分岐点1−(1)
運命(さだめ)−星に殉じた最後の女王−(宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ちより)
(1)(イラストはめいしゃんさん)
「スターシア……」
古代守は娘サーシャを抱きしめながら、ヤマトの後方展望台から、今は宇宙の藻屑となったイスカンダルのあった方向をじっと見つめていた。
あのイスカンダルが消滅した日から3日がたった。今日は2202年の元旦、新しい年がはじまったのだ。10日余りでヤマトは地球に帰りつく。守とサーシャにも新しい生活が今まさに始まろうとしていた。だが……
「スターシア…… 君はやっぱり、イスカンダルの女王としてしか生きられなかったんだな。」
守は小さな声で宇宙に向かってつぶやいた。そのつぶやきに答えるものはなく、ただ静寂な宇宙で星々が輝くだけだった。その時、
「古代さん」
後ろから女性の声がした。声の主は、ヤマト生活班長森雪だった。
「ああ、森さん……」
守が降り帰って雪を見ると、抱かれていたサーシャはうれしそうに雪に手を伸ばした。
「マンマ、マンマ……」
サーシャは、スターシアに似たところのある雪を母と間違えているのか、ヤマトに乗って以来、とてもなついていた。雪はサーシャの伸ばす手をとって守から抱きとった。雪のやさしい視線とサーシャの嬉しそうな眼差しを、守は目を細めて見ているのだった。
(スターシア…… ヤマトにこんなに優しいお母さん代わりがいてくれて、サーシャは幸せそうだよ。)
守の目頭がまた熱くなった。
「すまないね、いつも、森さん」
「雪、でいいですわ、古代君達もそう呼んでますから」
雪はサーシャにやさしい笑みを向けながら守に言った。進と婚約していることはまだ話していない。妻を亡くしてショックを受けているだろう守に進もそんな話はできないでいた。そのことは雪も十分わかっている。だから、地球に帰ってからでもゆっくりと話せばいいと思っていた。
けれど、サーシャは進の姪になる。雪にとっても本当の姪っ子ができたような気持ちなのだ。だから、今まで会ったどの赤ちゃんよりも愛しく思えてならなかった。
「ああ、雪さん。サーシャはすっかり君が気に入ってしまったようだよ。よかったな、きれいなお姉さんがいてくれて…… スターシアも安心してるよ」
守の口からスターシアの名がでると、雪はふとあの美しいスターシアの悲しげな表情が脳裏に浮かんだ。そして、あの日サーシャの姿を見て以来、ずっと気になっていたことが頭の中を巡り出した。
「古代さん……?」
「ん?」
「どうしてスターシアさんは、こんなにかわいい娘を置いてひとりで逝ってしまったんでしょうか? どんなにイスカンダルが大切だと言ってもいずれは滅びる星なのでしょう? 妻として、母として、愛する旦那様と愛しい娘を選ぶことはできなかったんでしょうか?」
「……」
雪の素直な率直な質問に、守は目を細めた。なんて素直な優しい子なんだろう、そう思うとふと弟のことを思い浮かべていた。こんな子があいつの支えになってくれていたらいいのに……
「あっ、ごめんなさい! 古代さんが一番辛いのにこんなことを言ってしまって……」
「いや、いいんだ。そう思うよね、ふつう」
「いえ…… ただ、サーシャちゃんを見てたら私だってもうかわいくてたまらないのに、お母さんならなおさらじゃないかって…… ああ、ほんとにごめんなさい、私ったら」
軽率なことを言ってしまったと、雪は焦った。守の寂しさを沸き立たせてしまったのではないかと思った。だが、守は表情を変えることなく、淡々とした口調で答えた。
「スターシアはね、イスカンダルの女王になるべく生まれ、育てられたんだ。生まれながらの女王なんだよ」
「生まれながらの女王?」
「そう…… そういう運命(さだめ)に生まれた人なんだ」
(2)
守の淋しげな目を察知したかのように、サーシャむずがりだしたかと思うと、最後には泣き出してしまった。
「ふわぁん、ふわぁぁん……」
「あらあら、どうしたの?サーシャちゃん。おしっこかしら? ミルクかしら?」
雪が小首をかしげてサーシャを見つめる。守はその姿にまたスターシアの面影を重ねていた。だが、現実は赤ん坊を泣き止ませることのほうが先決だ。懸命にあやす雪の思いが通じたのか、サーシャは泣き声を小さくしてぐすんぐすんと甘えるような声をだし始めた。お腹が空いているのだ。
