくり起き上がって、進の上に乗りかかるようにして顔を近づけた。

 「だぁかぁらっ、ツリー! ク・リ・ス・マ・ス・ツリーよっ!」

 「あ、ああ…… そのツリーか。ふぁ〜〜〜〜」

 進は両手を大きく上げ馬鹿でかいあくびをしてから、雪を抱き起こすようにして、上半身だけ起き上がった。当然目の前には、キラキラ目を輝かしている雪の顔がある。
 が……目線の方がもっと下のほうに伸びてしまうのは、男の性(さが)というものだろうか。

 白く艶やかな首筋から鎖骨へ、そして白桃のような淡い桃色の頂きを持つ二つの膨らみへと、男の視線が下りていく。窓から入る日の光が、彼女の白い肌を一層美しく輝かせていた。
 進は思わずごくりとつばを飲んだ。さっき触れて掴んでたっぷり味わったはずなのに、もうそれを求めて心が踊り始めている。

 俺がこんな風になるのは、何も着ていない彼女の方が悪いのだ、と進は都合良く思いながらも、さらにその肌に視線を這わせた。
 だが、寝るときにも何も着せないのは、誰のせいなのか、わかってるのかなぁ? 進君!

 そんな進の妖しい視線を感じた雪は、「もうやぁねっ!」と言いながら、今度は進の胸をペチリと叩いてくるりと背を向けてしまった。

 (あっ……)

 今にも手を伸ばしそうになっていた進が、声にならない声をあげたことなど、まったく気がつかないように、雪は後ろを向いたまま衣類をつけ始めた。

 あっさりとふられてしまった進君。着替えを済ませた雪が、寝室から出て行くまで、じっとその後ろ姿をぼんやりと眺めていたが、逃げられてしまってはどうしようもない。
 ふうっと一息つくと、「しゃあないな……」と衣服を着始めた。

 本当はまだまだずっとベッドにいたかったというのが、進の偽らざる心境であり、今日の野望?であったのだが……
 が、それでも諦めて起き出したのは、雪が言い出したら聞かない性格だということを痛いほど良く知っているし、彼自身、腹の虫なるものがそろそろ鳴き出しているという、切羽詰った?状況があったからだった。

 進がのそのそと起きてリビングに行ってみると、雪は既に細長い箱を取り出してきていた。

 「それがツリー?」

 (すばやいなぁ、雪は…… まったく言い出したらあっという間なんだからな)

 と、進が呆れ半分で尋ねると、雪はこっくりと頷いた。

 「ええ、そう。昔ながらの手で一つ一つ飾るタイプのよ」

 「ふうん……」

 腹の虫に迫られて朝ごはんは?と聞きたいのを、ぐっと我慢して――今言い出せば、絶対に「ご自分でどうぞ」って言われるに違いない――進はしばらく、雪のすることをじっと眺めていた。

 雪は嬉々として作業をしている。まず、箱からもみの木らしきものや飾り、ライトなどを取り出し、それらをリビングの端にある小さなテーブルの上に置いた。気分は既にクリスマスなのか、ジングルベルのメロディを口ずさみ始めた。

 (そう言やあ、こんなシーン見たことがあったよな〜)

 進は、あの時のことを思い出した。

 「あのさ、そのツリーってもしかして……?」

 「えっ? なぁに?」

 雪がくるっと振り返って、答えを期待するかのように、進をじっと見つめた。

 「3年前にヤマトで飾ってた……あれかい?」

 すると雪の顔がパア〜ッと明るくなった。

 「あら、古代君、覚えていてくれてたの!?」

 「そりゃあ、覚えているさ」

 「うふふ、そうよ。あのクリスマスツリーよ」

 雪は再びツリーのほうを向いて点滅ライトを取り付けながら、3年前の出来事を思い出すようにツリーを見上げた。

 「そうか…… あの時、来年こそは家で飾ろうって思ってたのにな。あれから3年か…… 雪、あのツリーをちゃんと取ってあったんだ」

 後姿を優しく見つながらの言葉に、雪はゆっくりと進を振り返った。

 「ええ…… 一昨年(おととし)のクリスマス前だったわ。私の住んでたマンションも被害を受けて、荷物は実家に送ったまま古代君ちに転がり込んじゃったでしょう。その時、このツリーも他の荷物と一緒に実家に送って、そのままになっていたのよ。この間それを思い出して、実家から持ってきたの」

