分岐点2−(1) もうひとりの生還者
    (『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』
      プレイステーションゲーム『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士たち〜』より)

  (1)

 西暦2202年1月12日、ヤマトは地球に帰還した。訓練だけの予定が、イスカンダルの災禍の連絡に思わぬ長旅になった。イスカンダルが消滅し、スターシアを失ったことは計り知れない悲しみとなった。
 しかし、悲しいことばかりでもなかった。進の兄、古代守とその娘サーシャは無事地球へ連れ戻すことが出来た。そして、新人乗組員がこの旅で立派な宇宙戦士へと成長したのだ。

 そして、ヤマトを降りた進と雪は長官室に呼ばれた。

 「古代、ご苦労だったな。今回も思わぬ戦いに巻き込まれたようだが、スターシアさんのことはとても残念だが、古代守君達だけでも救出できてよかった」

 長官は厳しい表情のまま、進にねぎらいの言葉を伝えた。

 「はい、ありがとうございます、長官。兄は今、サーシャと共に中央病院に行きました」

 「うむ、聞いておる。何かサーシャの検査があるそうだな。地球とイスカンダルでは違うところもあるのだろうから。だが、佐渡先生が医師団と相談して彼女の今後を決めることになっているらしいので、心配しなくともいいだろう。古代守には、是非防衛軍に復帰してもらいたいと思っておるのだが……」

 「サーシャのことが解決できれば、兄も復帰には二つ返事だとは思います。それと、イスカンダリウムを狙った新たな帝国の存在も気になります……」

 進がうつむき加減になった。あの未知の戦艦の母星はいったいどんな星なのだろう。それがまた地球へ悪影響を及ぼす事はないのだろうか? 不安に思い出すと、どんどんそれが広がってくる。

 「うむ、データの分析は早々に科学局の方に手配してある。ヤマトの改造についても真田君からの報告書を貰っている。早急に処置を検討する。対処については、また休暇が明けてから話そう。まずは、ゆっくり休みたまえ。明日から3日間の休暇を、ヤマト乗組員全員に言い渡した。もちろん君達もだ」

 「はい」

 (2)

 進の返事を受け、長官は表情をいくらか和ませて話題を変えた。

 「ところで、実はひとついい知らせがあるのだ」

 「といいますと……?」

 「コスモタイガー隊の山本明が生還していた」

 「えっ!! 山本がっ! 本当ですか?」 「まあっ! 山本君がっ!」

 長官の思いもかけない言葉に、進も雪も驚いて、同時に声をあげた。

 「間違いない。無事だ…… 我々も全く知らなかったのだが、一昨日、突然彼から辞表が届いた」

 「辞表……ですか? 何か怪我でもしているのですか? どうやって助かったんでしょうか? なぜ、今までわからなかったのですか?」

 進が身を乗り出して、矢継ぎ早に質問をする。

 「それが、詳しい話はまだ聞いてないのだ」

 「え?」

 「古代、その全てを、直接本人に会って聞いてきてくれないか。実は、我々も彼には直接会ってない。彼の母親が彼の辞表と簡単な手紙を預かって来たのが一昨日だった。本人は、戦闘中に追った傷の療養中で来られないと言うことで、後日改めて挨拶に来るというのだが……
 手紙には、今までニューヨークの連邦北米病院に入院していたと書かれてあった。おそらく、北米管轄の艦に救助されたのだと思うのだが、詳しい話は何も書いていない。どうして今まで北米支部から何の連絡がなかったのかもわからんのだ」

 「そんな……」

 「それで、こちらから北米支部に照会したのだが、今回の戦乱の後処理が忙しいようで、一個人の動向まですぐには手が回らないらしい。本人に会って聞くのが一番とは思うのだが……」

 「会いたくない……というのですか?」

 「うむ……『今はあまり人と会いたくない。が、古代となら会ってもいい』と母親は伝言されてきたというのだ」

 「私とだけ……ですか?」

 進は考えるように首を少し傾けた。ヤマトの艦長代理として山本たちを指揮した自分に、彼が言いたいことがあるということなのだろうか? 考え込むような進の顔を、雪は心配そうに見た。

 「そうだ、古代。すまんが山本に会って事情を聞いた上で、できれば辞表を撤回させてくれないか? もちろん、戦闘機に乗れない体だというのであれば、それなりの部署を用意すると伝えて欲しい。彼の尽力に我々も報いたいのだ。決して悪いようにはしないと……」

 長官はまっすぐに真剣な眼差しで進の顔を見た。その言葉になんの偽りもなかった。進はすぐに返答した。

 「わかりました。さっそく明日行ってみます」

 「うむ、あ、それと、雪。君も同行してくれ。山本の母親が戦死の報告にきた二人には、もう一度会って礼を言いたいと言っておられたのでな。古代と同行してくれたのは君だったね」

 「はい、わかりました…… 私も山本くんの無事な姿を一目でも見たいですから」

 「二人とも頼んだぞ」

 長官は、進と雪の両側から二人の肩を強く握った。

 (3)

 翌日、進と雪はエアカーで、山本が母親と住んでいるという家を訪ねた。

 「山本が生きていたなんて…… 一人でも多くのクルーが生き残っていてくれてうれしい。だが、心も体も傷ついているのだろうか…… なぁ、雪」

 悲しげに微笑む進に、雪も軽く笑顔を返す。

 「ええ、すぐに連絡をして来ずに、その上辞表を届けてくるなんて…… 何があったのかしら?」

 「俺だけに会いたいって言うことだから、君は彼のお母さんと一緒に待っていてくれ。話が済んだら、ちゃんと顔だけは見せるように説得するから……」

 「ええ、山本君の気持ちを大切にしてあげて。彼、きっと仲間のコスモタイガー隊のみんなが全員亡くなっていることを知ってショックなんだと思うわ」

 「そうだな…… まだまだ引きずってるんだよなぁ、あの戦いのことは」

 ふっと遠くを見るような格好をする進に、雪はまた微かな不安がよぎった。

 「古代君……?」

 「俺は……大丈夫だよ。心配するな、雪」

 進は雪の不安をすぐに取り払うように笑顔を見せた。そして、右手で雪の頭をなぜ、そのまま雪の握られた両手をおおい、強く握り締めた。その掌からも「心配するな」という進の言葉が伝わるようだった。

 (4)

 進たちが示された住所に家を見つけると、そこは小さなヘアーサロンだった。山本の母親が経営しているのだろう。
 二人は店の入り口に立った。ツィーンという音と共に、店のドアが開いた。店内は、客が2人ほど座って髪のセットをしていた。