守は雪からサーシャを受け取ると、サーシャをあやしながら雪に言った。
「そろそろ、ミルクの時間だ。飲んだらもう寝る時間だね、サーシャ。雪さん、さっきのこと、サーシャが寝てからゆっくり話そう……」
「あ……いえ、いいんです。今、無理にそんなお話されなくても……」
「いや、聞いて欲しいんだ。スターシアが話してくれたんだ、君のことを」
「私のこと?」
「そう、ヤマトがイスカンダルから帰る直前に、君に彼女の僕への気持ちを指摘されたって……」
「あっ……」
あの時、守を進と雪に紹介した後、スターシアは一人泣いていた。その姿を見つけた雪に守への思慕の気持ちを見事に見抜かれたのだった。
イスカンダルの女王として、星を見捨てることなどできない自分に、地球へ戻れると喜んでいる男への愛情など伝えられるはずはないと思っていた。
ひどく傷ついた守を毎日献身的に看病した日々、だんだんと快方に向かう姿に心が浮き立ったあの日々を…… それだけを思い出に自分はイスカンダルに一人残るつもりでいた。
守が自分への愛を感じていることには気付いていた。守もスターシアの熱い視線を知ってはいた。だが、二人ともその感情に気付かないふりをした。それが、異なる星に生きていく二人にとって一番良い事だと、分別盛りの二人の思いは同じだった。
ところが、
「『運命を受け入れるだけでは愛は実らない。幸せは自分の手でつかめ』 君のあの言葉がなかったら、彼女は僕に告白してなかっただろう」
スターシアの涙ながらの告白に、守はなんの躊躇もなく彼女を追いかけた。地球は間違いなく救われる!弟たちの手によって。ならば、自分は愛に生きよう、そう決意した。地球への未練は不思議となかった。成長した弟の姿を見たからかもしれない。弟を初めとして、地球にはまだまだ星を担っていく若者たちがたくさんいる。けれど、イスカンダルにはスターシアしかいないのだから。そして、スターシアには自分しかいない。
「あのときのこと……」
「それに君が妹のサーシャに似ている事もあって、君の事をずっと気にしていたよ。君にも愛する人と幸せになってもらいたい、そう言っていた。だから…… スターシアのことも君に知ってもらいたいんだ。後で私の部屋に来てくれないかい?」
「えっ?」
驚いて目を見開いた雪に、守はあわてて言い足した。
「あ、ああ、すまない…… いくらサーシャがいるからって言っても若い女性を一人で部屋に誘うわけにはいかないな。進も誘ってきてくれないか? あいつにも聞いて欲しいと思っていたんだ。それでどうだろう?」
「……わかりました。古代君を誘ってお伺いします」
雪が快諾すると、守はニコッと笑ってサーシャをあやしながら展望室を出ていった。雪はその足で進の部屋に向かった。
(3)
雪が進の部屋に行くと、今の守との話をした。
「そうか、兄さんが話したいって言うのなら、聞かせてもらおうよ。誰かに聞いてもらいたいのかもしれないし、スターシアさんのこと僕も知りたい」
「そうね…… 今でも私、あの一面に広がるお墓の前で立っていたスターシアさんの後姿を忘れられないわ」
「うん…… けど、兄さんもサーシャも雪のおかげでずいぶん助かってると思うよ。雪は赤ん坊の扱いうまいんだなぁ。」
進にそんな風にいわれて、雪はドキッとしてしまった。『赤ん坊』の言葉に進と二人の子供の事を思い浮かべたのだ。実際、サーシャを抱くと自分と進の子供もこんな感じかしらなどと思ってみていたものだから、余計だった。
「えっ? だ、だって、わたし看護婦よ。産婦人科や小児科の実習もしたし、小児科病棟には半年くらいいたことあったのよ」
「そっか、雪はいつでもいいお母さんになれるね」
進が何気なく言ったその言葉に雪はますますドキドキしてしまった。その様子に進も自分の言葉の意味を悟った。
「あ、いや……その……」
互いの顔を見合わせて一緒に赤くなる二人。暖かい空気が流れた。
しばらく雑談をした後、そろそろサーシャが寝た頃を見計らって二人は部屋を出て、守の部屋に向かった。
守の部屋に入ると、サーシャは自分用に特別に据えられた小さなベッドで、既にぐっすり眠っていた。
