分岐点2−(4) 二人の父
(プロローグ)
地球は2201年の晩秋、白色彗星帝国との戦いから辛くも勝利を得た頃、遠くイスカンダルでは、新たな命が生まれようとしていた。
「スターシア、もうすぐだ…… 頑張れ」
出産を助けながら励ます夫の掛け声に、スターシアがもう一度体全体の力を込めた。
「うっ…… 守っ!」
スターシアの体の力がするりと抜けたと同時に、泣き声があがった。
「おぎゃぁ、おぎゃあ、おぎゃあ……」
「スターシア!! 産まれたよ……女の子だ」
古代守は、今取り上げたばかりの赤ん坊をへその緒もついたまま、妻スターシアの胸元にそっとおいた。スターシアはその子をいとおしそうに抱きしめ囁いた。
「かわいい子……私達の娘……」
「ああ、そうだよ、僕らの希望の子だよ」
守の目にも涙が光る。妻とそして初めて出会う我が子への愛情がふつふつと沸いてくる。妻の顔も輝いていた。
と、その時、スターシアが産まれた赤ん坊の顔を見てハッとしたようにつぶやいた。
「……! この子……」
スターシアが驚いたように目を見張って我が子の顔をじっと見つめている。
「どうした? スターシア?」
「星の運命を背負う宿命(さだめ)を持った子……」
「星の運命?」
スターシアはその問いには答えず静かに目を閉じた。疲れたのだろうと思った守も、それ以上は尋ねず、事前に調べてあった産後の処理を行った。
「スターシア、疲れただろう…… 少し眠るといいよ」
数日後、ゆりかごの中で眠る娘を見つめながら、スターシアが話を始めた。
「昔から、イスカンダル王家に伝わる言い伝え、生れ落ちた時に額に星のあざが見える子は、星の運命を背負うと言われているの…… それが、この子の額に……」
「この子が生まれた時に言っていたことだね?」
「ええ……」
スターシアの言葉に守もその子の額を覗きこんだ。確かに額には小さな星の形をしたあざがはっきりと浮かび上がっていた。
イスカンダル王家に生まれる子に時々現れる星型のあざ。このあざが現れた子は長じて王になると、必ずイスカンダルに大きな異変があったという。そして、良きにつけ悪しきにつけ、その王が星の運命を定めたと伝えられていた。
「私も生まれたときにあったと……母から聞いたわ」
「君も? 今は……ないが……」
「この額のあざは、生まれて数日で消えるのです。そしてそれからもう2度と現れることはありません。私も最後の女王としてイスカンダルの運命を背負うことになってしまいましたが…… もうイスカンダル国家もなく、王位など継ぐ必要もないのに……この子は、いったい……?」
この子は何を……どの星の運命を背負っているというの……? 不安げな眼差しで娘を見る妻に、守はやさしく励ますようにささやくのだった。
「君と一緒にイスカンダルを背負って行く運命に生まれたんだよ、スターシア。言っただろう? 子供を作って、もう一度イスカンダルの血を受け継ぐ者を世に送り出そうって…… イスカンダルは、この子の代に受け継がれるんだよ、きっと……」
「…………」
守の言葉にもスターシアはなぜか悲しそうな笑みを浮かべるばかりだった。それはまるで、後のこの娘の運命を予感しているかのような、そんな淋しげな微笑だった。
この日産まれた娘は、スターシアの父の名であり妹の名であるサーシャという名を貰った。そして、イスカンダルの運命を背負ったスターシアが、星とともに消えた後、父古代守とともにサーシャはヤマトに迎えられた。
サーシャ……星の運命を背負う定めに産まれた娘。彼女が背負うことになるのは、スターシアの予感の通り、イスカンダル星ではなかった。
(1)
古代守がヤマトに乗って数日が経っていた。イスカンダルでの戦いで傷ついたヤマトの修理もほぼ完了し、その陣頭指揮を取っていた真田も、やっと一息ついた。 その頃、昼食を終えた守は、ベッドで機嫌よく遊ぶサーシャをじっと見ていた。
(スターシア…… サーシャは元気に大きくなっているよ。本当にあっという間に大きく…… まだ生まれて二ヶ月も経っていないと言うのに、もう背も随分伸びたし、歯も生えてきた。言葉ももうすぐ出そうだ。早い……なにもかも想像以上に早いよ、スターシア)
サーシャは、地球の赤ん坊とは比べ物にならないスピードで成長しつづけているのだ。守の知識だけではとてもこれに対応しきれない。弟の進に相談したところで、同じ穴のムジナ、途方にくれるのが関の山だろう。こんな時に頼りになるのが、あの男、真田志郎なのだ。真田には手が空き次第会いたいと伝えてあった。
その時、ドアの開く音がして、真田が部屋に入ってきた。
「よぉ! 悪かったな、今日まで待たせて…… どうだ、調子は? ヤマトの住み心地は?」
長年の親友たちの久しぶりの会話だった。イスカンダルでの戦闘の後、妻を失った守の心境を考えると、真田は簡単に再会を喜ぶこともできなかった。また、彼自身仕事に追われていたのも事実だった。
「快調だよ、ヤマトの中も少し慣れたし、サーシャも雪さんがずいぶん気にして面倒みてくれるから助かってるよ」
「雪……か、そりゃあ、かわいがるさ」
「ふうん……」
守は先日進と雪と話をしたときの二人のことを思い出していた。あの二人は互いに思いあっているようだと、守は確信したが、まだはっきりと本人達に確認したわけではない。しかし、真田の口調からすると、それは周知の事実らしかった。
だが、今日の真田はそれに言及することなく、話題を変えた。
「スターシアのことは……残念だった。本当に悲しく思っている。今、なんて言って慰めたらいいのか……俺にはうまく言えんが」
「ありがとう…… 彼女のことは、なんとか大丈夫だよ。彼女は最期までイスカンダルの女王として誇り高く逝ったんだ」
守は、真田の辛そうな視線に微笑を返し、この前進と雪に話したイスカンダルの歴史とスターシアの女王としての運命のことを、話して聞かせた。
真田は、守が話す間中微動たりせず、じっと話を聞いていた。
「……というわけだ」
「ふうっ、古代…… スターシアさんのこと、俺なりに理解したよ。むずかしいな。何て言っていいか……」
「ああ、俺だって納得したわけじゃないが、だが、俺にはこのサーシャがいる。スターシアの忘れ形見の……な」
「しかし、お前達に子供が生まれていたとはな、驚いたよ」
「あははは、これでも俺は親父だぞ。なんだか不思議な感じだろ? 子供のことは……俺がスターシアに強く勧めたんだ、子供を作ろう、ってな。
最初、スターシアにはそんな気持ちは毛頭なかった。滅びゆく星を自分の命が続く限り見守っていければそれでいい。そんな気持ちだけだったんだ、彼女は……」
(2)
***1年前のイスカンダル王宮***
ある日のこと、ヤマトが立った後、スターシアからイスカンダルの歴史や文化、自然など、星の全てのことを教えられた守が、決意したようにこう言った。
「スターシア、子供を作ろう! イスカンダルをこれからも語り継いでくれる子供を……」
守を愛し、夫として敬愛していたスターシアであったが、子供を産むことは全く考えてはいなかった。
「守、そんなことできるはずないわ。生まれてくる子がかわいそうよ。私達がいなくなれば、その子は一人ぼっちよ。私はそんな悲しみをその子に与えたくない」
「どうして一人ぼっちだって思うんだ? 何人か産まれるかもしれないだろう。いや……君が出来ないって言うのなら仕方がないが…… けど、このイスカンダルが滅びるって言ったって、何十万年も先の話じゃないか! 地殻変動だって計算できるんだ。住む場所を空中や水上にすることだってできる。まだまだ人が暮らすことは出来るはずだよ」