 「こんにちは」 「いらっしゃいませ」

 二人が声をかけると、店員らしい二人がこちらを向いて、にこやかに挨拶した。二人いる店員の内、一人は明るい髪に染めた若い女性だった。従業員だろう。
 そしてもう一人は、雪の母親と同年輩くらいの女性だ。その人が山本の母親だった。進たちは、以前地下都市に避難している時に彼女に会っているので、すぐにわかった。相手の方も、進たちが何者かをすぐに思い出したようで、「あっ」と言うと、言葉を続けた。

 「今、お客様の方すぐ終わりますから、少しお待ちください」

 進たちは頷くと、山本の母の示す待合エリアのソファに腰かけた。5分ほどしてその客が帰り、母親が進たちの所にやってきて、深々と頭を下げた。

 「お待たせしました。今日はわざわざご足労いただいてすみません。それから先日は本当にありがとうございました。思わぬことでしたが、先日息子は無事に帰って参りました。皆様には本当にご心配をおかけいたしました」

 「あのそれで…… 山本は?」 進がさっそく山本の所在を尋ねる。

 「ええ、さっき、ちょっと散歩に行って来るって言って出かけたんです。もうしばらくになるので、間もなく帰ってくると思うんですけれど」

 散歩という母親の言葉に、進も雪も安堵のため息をついた。少なくとも寝たきりの状態ではないということなのだ。

 「山本は、体になにか支障があるのですか?」

 「いえ……あの……詳しい話は本人から聞いていただけませんか? 私にも詳しく話してくれないのです」

 二人が伏目がちに淋しそうに話す母親の姿を見ていると、店のドアが開いて一人の男性が入ってきた。それが、進たちが久しぶりに見た山本明の姿だった。

 (5)

 入ってきた山本は、外見には特に変わった様子もなく、怪我などをしているようにも見えなかった。

 「ただいま……」

 「山本!!」 「山本君!!」 進と雪が横から声をかけた。

 その声に山本はすぐ、進たちの方を見て微笑んだ。

 「よおっ! 古代、雪さん。元気そうだな……」

 「山本……お前……」

 進が何か言い出そうと一歩二歩近づいた時、山本がさらに笑った。

 「ここじゃなんだから、奥へ行こう」 そう言うと、山本は店の奥への扉を顔でさした。

 「私は待ってたほうがいいわね、古代君……」

 雪が遠慮して進にそう言うのを、山本にも聞こえたらしい。

 「いいんだよ、雪さんも…… 長官には古代だけって言ったけど、一度に大勢に押しかけられたくなかっただけなんだ。雪さんなら大歓迎だから……一緒に来てくれ」

 山本の言葉に進も頷いて、雪と連れ立って奥の部屋に入って行った。彼に案内されるまま、一番奥の部屋に二人は入った。山本の私室らしい。ベッドと小さなたんすだけが置いてあるシンプルな部屋だ。

 「まあ、座れよ。大変だったな、古代。今回も、テスト航海のはずがいきなりドンパチだったんだってな」

 山本が、さも同情するような顔で進を見た。進は口元も堅く渋い顔で座っている。

 「ああ…… それより、山本、お前、あの戦いの後どうなったんだ? 怪我はひどかったのか? 何か体に問題でも残っているのか? それに……どうしていままで生きてたことを黙ってたんだ!! 俺たちはどんなに……!」

 聞きたいことは山とあるとばかりに、座っていた腰を浮き上がらせて迫る進に、山本は両手で押さえるように手のひらを前後させた。

 「……今、話すよ。落ちつけよ、古代。雪さんも大変だよなぁ。いつもいつもこの男の面倒見るのは……」

 山本が進の勢いに押されながら苦笑して、冗談っぽく雪に言った。それに雪は笑って答える。

 「うふふ…… まあね。慣れたわ、もう」 チラリと隣の男を見る。

 「どう言う意味だよ! 山本! 雪!!」 進の勢いはまだ止まっていない。

 「あはは、すまん、古代。それより今から全部話すから……聞いてくれよ。あの白色彗星との戦いの時、俺がどうなったのかを…… コスモタイガー隊のたった一人の生き残りになってしまった俺の話を」

 山本はそう言うと、遠い目をして天井を見上げてから、ふーっと大きなため息をついて話始めた。

 (6)

 「あの日、彗星帝国への潜入作戦に出陣した俺の機は、敵の攻撃でメインエンジンをやられた。操縦桿もきかなくなって、俺ははっきりと『死』を意識した。古代、お前の姿が目に入ったのはその時だった。最後の挨拶に、と思って敬礼した……」

 「ああ、知っていた。お前が敬礼しながら、都市帝国の下方へ引き込まれるように落ちて行くのを、俺はどうする事も出来ずに見ていたんだ」

 進はあの時の光景を思い出すと、胸が苦しくなった。

 「あの時、お前の顔がなぜか異様にはっきり見えたんだ。何か叫んでいるような……そんな顔に。あいつは何を叫んでいるんだろう? そう考えていると、ふとあの時のお前の声を思い出した。『最後まであきらめるな!!』っていう……」

 「あの時……?」

 「そうだ、あの時だ。ヤマトがイスカンダルへの旅の第一歩を踏み出したばかりのあの時、あれも確か月の付近だったよなぁ。火星へのワープ時間が迫る中、お前は敵の攻撃でふらふらになった俺の機を一生懸命誘導してくれた。あの時も、俺は一旦あきらめかけたんだ。もう、俺はここで終わりだってね。だが、お前はあきらめなかった。お前が叫ぶ「最後まで頑張れ!あきらめるな!!」という声に励まされて、俺はヤマトに戻ることが出来たんだ」

 山本が進の顔を真剣な眼差しで見つめて話す。進は遠い昔を思い出すようにつぶやいた。

 「そんなこともあったな……」 「覚えてるわ、わたしも……」

 「そのお前の声が、落ちて行くコスモタイガーの中の俺にまた聞こえてきたんだ。『最後まであきらめるな、あきらめちゃいけない!』
 その瞬間、俺は機の緊急脱出装置を作動させていた。俺は、最初そんなもの使うつもりはなかった。あの宇宙空間での戦闘だ。どう考えたって、すぐに救出されるはずがない。それも、大気圏内ならまだしも宇宙空間でどうやって生き長らえられる? どう考えたって無理な話だろう? しかし、お前のその声が、俺をこのまま無為に機に残ったまま爆死することをためらわせたんだ。

