べっぴんさんの恋人(宇宙戦艦ヤマト2より)
第11番惑星でヤマトに救助されて乗った空間騎兵隊の隊長、斉藤始。彼の強烈なキャラクターはヤマトのキャラの中でも異彩を放っているように思えます。彼が雪に気があったのは最初の登場シーンで明らかです。その彼も後半では、進と雪の関係をやっかみつつも祝福しているように思うのですが。そして進に対する敵愾心も、最後には解けて『兄貴のように思う』と言い残して雄雄しく逝きました。その進への心の変化のきっかけの一部を描いて見ました。
(1)
「いててて…… おっ! いたいた!! べっぴんさんよぉ。ちょっとこの怪我に薬つけてくれよぉ」
テレザートを目指すヤマトの中でのんきな集団のボスといえば、斉藤始。今日もちょっとした遊び?で、ほんの少し切っただけの手を痛そうに振りながら、医務室に入ってきた。目的は、森雪。何もない通常航行の時のこの時間なら医務室に待機していると、予想をはっての来室だった。
「斉藤さん! またですか? それに、そんな傷くらい、ご自分でヨウチンでも塗っておいてくださいな」
斉藤はあっさりと雪に一蹴される。
「ちぇっ…… つめてぇなあ。あんまりツンツンするとそのべっぴんさんが台無しだぜ」
「うふふ…… それは、相手によりけりよっ!」
雪は斉藤の冗談に思わず笑ってしまった。
「そうそう! べっぴんさんはそうでなくちゃな……」
「ん! もう、その『べっぴんさん』っていうのやめてくれない? 私は、森雪っていうちゃんとした名前があるんですからね」
また、雪ににらまれて斉藤は両手を挙げて肩をすくめた。
「へいへい…… 森生活班長殿…… けどよぉ、どうしてまた、こんなとんでもない旅にこんなべっぴんさんが紛れてるんだい?」
斉藤はヤマトで雪に出会って以来疑問に思っていたことを尋ねた。
「またぁ! それに、紛れてるって失礼な! 私だってイスカンダルまで行ってきたヤマトの戦士の一人よ。ヤマトが起つのなら当然参加するわ!!」
「けど、最初は謀反を起して飛び出してきたんだろ? 第11番惑星にも通達来てたからなぁ。そんな艦に好き好んで乗る女も珍しいぜ」
「あなたにはわからないわっ!」
プイッとそっぽを向く雪の姿がまたかわいい。斉藤は、さらにつっこんでみたくなった。
「地球に彼氏でも置いてきてるんじゃないのかよ? 寂しがってるぜ今ごろ」
斉藤の言葉にすぐに進の顔を浮かべてしまった雪だったが知らん振りで答えた。
「地球にそんな人なんかいません!」
「地球にぃ? はぁん、てぇことはもしかして、彼氏も乗ってるのかい? この艦に?」
「えっ?」
やはり進を意識して言ってしまったせいか、言葉尻を斉藤に捕まれ図星をつかれて、雪は顔を赤くしてしまった。
「へん! やっぱりそうなのか。ちぇっ! 男がいるのか…… けど、誰だよいったい? 彼氏って? まさか、あのアナ公ではないよなあ、あいつ自分ではそう言ってたけどよぉ。いくらなんだってなぁ…… とすると……」
斉藤が真剣に雪の相手が誰なのか考え出した。そんな斉藤を雪は眺めながら思った。
(斉藤さん、私と古代君のこと誰からも聞いてないのね。斉藤さんったら、ヤマトのみんなと喧嘩ばかりしてるから、そんな話どころじゃないか……)
「もう…… いいじゃない、斉藤さん。さぁ、仕事の邪魔よ。帰ってちょうだい」
「そう照れるなって、相手によっちゃ、俺様の方が上ってことも可能性大だぞ。そんときゃあ、乗り換えろよな」
「勝手な事ばっかり言って……」
雪は斉藤のそんな大風呂敷に思わず苦笑した。この斉藤という男、なぜか憎めないものがある。それに、面倒見はよさそうだ。あの空間騎兵隊の一癖も二癖もありそうなメンバーを引っ張っているのだから。