 「そうだったんだ……」

 進は雪の言葉に頷きながら、昨年、一昨年のことを思い浮かべた。
 昨年は、太陽の異常増進のため第二の地球探しの真っ只中だったし、その前の年は、暗黒星団帝国との戦いのため、二人は離れ離れのクリスマスを過ごしたのだ。
 まだ記憶に新しくもあり、一方で遠い過去のような気もする。

 クリスマスをただ静かに過ごすという他愛もない行事ですら、二人にとって許されなかったのだ。
 そして今年……二人はやっと静かなクリスマスを迎えようとしていた。

 「うふふ、初めてね。私達、おうちで二人っきりのクリスマス迎えられるのは……」

 「ああ、そうだな。次の航海はクリスマスの日の午後の出発だから、とりあえずクリスマスの朝はうちで迎えられるな」

 「ええ」

 雪が目を細めて微笑んだ。と、進は雪と約束していたことを思い出した。

 「あっ、それじゃあ約束だったレストランの食事っての、今からでも間に合うかな? どこがいいんだい? 君の好きなところ予約しておくぞ」

 進の申し出に、雪は少し驚いたように目を大きく開けてから、再び柔らかに微笑んだ。それから、進の予想に反して、小さく首を左右に振った。

 「…………ううん」

 「どうして? そういう約束だったんじゃないのか?」

 恋人達のクリスマスの過ごし方としては、最もポピュラーなパターンである。かつて雪も憧れていたはずだったのだが……

 「でも、どこにも行きたくないの。あなたと二人きりで過ごしたいわ……」

 雪は、少しうつむいたまま、上目遣いで真剣な眼差しを進に向けた。

 (うわっ……)

 そんなセリフとともに見つめられては、進は一気に降参だ。胸一杯に愛しさが広がり、体一杯に彼女を求めて、進の胸はキュンと締め付けらた。

 「雪……」

 思わず手が伸びて、雪を引き寄せた。力いっぱい胸に抱きしめると、彼女の髪から甘い香りが漂ってくる。

 「あ、古代君ったら……だめよ」

 雪は顔を上げると、そんなかわいらしい抗議をする。その言葉を発するかわいらしい唇を、進は一気に奪った。
 雪も抗うこともなく、求められるまま、唇を僅かに開いて彼を受け入れた。

 それに気を良くした進は、さらに行動を起こした。彼の片手が、彼女の背中をなぞり、前へと周る。そして今着たばかりのトレーナーの裾から、温かい素肌を求めて侵入しようとした。
 愛しい彼女をこのまま押し倒して、朝飯前に?おいしくいただこうというわけだ。

 が、進の野望?もそこまでだった。そこで手首をぐいっと捕まれ押し戻されてしまったのだ。さらに寄せていた唇も、逸らされてしまった。

 「もうっ、だめよ、古代君! 今、ツリーを飾るところなんだからぁ!」

 両手で胸を力いっぱい押されて引き離された進は、「ちぇっ」と口を尖らせた。

 ふてくされる進を見て、雪はくすっと笑ってから、再びツリーに向かい始めた。
 その姿を見ながら、進は今更ながらに、雪のその性格を思い出していた。

 (言い出したらきかないんだったよな……)