「でも……二人だけじゃあ、イスカンダルの人を増やすなんて……無理よ」
「イスカンダルで暮らすことだけを前提にすることもないだろう? 生まれてくる子達が、どこで生きていくことにするのかはその子たちに任せればいい。星間航行できる船はまだイスカンダルにも残っている。地球に行くのも良し、他の星に行ったっていい。この星にしがみつかせることはないんだ。
それに……もしかしたら、伴侶を連れて帰ってきてくれるかもしれないじゃないか! いや、帰ってこなくても……それでもいい。
俺達が生きた証を、イスカンダルと言う星があったことを、イスカンダルで過ごした思い出を…… その子達はどこかの星で、必ず後世に伝えてくれるはずだ。そう思わないか? スターシア」
「守……」
「な、スターシア、これが全てだとは言わないが、人が生きる意味の一つとして、子供のこと考えてみて欲しいんだ」
******************
「それで彼女も前向きになった。スターシアもイスカンダルを守る責任はもう子供の代まで受け継がせるつもりはなかったようだ。
だから、もし子供が生まれても、その子が成人したら、どこでどのように生きていくかは、その子の自由に任せよう。そういう約束だった…… だから、こんなことがなくても、地球へ行くことになったかもしれないんだ、この子は」
「そうか…… そんな思いで生まれた子なんだな。この赤ん坊は……」
「ああ、大切な俺達の……イスカンダルの宝物さ。本当はもっと大勢の兄弟に囲まれて欲しかった……」
ぐっすり眠るサーシャを二人の男がじっとみつめた。一人は父として、我が子への深い慈しみの心で……
そして、もう一人は…… かわいいものへのほのかな愛情と、大切な友とその妻の宝を自分も一緒に守ってやらなければという思いを抱いて……
(3)
真田がサーシャを見ていた顔を上げて守を見た。数日前、守から時間があったら相談したいことがあると伝えられていた。
「で、相談ってなんだ?」
「あ、ああ…… そのサーシャのことなんだがな。この娘はイスカンダル人の血を引いている」
「そんなこと言われなくてもわかってるよ。それがどうした? 別に地球人と変わらんように見えるが……」
地球人とイスカンダル人の違いがなにか? 外見からはほとんどその違いを見つけることは出来なかった。しかし、守ははっきりとこう言った。
「それが、実は大いに違うんだ……」
「どこが?」
「サーシャは……まだ、生まれて二ヶ月も経っていない」
「……! な、なんて言った? 二ヶ月経ってないだって? 俺もあまり赤ん坊にはあまり縁がないが、しかし……この感じではもう一歳近いのかと思っていたが……!」
真田は驚いて守の顔とサーシャの寝顔を交互に見た。さすがの真田も、二ヶ月でこれほど成長する赤ん坊など見たことがなかった。
「そうだ…… 産まれてからもう身長だけ言えば20cm近く伸びている」
「二ヶ月でか?」
「そう、二ヶ月でだ。そして、この成長速度は、心身ともに大人になるまで続くはずだ」
「ということは…… この子はもう一年足らずで成人する……というわけか?」
「……ほぼそういうことになる……と思う」
「なんという!! イスカンダル人はそんなに成長が早いのか!!」
「……それが、イスカンダル人の成長が早いのは事実だが、それでも成人するまで5年かかるらしい。それなのに、この子は……1年だ」
「5年…… それでも早いが、大人の体になるまで15年以上かかる地球人との混血で、成長が遅くなるならわかるが……」
「なぜか、早くなった……」
冗談のようなこの事実に、守は苦笑するしかなかった。しかし、真田はそのまじめな表情を崩すことはなかった。
「うーむ…… わからんな。こればっかりは宇宙の神秘としか言いようがないか」
「スターシアもこの子の成長の度合いがイスカンダル人より早いことに驚いていた」
「つまり、見る見るうちに大きくなって行くわけだな、この子は」
「そうだ…… 地球において育てたら奇異の目で見られることは間違いない。研究者のおもちゃにされるのも嫌だ。それに、この早さで成長していく子に、それ相応の教育も必要だ。それも並大抵の量じゃない」
「うむ…… 確かに問題は多いな」
「それに……もう一つ、実はこっちの方が大問題なのだが……」
(4)
「サーシャの命にかかわる問題なんだ」
守の声のトーンが低くなった。
「もしかして、イスカンダル人を壊滅させたと言うウイルスのことか?」
さっきの話を思い出した真田が、守の意図することを的確に指摘する。守は顔を上げ小さく頷いた。
「そうだ…… あのウイルスについては、イスカンダルの長い歴史の中にも現れたことのなかった新種の物だった。だがもし、それが地球に既に存在していたら……」
守は深刻な顔で真田を見、真田も厳しい顔で頷いた。
「可能性がないとはいえない。そのワクチンはもうないのか?」
「いや、あることはあるんだ。確かに医者の作ったワクチンはあれきりだったし、本人も死んでしまった。生き残ったスターシアとサーシャの二人は、後日、その研究資料を発見して保管しておいたらしい。ただ、もう他に誰もいないイスカンダル星には必要のないものとは思っていたようだが……」
「ところが、思わぬところでイスカンダル人の血を引くものが生まれることになった」
「ああ、その通りだ。俺とスターシアは、彼女の妊娠がわかった時点で、そのワクチンの処方箋を探し出して……数ヶ月かけてなんとか調合することに成功した」
「そうか…… なら、心配いらんじゃないか。それをこの子に投与すればいいんだろう?」
しかし、真田のその言葉にも守は悲しげに首を横に振った。
「しかし……今のサーシャには無理なんだ」
眠るサーシャを見る守の顔は曇っている。
「どうしてだ?」
「このワクチンはまだ未完成のもので、問題が残っていたんだ。処方箋の説明を読んだところ、投与できるのは、身長150cm、体重35kg以上でなければならない、というんだ。そうでないと、ワクチンによる副作用に耐えられない可能性があるらしい。つまり、子供には投与できないという欠陥があるんだ」
「む……」
「だから、この子がそれくらい成長するまで投与できない」
「そうか。とにかくまずはそのワクチンが地球上に存在するかどうかだな」
「ああ、だが……地球に存在するかどうかなど俺やスターシアにわかるわけもない」
「何かデータは残ってないのか?」
「残っている。顕微鏡写真と調査データがある。処方箋やワクチンと一緒にサーシャのカプセルに入れてあった」
守がサーシャの入っていたカプセルから一式の資料を取り出して真田に見せた。それは、イスカンダル語で書かれてあったものを、守が地球人が読めるように翻訳してあった。真田はさっと目を通すと、こう提案した。
「よし、とにかく佐渡先生に相談してみよう。あれで結構知識豊富な名医なんだよ。地球に存在するメジャーなウイルスなら佐渡先生が知ってるだろう」
「そうだな……」
二人はサーシャを連れて医務室に向かうことにした。
(5)
真田と守が医務室に入ると、佐渡はいつものごとく一人で酒盛りをしていた。
「おお、いいところに来たな。どうじゃ、一杯。今日は雪もアナライザーもどこへいったんだか一人で寂しかったんじゃよ」
帰りの航路は戦闘もなく医務室も閑散としている。看護婦の雪はどこかで誰かさんとデートしていたし、佐渡は暇そうだ。一升瓶を掲げて、かかかと笑うと、二人を誘った。
「あはは…… 佐渡先生ありがとうございます。ですが今は遠慮しておきます。ちょっと、サーシャのことで相談があるんですが」
佐渡の誘いには応じず、守がまじめな顔で言った。