「うーん…… やっぱり本命では…… 航海長の島か?」
斉藤の質問に雪は笑ったまま何も答えない。顔色一つ変えない雪に斉藤は、違うな、とまた考える。
「違うのか?…… じゃあ、ちょっとばかし大人の男で…… 真田技師長? 違う? 色男の南部か? 顔で山本? 優男の相原か? 穴狙いで太田? ってことはねーよなぁ……」
誰の名前を言っても、雪は微かに笑うばかりで何も答えない。斉藤はどんどん名前を挙げても、雪の反応があまりないので困ってしまった。
「変だなぁ…… べっぴんさんのお相手なら、この当たりだと踏んだんだけどなぁ」
(古代君の名前が出ないじゃない! どうして肝心な人を飛ばすのかしら)
別に当てて欲しいわけではないが、進の名前が出ない事に雪はちょっと不満に思った。
「内緒よっ! 教えないわ……」 雪の言葉にその不満が表れている。
「じゃあ、やっぱり俺様が一番か?」
斉藤は、好きな男がいるからヤマトに乗ったんだろうと突っ込んでおいて、また話を自分に戻している。まったくいい加減な事だ。
「だからぁ!」
雪が斉藤をもう追い出そうと、もう一度声をかけたところに、かぶせるように斉藤がつぶやいた。
「けどよ、他にいないぜ。まあ、あいつってことはないしなぁ……」
「あいつって?」
「艦長代理のことよぉ…… あれはとても女がいるように見えねえ」
進の名前が出てドキッとしたが、ポーカーフェイスを貫いたまま、雪が尋ねた。
「あら? どうして?」
「あいつはよぉ、確かにまあまあいい男だし、男にゃ惚れられるだろうけどな……」
「男に惚れられる?!」
雪がびっくりして尋ねると、斉藤は慌てて言い直した。
「おいおい! 俺は変な意味で行ってんじゃねえぞ。ま、まちがえんなよ」
「俺は、嫌えだけどよ。あの男、けど、ヤマトがこうやって無謀承知で飛び出してきたのはあいつの力だろ? あいつと一緒になら命かけたっていいって言う男の集団じゃねえか、ヤマトはよぉ。それだけ、みんなを引っ張る力があるってことだろ? そう言う点では、俺様と同じだな。ま、男は俺様の方が上だけどよっ!」
斉藤の言葉に雪はくすっと笑う。人を誉めているんだか自分の自慢をしているのかわからない。
(斉藤さんって、なんだかんだと古代君に逆らってるけど、それなりに見るとこ見てるんだわ。驚き……)
「けどな、ありゃ、女には縁のなさそうだぜ。いやな、この前サロンでな、俺達がちょっと色っぺー本を見てたのよぉ。まあ、あんたも看護婦さんだからわかるだろ? 男の生理ってやつをさ。たまにはこうボインちゃんの写真でも拝んで楽しみたいってさ、な?」
斉藤は両手で胸に大きな胸を作って腰を振って見せるので、雪は思わず笑ってしまった。
「ふふふ……はいはい…… でも、あの状態でよくそんな物持ってたわね」
雪は空間騎兵隊を救助した時の様子を思い出していた。悲惨な状態で、とても荷物など持っていられるようには見えなかった。
「ははは…… そういうもんは、命の次に大事なもんだからな。みんな肌身離さず持ってるのが空間騎兵隊の心意気ってもんよ!」
とんでもない心意気もあったものだと、雪は呆れて笑って答えた。
「見上げた根性ねっ…… うふふふ……」
「ほらな、女のあんたでもそんな本くらいなんてことねぇだろう? 笑ってすませるじゃねーか。それをよお、あの艦長代理ときたら、いきなり、『な、何見てるんだぁ! そんな物ぉ……』なんて声が裏返ってんのよぉ。トンでもないもん見てるって感じなんだよなぁ。んなもんだから、俺達がヤツをとっつかまえて、お姉ちゃんのボインをさぁ、よーく見せてやったのよ。
