やどりぎの下で










 ジングルベ〜ル、ジングルベ〜ル、鈴が〜鳴る〜

 クリスマスの歌が、巷にも流れ出す12月の半ば過ぎの休日。今年も古代家では、クリスマスの飾り付けが始まっていた。

 居間には2人の小さな男の子達が、クリスマスツリーに飾り付けをしている。

 2人の名は、守と航。今年で6歳と4歳になるいたずら盛り元気盛りだ。

 さっきまで一緒に飾り付けをしていたパパは、お昼寝から覚めたらしい末っ子娘の様子を見に、部屋を離れていた。

 末っ子の愛は、ただいまかわいい盛りの2歳。もちろん、パパが、愛娘にめちゃくちゃにメロメロであることは言うまでもない。

 それから、居間の外のドアのところにも1人。こちらもパパのご自慢、美人の雪ママだ。
 ママもドアに何か綺麗な飾りをつけているようだ。クリスマスソングなどを口ずさみながら飾っているところを見ると、ママのご機嫌もすこぶるいいようだ。

 「ねぇ、お兄ちゃん。ママ、今日も楽しそうだね」

 「そりゃあ、お父さんがいるからに決まってんだろ?」

 航の問いに、守がニヤリ。さすがは古代家の長男、ご家庭の事情?をよくわかっている!

 「そっか! 僕も楽しいもんね」

 航もにっこりと笑った。

 確かに、パパが帰宅すると子供達もママもウキウキになる。なんたって、短くても2週間、長いときは一月近く宇宙の海を旅しているパパなのだ。
 家族みんながそろうのは、嬉しいに決まっている。



 そんなこんなで、ママのクリスマスソングを耳にしながら、それぞれの作業を進め、ほどなく完了した。

 「さぁて、やどりぎはこれでいいわね。ねぇ、まもるぅ〜 クリスマスツリーの飾りつけは終わったぁ〜?」

 ドアの向うからのママの声に、二人の男の子は元気良く答えた。

 「う〜ん、できたよ〜〜〜!!!」

 パパが立ち去った後、まだ少し残っていたツリーの飾りを、あーでもない、こーでもないと、大騒ぎで飾っていたが、ママの作業が終わる頃を同じくして、残りの飾りつけを終えたようだ。

 そこに、さっきまで子供部屋で寝ていた愛を抱いたパパが戻ってきた。

 「ほぉら、愛、お兄ちゃんたちが作ったツリー見てごらん?」

 小さな娘を抱きしめてニコニコ顔のパパは、とっても嬉しそうだ。目尻がほら、あんなに下がっている!

 「うわぁ〜 きれ〜〜い!」

 愛は、そう声を上げると、パパの腕からするんと抜け降りて、ツリーの方へとことこと駆け寄っていった。それから、お兄ちゃんたちの飾ったツリーをくりくりとしたかわいらしいお目目を輝かせ、眩しそうに見上げた。

 星やリンゴ、それからサンタさんに、お菓子のお家、etc…… そのどれもが、愛にとっては珍しくてかわいらしい。

 となると、小さな子の手は自然とそれらの飾りに伸びていく。

 「きれいだね〜 かわいいねぇ〜」

 愛がその小さな手をツリーに伸ばして、一番下にあったサンタの飾りに触れようとしたとたん、

 「愛っ!触っちゃダメ〜〜!!!!」

 と、航の大きな声が響き渡った。

 突然の大声にびっくりした愛、ビクンと手を止めると同時に、睨みを利かせる航の顔をチラッと見たかと思うと、うわ〜〜〜んと大きな声で泣き出してしまった。

 「こら、航! そんな大きな声で怒るもんじゃないぞ。愛がかわいそうじゃないか」

 パパが慌てて愛に駆け寄ると、航にめっ、をした。

 「だって、お父さんもお母さんも、飾ったツリーは触っちゃダメだっていっつもいうじゃないかぁ〜」

 と言い訳するも、愛の泣き声は止まらない。

 「うわ〜〜〜ん、あ〜〜〜ん」

 その声に、ママもやってきた。目に映ったのは、大泣きしている愛と、その前でよしよししながらあやしているパパ。ぷいと口を尖らせている航に、あきれてため息をついているマセガキ?守兄ちゃん。

 「あらぁ、愛ちゃん、どうしたの? なぁに泣いてるの?」

 「うわぁ〜〜〜ん」

 泣きやまない…… すると、守が説明をした。

 「航がねぇ〜 大きな声で愛を叱ったんだよ。愛がツリーの飾りを触ろうとしたから……」

 「あらまぁ……」

 ママが困った顔で航を見ると、航は自分がまた非難されたと思ったのか、半べそをかき始めた。

 「だって、ツリーの触りを触ろうとした愛が悪いんだもん! 僕はそれをダメって言っただけで…… ううっ、僕は……うう……ちっとも悪くないもん! うう、えっえっえっ……え〜〜〜〜ん」

