分岐点2−(2) 弟への思い (「宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち」より)


 ヤマトがイスカンダルから帰って来て一週間が経ち、旧ヤマト乗組員たちも再びそれぞれの任務に戻りつつあった。そして、ヤマトは……というと、

 「宇宙戦艦ヤマトは、今後特別任務時のみ出撃するものとし、どの地球艦隊にも所属しない」

 復興なった地球防衛軍の最高会議での決定だった。それは、今回のイスカンダル、ガミラスを破壊する原因になった未知の帝国への危惧からでもある。もしものときにヤマトがいつでも発進できるように、ヤマトは極秘に大幅なパワーアップをはかることが決定した。
 ヤマトが誰がいつどのように改修を行うのかを知っているのは、長官とその側近数名と真田しか知らなかった。それはヤマトの艦長代理、古代進でさえ知らせられなかったのだ。なぜ、進にまで知らされなかったのかというと……進の知らないところでの兄、守の弟への思いと長官の配慮があった。



 ヤマトがイスカンダルから帰った翌日、古代守は娘サーシャを中央病院に預け、防衛軍司令本部にやってきた。

 「再び、ここを訪れる事があるとはな……」

 司令本部を見上げる守はひとりつぶやいた。そして、受付で藤堂長官への面談を申し込むと、すぐに案内が出てきて長官室まで案内された。
 長官室では、藤堂が一人執務を行っていたが、守の姿を見ると、立ちあがって守を迎えた。

 「古代守、昨日、地球へ……帰還いたしました……」

 守は、きりっと立ち敬礼をする。昨日は、サーシャのことがあり、チラと頭を下げただけで中央病院の方へ行ってしまった。守が、正式に藤堂に挨拶するのはこれが帰還後初めてだった。藤堂も、敬礼を返して答えた。

 「ごくろうだった…… 今回のスターシアさんのことは……とても残念なことだった。
君の心中は察するに余りある。我々も地球の恩人を亡くし大変悲しい思いをしている。心から哀悼の意を示したい」

 「長官…… ありがとうございます。彼女は、スターシアは……自分の星を立派に最後まで守りぬきました。彼女は立派なイスカンダルの女王でした。私には……サーシャがいますから…… 大丈夫です」

 少し顔色を変えはしたが、ほとんど表情を変えずに守ははっきりと返事した。

 「そうか…… それでサーシャの事は?」

 「はい、今いろいろと検討中で、近いうちに最善策を医師の方から示してくれるとのことで、それまでは病院内の特別な部屋にいます」

 「うむ、彼女が成人するまで存在は秘匿するということで話は済んでいる。心配はない。ところで、古代、君は防衛軍に復帰してくれるんだろうな?」

 長官が懇願するような視線を送った。

 「……それは…… サーシャのことが決まってからにしていただけませんか? どんな風になるか…… あの子には私しかいないのですから」

 守の心は決まっていた。スターシアの忘れ形見、サーシャのことを最優先する。これはどうしても譲れないことなのだ。

 「うーむ…… わかった。だが、今、2度の戦いで多くの犠牲を出し、防衛軍の屋台骨は揺らいでいる。正直言って非常に苦しい。一人でも優秀な人材が欲しいのだ。
 君ならば、私の片腕として力を十分に発揮してくれると期待しているのだが……」

 「申し訳ありません……」

 「仕方ないな、しばらく待つことにしよう」

 「すみません……」

 再び頭を下げて謝ってから、守はもう一つの懸案を長官にぶつけた。

 「それと長官、ヤマトと進のことなんですが……」

 「ん? 帰還の途中のヤマトで何か問題でも?」

 そういう話は聞いていなかったはずだが、と長官は首をかしげた。

 「いえ、そうではないのですが…… あの、ヤマトはこれからどうなるのでしょうか?」

 「今後、ヤマトは特別任務専用の艦として、どの部隊にも所属させないつもりだ。今回のイスカンダルやガミラスに来たという未知の敵の事を想定すると、ヤマトがまた立たねばならないことがあるやもしれん。その時に備えて、ヤマトを改造したいと真田から申し出があった。敵の襲来を考えておそらく、ヤマトは極秘裏に専用ドックに移して改造する事になるだろう」