そしたら、面白いのなんのって、真っ赤になってジタバタしてんだけど、その辺はやっぱり男だよな。目はちゃんとボインちゃんを見てやがんの。
その内、『あんまり派手に見るなよ』って言って逃げ出してったさ。がっはっはっは……」
「まぁ…… いやぁねぇ…… ふふふ」
雪はそのサロンでの情景が目に浮かぶようで思わず笑ってしまった。
(古代君らしいこと……)
「あれじゃあ、女なんか口説いたこともねえぜ、あいつはよ。てぇことは、論外、だろ?」
「うふふ…… そうかもね」
「な、生活班長ぉ、ああいう男ってのはムッツリすけべだから気をつけたほうがいいぜ」
斉藤がククッと笑いながら雪にそう告げた時、医務室のドアが開いて書類を片手にした進が入ってきた。
「雪? あのさ…… ん? なんだ斉藤! お前またこんなところで油売ってるのか!」
進が剣幕で斉藤に噛み付く。が、斉藤と雪は今話題にしていた進が来たので、思わず顔を見合わせると、プーッと噴出してしまった。
「わーはっはっはっは……・」 「あははは……」
「な、なんだよ! いきなり俺の顔を見るなり! し、失礼だぞ!」
わけのわからない進は当然ムッとしてまだ声を荒げた。
「うへぇ〜! おっかねぇ。今日のところは退散だ。またな、かわいこちゃん♪ ははは……」
斉藤は、まだ笑いが止まらないといった感じで早々に逃げ出した。雪もまだくすくすと笑っていたが、進が不機嫌そうな顔をしているので笑いを抑えて答えた。
「どうしたの? 古代君? 何か仕事?」
「え? あ、ああ、これ、今島と次のワープ航路の確認をしてたんだけど、ちょっと確認したい事ができて、ここなんだけど……」
「ああ、ちょっと待って、あっちのコンピュータルームの方で確認するから」
雪が部屋を出ようとするのに後を追いながら、進がさっきの事を尋ねた。
「何を笑ってたんだ? 斉藤と」
「え? たいしたことじゃないわよ。うふふ……」
雪は、あのサロンの話を進にしたらどんな反応をするんだろうと、ちょっと言ってみたい気もしたが今は時間もなかったのでごまかした。
「ちぇっ……」
(2)
医務室を出た斉藤は、今度は第一艦橋へさっきの雪の彼氏探しに出かけた。第一艦橋では、進と雪以外が揃っていた。斉藤は、第一艦橋に入るとスタスタと進の席まで歩いて行くと、空いている進の席にどっかと座って島に話かけた。
「よお! 航海長さん! ヤマトは目的地は決まったのかい?」
「なんだ、斉藤か…… こんなところまで油売りに来るなよ」
島は、進の席に無断で座る斉藤をちょっとにらんだ。そんな島に斉藤はお構いなしに質問した。
「なあ…… 航海長さんよぉ、あのべっぴんさんの彼氏ってお前さんじゃないのか?」
「べっぴんさん? ああ、雪のことか? 彼氏? ふうん…… お前も雪に惚れたのか?」
「俺はぁ、べっぴんさんは全部好きだぜ。本人にさっき聞いたら笑って教えてくれねえんだよなぁ。彼氏がヤマトにいるのは間違いねえと思うんだけどよぉ」
斉藤が雪に興味を持っていることは知っていたが、進とのことは知らないらしい、と島は思った。
「俺じゃないよ。残念ながらな……」
「ふうん…… やっぱり違うのか。あんたが本命だと思ったんだけどなあ」
「そりゃあ、光栄だな」 島は苦笑する。
「じゃあ、一体誰なんだよ。この中にいるんだろ?」
「お前ほんとに知らないのか?」 島が、呆れたように尋ねる。
「そんなに有名なのか?」
「ま、そのうちわかるさ。別に隠してるわけじゃないが、わざわざ教える事でもあるまい」
「ちぇっ! けちくせーなぁ」
「ごちゃごちゃ言ってないで、戻れ。あと30分もすればワープするぞ。ちゃんと席についておけ」
「げっ!また、ワープかよ。あれはなんとも気持ち悪いもんだよな。退散退散!」