 ちょっぴり泣き虫坊主の航君である。パパとママに困った顔をされてとうとう自分まで泣き出してしまった。

 「おいおい、航、お前まで泣きだすことないだろう?」

 困ったパパが、2人の頭を両手でなでなでするものの……

 「うわぁ〜〜〜ん」

 「え〜〜ん」

 とても泣きやみそうにない二人である。それを見たママは、仕方ないわねといった感じに、苦笑いをした。

 「うふふ、もう仕方ないわねえ。航、愛ちゃん、こっちきて見てごらんなさい。ママねぇ、ドアにとってもかわいらしい飾りを飾ったのよ」

 ママは腰を落とすと、二人の前でそう言った。ツリーとはまた違った飾りがあると聞いて、大声を上げて泣いていた2人の泣き声が、少し小さくなった。

 「えっく、えっく、かざり? えっく……」

 「ええ、いらっしゃい」

 2人が興味を示すと、雪は二人の手を引いて、ドアの方へと連れて行った。進パパと守も後に続く。

 居間から出て、外からドアを見ると、白い実と赤いリボンに飾られた緑の葉っぱが吊るされていた。

 「ほら、かわいいでしょ?」

 雪が2人に指を差して示してやると、2人は……さっきまで泣いてたのが嘘のように笑顔になった。

 「うわぁ! かわいい!!」

 「かわい〜〜♪ 白い実と赤いおリボン、かわいいね〜〜」

 目に涙を一杯浮かべたままで、ニッコリ笑顔に大変身だ。

 「これは? クリスマスリース?」

 守が見上げながら尋ねると、

 「丸いのがリースっていうんだけど、これはやどりぎっていうのよ。これもクリスマスには付き物の飾りなの。この間ね、お店で見かけて買ったの」

 「やどりぎ?」

 初めて聞く言葉に、守が尋ね返すと、ママはさらに説明を付け加えた。

 「そうよ。このやどりぎにはね、魔除けの意味があるんですって」

 「ふうん……」

 感心したように、守はやどりぎを見上げた。するとママは、今度はパパの方に向って、意味深に微笑んだ。

 「それにね、知ってるぅ? やどりぎの下にいる人にはね〜 キスしてもいいんですって!」

 「キス?」

 パパが聞きなおすと、ママはうふんと色っぽくシナを作った。

 「チュッってしていいのぉ?」

 航が嬉しそうに尋ねると、ママはニッコリと微笑んだ。

 「ええ、そうよ。この飾りの下にいる人には、チュッてしても許されるんですって」

 そして再びパパに流し目を送った……

 が、パパの反応は微妙に違った。我が意を得たりと、なにやら嬉しそうな顔つきになったが、そのまま目の前のママにチュッとするのではなくて……

 「おお、そっか、そっか。あいぃ〜こっちむいて」

 と、かがんで娘を自分の方へ向かせると、いきなりその小さな唇を自分の唇でつっついたのだ。

 チュッ

 一瞬の出来事に、ちょっぴり面食らっていた愛だったが、大好きなパパのチュッに、思わずニッコリ満面の笑みを浮かべた。

 「パパ、チュッ!!」

 その笑顔を見て、パパもガッツポーズ。

 「よぉっしゃ〜〜! 愛のファーストキスは俺のものだ!!」

 それを見て、微妙に面白くないのは、我らが美人ママ。

 「ねぇ、それってちょっと違うと思うけどぉ〜 でもパパったらずるいわ!! 娘にだけして、愛する奥さんにはチュッってしてくれないの?」

 さっきからのママのチュッしよう光線にはとうとう気付かなかったパパに、ママは少々おカンムリなのだ。

 「えっ!? あ、あはは……ははは……」

 都合の悪くなったパパが笑ってごまかしていると、ここぞとばかり航がしゃしゃり出てきた。

 「僕がチュ〜してあげるぅ〜〜!!」

 「あらん?」

 その言葉に、今度はママのほうがニンマリ。腰をかがめると、航が突き出してきた唇が、ママの唇にちょんとあたった。

 チュッ

 「あっ、こらっ、航!!」

 「ありがと、航。うふふ……」

 今度は立場が逆転、こちらも微妙にヤキモチ気味のパパと嬉しそうなママがおりましたとさ。

 そんな親子を一人呆れ顔で見ているのが、守君。それに気付いたママが、

 「守もする?」

 と尋ねたが、

 「遠慮しとくよ、僕は〜〜」

 と、居間のほうへ戻って行ってしまったのだった。相変わらずクールなタフガイ!?である。

 こうしてすっかりご機嫌が治った航と愛も、嬉しそうに居間へと駆け込んでいった。

 そんな子供達の後姿を見送ってから、パパはママの方を振り返ると、

 チュッ、チュッ、チュッ!