「ああ、ちょうど良かった。今寝たところだったんだ。内線で呼び出そうかと思っていたところだよ。さあ、こっちに座ってくれ」
守は二人を自分のベッドに座らせると、自分はデスクの椅子に座った。
「サーシャちゃん、寝つきがいいんですね」
「やりやすい子だってスターシアも言っていたよ。おなかが一杯になったらほんとにぐっすり眠るんだ」
三人は何の心配もなくすやすやと眠るサーシャの顔を見た。
「寝る子は育つっていうからなぁ。けどさぁ、サーシャって会ってからまだ一週間にしかならないけど、もう大きくなったような気がするなぁ」
「うふふ、まさかぁ、古代君。いくら赤ちゃんの成長が早いからって言っても、一週間で見てわかるほど大きくなるわけないでしょう?」
進の観察力は確かだった。しかし、守は今はそのことに言及することなく、二人の会話を打ちきるように守が口を開いた。
「スターシアのこと、話そう……」
進と雪はサーシャから目を離して、守の方に向きをかえた。
(4)
「まずはイスカンダルの歴史から簡単に説明した方がいいだろう。」
この言葉を皮切りに、守の長い話がはじまった……
イスカンダル人の歴史は、既に数千年を数えていた。その昔、イスカンダルにも数多くの国家が存在し、それぞれ牽制しあって星全体が緊張の中で成り立っていた。争いもあったし、協調もあった。
ある時、ある学者が発見したイスカンダルの地下物資イスカンダリウムの存在がイスカンダルの歴史を大きく変えることになった。イスカンダリウムは、非常に効率の良いエネルギーを精製できることがわかった。わずかな量で、膨大なエネルギーを生成することができる夢のような存在だったのだ。
イスカンダルの各国家は競ってイスカンダリウムを採取し始めた。イスカンダルの科学文明は飛躍的に発達した。
しかし……イスカンダリウムの採取が、イスカンダルの星としての寿命を縮めることにつながったのだ。イスカンダル星の地殻変動が異様に活発化した。
これ以上のイスカンダリウムの無碍(むげ)な採取は星のためにならない、そう判断した良識のある国家群は、徐々に結束していった。それでも、我を通す国家も無くはなかった。しかし、全体の趨勢がイスカンダリウム採取反対に動きだした。
局地的には紛争も起き、数年にわたるいざこざの結果、ある強力な指導者を持った国が、イスカンダル星全体を指揮するようになり、反対分子たちはイスカンダルを逃れ、ほとんどは隣の星、ガミラスへと移っていった。
ガミラスにも人類は存在し、同じように国家が群雄割拠していた。イスカンダルから逃れた人々たちもその中に飲み込まれていった。
そして、残ったイスカンダル人たちは、幸いにして争いを捨てることができ、イスカンダリウムを際限無く使うことをやめ、星全体で一つの平和な国家を作った。そして、全星を統一して一大国家にまとめた人物が、イスカンダルの王家の祖となった。2000年も前の話である。
イスカンダル王家は、2000年の歳月の中でその存在価値を国家の要求に合わせて変えていた。だんだんと直接政治にかかわらなくなっていったが、まったくの象徴になることは無く、為政者は別にありながらも、イスカンダルの歴代の王達は、国家の重要事項については適切なアドバイスをしてきた。
それには、わけがあった。このイスカンダル王家は、数代に一人の割合で、超能力を持つ王が現れていたのだった。それは、予知能力だったり、透視能力だったり、その能力は様々だったが、他の人間にない特化した能力を有していたのだ。そのために、イスカンダル王家は人々の尊敬を集め、常に国家の先頭にいた。
そして、長い年月の間、イスカンダル王たちは、イスカンダリウムの採取についての全ての権限を有し、特別に必要とする事態でない限りこの使用を抑えた。イスカンダル王の最大の使命は、イスカンダリウムを守ること。その使用はあくまでも平和利用のみであり、星と宇宙の平和を乱すことがないようにすることだった。
そして、それは2000年もの長い間、守られ続けた。
スターシアはそのイスカンダル王家の120代目の女王として生まれた。正式名を、スターシア・リア・イスカンダル、父王は、サーシャ・ルア・イスカンダル、母はカメリア・レナ・イスカンダルという。リアはイスカンダルの言葉で女王、ルアは王、レナは王妃を意味した。