「ん? なんじゃ? 赤ん坊の世話のことなら、雪の方がくわしいぞ。近いうちにあの子もお母さんになるじゃろうから、予行練習のつもりでよう面倒見てくれるぞ」
佐渡がニヤっと笑って守を見た。進との付き合いのことを暗に言いたかったのだろう。
「いえ……そうじゃなくて…… あの、この資料を見てもらえませんか?」
守は苦笑しながら、イスカンダルから持ってきたウイルスのデータを佐渡に示した。
進達のことはここにも知れているらしい。守はさっき見た展望室の光景を思い出した。確かにあんなところでデートをしていれば皆が気付くってものだ。佐渡が資料を見ている間に守はそんなことを考えていた。
「……うむ、イスカンダルのウイルスか……」
佐渡がいつになく真剣な目つきでそのデータ、特にウイルスの写真を凝視した。その顔が不思議な表情に変わっていくのが、傍目からもよくわかった。
「うーむ、これが……まさか!?」
佐渡の顔つきに守たちが色めきだって尋ねる。
「地球に存在するんですか!! そのウイルスは……?」
「ある…… じゃが……」
なんとなく腑に落ちないと言った顔で佐渡は口篭もってしまった。
(6)
佐渡が首を傾げながら、何も言おうとしない。じれた守が詰め寄った。
「なんですか? はっきり言ってください!」
「いやぁ、わしの見解に間違いなければ、これは地球に存在するウイルスなんじゃがの……動物のウイルスで人には感染しないはずなんじゃが……」
「はぁ? 動物? 人に感染しないって!?」
その時、「ミャー」と一声鳴く声がして、隣の佐渡の私室からミー君が駆け出してきた。それを見た守が慌ててサーシャを隠すように抱きしめると、佐渡が慌ててミー君を押さえて、こう言った。
「ああっ、だ、大丈夫じゃ、猫は持っとらん、持っとらん!! これは犬のウイルスなんじゃ。他の動物に感染したっちゅう話はきいたこたあないわい」
一瞬緊張した守も、その佐渡の言葉に怒らせた肩を落とし、サーシャを抱きしめる手を緩めた。
「……犬……ですか……?」 真田がおずおずと尋ねる。
「そうじゃ、それも地球上には溢れるほど存在している。健康な犬ならこのウイルスに感染しても時に問題ないし、治療自体することもないんじゃよ。そのウイルスの形状に非常によく似ておる。全く同じではないにしても、亜種の可能性が高い」
「しかし、たかが犬のなんでもないウイルスだなんて…… イスカンダル人はこのウイルスで全ての人が死滅したんですよ!」
「しかし、わしの見立てではそうなってしまう。地球ではの人間には感染しないし、犬にもたいしたことじゃない。が、イスカンダル人には致命傷のウイルスだということはないとは言えんぞ。しかも、地球にはそのウイルスを持っておるだろう犬は五万といる……」
「ということは、今サーシャを地球に連れて行ったら、地球のどこにでも存在するかもしれないそのウイルスの格好の餌食になってしまうと……」
守の顔が蒼白になる。サーシャは地球には連れて行けないのか……?
「ありうるのう。ただ、サーシャの場合、地球人との混血で死に至る病まで行かないかもしれんが…… それも明言できんしのぉ。ワクチンがあったと書いてあったが。スターシアやサーシャが飲んだと言うヤツじゃ。残っておらんのか?」
「あります、ですが……」
守はそのワクチンが今のサーシャには投与できないこと、サーシャの成長スピードのことを話し、投与できるようになるまで約1年弱だと伝えた。佐渡は驚きながらも、それは不幸中の幸いと喜んだ。
「ちゅうことは、今年一杯くらいをなんとかしのげればいいわけじゃな。うーむ」
佐渡が手をあごの下に持っていって考え込むように唸った。
「そういうことになります」
「それまでそのウイルスと接触しないようにするには…… 病院の無菌室で暮らすのが一番間違いないじゃろうなぁ。なにせ地球上で暮らしていたら、犬に出会わんようにするっちゅうのは難しいじゃろうからの」
「そう……ですね……」
守と真田は困った顔で顔を見合わせた。大事な成長期間をずっと狭い無菌室で過ごさなければならないということは、サーシャに決して良いことではない。
「それとも、宇宙の安全が確認された基地か何かで暮らすか……じゃな」
それにも二人は唸ってしまった。宇宙で暮らすと簡単に言うが、ガミラスや白色彗星との戦いがあってから、今、一般人は地球以外ではほとんど暮らしていない。各惑星には防衛軍の基地があるだけだ。そこで暮らすことが可能かどうかは、彼らだけの一存で決められることではない。守はふうっと大きなため息をついた。
「佐渡先生、とりあえずヤマトの艦内は大丈夫なんでしょうね」
「それは心配いらん。ヤマトには犬は乗っとらんでの。ミー君は猫じゃから、心配いらんぞ。まあ、念の為ミー君の血液検査はしておくから」
「お手数かけます。帰ってからのことは地球で相談した方がいいようですね?」
「そうじゃな。とりあえず、地球にデータを送っておく。帰って連邦中央病院の医師と相談してみようじゃないか。わしも今ここで100%ウイルスの型を断言できんのでな。帰って皆で一番いい方法を考えようじゃないか。地球の方にはとりあえず無菌室を確保するよう伝えておく」
「はい、ありがとうございます。是非、よろしくお願いします」
守と真田は礼を言うと医務室を後にした。サーシャについての問題の整理はほぼついた。後は解決方法を考えるだけだった。
(7)
守は医務室の部屋を出るとき、佐渡にサーシャの件は進を含めて誰にも言わないで欲しいと頼んだ。地球への問い合わせもあくまでもウイルスの件についてのみにして貰うようにした。できるだけサーシャをそっとしておきたいという思いがあってのことだ。そして、弟の進も……彼自身の問題以外で悩ませたくなかったのだ。
医務室を出た守と真田は、一旦サーシャのことを棚上げすると、しばらくの間、進に雪を紹介させる作戦を展開する。そして数日後、めでたく!?進は雪を兄に紹介することができた。
その夜、守は二人に加え真田も呼んで、久しぶりに笑いの出るささやかな宴会を自室で行っていた。
守は美しいフィアンセを手にした弟をからかいまくっていた。その姿はまさにじゃれあう兄弟のそれだ。真田と雪は心から嬉しい思いで二人を見ていた。
「しかし、進ぅ! お前、どうやってこんな美人をモノにしたんだ? 俺はどうしても不思議でならんなぁ」
守がまた馴れ初めの話しを蒸し返す。が、進はどうも恥ずかしくてまともに答えられない。
「べ、べつに…… ただ、なんとなく、そうなったって言うか……」
困ったようにごまかそうとする進に雪がツッコミを入れた。
「あらっ、なんとなく……だったの? そうなのぉ〜」
進は雪のそんな台詞には弱い。
「あわっ! だから、雪…… あのなぁ……」
焦る進の姿に雪はクスクスと笑い出す。本気で進を責めたわけではない。それにつられて、守も真田も「わっははは」と笑い出した。すっかり弱みを握られたように、一人笑われ役になった進は面白くない。酒もほどよく入り酔っ払った勢いで、兄に言い返した。
「何言ってんだよっ! 兄さんだって、スターシアさんをどうやって騙したんだか…… あっという間に、子供まで作っちゃってさぁ。雪に聞いたけど、サーシャって10ヶ月くらいなんだろう? ってことは、俺達が帰ったらすぐできちゃったってことじゃないかぁ! ほんと、手が早いんだから、兄さんは……」
「古代君ったら、やだっ」
変な計算をして兄を責める進の話を聞いて、雪が赤くなって、恥ずかしそうに頬を手で押さえた。が、守と真田の顔が一瞬こわばった。
真田が守を見た――言わないのか?