「あははは……・」 斉藤の言葉に第一艦橋に笑いの渦が起こった。
斉藤が出て行くと、さっそく南部が話し出した。
「斉藤のヤツ、古代さんと雪さんのこと、知らないんですね。こりゃ、知ったらまた大騒ぎじゃないですか?」
「あいつ、古代とヤッてるから、また雪のフィアンセだなんて知ったらまた『許せねー!』とか言って暴れるかもな」
島も割りながら同意した。
「はっははは…… とんでもないヤツを乗せてしまったもんですねぇ」
太田が笑って話に加わってきた。
「ま、ちょっと見物だがな」 島も面白がっているようにも見えた。
「近い内にばれるでしょ? だいたい、古代さんと雪さん、なんだかんだ言っても、そっちこっちでデートしてるからなぁ……」
南部たちは、イスカンダルの旅以来、進たちのデートの様子を見つけては進をからかう材料にしていた。
「また、チェックしてるのか? お前達」
「別にしてなくても、自然に目に入ってくるんですよ。展望台に、食堂、サロン、イメージルーム、あとヤマト農園…… このあたりがだいたいあやしいところですよ」
南部が笑いが止まらないといった感じで話をする。
「あははは…… 確かに!」
南部の言葉に相原が相槌を打っていた。
(3)
翌日、今日の斉藤は盗み食いの最中だった。そう、ヤマト農園でトマトを……
「うん! うめえ!うめえ…… 結構甘いんだよなあ、これが…… たまんねぇ」
その頃、ちょうど夕食を一緒に済ませた進と雪が連れ立って廊下を歩いていた。
「ね、古代君。これから時間ある?」
「ん? うん、今日はもう何もないから部屋に帰って寝るだけだよ」
「じゃあ、ちょっとつきあってくれない? ヤマト農園まで…… 今ね、私の育てたお花がきれいに咲いてきたのよ。見て欲しいの」
「へぇ…… そうなんだ。ああ、いいよ。行こう」
ここ数日、戦闘もない日が続き、進と雪は久しぶりに和んだ気持ちになっていた。雪の密航の後、少し意識しあっていた二人だが、その硬さもとれ、ひとときの平穏な日にいつもの恋人同志の二人に戻っていた。そして連れだってヤマト農園の中に入って行った。
「古代君は、植物の事好きなんでしょう?」
「うん…… 平和な時代が続いていたら、俺は生物学者になってたかもなぁ…… 好きだったんだ、子供の頃から…… 草花や虫達が」
「そうね、植物を日長いじってる古代君か…… ふふふ、結構似合ってるかも……」
二人はお互いを見ることと話に夢中になっていた。もちろん、そこに斉藤が隠れて盗み食いの最中だとは知るよしもなかった。
『む?誰か入ってきやがったな…… 女の声? ということは、べっぴんさんか…… やべーな、また見つかったら大目玉だ。』
斉藤は、人の気配がしたので、慌ててトマトの向こう側の草陰に隠れた。
「ほら、古代君! ここよ。この赤い花…… まだつぼみも多いけど、ほらこれなんかもう咲いてるわ」
雪が、うれしそうに、トマト畑の隣に作っている小さな花畑に進を案内した。
『古代? 艦長代理とべっぴんさんかい? なんだ? 花を見に来たってのか? どういう事だ???』
斉藤にとってはどうも似合わない取り合わせに、斉藤の頭の中はクエスチョンだらけになってしまった。
「へええ…… きれいな花だね。かわいいな。スイートピーの一種みたいだね」
「ええ、花の種がヤマトに残っててね。医務室ってすぐ殺風景になるでしょう? だから、少しは花でも飾ったら患者さんも和むかしらって思って植えてみたの。うふっ……」
雪は進と二人っきりだと思っているので、言葉がやはり少し甘え口調になる。