イスカンダル王家は、長子相続を常にしていた。王、または女王の子として、最初に生まれた者が男女の別なく王家を継いだ。生まれたときに名づけられる時に、長子には必ず、リアかルアというミドルネームがつく。生まれた子は、生れ落ちたその日から、将来の王としての教育を受けるのだ。時に、その本人が王として不適格であるとみなされることもあった。その場合は、穏便にその任を第二子以下に移すこともあったという。
ちなみに、スターシアの妹サーシャは、女にもかかわらず、男名の父王と同じ名前を貰ったが、サーシャ・イスカンダルといい、ミドルネームはつかない。ただし、姉、スターシアに万が一の時は、王位を継承することもある王位第二継承者であることには変わりはなかった。
スターシアが生まれた頃、イスカンダル星が既に星の寿命の終わりの近いことを全ての国民が感じていた。そして、イスカンダル人の種としての終わりも近いことも…… イスカンダル人の受胎率が極端に低下していた。主に男性側の生殖機能の低下が著しかった。生命力に問題があり、人工的な様々な試みがなされたがことごとく失敗に終わっていた。子がいない夫婦など珍しくもなく、兄弟姉妹がいることなどめったになくなり、人口の激減につながっていた。
父王サーシャは、代々のしきたりに従って、スターシアが生まれたときから女王としての帝王学を授けてきた。イスカンダル人の成長は早く、約5年で成人する。そのため、スターシアもその5年の間にすべてのことを叩き込まれた。スターシアは、それを水につけた真綿のようによく吸収したと言う。
母の王妃も同じだった。王家の側近の娘に生まれた彼女はイスカンダル王家のことは良く知っていた。そして、生まれたその時から、スターシアは我が娘であると同時に、将来の女王であることを忘れなかった。
「あなたは、イスカンダルの女王になる身。常に自分の身の回りに注意を払い、周りの人全ての幸せを守らなければなりません。国民と星の平安のために全ての力を注ぐのです。」
母の口癖だった。母としての愛情は十分に注いでくれはしたが、国民が自分たちの一挙手一投足に注目していることを常に意識するように厳しくしつけられた。そして、その枠の中でしか生きていないスターシアにとって、それはなんの違和感もないことだった。
スターシアが成人した日、父王はスターシアを宮殿の最深部に連れて行った。そこは母も妹も入ったことのない部屋、歴代の王だけが入れる部屋だった。
「ここは……?」
何も説明されないまま連れてこられたスターシアは父に尋ねた。
「王の最期の間と呼ばれている」
「最期の間?」
「そうだ。そしてこの中央にあるボタンは……イスカンダルの……自爆装置」
「自爆……装置!!」
スターシアは驚いて目を見張って父王を見た。スターシアの驚きは予期していたように表情も変えずに、父王は話を続けた。
「この部屋の入室には、王の全てのデータをインプットしたセキュリティシステムで守られている。今は、この私のデータしか入っていない。従って、私以外の人間がこの部屋のドアを開けることは不可能だ。
そして今日、スターシアお前は成人した。お前のデータを今からインプットする。イスカンダルの王にだけ与えられる使命の一つを今日からお前にも担ってもらう。それが、イスカンダルの王の成人式なのだ」
「でも、自爆装置だなんて、恐ろしいもの……」
その存在の意味がわからないスターシアは、恐いものを見るように装置を見、父の顔を見た。
「ははは、心配するな、スターシア。この装置は決して作動することはない凍れる兵器なのだよ。これは、他の星へのイスカンダルのたった一つの最終兵器なのだ。特にガミラスに対するな」
「ガミラス……」
「お前も知っての通り、ガミラスはいい意味でも悪い意味でも我々にない貪欲な生命力を持った人類が暮らしている。いつどんな手段でイスカンダルを滅ぼそうとしたり、イスカンダリウムを奪いに来たりするかもしれない。ガミラスのガミラシウムはイスカンダリウムほど強力なパワーはないらしいからな。だが、これがある限りガミラスは決してイスカンダルを攻めることはできないのだ。
この自爆装置が起動し、イスカンダルが爆発消滅したとしたら、ガミラスはバランスを失い、このサンザー系軌道から放り出されることになる。勢いついたガミラス星がどんな風になるかは全くわからない。恒星サンザーに飲み込まれるか、はたまた星系の外に飛ばされ、宇宙を猛スピードで放浪することになるか…… どちらにしろ、そうなればガミラス星も終わりだ」