 とりあえずはツリーを完成させること。これがなされない限り、進の野望は達成されそうになかった。

 「へいへい、ツリーでしたねっ! 手伝わせていただきますよ〜」

 諦めた進が、ツリーの飾りの一つを手に持ったとき、お腹がグーと大きな音をたてた。その音のあまりにもの大きいことと言ったら……
 雪は目をぱちくりさせて進の顔を見てから、プッと吹き出した。進もお腹をすかせてベッドからでたことを思い出して、手で腹を抑えた。

 「あ〜〜 腹減った……」

 「まあっ! やだ、あはは…… 進さんったら、あの時と同じじゃないの。そう言えばこんな時間だものね、お腹すくわよねぇ」

 雪は時計を見て、くすくす笑いながら立ち上がった。

 「朝ごはん、っていうかブランチね。なにか作ってくるから、それまで進さんツリーの飾り付けしててくれる?」

 「りょお〜〜かい!」

 台所に向かう雪を笑顔で見送りながら思う。

 (俺達3年前とおなじことしてるよな……)

 あの頃のことを思い出しながら、進はツリーの飾り付けを始めた。

 雪の方も、食事の仕度をしながら、台所のカウンター越しに、ツリーを飾る進の後姿を眺めていた。

 (あの時、真夜中のヤマトの食堂で、ほんのちょっぴり二人きりの気分を味わったんだったわ。でも今日は……)

 今日は、本当に二人の部屋で二人きりで過ごしながら、彼はツリーを飾りつけ、そして自分は食事の仕度をしている。

 (本当に、あの日夢見た通り…… 本当に……夢じゃないのよね? 古代君)

 進の背中を見つめる瞳が僅かに潤む。

 (あれからもずっと辛い思いをしてきたけれど、これから……きっと二人で幸せになれるわよね?)

 そう思うと、雪の心は幸せできゅうんと締め付けられた。すると、雪の視線を感じたのか、進が振り返った。

 「お〜い、雪。飯はまだかい? 腹減ったよ、俺」

 お腹を抑えておどけた顔をする進に、雪ははっと我に帰って、止まっていた手を動かし始めた。

 「あっ、ごめんなさ〜い! もうちょっと待って、大至急作るから!」

 雪が自分を見つめていたことに気付いた進が、面白そうにニヤリと笑ってウインクをした。

 「さては、俺に見惚れてたんだなぁ?」

 「まあっ、しょってる〜〜〜 うふふ……」

 「ははは……」

 進の笑い声を聞きながら、雪も笑う。そして……こんな些細なことが、なによりも増して幸せだと思う二人だった。

 それから慌てて仕度を済ませた雪は、二人分のブランチをトレイに乗せて、リビングに運んできた。
 進は既にツリーの飾り付けを終えていた。

 「わぁ〜 出来あがったのね。今日は、ツリーの前で食べましょう」

 「おおっ、サンキュッ!」

 雪は、リビングの小さなテーブルの上に作ってきた料理を並べた。
 分厚いトーストが数枚と、野菜サラダ、ソテーしたこれまた分厚いハムが数枚、それからコーンスープに、ポットにはミルクたっぷりのカフェオレだ。

 進は並べられた食事を嬉しそうに眺めてから、雪をちらりと見た。

 「今日は、クラムチャウダーにココアじゃないんだな」

 進の瞳が、いたずらっぽく光る。つまりそれは、メニューに文句をつけているんじゃないぞ、と言いたいわけだ。

 「それも覚えてくてたのね?」

 雪も嬉しそうにニッコリ笑う。

 「ん、まあね……」

 「うふふ、嬉しいわ…… ありがと」

 雪から進へ、彼の頬に感謝のキスをチュッ! てへへ……照れ笑いする進も幸せそう。

 「さあ、食べましょう!」

 「いただきま〜〜す!」

 ニコニコ顔の雪の号令で、食事が始まった。いつもながら進は、雪もあきれるほどの食欲である。
 ほっぺ一杯膨らませてパンやハムを頬張る進の姿を、雪は嬉しそうに眺めた。
 二人で向きあっての食事は、どんなメニューであっても、いつもとても美味しい。

 そしてあっという間に、皿の上のものはきれいに片付いてしまった。

 「あ〜、腹一杯! 満腹、満腹!」

 満足そうな進。食欲は十分に満たされたようだ。さてお次は……?