 緊急脱出装置はすぐに作動した。だが、機に損傷があったんだろうな。コクピットのカバーが完全に開かなくて、脱出の時に俺は背中を強打した。それでも、なんとか脱出する事には成功したんだ。
 飛び出してからは、背中のひどい痛みと寒さが迫ってきた。宇宙空間の寒さは簡易宇宙服を着ていてもひどく感じられた。そして、遠くで音もなく光る戦いの様子が、まるで花火でもあがっているかのように見えていた。それを目にしながら、俺はお前たちの無事を祈っていた……

 簡易宇宙服での宇宙遊泳の限界は、約3時間。そんな短い間に誰かが助けに来てくれるとは思えなかった。宇宙の中に浮かんでいる俺の大きさなんか、海の中に浮かぶノミよりも小さいんだ。ヤマトも決死の戦いの最中だ。まして、俺が生きているとも思われていまい。俺は再び自分の死を意識した。

 そして、痛みと寒さで薄れゆく意識の中で、このまま、宇宙を漂流し続ける浮遊物になるんだろうか? それとも、月にでも引き込まれるか? 万一、地球に引き込まれても地上に到着する前に燃え尽きるよなぁ…… とか、いろんなことを考えていたよ。
 『古代、すまないなぁ。やっぱり俺はだめだったよ。最後まであきらめなかったけど……だめだったよ』 戦いの光の中にいるであろうお前に、俺はそうつぶやいていた。

 そして俺は、意識を失った…… 次に俺が目を覚ましたときは、病院のベッドの上だったんだ」

 まだまだ続く山本の長い話を、進と雪はじっと聞きつづけた。
 (7)

 西暦2201年11月12日、ヤマトが都市帝国への最後の戦いに挑んでいる真っ只中、月から地球へ向って発進する一隻の宇宙高速艇があった。
 司令本部から、月付近に都市帝国が停止したため、月面基地は一旦放棄して地球へ戻るよう指令が出た。その高速艇は、司令官を始めとして最後まで基地に残留していた要員全員を乗せて飛び立ったのだ。
 そして高速艇は、司令官の所属する防衛軍北米基地のあるニューヨークコスモエアポートをめざしていた。

 「司令! 現在、ヤマトが都市帝国との戦闘中であります!! 左舷前方に都市帝国と戦闘らしき光芒が見えております」

 高速艇の副操縦士が、後方に立ち外を見る司令官に声をかけた。

 「うむ…… 地球政府と司令部は、無条件降伏と見せかけて、ヤマトの奇襲作戦を待っていたのだな。しかし、今の我々の力ではヤマトの邪魔になるだけだ。早急に地球に戻って体制を整えよう」

 (ヤマトよ頑張ってくれ! 君たちが我々の最後の希望なのだから……)

 祈るような思いで司令官はヤマトの戦いを見つめていた。その時、戦闘現場をじっと凝視していた一人の副官が声をあげた。

 「あっ! あそこに浮遊するのは……もしかすると、人ではありませんか?」

 「ん?」

 司令官もその方向を見る。こちらに近づくように流れてきている。近づくに連れて、確かに人の形に見えてきた。

 「ヤマトと都市帝国の戦闘の戦死者か…… 敵か味方かわからんが、戦死者には最大の敬意を持って対処しよう。あの人物を収容できるか?」

 「はい、やれると思います。幸い、敵はわが艇に気付いていないのか、攻撃もありませんので、船外に出て回収してみます」

 司令官の言葉に航海長が答えた。

 「うむ、気付いていないのかもしれない…… いや、たとえ気付いていたとしても歯牙にもかけていないのだろう。では、頼むぞ」

 航海長が慎重に高速艇を目的物に近づけ、乗組員の一人が船外に出て浮遊する死体らしき物体を回収した。やはり人だった。それも服装から、ヤマトの乗組員とわかった。そして彼はその人物の脈を取って、驚きの声をあげた。

 「こ、これは……!! 司令!! 生きています!! 彼はまだ息があります!!」

 「何!! 息があるだと! よし、すぐに応急処置を……」

 「はいっ!」

 すぐに医療の知識を持った要員が体のチェックを始めようとして、横たわる人物の前に来、その顔を見て叫んだ。

 「あっ……山本!」

 「ヤマモト? 知っているのか?」 司令官が聞き返した。

 「は、月面基地の戦闘機パイロットだった男です。私もよく見知っておりました」

 「ヤマトが謀反を起こして飛び立った時に合流したものの一人か……?」

 「はい。加藤隊長の右腕だった男です」

 「そうか……月面基地にいた男を救助する事が出来るとは…… まさに神のお導きとしか言いようがない。彼は怪我などはしておらんのか?」

 「今、確認しております」 そう答えて、その要員が山本の背中を押して、横に動かそうとした。

 「うううっ!」 山本がうめく。

 「背中……背中を打撲しているようです」

 「外傷はひどいか?」

 「いえ、特に外傷はひどくありませんが、意識が朦朧としているようです。宇宙服内の酸素残存量からして、宇宙空間に飛び出してから、1時間も経っていないのではないかと思われます。幸い、宇宙服には損傷がなく、宇宙放射線もこの程度なら問題になるほど浴びてないと思われます。奇跡に近い幸運です!」

 「そうか。確かに奇跡に近いな……この広い宇宙に飛び出して我々の艇に出会うとは……ラッキーな男だ」

 司令官が感慨深げに寝ている山本を見た。

 (さすがはヤマトの乗組員だけある。最後まであきらめない根性が、こんな幸運を彼にもたらしたのだろう)

 「司令! ヤマトに連絡しますか?」

 通信士が、今の話を聞いて連絡の有無を確認してきた。

 「……いや。今、ヤマトに怪我人の存在を知らせても対応できまい。それに、万一その通信を敵に傍受された方が問題だ。とにかく、至急地球に戻って病院を手配させよう。大気圏内に突入し次第、連邦北米病院に連絡をとって至急医師を派遣するように伝えてくれ」

 「はっ! 了解しました。1時間後に大気圏に突入しますので、その時点で連絡します」

 こうして、山本は自らの生のためへの最大限の努力を幸運に結び付け、無事に地球に帰りついた。

 (8)

 連邦北米病院内通信室では、大気圏に突入した高速艇からの医師派遣依頼を受信した。

 「……了解しました。至急、医師をニューヨークコスモエアポートに急行させます」

 通信士は、受信後すぐに外科病棟に連絡を取った。

 「至急の医師派遣依頼です。本日の外科担当当直医で、現在手の開いている方は……?」

 「ミス マミヤです。」

 「了解、ミス マミヤに至急、ニューヨークコスモエアポートへ急行し、怪我人の処置を指示願います。詳しい状況はわかりませんが、外傷はないものの、背中を痛打している模様。宇宙高速艇の到着時間は、今から30分後です」