守も真田を見返して、目で合図する――黙っててくれ……
進と雪はそんな二人の表情には気付かない。赤くなった雪を見て突っついて笑っている進に、守は大げさに笑った。
「わっはっはっは…… ばれたか。そんなの、当然だろうが。お前とは違うからなぁ。大事なものはすぐに手に入れて、手に入れたら離さない、っていうのが、俺の信条だ。なぁ、そうだよな、真田っ!」
ウインクして真田の背中をバチンと叩く。真田も笑いがこわばりながらもそれに同調した。
「あ、ああ…… そうだな、お前は訓練学校時代から手が早かったからなぁ。あははは……」
「やっぱりなぁ、な、雪。兄さんって危ないヤツだから気をつけたほうがいいよ。なっ!」
進はすっかり酔いがまわっている。雪は「はいはい」とお愛想に返事すると、進を連れて部屋に戻ると告げた。
席を立ち、部屋を出て行く二人を見送ると、守と真田の顔が真顔になった。
(8)
真田が口を開いた。
「お前、進には何も言わないつもりなのか?」
「……ああ、あいつ、一人でいろいろ辛い目にあったんだろう? あんないい彼女がいるのに、結婚まで延期したりして…… もう、あいつには他のことで悩まさせたくないんだ。サーシャのことはきちんと片がついてから必要なことだけ話すよ。今は、自分の幸せのことを、考えて欲しいんだ」
「そうか……そうだな。ん?だが、待てよ。お前、それじゃあ、俺は巻き込んでもいいってわけか? 俺だって苦労してるんだぞ」
真田が笑いながら冗談交じりで守に詰め寄った。
「うわっはっははは…… そう言えばそうだな。まあ、いいじゃないか! 俺とお前は腐れ縁だ、最後まで付き合え!」
「はんっ! 腐れ縁ももう10年以上になるんだぞ。訓練学校ではお前の尻拭い、ヤマトではお前の弟を助けて…… まあ、ここまで来たらお前の娘だろうが、なんだろうが、俺の娘同然に面倒みてやるよ。あははは……」
「あははは……頼んだぞ。頼りにしてるよ」
笑いながら、再び杯を交わす二人は、久しぶりの親友に戻っておおいに盛り上がった。しかし、このときの真田は、まさか自分が、本当にサーシャを「俺の娘同然に面倒をみる」ことになるとは、想像だにしていなかった。
ヤマトはそれぞれの思惑を乗せ、2201年1月12日地球へ帰還した。
(9)
地球に到着したヤマトから、クルーたちが続々と降りて行く。守も下艦の準備をほぼ完了させたところだった。その時、ドアが開き、そこには、帰り仕度を済ませた進と雪が立っていた。
「兄さん、準備は出来たのかい?」
「ああ、進か…… もうすぐだ」
守がベッドの上に広げた荷物を順にかばんに入れながら答えた。
「サーシャちゃんは大丈夫ですか?」
雪が一歩二歩と室内に入って来て、サーシャのカプセルを覗いた。サーシャはその中ですやすやと眠っている。雪の隣に立って守もサーシャを眺めると、雪に微笑んだ。
「よく寝てるよ。心配いらない」
雪はサーシャをやさしい目で見つめている。守が再び荷物を詰め始めると、今度は進が部屋に入ってきた。
「降りたらサーシャを連れてそのまま中央病院に行くんだって?」
「ああ、たいしたことじゃないんだ。1週間くらいかけて色々検査があるらしい。佐渡先生がちゃんと手配してくれてるから、心配いらんぞ」
守は、かばんに荷物を全て詰め終わると、立ちあがり、サーシャのカプセルを抱き上げようとした時、進が尋ねた。
「……ね、兄さん、その後、サーシャのことどうするか決めたの?」
「その後?」
守はサーシャを抱くのをやめて、振りかえり、進に問い返した。
「だって、兄さん一人でサーシャを育てるなんて無理だろう? 仕事だってしなきゃならないし…… どっかに預けなきゃならないんじゃないかって思って」
「ん? まあな、けど、進、お前たちはそんなこと心配しなくてもいいぞ。仕事といってもどうするか決めたわけじゃないし、病院にいる間にゆっくり考えるさ。時間はたっぷりあるんだから」
進がそんなことを心配してくれていたのか、と守はなんとなく可笑しいような嬉しいような不思議な気分になった。弟も弟なりに兄の今後を心配してくれているんだと思うと、おもはゆい。
進は笑みを浮かべた守に、何と切り出そうかともじもじしていたが、雪が隣に来て脇をつつくと、意を決したようにこう言った。
「あのさ……サーシャを雪んちに預けないか?」
「えっ!?」
進の提案を聞いて、守は驚いて、雪の顔を見た。予想もしていなかった提案にすぐに返答が出来なかった。びっくりしたような顔で自分を見ている守に、雪はおずおずと話し出した。
「あの……私が古代君に勧めたんです。守さん、きっと男手一つじゃサーシャちゃん育てるの難しいんじゃないかって。だから……」
雪が話し出して、やっとはっとした守が、雪の説明を制止した。
「雪さん…… まさか、そんなこと頼むわけには……」
「だって、守さんは古代君のお兄さんなんですもの。それにサーシャちゃんは姪にあたるわけで…… それなら、私にとっても……あの……同じことだって思っているんです」
雪は、そう言いながら進をチラッと見て頬を染めた。まだ結婚しているわけではないが、雪からすれば守は兄のように思えるし、サーシャもかわいい姪に思えてくる。そんな気持ちから、雪が進に提案したのだった。
「だから、私が預かろうかなって思ったんですけど、でも、私も仕事があるし…… 第一、子供を育てたこともない私じゃ、守さんも不安でしょう? それでこの前、地球の母に相談したら、二つ返事でOKで…… 前々から、私に、あの……子供が出来たら、預かってくれるって言ってたし……」
さらに、雪の顔が紅潮する。進の隣で自分の子供の話をするのが気恥ずかしかった。進もなんとなく顔が赤く見える。
守は雪のやさしい心遣いに胸が熱くなるのを感じた。進の選んだ娘は……なんていい子なんだ。
「雪さん……」
「母は、一応女の子を……育てた経験者ですから。あ、でも、一日中面倒を見るのは母も大変だと思うし、守さんも心苦しいでしょうから、お昼は保育所に預けさせてもらって、夜だけでも……って。守さんも防衛軍で仕事を始めれば、たぶん保育所だけだと間に合わないだろうって思うんです。だから……」
雪は真剣な目つきで、一生懸命説明した。進もそのフォローに言葉を添えた。
「そうしなよ、兄さん。雪のご両親はすごくいい人たちなんだ。それは僕が保証するよ。兄さんはいつでも会いに行けばいいし、遠慮はいらない……と思うんだ、な、雪」
「ええっ、ほんとに……! 全然遠慮なんかいりませんから!」
二人が必死に説得してくれる姿を、守は微かな笑みを浮かべて黙って聞いていたが、話が途切れると、ふっと息をついて、二人に頭を下げた。
「ありがとう、雪さん、進。…………でもな、雪さんのお母さんに抱かせてやりたいのは、サーシャじゃないだろ?」
「えっ?」 「あっ……」
進と雪が、その言葉に顔を見あわせて真っ赤になる。そんな姿がまた守には微笑ましかった。だが、彼らの提案はきっぱりと断った。
「お前たちは余計な心配しなくてもいい。サーシャは俺の娘だ。俺が責任持って育てるし、預けるにしてもよく考えてみるから。雪さんのご両親にまで迷惑はかけられない」
「でも……」
「お前たちの気持ちだけ、ありがたく貰っておくよ」
もう一度食い下がって何か言おうとする進の声をさえぎるように、守はそう言うと、もう一度頭を下げた。どちらにしても、地球の普通の家庭に預けることは不可能なのだ。
「じゃ、じゃあさ、もし兄さんが自分で育てるって言うんなら、あの……住む所とかお金のことは心配しなくていいからね! 俺がちゃんとそれくらい用立てられるから……」
進はそれでも何かしら兄の役に立ちたくて、思っていたことを口にした。
「進……本当にありがとう。よくわかったよ。いい弟と『妹』を持って俺は幸せだ。お前達に助けてもらいたい時は遠慮なしに頼む。とにかく、今はいいから。雪さんも、ご両親によろしく伝えてください。落ち着いたら、進の兄としてご挨拶に伺うからって」
「……守さん…… はい」
進の成長、フィアンセの雪のやさしさ、それは守にとってなによりのプレゼントであった。
(10)
地球に戻ってサーシャを病院に預けた守は、次の日防衛軍司令本部へ赴き、長官に挨拶し、ヤマトと進の今後のことを頼んだ。その結果、ヤマトは一部の人間を除いて極秘裏に補修改造することが決定した。責任者は、真田志郎。
藤堂長官は、ヤマト乗組員達が休暇明けで出勤してくる前日、真田と山崎を緊急で呼び出した。
「真田君、山崎君、せっかくの休暇中に呼び出してすまなかったな」
長官室の長官の机の前には、真田と山崎が防衛軍の制服姿で立っていた。
「いえ、もしかすると、ヤマトのことですか?」 真田が尋ねた。