 ママは、うふふ、と嬉しそうに笑い声を上げた。



 そんな古代家に、お客様がやってきた。パパの元同僚の奥様で、ママの同僚でもある、そう相原家の晶子奥様が、子供達をつれて遊びにやってきたのだ。

 まずは、玄関で雪が出迎えた。

 「いらっしゃ〜い。さぁ、どうぞ上がって!」

 「こんにちは……」

 「こんにちは!!」

 母親の隣で元気に挨拶をしたのは、晶子の長男進一郎だ。
今年で5歳になる。
 こちらも元気一杯、いたずら盛りの男の子だ。古代家のお兄ちゃんたち2人とは、まるで兄弟のように仲が良い。

 進一郎の声を聞きつけたのか、すぐに守と航が玄関に駆けつけてきた。

 「あ〜 シン!!来たのか! 一緒にあそぼ〜〜!」

 「うん!」

 あっという間に3人は、部屋の方へと駆け込んでいった。玄関には、出迎えた雪とやってきた晶子。そして、晶子の手を握っているのが、愛よりも1つ年上の3歳になった、進一郎の妹千晶だ。

 「まあ、千晶ちゃん、しばらく見ないうちに、大きくなったわね〜」

 そんな会話をしながら、居間に案内すると、進と愛も晶子達を待っていた。

 「やあ、いらっしゃい」

 「あ、ち〜ちゃん!」

 「すみません、進一郎ったら、もう勝手に入っちゃったでしょう?」

 「あはは…… いいんですよ。シンは俺たちにとっても息子みたいなもんですからね!」

 恐縮する晶子に、進は笑顔で答えた。お互い頻繁に行き来する古代家と相原家、子供達にとってもどちらも我が家と変わらないらしい。

 そして愛も、姉妹同様仲良しさんの来訪に、にこにこしながら千晶を迎え入れた。

 「ち〜ちゃん、あそぼ」

 愛が誘うと、千晶も「うん!」とニッコリしながら、愛と一緒におもちゃの方へと歩き出した。

 千晶は、母親に似て静かで大人しく、どちらかというと恥ずかしがりやなタイプ。逆に愛は、こちらも母親に似て、2歳にしてすっかりオマセな女の子。

 となると、最近は、年下なのに愛のほうが遊びの主導権を握っているようだ。おもちゃを手渡す愛の仕草なども、1つ年上の千晶に対して、なんとなくおねえちゃん気分でいるらしい。

 とにもかくにも、と〜〜っても仲の良い5人なのだ。

 それから、子供部屋から居間まで飛び回って、仲良く激しく?遊ぶお兄ちゃんたちと、居間でおもちゃを広げ、おままごとやお人形さん遊びをする愛と千晶。

 5人の子供達を見守りながら、大人たちは楽しく雑談するのだった。

 そんな親たちの話題は子供達のこと、そして、今日はいない相原が話のネタにされたことは言うまでもない。相原君、きっとくしゃみしっぱなしだったに違いない!(笑)



 しばらくして、あっという間に時が過ぎ、晶子達が帰ることになった。

 雪と進、愛、そして晶子と千晶が玄関に出て来ても、進一郎がやってこない。まだまだ守たちと遊ぶのに夢中らしい。

 「進一郎、もう帰るわよ。いらっしゃ〜い!」

 何度か呼ぶうちに、やっと返事が返ってきた。

 「はぁ〜〜〜〜い」

 進一郎がようやく居間のドアを開けた。それから外にでてドアを閉めると、ふとそのドアを見上げた。

 「あっ、ここにもクリスマスの飾りがある!!」

 そこに飾ってあったやどりぎに気付いたのだ。晶子達が来る直前に雪が飾ったものだ。

 「あら、シン君、来た時に気付かなかったの? そうなのよ、それはやどりぎって言ってね〜」

 と雪が説明し始めると、何を思ったのか、愛がたたたっと進一郎のそばに駆け寄った。そしておもむろに、進一郎の顔に自分の顔を唇を突き出しながら、思いっきり近づけたのだ。

 チュッ!!

 見事、愛の唇は、進一郎の唇に命中?したのである!!