 「すぐに伝えます」

 連絡を受けた看護婦がそれを伝えようと振りかえると、ちょうどそこに研修医の間宮希がいた。彼女は、東京の連邦中央病院の腕利きの医師だが、現在は外科の権威フォード教授の技術習得のために、昨年からここ連邦北米病院に研修に来ていた。

 「あ、間宮先生……」

 「事情は今聞いたわ。怪我人ね。すぐに出発します。病院の手術室の準備をお願い。それから、万一のため、フォード教授にも連絡をお願いします!」

 「はいっ!」

 看護婦が小気味よく返事するのを確認して、希はナースステーションを走り出た。

 (ヤマトの乗組員を救助したと聞いたけれど…… 古代君、まさか君じゃあないわよね? それに……ヤマト!! 最後の踏ん張りどころよ! 頑張って……)

 この間宮希は、以前古代進の艦の臨時の艦医として、タイタンまで同行した事があり、進や雪のことはよく知っていた。(作者注:詳しくは、『幸せへの奇跡』をご参照ください)

 約30分後、エアポートに高速艇が到着し、山本はすぐにストレッチャーに乗せられて、間宮医師の乗る救急車に乗せられた。

 「(古代君じゃないっ……)あなたっ!! 意識はある?」

 希は目を瞑ったまま動かない山本に声をかける。

 「……う……」

 山本はかろうじて眉をひそめるだけで、意識は混濁しているようだった。それでも、希の質問になんとか答えた。

 「どこか痛い?」 「背……なか……」

 「背中が痛いのね? 他にはない?」 「足が……」

 「足? 足はちゃんと2本あるわっ! 大丈夫よ。動かないの?」

 希は、その状況から、脊髄に損傷をおった可能性があることを察知して、病院に向けて携帯通信機を発進させた。

 「あ、間宮です。患者は、脊髄の損傷の疑いがあります。至急手術の必要があると思われます。レントゲンと手術の用意をしてください。それから、フォード教授は? 来院している? そう、じゃあ、執刀をお願いするかもしれないと伝えてください」

 病院に到着した山本は、さっそく検査を受け、背中の強打による背骨の骨折と脊髄の傷が確認された。すぐにフォード教授の手で回復手術を受け、数時間にわたる手術は無事に終了した。

 (9)

 翌日、山本は麻酔から覚めて意識を取り戻した。胴にはコルセットのようなものがしっかりと巻きつけられ、固定されている。体は思うように動かない。山本は顔だけを動かして周囲を観察した。白い壁の殺風景な部屋。ここが病院である事はすぐにわかった。
 その時、ドアが開く音がして一人の看護婦が部屋には言ってきた。

 「目が覚めたのね? こ気分はいかが?」

 「ここは……?」 

 「連邦北米病院です。」

 「北米? アメリカか?」

 「ふふふ……そうです、ここはニューヨークのど真ん中よ」

 金髪の看護婦はこの人は何を言っているのだろう、といった顔で山本を見て笑った。自分が救助された事を知った山本は、はっとしてヤマトの安否を尋ねた。

 「ヤマトは…… ヤマトはどうなった!! 地球は……!! うっ!」

 まだ手術後の麻酔の後遺症が残る状態の上、背中には傷がある。そんな状態で起きあがろうとして痛みで眉をしかめる山本を、看護婦は慌てて押さえ込んで答えた。

 「ヤマト? 安心してください。ヤマトはあの彗星帝国を打ち破って昨日無事帰還したわ。地球はまたヤマトに救われたのよ」

 「無事帰ったのか……ヤマト…… そうか、よかった」

 ヤマトも地球も無事らしいという言葉に、山本は自分の体が脱力するのを感じた。が、すぐにまた体に緊張が走った。

 「ヤマトは無事だった…… じゃあ、乗組員は……! コスモターガー隊は!!」

 また起きあがろうとする山本を、看護婦は再び押し付けて眉を吊り上げた。

 「だめです! あなたは昨日大手術をしたんですから、あんまり興奮しないでゆっくり休んでください。人のことはそれからですっ!」

 「しかし…… うっ……背中が……」

 「ほら、ごらんなさい! だめです。じっとしていてください」

 「俺の体はどうなってるんだ?」

 「どうもなっていません。地球一の外科医師フォード教授が直接執刀してくださったんですから、なんの心配もいりませんよ。詳しい事は、後で主治医の方から説明がありますから……」

 「それより、ヤマトの乗組員の事を教えてくれっ! みんなはどうなったんだっ!」

 「そのことも含めて先生に尋ねてください!」

 看護婦はそう言うと、ウインクを一つして山本の病室を立ち去った。

 (10)

 一人になって山本は、自分の体のそれぞれを動かそうとした。まず、顔を両側に、それから両手……普通に動いた。胴……コルセットが窮屈で動きにくいし、背中に痛みが走る。そして、両足……!!

 (動かない!! 足が両方とも……動かない!!)

 足の感覚がほとんどなかった。山本の意思に反して、その両足はぴくりともしなかった。

 (なんてことだっ!! 足を動かせないとは…… もしかして、なくなってしまったのか?)

 慌てて手を伸ばして触ろうとして体を起すが、背中の激痛で動けない。かろうじて触れた太ももは存在していたが、その先はわからなかった。

 (どういうことなんだ!?)

 その時ノックの音がして、白衣を着た美しい女性が入ってきた。美人だが東洋系の顔をしている。

 「こんにちは。お加減はいかが?」

 「あ、あんたは?」

 「私は、間宮希(のぞみ)、あなたの主治医です」

 山本はその名で、彼女が日本人だとわかった。

 「今はここで研修中ですけど、所属は東京の中央病院。昨日、エアポートまであなたを迎えに行って、ここまで連れてきたわ。昨日のフォード先生の手術も一緒に手伝ったたのよ。それであなたが日本人だって言うこともあって、私があなたの主治医になったというわけ。よろしく」