「ガミラスの人はこの自爆装置のことを?」
「これが作られたのは、もう数百年も前のことだ。彼らも見たことがあるわけではないだろうが、その存在については、彼の星の指導者たちは知っていると思って間違いない。」
「ですから……ガミラスはイスカンダルがいくら欲しくても力ずくでは奪えない、ということなのですね?」
「そうだ。それに、今の総統デスラーと言う男はとても危険な男だ。全宇宙に侵略の手を伸ばそうとしている。しかし、彼にもこの装置の存在は脅威であるに違いない。デスラーと言えどもこのイスカンダルには手は出せないはずだ。心配はいらん。
そして、スターシア、この星もこの星の人類も先は短いかもしれない。しかし、イスカンダルの女王としてお前は命のある限りこの星を見守っていくのだ。それが、私たちイスカンダル王家に託された2000年の運命(さだめ)なのだ。王の宿命なのだ。わかるな、スターシア……」
父王の目は、今まで見た事もないほど真剣だった。スターシアは自分に託された大きな使命に身が引き締まる思いだった。
「…………はい」
スターシアがイスカンダル王からその使命を聞いた日からまもなく、父王は急な病に倒れ、突然その命を絶った。父は最期に、こう言い残した。
「スターシア、イスカンダルを頼んだぞ」
そして元々病気がちだった母も後を追うようにはかなく逝ってしまった。スターシアはまだ成人していない妹のサーシャと2人残された。
その時からスターシアは、若きイスカンダルの女王になったのだ。彼女は父の遺言となった『王の最期の間』で聞いた言葉を胸に、イスカンダルの120代王の座についた。
女王となったスターシアに最初に訪れた問題は、ガミラスの総統デスラーからの政略結婚の話だった。それをきっぱりと断わった彼女に、デスラーは微かに軽蔑を含んだ笑いを向けただけで攻めてくるような事はなかった。父のいったとおり、このイスカンダルの脅威を彼は知っているのだろう。
スターシアが即位してから二年たち、妹サーシャも成人した。イスカンダルに平穏な日々が戻ったかのように見えたが、年を取った星の様々な弊害による地殻変動の影響で、各地で地震や島の水没等が頻発し始めた。そのため、イスカンダルの人口は、子供の減少に加え、繰り返される天災によっても激減した。
生きる事に貪欲な人々は、数百年前からばらばらとイスカンダルを捨て、近くは隣のガミラス星に、遠くは遥か彼方の星々をめざして旅立っていった。今イスカンダルに残った人々は、ただひたすら星を守り、星の運命を静かに受けとめようとする者たちばかりになっていた。
そんな時、イスカンダルの人類を壊滅させる事態が起こった。今までにないウイルスの発生だった。そのウイルスは瞬く間にイスカンダル人の体を蝕み、多数の人が高熱が数日続いた後、あっけなく死んだ。
イスカンダル王立病院の医長は、直ちにそのウイルスの研究に入り、発生から1ヶ月後に、そのウイルスの予防ワクチンを発明した。しかし、そのワクチンも治療薬としては全く効き目がなく、あくまでもまだウイルスに犯されていない健康な人間の予防にしか効果がないらしい。さらに、急の開発のため十分な実験ができず、そのまま投薬して本当に害がないかもわからなかった。
「私が飲みましょう」
スターシアは躊躇なく答えた。その薬を飲んでどんな弊害があるかもわからないまま、彼女はその実験台になることを申し出た。不思議と大丈夫な気がしていた。医長は躊躇したが時間がなかった。こうしている間にもどんどん発病していくのだ。このまま手をこまねいていても助からないのならば、この薬の効用に期待しよう。二人の思惑が一致した。
その日からスターシアは高熱にうなされた。周りの人間は、彼女もそのウイルスに侵されたと思ったが、数日後、スターシアは回復した。予防薬は若干の問題は残したものの服用が可能な事がわかった。医長は、すぐさま残っていたもう一人分をサーシャに飲ませると、さっそく量産に入ろうとした。