「その通りだ。ヤマトは真田君の報告を受けて、極秘に改造することに決定した。」
真田はこの度のゴルバとの戦いで、ヤマトの機能の限界を感じていた。そこで今まで検討していた、ヤマトの改造計画を帰路の間に作成し、帰着後すぐ長官に提出していた。『ヤマトは早急に改造の必要あり』と強く要望していた。
「極秘……ですか」
真田と山崎が顔を見合わせた。藤堂は自席から立ちあがると、二人の前まで来て、真田の両肩をしっかりとつかんだ。
「そうだ、責任者は真田君、君だ。そして、山崎君にも手伝ってもらいたい。後は、真田君のほうで適任者を選定して欲しい。できるだけ口の固い人間を選ぶように。そしてこの件は、ヤマトの補強にかかわらない者には一切知らせないことにした。それは、ヤマト艦長代理古代進をはじめ、旧ヤマト乗組員達もだ」
「古代も……! 旧ヤマト乗組員もですか!?」
「そうだ」
藤堂は、はっきりと断言すると、先日の守との話し合いの内容を真田達に話した。真田はその話を聞いて頷いた。
「わかりました。私も長官のご意見には賛成です。あの若い彼らには、もっと色々な世界で勉強してもらいたいと……私も思います。特に古代……進は、兄の守の推察の通りで……是非、よろしくお願いします」
「私も同感です」 山崎も頷いた。
藤堂は、真田達の同意を得られたことで、話を次に進めた。
「それで場所なんだが、火星の外、アステロイドベルト地帯に新しい天文台を建てるという名目で、秘密ドックを建設することにした。イカルス天文台だ」
「イカルス天文台……」 真田がつぶやいた。
「全く新しい基地だ。表向きは、宇宙を監視する軍事天文台。だが、内実は、ヤマトをアステロイドの岩盤で覆った専用のドックとなる。元々、特別の修理に使うつもりで開発されていたもので、今回初めて実際に艦を収容することになったのだ。詳しくは、こちらの資料を見てくれ。
外壁用の岩盤は既に完成している。ヤマトさえよければいつでも収容可能だ。早急にメンバーを選定して作業に入ってもらいたい。ヤマトの改造は、報告書によると、約10ヶ月で完了するのだね?」
「はい、それで行きたいと思います」
「うむ、それから、これは半年ほど先の話だが、宇宙戦士訓練学校の来年度の卒業生の中から、優秀なメンバーを選定して、イカルスに行かせる。万が一のヤマトが発進する時に、新しい乗組員として使えるように教育して欲しい」
真田と山崎が驚いてまた顔を見合わせる。ヤマトは今回新乗組員を十分に乗せて発進していた。それがまた新乗組員とは……?
「しかし、ヤマトには今回の新しい乗組員達が……」
「うむ、しかし、今回の旅を終えた彼らは、古代艦長代理から立派に戦士として成長したと報告を受けている。そこで、各地区からの支援の依頼に対応してもらうことにした。北野や坂本達は、北米やヨーロッパの艦隊から即戦力として希望されて出向することになったのだ。今度いつ動くかわからないヤマトのために、優秀な人材を遊ばせておくわけにはいかない。ガミラスの侵略以来の防衛軍の人手不足は今だ解消されていないのだ。
もちろん、古代達第一艦橋のクルーは司令本部直轄の任務にあたらせるつもりだから、もしもの時はすぐにヤマトへ戻れる。その点は心配いらん」
「わかりました」
真田と山崎は揃って答えた。長官は長官なりに考えてくれているのだ。真田はそれを信じようと思った。
その時、ふと藤堂の顔色に気付いた。土気色をしているというか、ずいぶん顔色が悪い。藤堂もここ一ヶ月の間は様々なことに忙殺されているのだろう。司令本部は、白色彗星の攻撃ももろに受けている。部下も随分亡くしているはずだった。
真田がそんな心配をしていると、藤堂が思い出したように、守のことを尋ねた。
「ところで、真田君。古代守はどうしているかね?」
「はい、昨日病院の方へ行きましたが、元気にしていました」
「娘さんが地球のウイルスの関係で、地球では育てられないらしいという報告を受けたのだが、どうなのだ?」
サーシャの存在は、長官の周囲のトップクラスの者だけが知っている。ウイルス問題についても、病院を通して連絡が入っている。ただし、佐渡に口止めしている通り、サーシャの成長速度については、長官にも伝えていなかった。
「……はい、おそらく。今、中央病院の医師が最終確認中らしいのですが。地球で暮らすとすれば、ワクチンを投与できるようになるまで無菌室から出られないでしょう。ですから、彼は……どこか他の惑星の基地にでもしばらく移住したいらしいのですが。追って、本人から申し出てくると思います」
真田の説明を聞いた藤堂の顔には、落胆の色がありありと見えた。
「そうか……いや、わかった。ふうー。彼は是非とも私のそばで働いてもらいたいと思っていたのだが、そんな事情なら仕方あるまいな」
そう答えると、藤堂はめまいを感じたように体をふらつかせた。
「長官! 大丈夫ですか!!」
真田と山崎が慌てて藤堂を支えた。藤堂はすぐに顔を上げ、二人の差し伸べた手をやんわりと払った。
「だいじょうぶだ…… ちょっと寝不足でふらついただけだ」
藤堂はそう答えると椅子に戻り、体を椅子の背もたれにどっかと預けて、天井を仰ぎ見た。
(長官は、相当疲れておられる……)
真田と山崎は、話を終えると長官室を退室した。
(11)
廊下に出ると、ちょうどそこに伊達総参謀長が歩いてきた。
「やあ、真田君に山崎君、今回もご苦労だったな」
にこやかに手を上げる参謀長に、二人は立ち止まり敬礼した。
「はっ、総参謀長もお加減はいかがですか?」
真田達は、伊達が白色彗星との戦いで受けた傷の経過がよくない、という噂を聞いていた。
「……それがな。よくないのだよ。今日は君達に会えてよかった。近々イカルスに行くのだろう? もう、会えないかと思っていたよ」
伊達が淋しそうに笑った。
「は? といいますと?」
「実は……無念なんだが、私は職を辞することにしたんだ」
「なっ! なぜですか!?」
「体がな…… この前の戦いの時の傷が直りきらず、体が言うことを聞かんのだよ。それでも長官をお一人にさせるわけにはいかないと頑張ったんだが、この前医者に脅かされてね。命が惜しかったら、休め……とな」
「そうですか…… あの防衛会議で無理をおして来られたのが原因なのでは……?」
真田が申し訳なさそうに、眉をしかめた。
「それだけじゃない。もう、私も引き時なのだよ。だがな、長官のことが心残りだったのだ。長官は、白色彗星との戦いで多くの腹心の部下を亡くされた。あの防衛会議でも見ての通り、長官が本当に心を許して相談できる部下が、ほとんどいないのが現状なのだ。
もちろん、ヤマトのクルー達は長官の理解者ではあるが、如何せん皆まだ若すぎる。君達年長者は、イカルスへ行ってしまうというし、ここは私がこの体に鞭打っても、長官の手助けをせねばならぬかと思っていたところだったのだ。
そうでないと……長官のお体も持たないんじゃないかと思ってな。長官は口では言わないが、ここのところ疲れが溜まって調子が悪そうなのだ。長官も若くない、下手をしたら、長官の命にもかかわるんじゃないかと心配なのだ」
真田と山崎は先ほどの長官の姿を思い出した。顔色が悪く疲れた顔。突然ふらっと倒れても不思議のない姿だった。
「だが、この度古代守君が帰ってきてくれて、私は安心したよ。長官は、古代が帰ってくると聞いて、とても喜んでな。すぐに、「帰ってきたら、自分の参謀に……」と言っておられた。古代は沖田君の愛弟子だったし、長官も彼なら心から頼れると思っておられるようだ。それに、彼は私と違って若い。精力的に働いて、長官の右腕として活躍してくれるだろう」
「古代……ですか……」
今、真田は守が地球にいられないことを藤堂に告げてきたばかりだった。あの落胆の表情はそう言うことがあったのかと、真田も山崎も合点がいった。
「そうだ。それで、私も引退を決意したのだ。長官も最初は慰留されたが、私の体のことを説明すると、了解してくださった。古代のことを口にされて、これからは彼に頼れるから大丈夫だと言っておられた」
「そうですか……」
「うむ? 何かあったのかね? 古代に」
「いえ……」
我が責務をやっと降ろし、安心した微笑を浮かべる伊達を見ると、真田は、守が地球にいられないかもしれないと言うことができなかった。
「そうか、私はこれから正式な辞表を長官に出してくるよ。君たちも元気でな。ヤマトのみんなにもよろしく伝えてくれたまえ」
そう言って、伊達は去って行った。
(総参謀長の辞表を受けて、長官は古代のことを話し、再び慰留するだろうか? いや、長官のことだ、決してそんなことは言わずに、自分の中で片付けようとされる。とすれば、長官の体は……どうなるんだ!)