 「あっ……?」

 びっくりした進一郎は、思わず目をぱちくり。一方の愛は、嬉しそうにニコニコと笑っている。

 「あのね、シンちゃん、やどりぎの下のちゅ〜したのぉ〜〜〜」

 「うふふ…… そうなのよ、シン君。クリスマスのやどりぎの下にいる人には、チュッてしてもいいことになってるのよ」

 雪が説明してやると、シンはわかったようなわかってないような曖昧な返事をした。

 「う、うん……」

 「まあっ、愛ちゃんは、おませさんねぇ〜 ふふふ……」

 晶子が笑いながらそういうと、愛はまた嬉しそうにくすくすと笑い出した。それにつられてシンもなんとなく笑い出した。

 後から居間から出てきた守と航は、何があったのかよくわからないまま、シンと愛の姿を不思議そうに見ていた。

 が、ここで、一人忘れていた人物が……

 「あっ、あっ、あっ……」

 声にならない声を上げ、シンを指差している一人の男性は……

 「どうしたの? 進さん?」

 雪が進の顔を不審げに見ると、

 「愛が……愛が……」

 「えっ?」

 ここでやっと雪も合点がいった。

 「あっ、やだ、パパったらショック受けてるわ。あはは……」

 雪が大きな声で笑い出した。

 子供の他愛ない戯言と言えばそれまでだが、愛娘愛ちゃんが、たとえ相手が5歳のガキとはいえ、自分以外の男とキスするところを目のあたりに見てしまったのに、大きなショックを受けているのだ。
 そんな親バカ?パパの反応振りが、雪には、なんともおかしくってたまらなかった。

 「えっ? あ、あら、ごめんなさいね。もしかして、大事な娘さんのファーストキスだったのかしら?」

 そんな2人の様子に、やっと事情を飲み込んだ晶子も、苦笑まじりに申し訳なさそうに謝った。

 「うふふ、いいのよ。ファーストキスなら、さっき、愛と同じやどりぎ作戦で、パパがもらっちゃったそうだから!」

 「あら、そうだったの。うふふ……」

 晶子が進の顔を見て、さもおかしそうに笑い出したので、進は少々居心地が悪そうな困った顔をした。

 「あっ、相原には言うなよ」

 あいつに知られたら、それこそヤマトの仲間たちにあっという間に広まってしまうからな、と小さな声で付け加える進の話に、晶子は頷いた。

 「ふふふ、わかりました!古代さん。それじゃあ雪さん、おじゃましました」

 晶子は、挨拶をすませると、もう一度進一郎を呼んだ。

 「ほら、シン、帰るわよ」

 「う、うん…… じゃあ、ばいばい! 守兄、航、愛ちゃん!!」

 「ばいば〜〜〜い!!」

 手を振る進一郎と千晶に、3人の子供達はニコニコ顔で手を振った。

 晶子達が帰ると、古代家の家族達は居間に戻った。子供達は3人して子供部屋に駆け込んで、またまたなんだかんだと遊び始めた。
 が、進の方は、まださっきのショックから立ち直っていないらしい。なんとも言えない複雑な表情を浮かべながら、居間のソファにすとんと座った。後からついてきて隣に座った雪が尋ねた。

 「パパ、どうしたの? 大丈夫?」

 「う…… 進一郎のやつぅ〜〜!」

 やっぱり……と思いながらも、雪は笑いがこみ上げてくるのを必死に堪えながら、慰めの言葉を探した。

 「だって、シン君のせいじゃないわよ、愛が勝手にしちゃったんだもの。さっき聞いたこと覚えてたのね、うふふ」

 「むぅっ……」

 確かに行動したのは愛のほうだし、子供のやったことで本気になって怒ることではない。
 そうは思っているのだが、それでもどうも納得がいかないのが、娘命のパパであるが故のこと。

 もちろん、これが愛ちゃんの初めてのシン君への愛情表現だということなんて、思ってもいなかったし、将来は本当に恋人同士になって、その上結婚しちゃうだなんて、パパもママもこの時点では想像だにしていない。



 ところで、子供部屋から聞こえる子供達の笑い声を聞きながら、雪はふと思い出したことがあった。

 「でも、愛って、私に似たのね〜」

 「ん?」

 「だって、うふふ……私もファーストキスはぁ〜〜」

 そうそう、実はママも幼子の時代、お隣のお兄ちゃんだった諒ちゃんに、自分からキスしちゃった前歴の持ち主なのだ。
 (拙作:100のお題『084First Kiss』をご参照ください)

 「む、むむむっ」

 またまた嫌なことを思い出さされて、さらに眉をひそめる進パパ。

 そんなパパを愛しそうに見つめながら、ママはご機嫌なおしに、あま〜〜いキスをしてあげるのでありました!!











 「あ、お父さんとお母さん、またやってるぅ……」


 お〜〜い、お二人さん! 子供部屋から守君が覗き見してるよ〜〜〜〜!!

おしまい

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(背景:ivory)