 「では、ヤマトの乗組員たちは……?」

 「一旦全員を職から解いて、別の部署に着かせることになる。古代進も含めて…… もちろん、進にはヤマトの処遇については知らせておくつもりだが」

 「いえ…… あの…… 進には、ヤマトの所在自体知らせないでいただけませんか?」

 「ん? それはどういうことだ? 極秘と言っても、艦長代理の古代進は今のところヤマトの責任者だ。その彼に知らせないようにというのはどう言うことだね?」

 長官は意外な守の提案に驚いた。ヤマトから進たちを引き離すと言えば反対するのはわかるがその逆を求めるとは…… 守の心境を量りかねた。

 「実は…… 私は今回、ヤマトに乗ってみてあの艦(ふね)がすばらしい艦だとすぐにわかりました。それは、ヤマトの戦艦としての性能だけで言っているのではなく、乗っているクルーたちも素晴らしい。
 沖田艦長が育てたあの若いメンバー達があんなにも素晴らしいチームワークで働いているのを見て、私は痛く感心しました。そして、それを束ねているのが、弟の進だと知って…… 私はとても誇りに思いました。
 しかし…… 真田から白色彗星帝国との戦いの話を聞き、弟が非常に辛い思いをして来たことを知ったんです。弟は、まだ弱冠20歳の若造です。それが…… 身を削るような思いで、その全てを取りしきっている。もちろん、周りの協力があってのことですが、それでも……!」

 守の顔がわずかに歪んだ。弟の戦いの日々のことを知らずに過ごしてきた自分を責めるかのように。

 「……それは、私も気になっていた。古代進は、将来この地球防衛軍艦隊を率いていける男に育つと思ってはいるが…… 確かに今はまだ若すぎる」

 「長官、進をしばらくヤマトから遠ざけて貰えませんか? そして、アイツの年相応の職務をさせてやって欲しいのです。兄として、今のあいつの立場は……重すぎて痛々しい」

 守が迫るような勢いで長官に話す。長官はそれを黙って聞いていた。

 「…………」

 「進は、生涯の伴侶となるべき森雪さんという素晴らしい女性を見つけました。それはとてもうれしいことでした。なのに、その結婚までも延期したと言う。あいつに圧し掛かる使命という重圧に、進は彼女を守りきる自信を失っているのかもしれません。
 進には普通の幸せを掴んでもらいたいんです。だから、しばらくあいつをもっと身軽にしてやってもらえませんか? ヤマトのことも地球のことも、自分一人で抱え込むことじゃないんだと、知らせてやりたいんです。20歳の普通の青年ができることをさせてやりんたいんです!」

 「しかし……ヤマトが立つことになれば、必ずあの男は動くぞ」

 「わかっています。その時は私も止められないと思っています。が、どれだけ続くかわかりませんが、この平和な時を、進に……あいつに味あわせてやりたい。そして、彼女との人生を早くスタートさせてもらいたいんです」

 切々と訴える守の真剣な言葉を、藤堂は確かに受けとめた。そしてしばらくじっと黙って考えてから、藤堂はこう答えた。

 「君の気持ちはよくわかった…… 古代進には、ヤマトの所在は伏せておこう。いや、真田君と山崎君を除いた旧ヤマト乗組員全員にだ。彼らもほとんどが若い連中ばかりだからな。もちろん、ヤマトが発進することがあったら、すぐに召集すると言う条件で…… それなら、彼らもウンと言うだろう。
 それから、進の新しい職については、実は私も少し身軽なものを、と考えていたのだ。あの男も、艦船指揮だけでなく、いろいろな経験を積む事も将来に役立つと思っておるのだ」

 「ありがとうございます。進には、私がこんなお願いをしたことは……」

 「わかっている。黙っていよう。続くといいな、古代、この平和な時が」

 「はい……」

 この時、守がこの部屋に入ってきてから初めて二人は笑顔になった。藤堂が守の肩に軽く手を乗せた。そして守は小さな声で「ありがとうございます」とつぶやいていた。




 3日後、休暇を終えて戻ってきた進たちに新しい任務が言い渡された。

 「古代進、太陽系内パトロール隊所属第10パトロール艇の艇長を命ず」

 「森雪、防衛軍司令本部総務部秘書室所属、司令長官秘書を命ず」

 そして、ヤマトは真田の指揮の元、アステロイドベルトに新しく作られたイカルス天文台へ移される事が決まった。ただし、真田がヤマトを管理していること自体秘密扱いとされた。

 「真田志郎、イカルス天文台長官を命ず」

 ヤマトの今後を聞かされた進たちは、「ヤマトが立つときは、必ず旧乗組員を召集する」という長官の固い約束にその所在一切を問わないことを了承した。

 宇宙戦艦ヤマトは、しばらくの間、静かなときを過ごすことになる。そして、1年足らず後、機能を強化されたヤマトが再び立つ日は、ある日突然にやってくることになるのだが、それはまだまだ先の話であった。

2−(1) もうひとりの生還者へ    2−(3) 一人暮しへ

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