真田は呆然と伊達の後姿を見送りながら、長官が守を頼りにしている、ということに強い衝撃を受けた。
藤堂長官はヤマトや進、真田達をいつも見守り、陰日なたに支援し続けてくれている。彼にもしものことがあれば、ヤマトはどんな扱いをされるかわかったものではない。長官はヤマトクルー達にとっては命の恩人のような人物なのだ。その彼が、今、古代守を欲している!
だが、真田はさっき、守は宇宙に出たいと言っていると告げた。あの時の長官の様子を見、今の参謀長の話と総合すると、守が司令本部に入れないとなると、長官の身には相当堪えるだろう。
長官のためにも、ヤマトとヤマトクルーのためにも、古代守は、地球にいてもらわなければならない。
真田は、心の中でそう結論付けた。そして……この時、ある決意をし、山崎の方を向いた。
「山崎さん、イカルスへ行く人事の件で少し相談があるのですが……」
(12)
翌日、古代進をはじめとする旧ヤマト乗組員達に新しい任務が言い渡された。そして進は再び宇宙へと飛び立って行った。
真田は、イカルス天文台へ出向し特別プロジェクトを推進する。とだけ公表され、古代守については、まだなんの指令も出なかった。
数日後、真田は再び病院の古代守を訪ねた。医者に尋ねると、守は無菌室の中にいるらしい。真田も、エアシャワーで体を洗うと、無菌室に入った。
無菌室の中は殺風景で、物といえば、小さなテーブルと赤ん坊のおもちゃが数個転がっているだけだった。
真田は、守とサーシャを見た。二人は真田が入ってきたことに気付かないのか、真田に背を向けたまま小さな笑い声を上げていた。サーシャはヤマトに初めて乗った時に比べて、一段と成長しているのはあきらかだ。
守に手を取られると、すくっと立ちあがり、手を添えられてヨチヨチ歩きを始めた。そして、その小さな口からは、「パァパ、パァパ」とはっきりと聞こえる声を発している。
真田は、そんな姿を微笑ましく見ながら、守に声をかけた。
「どうだ? 病院暮らしは?」
後ろから不意に声をかけられて、初めて真田の存在に気付いた守が、サーシャを抱き上げて振りかえった。その顔から笑顔は消えていた。
「無機質だな。面白くない。早く出たいよ。さっき、こっちの医者と佐渡先生が来て、やっぱりウイルスの件は佐渡先生の診立てのとおりだったことがわかった。サーシャは、ワクチンを投与するまで、地球ではここから一歩も出られないんだ」
もしかしたら佐渡の診断に思い違いがあり、ウイルスは問題なかった、と言う可能性はないかという、真田の最後の淡い期待は泡と消えた。
「……そうか」
「決めたよ、真田。俺は、宇宙で暮らす。長官に、皿洗いでも掃除夫でもなんでもするから、どこかの宇宙の基地に行かせてくれって頼むことにする。サーシャはこの1年足らずで格段に成長するんだ。こんな部屋にずっと閉じ込めておくなんてことは絶対に出来ない。事情を話して、犬の出入りのない宇宙基地に行かせてもらう。そうすれば、サーシャも少しは自由に動けるはずだ」
守は真剣な眼差しで真田を見た。それは、その決意が固いことを表していた。真田は何も答えられずしばらく守と見詰め合っていたが、一瞬視線をはずして下を見た。そしてゆっくりと顔を上げると、こう言った。
(13)
「古代…… サーシャは、俺が預かろう」
いつもの真田の口調を変えることなく静かに言ったその言葉は、しかし、守に大きな衝撃を与えた。
「え? なんだって!? お前、今何て言った!!」
「サーシャは俺が預かる、と言ったんだ」
「突然何を言い出すかと思ったら、何馬鹿なこと言ってるんだ、真田。どうして、お前がサーシャを預からなきゃならない?」
守は一瞬驚いた顔をしたが、真田の提案を歯牙にもかけない。しかし、真田も真剣だった。
「俺は、イカルス天文台に行くことに決まった。ここでヤマトを極秘に改造するためにな。俺はその責任者になった。つまり、俺は宇宙の基地勤務になったんだ」
ああ、それでサーシャを預かると言ったのか。守から笑みが漏れた。守は真田の言った意味を自分なりに理解した。
「そうか…… じゃあ、ちょうど良かった。お前のイカルス天文台で俺を使ってくれ」
サーシャが父にじゃれついてきて、守はうれしそうに頬擦りを返した。後ろで真田の「いいよ」と言う返事をするのを期待している。しかし、真田の答えは、守の期待通りではなかった。
「それはできない」
守がえっと言う顔で真田を見た。真田は深刻な目つきで守をじっと睨んでいた。意外な答えに守もムットした。
「なぜだ?」
「……長官が、お前を欲している」
「長官が? それはありがたいな……しかし、今は無理だ。俺はサーシャを手放す気はない」
守が静かに話す。お前そんなこともわからないのか、とでも言いたげな顔だ。だが、真田の表情は変わらない。
「長官には今誰か支えてやる人間が必要なんだ。それは……お前だ」
その冷酷にも似た無表情な顔つきに、守の声が荒いだ。
「何を言ってるんだ、お前! そうだろ!! サーシャは……この小さな子は母を亡くしたばかりなんだぞ。それなのに、父親の俺もこの子を手放したらどうなる!! だめだ……絶対に、だめだ!!」
守も真田を睨んだ。一歩も引くつもりはない、と視線が訴えている。真田の顔が初めて悲しそうに歪んだ。
「しかし、長官はあのままでは倒れてしまう。白色彗星との戦いの事後処理で、心労がピークに達してるんだ。体も精神ももう限界に来ている。その上、今心を許せる部下が周りに誰もいない。お前の手助けが必要なんだよ! お前なら、長官を助けられる……お前しかいないんだ!」
さっきまで冷静に話していた真田の声が、だんだんと大きくなり、最後は苦しそうなうめくような声に変わっていった。
「サーシャにも俺しかいない!」
守は半ば叫ぶような口調で言い返すと、サーシャを強く抱きしめた。
一瞬の沈黙。
真田にも守の気持ちは十分わかっていた。だが……今は、彼を説得するしかない。彼に頼むしかないのだ。
(14)
真田は再び説得を始めた。
「長官には、俺も進も世話になっているんだ。ヤマトの、みんなの恩人なんだよ。長官がいままで様々なことから、ヤマトの盾になってくれていたんだ。長官がいなかったら、俺達はいまごろ反逆者のままだったかもしれない。いや、それ以前にヤマトはあの戦いで発進できずに、地球は今ごろ占領されていたかもしれないんだ!