しかし……イスカンダルの運命はすでに終わりに向かっていたのだろうか、開発した医長がそのウイルスにやられてしまったのだった。熱を出して研究室で倒れたまま意識を一度も戻すことなく彼は死んだ。そして……その薬を作れるものは誰もいなくなり、イスカンダルの人々はことごとく……死んだ。
ただ二人、予防薬を飲んだスターシアとサーシャを除いて…… スターシアとサーシャは最後のイスカンダル人になってしまった。
そんな折、星としての寿命の終わりを感じたガミラス星のデスラー総統は、移住先の星として、遠く14万8千光年離れた銀河系太陽系の第三惑星を攻撃し始めた。ガミラスの通信を傍受したスターシアは、その星が地球と言い、レベルはまだ低いが人類が生存している事を知った。ガミラスはその地球人を滅ぼして移住するつもりなのだ。
「お姉様、ガミラスが他の健康な星を侵害しようとしているのを、私見ていられません。助けの手をさしのべてあげましょう。ガミラスは地球に遊星爆弾を投棄し、ガミラスと同じ放射能に満ちた星にして、地球人たちを滅ぼした後、移住するつもりなんです。私たちが持っているコスモクリーナーDを、彼らにあげましょう!」
父の名を貰ったためか正義感が強く男勝りなサーシャは、スターシアにそう訴えた。
「たしかに、ガミラスのすることは許せません。イスカンダルは既に滅びる事が決まった星、コスモクリーナーDが必要になる事はないでしょう。けれど、私たちは二人しかいないのですよ。それに、イスカンダルを見捨てて私たちが届けるわけにもいきません。第一、あれだけの量の部品を運べる艦船は、私たち二人だけで動かす事は不可能です。あちらから取りに来てくれれば良いのですが」
「私が使者にたちます! そして、そのメッセージを受けて地球人が自分たちの星を守るために立ち上がるのなら……この星まで取りに来れるのなら…… その勇気と力に期待して見ましょう」
「あなたが? でも、あなたが無事に行って帰ってこられる保証はどこにもないのですよ」
「承知の上です」
サーシャの目が真剣に姉を見つめた。思いは姉も同じだった。そしてまた、姉はこの妹をこのまま死にゆくだけの星に閉じ込めておく事も不憫に思っていた。もし、うまく行って地球にたどり着ければサーシャは新しい人生を送れるかもしれない。そう思ったスターシアは、サーシャの提案を受け入れた。
サーシャは出かける前こう言い残していった。
「お姉様、もしかしたらもうお会いできないかもしれません。でも、サーシャはイスカンダルに生まれたことを、イスカンダルの王の娘に生まれたことを誇りに思っています。お姉様、イスカンダルの事をどうかよろしくお願いします。命あるがぎり、平和の星として続いてきたこのイスカンダルをお守り下さい」
「サーシャ…… わかりました。必ずこの星はわたしが命の続く限り守ってみせます。気をつけていってらっしゃい」
そして……地球はヤマトの活躍とイスカンダルの好意によってその命を救われた。だがこのために妹を失ったスターシアは、イスカンダルの最後の生き残りとなった。イスカンダル星とそこに眠る多くの人々を守ることだけが、彼女に残された使命だった。
『イスカンダルの女王としてお前は命のある限りこの星を見守っていくのだ。それが、私たちイスカンダル王家に託された2000年の運命(さだめ)なのだ。王の宿命なのだ』
父王から、そしてそれに先立つ120代もの王たちから託されたその言葉がスターシアの細い肩にずっしりと乗っていた。
運命のあの日、スターシアは最後まで星と共にすることをほぼ心の中で決めていたが、愛する守とサーシャを巻き添えにしたくなかった。しかし、守は頑として妻のそばを離れようとしない。
スターシアの心は乱れた。夫と共にヤマトに行く、そう言うことはとても簡単なことだった。ヤマトも地球も自分たちを歓迎してくれるだろう。けれど……
父王のあの言葉、母から日々聞かされた国民の心、サーシャが旅立つ前のあの一言、そして、イスカンダルの人々の王室に対する思い、さらには、過去の王たちの努力の歴史etc……
スターシアの脳裏には、その全てが一度に渦巻いた。
『私はイスカンダルの女王』
スターシアの全ての思考の中枢はこの一言に集まった。
『星を捨てることも、イスカンダリウムが争いの種になることも、イスカンダルの女王として決して許すことはできない』