『なんだか、べっぴんさん古代にえらく甘い声だなぁ…… 何かネダろうってえのか? あいつなら女に甘い声かけられただけでヘロヘロだぞ、きっと。』
「はい、古代君にひとつあげるわ」
「ありがとう……」
雪はきれいにならんだ花の中からちょうど咲き頃の花を一輪手折って進に渡した。進はそれを手に取ると少しにおいを嗅いでみてから、それを雪の髪に差した。
「あら……」
雪は、進が指した花をそっと触ってからうれしそうに頬を染めた。
「ありがとう…… 古代君」
「花もきれいだけど、花を飾った雪の方がもっときれいだ」
『げげげ…… あいつが女にあんなセリフを吐くなんて信じらんねぇ。』
「うふ、古代君にしては上出来な言葉ね……」
「思ったことを言っただけだよ……」
雪のからかうような口調にちょっと顔を赤らめて進は答えた。
「古代くん……」
雪はそう言うと、進の胸に頭を預けた。進もそれに答えるかのように雪をそっと抱きしめる。そして、雪の顔が進を見上げると、進も雪をじっと見つめ返す。
見つめ合う二人には、ここがヤマトの中だということは頭から一瞬消え去っていた。愛しい人を見つめる視線はお互いだけを感じていた。
『どうなってんだよぉ! あの二人…… ま、まさか、古代があのべっぴんさんの恋人ってんじゃねえだろうなぁ…… けど、あの雰囲気、今にも接吻しそうだぞ。 あぁぁぁ……わわわ!』
斉藤の予想通り、二人の顔が近づいて唇がそっとあわさった。ほんのわずかの間だったが…… そして、二人は顔を離すと、再び雪は進の胸に軽くもたれかかった。
(4)
その時…… 『ガラガラガシャーン!』という大きな響きがした。慌てた斉藤が足を伸ばしてしまい、足の先にあった空バケツをひっくり返してしまったのだった。
「!!!」
その音にびっくりして、進と雪は慌てて離れると、足元のすぐ前方を見た。そして、そこにうずくまっている巨体を発見した。
「さ、斉藤!!」 「斉藤さん……」
「あははは…… ちょっと、トマトがうまそうだったもんで……」
頭をかきかき斉藤は立ち上がる。それを見て進がまたすごい剣幕で叫ぶ。
「何をやってるんだ、斉藤! ヤマト農園の生産物は全部管理されてるんだぞ! それを勝手に食べるなんて!」
いつもなら、分の悪い斉藤だが、今日は違った。
「おっと、そんなこと言っていいのかなぁ。艦長代理ぃ〜 今、何してたんだぁ? 俺はさっきから見てたんだぜ」
斉藤は、意地悪そうにニヤッっと笑うと、二人をなめるように見ながら言った。
「うっ……」
進はさっきの雪とのやりとりを全部見られてしまったことに気付き、顔を赤くして言葉を失ってしまった。雪もその後ろでうつむいている。
「まいったぜ。べっぴんさんの彼氏が誰かと思ってたら、穴も穴、大穴じゃねえか! ふぅん…… やるじゃねぇかよ、古代。女も口説けねぇような顔してて、こんなべっぴんさんを物にしてるとはなぁ……」
ニヤニヤ笑って詰め寄る斉藤に、進は今度ばかりは言い返すことができなかった。
「ま、今日のことは、お互いに見なかったことにしようや。な、艦長代理に生活班長さんよぉ!」
斉藤は、ウインクをして進の背中をバシンと叩くとヤマト農園を後にした。
「いてっ……」
「斉藤さんったら……」
二人は斉藤を見送りながら顔を見合わせて苦笑いした。まずいヤツに見られちゃったな…… 仕方ないわよ…… 目と目でそんな会話がされているようだった。
「ちっくしょー!!」 廊下では斉藤の声が響いていた。
(5)
ヤマト農園を出た斉藤は、また第一艦橋にご注進に出かける。通常待機のこの日は、島と南部が当番で待機していた。
「よ、航海長! いたか」
「また、お前か? 今度はなんだ?」
「見ちまったよ、べっぴんさんの彼氏をよぉ……」