その長官が苦しんでいるんだ。お前の尊敬する沖田艦長の一番の盟友だった長官が…… 助けてやってくれよ……」
真田の声が震えてきた。搾り出すようなその声に、守も反論する言葉を失った。
「…………」
「サーシャは、この俺がお前に負けないくらいの愛情で父として、守り育ててやる。頼む! お前がそばで支えてやらないと、長官は……長官の体は今の重圧に耐えきれない。だから、俺のためにも、進達のためにも、今、お前にしか出来ないことをしてくれないか、守!! 頼むよ」
真田が頭を下げた。そしてまた顔を上げ、辛そうな視線で守を見た。真田の訴えは守の心に響いた。
(わかる、確かにお前の言っていることはわかる。だが……)
守は真田の顔を真正面から見られなくて顔をそむけた。
「真田…… しかし、どう考えたって、未婚のお前にサーシャを預けるだなんて…… 第一サーシャが懐くはずが……」
守は戸惑う気持ちを整理するようにサーシャを見た。すると、真田がゆっくりと歩き出し、二人のすぐ隣まで来て、サーシャにそっと手を伸ばした。
「サーシャ、おじさんのところへおいで…… おじさんと一緒にイカルスに行こう」
真田がやさしい声でサーシャに語りかけた。サーシャは真田の顔をじっと見つめる。不思議そうに真田の顔をしばらくながめる。真田が微かに笑みを浮かべて、もう一度手を差し出してサーシャを誘った。すると、今度はサーシャはうれしそうに真田の手の方に自分の体をのばした。
「だぁ、だぁ、だあああ…… パァパ、パァパ」
真田は体重をかけてくる赤ん坊をすっと抱き上げた。守の手からサーシャがするりと抜けた。サーシャは、この強面の男を近くで見ても泣きもしない。素直に抱かれ、うれしそうに小さな手でその顔をペチペチとたたき出した。
覚えたばかりの「パパ」と言う言葉を、真田に向かってもつぶやいている。不思議な雰囲気が広がり、やわらかな空気が周りを包んだ。
真田自身予想していた以上に、サーシャは真田を簡単に受け入れたのだ。
(15)
「ふふふ…… サーシャのほうがよくわかってるみたいだぞ」
真田は、サーシャを見、そして守を見た。守は驚いた顔で二人を見つめている。。真田がサーシャが全く違和感無く抱きしめているのだ。サーシャもすんなりとその胸に埋まっている。
守の心が動揺する。サーシャは真田を父として受け入れるというのか……?
『私は、真田さんと行ってもいいのよ』――こんな小さな子にそんな選択などできるはずがないのに、守にはサーシャがそう言っているように思えた。
「お前…… いや、それでも、女手のないところで、未婚のお前が育てられるはずがないだろう!」
最後のあがきのように、守は真田に育児など無理だと説いた。しかし、真田の顔に浮かんだ笑みは消えなかった。
「なあ、古代。俺の信条は何だか知ってるか?」
「えっ? お前の信条……? 用意周到……か?」
「あはは、わかってるじゃないか。俺がそんなことも考えずに言ってると思うか?」
真田は、当然のごとく、サーシャの育児に女性の手が必要なことを認識していた。そして真田は、イカルスに行くメンバーの中に、山崎機関長の夫人を入れることにしたのだ。
「イカルスには、山崎機関長の奥さんにも行ってもらうことにした。彼女のことは、俺もずっと以前からよく知っている。とてもすばらしい女性だ。彼女は信用に値する人物だ。
今、彼女は司令本部の総務で働いている。それで、今回イカルスの総務全般の総まとめとして行ってもらうことにした。そして彼女は、男の子と女の子を立派に育て上げた母親経験者だ。子供達は既に独立しているし、問題無い。
山崎さんと彼女に事情を話して相談したら、喜んで最大限の協力してくれると言ってくれたんだ」
そこまで考えてきた真田の準備は万端だった。守はこれ以上言い訳を考えることはできなかった。
「……真田。参ったな。お前の言い分はよくわかった。だが……悪いが、今夜一晩考えさせてくれないか」
「……わかった。ヤマトはあさっての夜、発進する。よく考えてみてくれ。頼む」
(16)
古代守はその夜一番中考えていた。
自分のこと、サーシャのこと、そして亡き妻スターシアのこと…… 妻が娘を自分に託して逝ったことを考えると、どうしてもこの結論しかでてこない。
サーシャを手放すなんて……無理だ……
だが……守には、他に家族がいた。友も仲間もいる。
弟の事を思い出した。イスカンダルに来たヤマトに乗っていた弟。成長した姿。そして、自分がイスカンダルに残る事になった時の、あの別れ際に見せたさわやかな笑顔。あいつは、地球とあいつを捨ててイスカンダルとスターシアを選んだ俺を、何も言わずに笑顔で送り出してくれた。
そして、自分の知らないうちに起こった地球の再びの災禍。弟は自分の幸せを捨てても、地球のために宇宙のためにヤマトと共に旅立って行った。多くの仲間を失いながらも、弟は自分の全てをかけて地球を……救った。そして傷つき悩んでいる。
それでも弟は、自分のことより俺のことを心配してくれている。そのフィアンセの雪も、家族ぐるみで俺達のことを気遣ってくれた。
だから、俺は……今度は俺の番だと思った。地球に戻ることになったその時から、そう決めていたはずだった。長官に会ったときもそう思ったはずだ。
今度は俺が地球を守る。弟達にこれ以上の負担をかけさせないように……と。
それなのに……俺は……サーシャ!!
真夜中、守は病院の中庭に出た。空を仰ぎ、満天に輝く星々を見つめた。イスカンダルのあった大マゼラン星雲はこの北半球からは見えない。だが、きらめく星を見ていると、あの星で共に暮らした妻のことが心一杯に広がってくる。
スターシア……スターシア!! 君ならどうする?どうしたらいい? 教えてくれ、スターシア! 今俺がなすべきことが何なのか。どの道を選べば良いのか……
――どこにいても、私とあなたとサーシャはいつも一緒よ――
守は、星の瞬きの中からスターシアの声を聞いたような気がした。しかし、星々はただ、ひたすら小さな宝石のように輝き続けるばかりだった。
夜が明けて空が白みかけてきた頃、守の心は……決まった。
――サーシャ、お父さんを許してくれるかい?