 そう言って、間宮希は山本の前に手を突き出して握手を求めた。山本は軽くそれに答えるとさっそく尋ねた。

 「よろしく…… ところで、俺の足はどうなっているんだ?」

 「足? ああ…… 心配要らないわ。昨日も、足、足って言ってたわね。大丈夫、足はちゃんと2本ありますから」

 希がくすっと笑ってあっさりと言ってのけた。

 「じゃあ、どうして動かないんだ? 感覚がほとんどないんだ」

 まだ山本の不安は解消されていない。さらに質問する彼に、希はちょっと考えるようなしぐさをしたが、意を決したようだった。

 「……ここには、あなたの家族がいるとも思えないし、直接あなたに説明するしかないようね。ストレートに話したほうがいいんでしょう?」

 「まどろっこしいのは嫌いだ。はっきり言ってくれ。最後まで黙って聞くから、全部隠し事なしで頼む」

 希の言葉に、山本は唇を引き締めて真っ直ぐに彼女を見つめて答えた。

 「了解、さすがヤマトの乗組員ね。覚悟がいいわ。じゃあ言うわ。あなたは、昨日救助された時に、背中を強打していて、背骨を骨折して脊髄に傷を負っていたの。脊髄って言うのは、ご存知でしょうけど、神経の中枢みたいなもので、あなたの場合、腰のすぐ上あたりに傷を負っていたの。と言うことは、悪くすれば下半身付随の危険性があったのよ」

 「下半身不随!!」 さすがに山本もそれには驚愕の声をあげた。

 「ええ、でもそれは心配ないわ。あなたを手術したフォード教授は、外科手術の権威。特に神経系の手術にかけては、地球上で右に出る人はいない抜群の能力を持った方なんです。彼に手術をして貰えるなんてあなたは本当にラッキーだったのよ。もちろん手術は成功したわ。だから、大丈夫。あなたの足は必ず動くようになります」

 「そうか……」 断言する希に、山本はホッとしたように答えた。

 「ただし……残念だけれど、普通の人ほどにはその機能の回復は出来ないかもしれないわね」

 その言葉は安心したばかりの山本の気持ちを再び波打たせた。

 「な、なんだって! じゃあ……」

 「あなたも歴戦の宇宙戦士だと思うから、隠し立てしないけれど…… これから下半身の機能回復のためにリハビリをしてもらうことになります。あなたなら、1ヶ月もすれば伝え歩きくらいは出来るようになるでしょう。でも、走れるようになるかどうかは……」

 「そ、そんな……」

 「かわいそうだけど、それが事実よ。あなたの場合、このまま脊髄損傷で下半身に大きな障害が残っても不思議がなかったくらいなの。足が動けるようになるだけでもありがたいと思って…… いいえ、あの宇宙の中であなたが発見されて助かった事自体、奇跡としか言いようがないのよ……」

 そして、希は月面司令から聞いた救出時のことを説明した。山本はそれをじっと表情を変えずに聞いていた。

 「そうか…… 月からの避難船に救われたのか…… 本当に奇遇だな」
 
 山本は伏目がちに、自分の状況と救助された時の状況のことを考えていた。

 (確かに……俺は助かっただけでも奇跡的なんだ…… ということは…… 他のみんなはどうなったんだ?)

 山本のそんな様子に、希は同情を含んだ悲しそうな笑みを浮かべた。しかし、その美しい顔が曇るのは、単に山本への同情だけではなかった。
 数年前の冥王星付近でのガミラスとの戦いで彼女は婚約者を失った。宇宙に散った自らの愛する人を思い出さずにはいられないのだった。
 だが、山本はそれを知るよしもなかった。

 「ヤマトのクルーは…… みんなはどうなったのか教えてくれないかっ!」

 山本の顔が激しく歪み、訴えるような視線を投げかけてきた。自分の怪我のことを聞く時よりも動揺しているように見える。希はそれにどう答えたら良いのかすぐに判断をしかねていた。

 「…………」

 「大勢死んだのか? どうなんだ? 教えてくれ!! あそこには俺の仲間がいたんだ!」

 山本が叫ぶようにさらに訴えつづけると、希は大きく息を吸って吐くように言った。

 (11)

 「…………いいわ、見せましょう。これがヤマトの生存者リスト。20名足らず…… もちろん、その中にあなたの名前はまだ入っていないわ」

 希は事前に用意してあった、ヤマト生存者の短いリストを山本に手渡した。山本はそれを受け取ると、食い入るようにその生存者リストを見つめた。
 しばらくの間、沈黙が続いた。山本が、それに目を通し終わった頃、再び希が口を開いた。

 「大変な戦いだったようね。詳しい事は今日中にも司令本部から発表があるはずだから…… あ、そうだわ。あなた、山本さんっていったわね? あなたのことは、まだ東京の司令本部にもヤマトにも知らせてないのよ。それに、あなたの家族がいれば連絡するように手配するから教えてくださらない?」

 しかし、山本の耳には希の言葉は全く入ってきていなかった。生存者リストに載っていない仲間の名前を小さい声でつぶやいた。

 「……加藤……鶴見………………コスモタイガー!!」

 「山本さん……?」

 「俺だけが……生き残ったのか……」

 「無事に生き残った方が辛いのよね…… わかるわ、その気持ち、でも……」

 「あんたにわかるわけないだろ! 俺は、大勢の仲間を全部なくしたんだ!」

 同情を込めて言った希に、山本は吐き捨てるように激しい言葉を投げつけた。

 「……ごめんなさい…… でもね、私も大切な人を数年前にガミラスとの戦いで亡くしてるのよ」

 「……!」

 希の告白に、山本は「えっ」というように、彼女の顔を見た。山本の正面から少し顔を背けた希のまつげが微かに震えている。

 「だから……少しはわかると思うわ。あなたの気持ち……」

 「そう……だったのか…… すまない…… ちょっと気が動転していた。今の時代、大勢の人がそんな思いをしているんだよな」

 「だから、待っている家族に、ヤマトのみんなに知らせてあげないと……あなたの無事を」

 希は真剣な表情で山本の顔を見た。その視線を山本は真っ直ぐに受け取れずに顔をそらした。

 (12)

 しばらく、希と反対の方を向いて沈黙していた山本が、そのままの姿勢で希に尋ねた。

 「俺の足は治らないのか?絶対に……」

 「普通の人並みになれるかどうかわからない、これが正直なところよ。ほんの数十年前ならあなたは間違いなく半身不随だったのよ。ほんの最近なの、脊髄の回復手術が成功するようになったのは……」

 「じゃあ、戦闘機には……?」 山本が恐る恐る尋ねる。

 「戦闘機どころか自転車だって乗れるようになるかどうか……」

 「!!……ふうっ、あんた、結構きつい事をはっきり言うね」

 反対を向いていた顔を希の方に向きなおし、山本が自嘲気味に笑った。

 「ごめんなさい。でも、それがお望みだったんでしょう? 私だって相手を見て話しているわ。こんなショックな事を話して大丈夫かどうかのね。あなたなら、はっきりと伝えた方がいいと思ったのよ」