「ああ、なんだ……」 そんなことか、大した事ない…… そんな口調の島だった。
「今日はどこだった? 展望台か? イメージルームか?」
南部がニヤッとして斉藤に尋ねる。
「ヤマト農園だよ。トマト食ってたらよ、二人でやってきて…… へん! 久しぶりに生でラブシーンを見せてもらったぜ。くそっ!」
「あっはっはっは……」 島と南部は斉藤の本当に悔しそうな言い方に大笑いした。
「やっぱり信じらんねー。あの男がどうやってあのべっぴんさんを口説いたってんだ? なあ、南部先生よぉ! 古代のヤツが好きになるのはわかるぞ。けどよぉ、なんであんなイイ女が古代に惚れたんだぁ?」
「だろ? これはヤマトの七不思議のひとつなのさ。それも、雪さんが古代さんにぞっこんなんですからねぇ」
南部が斉藤に説明する。進が雪に惚れて口説き落としたというよりは、お互いに自然と好き同士になっていったというところだ。周りのお膳立てに乗って進と雪の関係は進んで行ったようなものだった。
「もしも何事もなかったら今ごろあの二人は結婚式を挙げて新婚さんだったんですからねぇ」
「うげぇ!」
南部の言葉に斉藤は断末魔のような声を上げて絶句した。決定的な話を聞いて斉藤はすっかり肩を落として第一艦橋を後にしていった。
(7)
第一艦橋を出た斉藤は、医務室に向かった。医務室は閑散としていた。非常灯のついた診療室に、夕方見た赤い花が一輪花瓶で揺れていた。
(べっぴんさん、あの花をここに飾ってったんだな……)
斉藤は、横目でその花を見ながら佐渡の私室の方へ入っていった。畳敷きの佐渡の部屋では、毎夜のごとく佐渡が晩酌をしている。相伴はアナライザーの仕事。
「おお、斉藤か…… こっち来い。ま、飲め飲め」
佐渡はいつもの調子のご機嫌で斉藤を誘った。斉藤は佐渡にコップ一杯に酒を組んでもらって一口ぐいっと飲むとぽつりぽつりと話し出した。
「佐渡先生よぉ…… 世の中ってぇのは不思議なもんだなぁ」
「ん?どうした?」
「あのべっぴんさんの恋人って古代だったんだな……」
「なんじゃ、知らんかったのか? お前」
「ああ、今日ラブシーン目の前で見せられたぜ……」
「がははは…… それはよかったのお…… 目の保養になったろが」
「けっ! おもしろくねぇ!! 俺はあいつは嫌えだ。 古代はよう…… いつも俺を目の敵にしやがる。その上に、彼女連れで戦艦に乗ってるてのかっ!」
斉藤は、叩きつけるような言葉を吐く。
「斉藤…… 古代はいい男だぞ。みんなあいつに惚れとる。お前がもうちょっと行儀良くさえすればいいだけなんじゃがなぁ」
「ふん!」
「それに、雪もそんじょそこらのイイ女ちゅうのとは違うぞ。その辺の男よりずっと役に立つ。わかるじゃろ? そんな特級の女が命かけて愛してる男じゃよ、古代って男は……」
「はん! どうだか知らねえが、俺はとにかく面白くねえ!! 酒飲ませてくれよ、佐渡先生……」
斉藤の言葉に佐渡はホッとため息をついて、またコップに酒を注いだ。
「まあいいじゃろう…… そう言えば昔、島も古代と雪の仲に気づいたとき、ここにきて朝まで飲んだことがあったのう。懐かしい話じゃが」
「航海長さんがか…… 惚れてたのかあいつも……」
「ささ、もっと飲め。そしてここのみんなが、雪が、古代に惚れた訳を考えてみるんじゃな」
斉藤は佐渡の注いだ酒をぐいぐいと飲んだ。飲んで飲んでそして考えていた。べっぴんさんの恋人のことを。
『みんなあいつに惚れとる』 『そんな特級の女が命かけて愛してる男じゃよ、古代という男は……』
(古代か…… どんなヤツだか、まあ、もう少し付き合ってみるかな)
斉藤は今夜の酒がいつもより一味違うような気がしていた。
−おわり−