守は朝一番に真田に連絡をいれた。
(17)
二日後、深夜の海底ドック。極秘で改造されるヤマトは、一目を避けるように、イカルス天文台へ向かって、今、静かに発進しようとしていた。
ヤマトへのタラップの下では二人の男が見つめ合っていた。古代守と真田志郎である。
「真田、頼んだぞ」
守の切なる気持ちを受け、真田は大きく頷いた。
「わかった。サーシャは大切に……大切に育てるから。お前も折を見てイカルスへ来いよ。ヤマト改造の進捗状況のチェック管理者にはお前を指名してある。いつでも仕事にかこつけて来れるんだから……な」
「何から何まで……ありがとう」
「ああ、その代わり、長官のことは頼む。お前が守ってやってくれ、無理をさせないように」
「ああ……わかっている」
守の顔が辛そうに歪む。別れの時が近づいていることを感じているから。その時真田の通信機にヤマトの第一艦橋から連絡が入った。
『真田さん、発進10分前です。ハッチを閉めます。ヤマトへ乗艦してください』
時は非情にも止まることを知らない。
とうとう守は、ぐっすり眠っているサーシャをカプセルごと真田に手渡した。だが、その預けたカプセルに添えた手がどうしても離せない……
守がぐっと目を閉じて、サーシャのカプセルを真田に押し付けるようにして、やっとその手を離した。真田がそれをしっかりと抱きとめる。
「行くよ、古代」
「元気で……サーシャを……」
守はそれ以上言葉を発することはできなかった。こみ上げてくるものが、喉を目頭を詰まらせる。真田はもう一度しっかりと頷くと、守に背を向けてヤマトのタラップを上がっていった。
真田の後姿を潤む目で見送りながら、守は心の中で娘に向かって叫んでいた。
――サーシャ、元気で大きくなるんだぞ。新しいお父さんの言うことを良く聞くんだよ。サーシャ……お前はお母さんを亡くしたけれど、お父さんが二人になったんだぞ。よかったな……サーシャ――
サーシャに伝えると言うより、これでよかったんだと、自分に言い聞かせるために、守の心はそう叫んでいた。
ゆっくりと動き出したヤマトが海水の中に沈んでしまうまで、古代守は微動たりせずに見送った。
(エピローグ)
古代守が娘を真田に預けてから半年の月日が経った。その日、守は数回目の出張でイカルスに来ていた。
「パパァ〜!!」
大きな声で叫びながら、愛娘のサーシャがかけてくる。ほぼ一ヶ月ぶりの再会に大喜びで、サーシャは父の守に飛びついた。一緒に守を迎えた真田もうれしそうに笑っている。
「サーシャッ! 大きくなったなぁ。どうだ、毎日ちゃんと勉強しているか? ほら、これが今日のおみやげだ」
守が大きな包みを渡すと、サーシャの笑顔はさらに輝いた。この笑顔を見るのが守にとって何よりの喜びだった。
「わあ、ありがとうっ、パパ。毎日勉強してるわ。澪はとってもかしこいよって、真田パパがいつも誉めてくれるのよっ!」
サーシャはここでは真田の姪の澪ということになっている。メンバーの決まっている開発室のフロアからは出ないようにしているため、事情を知っている開発関係の一部の所員以外にはサーシャの成長速度のことも知られていなかった。
「パパは、真田パパと話があるから、これを持って山崎のおばさんのところへ行ってなさい」
「はあい! じゃあ、後で来てねっ!」
サーシャは頷くと、嬉しそうに手一杯にお土産を抱きしめ、駆けて行った。サーシャを見送ると、真田が振りかえって守を見た。廊下を真田の自室まで並んで歩きながら会話する。
「元気そうだな、古代。この前も弟と二人で派手にやったらしいな。武勇伝がここまで聞こえてきたぞ」
先日起こったタイタンでのコスモナイトの横流し汚職事件を、進や守達が解決したことを聞いたのだろう。
「ああ、あれか。いろいろと大変だったよ。防衛軍も忙しい。外敵が来ないと、今度は内部から膿がでる」
守が苦笑する。長官の右腕として、守の仕事も板についてきたらしい。長官の調子もいいようだ。真田は、サーシャを自分で預かると言う選択が良い結果になったことを嬉しく思った。
「そうだな。ところで、その進はどうしてる? 雪とのことはどうにかなったか?」
古代進と森雪の結婚延期問題は、ヤマトクルーたちの心配の種の一つだった。早くきちんとけりをつけて欲しいのだ。しかし、守の返事は芳しくなかった。
「いや、どうもなってないよ。相変わらず仲はいいが、最後の一押しがないんだよな、進のヤツは……」
いかにも歯がゆそうに言う守の言葉が面白くて、真田は笑いだした。
「あっははは…… やっぱりそうなのか」
真田がそう言うと、今度は守がいらずらっぽくにやりと笑った。
「だがな、今度進と雪に例の放射能プロジェクトに参加してもらう話が進んでいるんだ」
「ああ、上条のやってるヤツだな」
「そうだ。最後に現場の人間をメンバーに入れて欲しいと言ってきてるんだ。それに進を参画させようと思ってるんだ。長官に話したら良い話だって言ってくれたし。それで進は二ヶ月ほど地上勤務になるはずだ。それも雪と一緒にな」
「ほぉ…… それで一気に話を進めようと?」
真田もにやりと笑った。
「まあな、あいつにハッパをかけてやるよ。もちろん、プロジェクトの方も大事だからな。お前もメンバーだろ? 最終結論を出す前に一度相談に来させるから」
「そうか、楽しみに待ってるよ」
そこまで話したとき、二人は真田の部屋に到着した。真田は部屋に入り、守に椅子を勧めると、サイフォンに入れてあったコーヒーを入れ、守に差し出した。コーヒーのいい香りが部屋の中に広がる。守は座ってコーヒーを一口すすると、今度は我が娘のことを尋ねた。
「ところで、真田。サーシャはどうだ?」
「ああ、見ての通り、体のほうは、もう地球で言うと10歳前後くらいまで成長したかな。あと二ヶ月もすれば、あのワクチンを飲める体になりそうだ。もう少しだぞ、古代」
守は、真田の話にほっと安心する。毎度順調だと言う話を聞かせてくれる。しかし、本来の業務以外の慣れない事をしているのだから、いろいろと苦労しているはずだと思うのだが、真田は一言もそんなことは言わない。
「そうか、よかった…… お前に預けて本当に良かったよ。とても明るいいい子に育っている」
守は心から感謝した。その言葉に真田は照れたように笑う。
「いいや、山崎夫人のおかげだよ。本当に助かっている。ところで、サーシャの教育のことなんだが、今彼女は、既に中学生レベルの学習をしている。それも毎日すごいスピードで習得しつつある。今後は彼女にはどんな教育をさせたいんだ? 地球へ戻ったら大学に入れたいんだろう?」
サーシャの教育は毎日どんどん進み、彼女の頭脳はまるで乾いた真綿のように全てを吸収して行く。真田はとても期待していた。
「ああ、その件だが……これが今日持ってきた資料だ」
守が持ってきた分厚いファイルを差し出した。真田が開いてぱらぱらと中身をチェックした。
「宇宙戦士訓練学校の選抜メンバー表か…… ほお、山南校長が自ら率いて来るのか」
「ああ、今年の生徒もなかなか優秀らしいぞ。最終訓練という名目で9月にはここに来る。予定通り、ヤマト乗務員として働けるよう訓練して欲しい」
これは出発前から長官に聞いていた。真田は頷いたが、話がそれたことに気付いて聞きなおした。
「わかった…… それで、サーシャの方はどうするんだ?」
「サーシャも、このメンバーの中に入れて欲しいんだ」
「なんだって!? サーシャを宇宙戦士にするつもりか?」
予想外の守の提案に真田は驚いて尋ねた。まさか娘を宇宙戦士に……と言うとは思わなかった。しかし、守は真剣だった。
「サーシャは星の運命を背負う子として生まれてきた。そのことは以前話したことがあったよな。その星とはどの星のことかって考えたんだ。そう、イスカンダルが無い今、あの子が背負うのは……『地球』ということになる」
「まさか……」
あのいたいけな小さな少女が地球の運命を背負う……真田にはとても想像できなかった。
「俺も半信半疑だが…… ただ、もしあの子にそんな運命が待っているとしたら、万が一ヤマトが立つことがあれば、あの子を必要とするんじゃないかと思ったんだ。だから……」
そのような大それた運命が娘に待っているとは考えたくないが、もしもの時、それに対応できるように万全を期してやりたい。これも守の親心であった。
「そうか、わかった。彼女はどこに出しても恥ずかしくない宇宙戦士に育てよう。ただし、本人が嫌だと言ったらやめるからな」
「わかったよ。頼んだぞ。本当にあっという間だったな、この半年…… あともう少しだ。来年になったら地球で一緒に暮らせる」
「そうだな、楽しみにしてろ。けど、いきなり年頃の娘と暮らすのは大変だぞ」
「そうか、じゃあその時は真田、お前も一緒に暮らすか?」
「嫌だね! 娘一人に親父が二人もくっついてたら、娘がかわいそうだ。そんなうっとうしい娘じゃ彼氏もできんぞ」
「そうか……そうだな、あっははは……」
再会を喜ぶ二人の父とサーシャ。そして、宇宙を飛び回る進と地球で暮らす雪。まもなくイカルスにやってくる宇宙戦士訓練学校の生徒たち。彼らをつなぐ運命の糸は複雑に絡み合いながら、一つの未来へとつながっていた。
−おわり−
(背景:Heaven's Garden)