 「確かにね。わかった。だが、俺はあきらめない! 俺にとってコスモタイガーに乗ることは俺の生き甲斐なんだ。それを簡単にあきらめるわけにはいかない」

 激しい口調で言う山本の顔には、有無を言わせない強固なものがあった。希は、今はこれ以上何を言っても無理だと判断した。

 「わかりました。とにかく機能回復のためのリハビリを早急に始めましょう。やるだけのことはやってみないとね」

 「それで、ヤマトの仲間にも家族にも、連絡しないでくれないか?」

 「なんですって!?」

 「こんな体の俺なんか誰にも見せたくない! 必ず回復して……回復してから、みんなに会いたい! 頼む。そうでなきゃあ、死んでいった奴らにも顔向けができないんだ!」

 「……あなたの気持ちはよくわかるわ。でも私の一存では決められません。北米本部と相談してみます」

 「頼む! 俺が動けるようになったら必ず連絡するから、今は誰にも会いたくないんだ!!」

 山本の心からの叫びを希は胸に強く受け止めていた。
 (13)

 「結局、間宮先生は、北米本部へのかけあってくれて今まで俺のことを知らせないようにしてくれたんだ。結構、大変だったようだが、『治療に必要だ』とつっぱねてくれたらしい。ただし、その期限が60日だったんだ。いろんな事務処理の関係上それ以上は絶対だめだと言われたそうだ。
 それから、俺は死に物狂いでリハビリに励んだ。なんとか60日以内に、みんなに会える自分に戻りたかったんだ……」

 山本がふっと微笑みを浮かべた。ここまでの話を聞いて、雪の目にはすでに涙があふれそうになっていた。進は真剣な眼差しで山本の顔を見、視線をその足元にむけた。

 「それで、戻ったんだろう? 足のほうは?」

 「ははは…… そう見えるだろう? 確かに、俺もそう思った。医者の言うことだって間違いがあるんだってね。だが……」

 山本がそこで言いよどんだ。「だが……」この先に待つ言葉は想像するに良い話ではないことは明白だった。

 「!?」

 「今から一週間前、退院が決まった俺は、彼女にまた容赦のない事実を突き付けられた」
 「退院おめでとう……」

 「ありがとう、先生。おかげでほら、こんなに良くなったぜ。これでまた、コスモタイガーにだって乗れる!」

 そう断言する山本に、希は眉をしかめ悲しそうに首を振った。

 「それは無理よ、山本さん」

 「どうして!! 俺は、今まで必死にリハビリを続けた。そして、もう走ることだってなんだって出来るようになったんだ。これだって、あんたは最初出来ないって言ってたじゃあないか。それが出来るんだぞ! だから……」

 「ええ、あなたの努力にはほんとに驚いたわ。今でも、信じられないくらい。まさかこんなに早くこれほどまでに回復するとはとても想像できなかった。普通じゃ考えられないもの…… でも、戦闘機は無理です」

 希ははっきりと断言するが、山本はまだ食い下がった。

 「ど、どうしてだっ!?」

 「あなたの昨日のリハビリの最後に取った反応速度のデータを見てみたわ。結果は、『普通の人にわずかに劣るが、通常生活に問題なし』でした。つまり、普通に生活する分には何も不便を感じないっていうこと。
 けれど、これが宇宙を駆け巡る戦闘機の操縦となると大問題よ。100分の1秒の遅れだって致命傷になることがある世界なのよ。もし、とっさの判断時にあなたの反応が少しでも遅れてごらんなさい。それは即、大事故につながる可能性だってあるんじゃない? その上、あなただけじゃなくて、周りにいる機にも被害を与えてしまうかもしれない。
 そんなこと、コスモタイガーのチーフのあなたなら百も承知でしょう。それは決して許される事ではないわ。
 だから私は、司令部からあなたが再び戦闘機に乗れる体に戻ったのかと尋ねられたら、医者としてはっきりと「否」というしかないのよ。わかるでしょう? 山本さん」

 「しかし…… まだこれから回復するかも……」

 しかし、希はそれにも首を振った。

 「いいえ、もう限界です。今でもあなたの筋肉が悲鳴を上げ始めてる。これ以上、無理に機能を高めようとしたら今度は逆に退行してしまうかもしれない。あきらめなさい!」

 毅然とした態度で話す希の姿には、有無を言わせないという表情がありありとしていた。

 「…………」

 「あなたの人生の道はたった一つではないはず。それをよく考えてみたら? 防衛軍に復帰したいのなら、きっと司令部で便宜をはかってくれるでしょう。戦闘機にこだわりたいのなら、訓練学校の教官になってもいいし、整備の仕事だってあるわ。もちろん、違う職種を選んでもいい。あなたまだ20歳なんでしょう? あなたの人生はまだ始まったばかりなのよ」

 「せんせい……」

 山本はこの時初めて、自分がもう二度とコスモタイガーに乗って宇宙を飛び回ることがないんだ、と言うことをはっきりと自覚した。「宇宙戦士、山本明」はもう死んでしまったことを……
 「しっかし、あのセンセは本当にストレートでバシッと物事を投げつけてくれるものだぜ。なあ、古代。けど、今から思えば俺にとってはそれが一番良かったと思う。あのセンセイはさすがだよ。俺に、もしかしたらっていう曖昧な期待をもたせたままにしておけば、後で俺はもっと傷ついていただろう。だから、はっきりしてよかったと思っているんだ」

 「……山本」

 「それから俺はこの前母さんに辞表を持って行ってもらうまでの間、これからのことを考えたんだ」

 「それなら、山本! 防衛軍に戻ってこいよ。長官からも是非辞意は撤回してもらってこいって…… それなりの部署を用意するからって!」

 「古代…… もう、加藤もいないんだ。鶴見も他のヤツらも…… 俺が帰っていくところはないんだ」

 「何をいってるんだ! 俺がいる! 島も太田も相原も……同期はまだまだいるぞ!」

 「羽をもがれた鳥は、もう飛べないんだよ、古代」

 そう答える山本の表情はないように反してすがすがしく見えるのは気のせいだろうか。進はそれでもまだ彼を引きとめたいと思った。

 「……山本!!」

 (14)

 進がまだ何か言おうとした時、トントンと部屋をノックする音がした。山本がどうぞと答えるとドアが開いて、彼の母親が飲み物と茶菓子を入れたトレイを持って入ってきた。

 「ごめんなさいね、お茶が遅くなってしまって……急ぎのお客様があったものだから」

 すまなそうに微笑む母親に、山本は軽く笑って「いいよ」と答える。そして彼女は、進と雪にコーヒーを勧め、再び来訪の礼などを繰り返すと「ごゆっくり……」と声をかけて出て行った。山本は部屋の奥にあった小さなテーブルを持って来て三人の間に置き、お茶のトレイをその上に載せた。