スターシアの思いは決まった。そして……今、守とサーシャを脱出用ロケットに乗せたスターシアは、守への思いを抱きながら地下に降りていくエレベーターの中にいた。
「守、ごめんなさい。私はやはりイスカンダルの女王としてしか生きられない。けれど……今この瞬間、自分の運命(さだめ)を少しだけ呪っています。ただ、守だけを愛する普通の女でいられたらどんなによかったでしょう」
スターシアはふと、母が死ぬ間際に言い残した言葉を思い出した。
『スターシア……あなたをどこに出しても恥ずかしくない女王として育てたのは、私たちの誇り。でも、今となっては、そんな風に育てなければよかったと少し後悔しています。自分の幸せだけを考える普通の女性に育てれば良かったと……』
「母の言いたかったことを私は今、最期の時になってやっと理解したわ。でももう戻る事はできないの。私は最期までイスカンダルの女王として生きる道を選んだのよ。生まれた時から定められた私の人生…… それを捨て去るにはあまりにもその責任が重過ぎたの。
守との二年の歳月はとても幸せでした。ありがとう、守。そして、さようなら、愛するあなた…… そして、かわいいサーシャをどうかよろしくお願いします」
イスカンダルの最期の女王スターシア・リア・イスカンダル、彼女はその女王の使命を全うして永遠の眠りについた。彼女の周りの人々に様々な思いを残したまま……
(5)
守の長い長い話は終わった。大きくため息をついた後、守はこう付け加えた。
「スターシアは、これだけの重い責任を負ってイスカンダルを守り続けていたんだよ。イスカンダルの女王として、平和の星イスカンダルを守ること、それは引いては、イスカンダルの高エネルギー源イスカンダリウムを平和活用以外に利用される事がないように守ることだったんだ。
イスカンダルを脱出すると言った時、彼女は迷っていたと思うよ。生まれたばかりの我が子を選ぶか、イスカンダルの女王としての使命を選ぶか。そして、彼女は最期の最期で、その使命を捨てる事ができなかったんだ。生まれたその時から課せられた使命をね…… 母として、妻としての愛情を振り捨てても……ね」
「……私には……やっぱりわかりません。2000年の歴史っていっても、みなもう死んだ人たちなんでしょう? そんな人のために、自分の幸せを…… 守るべきは我が子じゃないんでしょうか?」
雪は守から延々と話を聞かされて、スターシアの生きざまを知る事ができてもやはり納得し切れなかった。そして自分に置き換えて思った。自分なら、我が子を命かけて守ろうと知るだろう。誰よりも何よりも我が子のために生きようとするだろう……
「そうだろうね。正直言って僕にも100%わかったわけではない。いや、一生かかってもわからないと思うよ。だが、スターシアは生まれた時からこの使命を背負ったイスカンダルの女王だったんだ。生まれながらのね…… このことは、自分の幸せよりも優先しなければならない使命だったんだ。周りの人たちもそれを望んでいた。その重みはおそらく歴代の王たちにしかわからないのかもしれない。」
守はすやすやと眠るサーシャをやさしげな表情で見つめた。
「少なくとも、サーシャにはそんな苦労をさせなくてよかった」
「兄さん…… 僕はスターシアさんの気持ち、少し分かるような気がする。どう言ったらいいかわからないけど……」
「そうか、進。でも、あまり分かって欲しくないような気もするよ。この前の戦いの事を真田から聞いた。お前が地球のためにやろうとしたことはすばらしいことかもしれないが、お前一人が地球のすべてを背負っていく必要はないんだよ」
守は進を諭すようにゆっくりと言った。その言葉に、雪は思わず涙が出そうになった。進もちょっと考えるようなそぶりを見せたが、何も言わずに頷いた。
「星のために犠牲になるのは、もうスターシアが最後であって欲しいよ。雪さん、あなたは女性として愛する人と幸せになってくださいね」
守の言葉に、雪はポッと頬を赤くし、ちらりと隣を見た。その隣には……進がもじもじしている。 守は、その二人の様子にピンとくるものがあった。自分がいない間に誕生した新しい愛を見つけたような気がした。
「スターシア、君と僕が一番心配していた二人は、幸せをつかんだようだよ」
守は、星の彼方でスターシアがうれしそうに微笑んでいるような気がしてならなかった。
−おわり−