 カフェオレのカップだけを残して、二人で食事の片付け終えると、雪がさっそく提案した。

 「ツリーのライト着けてみましょうよ」

 「そうだな……」

 進がどっかりと座ったソファーの真前に、ツリーは飾られている。そのツリーに、雪がライトをつけた。七色の光りが順々にチカチカと光り始めた。
 だが……今は昼日なか、明るい日中の日差しが部屋にも入ってきている。なので、あの時見たほどのキラキラとした美しさはなかった。

 「まだお昼だからだめね……」

 ちょっぴり残念そうな雪を見て、進が提案した。

 「窓のブラインド閉めてみるかい?」

 「あっそうね! お願い!」

 進は頷くと立ち上がって、外に面した窓という窓の全てのブラインドをしっかりと閉めた。
 すると……思った以上に部屋の中は暗くなった。薄暗くなった部屋で、クリスマスツリーのライトは、輝きを増して美しくきらめき始めた。

 「わぁ〜 いいわっ!」

 雪が手を叩いて喜ぶ。そんな無邪気な笑顔が、なによりもかわいらしいと進は思った。
 二人はソファーに並んで座って、カフェオレを飲みながら、そのツリーをただ静かに眺めた。

 「はぁ〜、なんだかとっても幸せだわ」

 雪は幸せそうなため息をつきながら、進の方に体を寄せた。進も雪の肩にそっと手を置くと、さらにその体を自分のほうに近寄せた。
 それから、カップに入っていたカフェオレを一気に飲み干すと、雪にもそれを促した。そして、雪が飲み干したのを見て、そのカップも雪の手から取ってテーブル置いた。
 コトン……と小さな音が一つ響く。

 それから、彼女の体を自分のほうに向けて、あごの下に手を添え、くいっと持ち上げた。
 そして……甘く柔らかな唇を丹念に味わった。さらに濃密な音を立てて甘い甘いキスが続く…… いつまでもいつまでも……

 「あの時と同じね……」

 しばらくしてやっと唇を離した雪が、うっとりとした顔でそうつぶやいた。すると、進は今度は彼女の首筋に唇を這わせ始めた。

 「あの時は、これ以上できなかったけど……」

 進は雪の耳元でそう呟くと、上から押し倒すように、ソファーに彼女の体を横たえた。

 「今日はこのままじゃ終わらないぞ……」

 その言葉を合図に、雪への愛撫が始まる。
 唇が喉もとから胸へと這わせられ、手はウエストからトレーナーの下にもぐり込み、柔らかな膨らみを目指した。

 「あぁ……だめよ、まだお昼だし……」

 雪が僅かに抵抗を試みる。だが、進の執拗な愛撫は今度は止まらない。

 「あんっ、さっきまでベッドにいたじゃ……んふっ……」

 雪の抗議の声は、ただのポーズに過ぎない。なぜなら、言葉に反して、その声は甘く誘うようで、その体は……愛する人に向いて開いているのだから。

 進はもう止まらない。雪を万歳させるようにして、トレーナーを剥ぎ取るのに成功すると、後は手馴れた作業で次々に衣を取り去っていった。

 薄暗い部屋に白く輝く肌のあちらこちらに、ツリーから放たれる七色の光りが、艶かしく映る。

 「ここにもクリスマスツリーがあるみたいだな……」

 そう呟くと、進はそのツリーの端から端まで丹念に口付けていった。

 外は明るい日差しのある冬の昼下がり。だが、そんな日に、ブラインドを締め切った部屋の中で、甘い吐息と淫靡な音だけが響いていた。



 その日一日部屋で過ごした二人は、十分にその休暇を満喫した。

 こうして、古代進の野望???は見事達成されたのだった……

おしまい

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