 「コーヒー……でもいいか? 古代?」

 進が自ら注文して飲む時は、紅茶かカフェオレが多いことを知っている山本はそう尋ねた。進は大丈夫だと言うように黙って頷いた。「雪さんも?」の問いに雪もニッコリ笑って頷く。

 「母さんの入れるコーヒーはうまいんだよなぁ」

 山本はさっそくその香を楽しんでから一口飲んだ。進も雪も同じようにしてそのコーヒーを飲んだ。

 「いい香り……」 雪がうっとりとそう答える。

 「だろ? 古代にはわからんだろうけど?」

 山本はうれしそうに答えると、進を茶化すように言った。

 「ん? いやうまいよ……」

 「ほんとかよ? お前にコーヒーの味がわかるとは思えないんだがなぁ。あのヤマトのコーヒーをまずいとも思わないで飲んでたやつが…… あ、あれは雪がいれるとお前にだけはうまくなるんだったっけ?」

 「ばかやろうっ!……」

 進が少し赤くなっている隣で、雪も頬を染めて笑っている。確かにヤマトのコーヒーはまずかった。そのまずいコーヒーを、その頃はまだ加減を知らなかった雪が入れるとさらにまずくなった。
 第2艦橋のメンツがその被害にあって以来、ヤマトでは『雪のコーヒー』と言うと『まずいもの』を指す代名詞になってしまった。
 ところが、雪がいれたそのコーヒーを進はけっこう平気で飲んでいたらしい。愛のなせる技なのか、それとも単に味音痴なだけなのか……未だに謎だが、そのせいで進は、すっかりコーヒーの味のわからないやつというレッテルを貼られてしまっていた。

 (15)

 「で、お前たちは、いつ結婚式することになったんだ? あの戦いで延期になってしまったんだろう?」

 「ん…… しばらく延期することにした」

  山本の質問に照れたように雪の顔を見て進が答える。

 「どうしてっ!!」

 山本の気色ばんだ顔に困ったように二人は顔を見合わせてから、雪が冗談ぽく言った。

 「私たち、もう少し恋人気分でいたくて……ね」

 なんとなく悲しげに進を見つめる雪の微笑に、山本は二人の複雑な心境を思いやった。

 「…………そうか、お前たちもいろいろな思いを残してるんだな。けど、早めに決めなおせよ! みんな心配するぞ」

 「ああ、ありがとう、山本」

 「そう言やぁ、間宮先生も心配してたぜ。お前たちはもう結婚したのかって……古代、お前には随分世話になったって言ってたぞ。俺のことをあんなに親身になってくれたのも、お前に世話になったお返しだって言ってたしなぁ」

 「ああ……」 進は以前あった出来事を思い出していた。

 「お前、あの人と何かあったのか? もしかして……雪さんに言えないようなことが」

 山本が意味深な顔で進をつつく。

 「な、なんてことを! あるわけないだろうっ!!」

 コーヒーをバンとテーブルに置いて進が否定する。焦る必要がないのに焦っている進に、山本がさらに意地悪く尋ねた。

 「そうかなぁ? 浮気でもしたんじゃないのかぁ? ここだけの話にしてやるから、謝ることがあるんなら正直に謝っておいた方がいいぞ、雪さんに……」

 「ばかなこと言うなっ! 違うって!」

 確かにあの時は『古代くんが浮気!?』と疑って大騒ぎした雪だったが……

 「うふふ…… ええ、山本さん、間宮先生は私もよく存じ上げてる方よ。実は、古代くんがね……」

 雪は、困っている進に助け舟を出す。進の艦に希が艦医として乗ったことや、タイタンでの出来事などを話して聞かせた。

 「ふうん……そういうことだったんだ。それが先生が言ってた『大切な人をガミラスとの戦いで亡くした』ってことだったんだな」

 「ああ……随分辛い思いもしたみたいだ」

 「そうか…… みんなみんな残ったものに科されるんだよなぁ、悲しみは……」

 山本は、進や雪そして希……今を生きる誰もがそれぞれの大切な人を失いながらもその悲しみに耐えて生きていることを改めて感じた。

 (加藤……そして、俺の仲間たちもみんな逝ってしまったんだ)

 山本は再び残ったコーヒーを口元に運びながら、ヤマトで出会い友情を深めていった彼らのことを、思い起こしていた。

 (16)

 「辛いこともたくさんあったけど、いろいろと楽しかったよなぁ……イスカンダルへのヤマトの航海は」

 山本は、心の中の思い出を口にした。

 「……ああ……」 「そうね」 進や雪にとっても同じだった。

 「俺たちの青春がそこにあった」

 そして山本は可笑しそうに一人で思い出し笑いをして、進にこんな話を始めた。

 「そういえば古代、お前は知らなかっただろうが、ヤマトに乗ったばかりの頃は、お前の事が気になって気になって……加藤にとっても俺にとっても、お前は『目の上のたんこぶ』だったんだぞ」

 「え?」 突然の山本の発言に進も雪も驚いた。初めて聞く話だった。

 「俺たち飛行科は、訓練学校では、お前たちとほとんど別行動で研修を受けていただろう? だから、お前の腕前は直接知らなかった。けど、俺たちの教官が言うんだ。『砲術科の生徒で、お前たちより戦闘機の操縦がうまいヤツがいる』ってな。それもはっきりと断言するんだ。
 俺たちは悔しくってなぁ。大きな戦艦に乗って大砲撃ちをする奴に俺たちが負けるもんかってね。特に加藤と俺は飛行科の中でも実力はナンバー1を争っていたからなぁ。戦闘機乗りとしてのプライドにかけても許せなかった」

 鋭い視線で進を睨みながら山本は話した。だが、口もとは面白そうに笑っている。

 「おいおい……」 進が驚いて困った顔をした。

 「ははは、それでヤマトに配属になったときは、顔では笑顔でよろしくと言ったものの、俺たちは面白くなかったのさ。例のヤツが俺たちの班長だってんだからなぁ。その上、あの加藤が試乗して扱いきれなかったって言って、ネをあげそうになっていたコスモゼロをお前の専用機にする、だろ? 少しでもその扱いでヘマをしたら、俺たちはもうお前になんか指図されないつもりだったんだ」

 「おっかない話だな」 進は真面目に冷や汗がでた。

 「ああ、そうなんだぞ。ところが、いきなり月付近でのあのワープ前の事件だろう。お前はなんなくコスモゼロを操縦するし、反対に俺がいきなり被弾してあの有様…… それをお前が必死になって助けてくれたんだ。あれで俺たちのお前に対する気持ちが180度変わったんだ。お前の実力と心根をとくと見せてもらったって感じだったよ」

 「あはは…… た、助かったなぁ」

 山本は進の表情を楽しむような顔をしてさらに言葉を続けた。

 「ああ、俺たちは根が単純だからな。お前の実力がホンモンで、根性もイイとなりゃあ…… いいって思ったら、今度はトコトンだからな。加藤なんかも、いきなり『俺は古代が気に入ったぞ!アイツとならどこへでも一緒に行く!』なんてな。アイツは俺よりさらに単純だからなぁ」

 山本がくくっと笑うと進にウインクした。進も肩をすくめて苦笑する。

 「ははは…… 確かに……」

 加藤を思い出して笑う進に、雪がちょっと意地悪く突っ込みを入れた。

 「古代くんも人のこと言えないくせに。うふふ……」

 「あっははは…… そうそう、そうだよなぁ、雪さん」 山本は大受けしている。

 「ちぇっ」

 「それからの旅はお前と俺たちの名チームが出来たってわけだ」

 山本は、雪の突っ込みにフテている進の肩を軽く叩いた。

 (17)(イラストはめいしゃんさん)

 進は山本の乗せた手を自分の手で取って降ろし押し戻すと、苦しい思い出を吐くように言った。

 「……でも、俺は加藤にもお前にもいつもギリギリの線を走らせてたよ。すまない…… だからこそ、加藤も…… そしてお前だって……」

 進はこみ上げてくるもので言葉が詰まってしまう。そんな進を励ますかのように山本の声が少し大きくなった。

 「古代! 俺は全然後悔してないぜ。きっと加藤だって…… あいつ、お前たちを乗せて無事ヤマトに帰って来て逝ったんだってなぁ。アイツらしいよ。きっと満足してたはずだ。もしかしたら、自分が死んだってこともまだわかってないかもしれない」

 「……加藤の最期の笑顔は、今も忘れられない」

 進はあの瞬間のあの姿が今も目に鮮やかに蘇ってくる。本当にいい奴だった……
 「そうだろう? アイツはそんな奴だよ。そんなアイツと一緒に戦えて俺は幸せだった。一番の親友だった。アイツがいてこそ俺がいたんだよ。おれはアイツと二人でいたから、今までやってこれたんだ。だから……」

 山本がその後を言いよどみ、三人の間に沈黙が流れた。目を併せた山本と進の視線が様々な記憶を絡ませながら空(くう)を飛び、再び併さった。

 「なあ、古代。俺は防衛軍を辞める。コスモタイガー隊に残れるわけでもない、そして……加藤もいない。俺が一人ですがりついている理由は何もないんだ。俺たちの後にもまた活きのいい奴がどんどん現れるさ。心配するな。
 といっても、俺もまだ何をしようとか決めているわけじゃあないんだ。でも、俺はまだ20歳なんだ。これから俺の生きる道を探しても遅くないって、そう思うんだ」

 このとき、進には山本をもう引き止めることはできないと言う事がはっきりとわかった。それでも、もう一度だけ尋ねずにはいられなかった。

 「山本……本当にそれでいいのか?」

 「ああ。ありがとう、古代。お前はこれからもやっていくんだろう? このギリギリの世界で……」

 「俺は……不器用な男だからな。他に何が出来るかって言われても…… それに、宇宙を飛ぶのは好きだから」

 「うん、がんばれよ。いつも応援している。だが、絶対死ぬな! どんなことがあっても、必ず生きて戻ってこい! 雪さんのためにも、俺たちのためにも」

 進は黙って頷いた。

 「古代、俺はまだ空はあきらめてないぞ。センセイも軽飛行機を趣味で操縦するくらいなら出来るようになるって言ってくれたからな。そのうち、また飛ぶよ。大空を自由気ままに……
 そして、新しい道を見つけたら、あの英雄の丘に行って仲間に伝えるつもりだ。山本の新しい人生の始まりをね」

 山本は、窓から青い空を眺めながら目を細めた。その表情は、青い空と同じくらいすがすがしく輝いていた。進も雪も山本の新しい選択を心の底から応援する気持ちになっていた。

(by めいしゃんさん)

 「がんばれよ、山本」 「どんな道を選んでいくのか楽しみにしてるわ」

 「ああ。おっと、そ・れ・か・ら!! お前たちの結婚式には必ず呼んでくれよ! 加藤たちの分も俺がお前たちの結婚式を見届けなきゃあならないからなぁ。いいなっ!!」

 山本が今までで一番の微笑みを浮かべて、二人の肩をバチンと叩きつけた。

 「っててて……わかったよ、山本」 「ありがとう、山本君。必ずご招待するわ」

 二人の返答に満足げに頷く山本明だった。

 山本明、生きるための努力を止めなかった彼は、再び人生を取り戻すことが出来た。彼の前途にどんな道が広がっているのか……それはまだ誰にもわからない。しかし、彼ならば必ず悔いのない道を選んでいくことだろう。
 志し半ばで宇宙の星になった彼の仲間の分も……彼の人生には託されているのだから。

 (18)

 その後、しばらく雑談をした後、進たちは山本の家を辞した。進は車を海辺へと走らせ、静かな海辺で止めた。車から降りて砂地を二人して歩く。波が静かに二人の足元近くまで寄せては引いていた。進はうーんと大きな伸びをひとつすると、まぶしそうに天を仰いだ。

 「山本の再出発を祝福してやらないといけないんだよなぁ、雪」

 雪の方を振り向いて進が語りかける。

 「そうね…… でも、ちょっぴり淋しい?」

 「うん、正直言ってその通りだよ。せっかく生きて帰ってきた仲間なのにって思ってね。でも……アイツの話を聞いていると納得できる。道は一つしかないわけじゃないんだもんな。だから、やっぱり祝福してやらないと……」

 「……そうよね。私たちも……」

 雪はそう言うと進の腕を取ってそっと体を寄せた。雪の柔らかな髪が進の顔や首筋をくすぐった。愛しい人だ……と進は思う。彼女と一緒に、自分もまた明日から生きていくんだという思いがわいてくる。

 「俺たちも……負けてられないな。俺たちの仕事は今までと変わらないけれど、気持ちだけは山本と同じ新たな気持ちで……な」

 「ええ……」

 見つめあい、そして唇をそっと合わせる二人の頭上には、山本が見たのと同じ青い空が広がっていた。

−お わ り−

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