Departure〜彼らのスタートライン〜

1.生 還

Chapter2

 (1)

 9月27日、その日はアクエリアスの影響で朝から大雨が降り注いでいた。そしてその雨が一段と激しく降った夕方を境に、雨は少しずつその降りを緩めていった。
 ヤマトが地球市民の期待通り、アクエリアスからの水柱を経ちきることに成功したのは、ちょうどその頃だった。

 そして……手術の準備を整えた連邦中央病院に、冬月から連絡が入ったのは、そのすぐ後だった。

 「こちら冬月。地球帰還は18時30分の予定。緊急手術の患者を再優先に下艦させますので、迎えの救急車の手配をお願いいたします」

 「了解しました!」

 病院の交換士が救急車の手配を済ますとともに、第一外科にその旨が伝わった。

 「さあ、いよいよ手術開始ね。みんな準備の方は大丈夫ね!」

 「はいっ!」

 報告を受けた希が、スタッフをぐるりと見まわしながら檄を飛ばし、彼らも一様に頷いた。

 地球が救われて、どの顔も明るい……と言いたいところだったが、ふと希の目に止まった人物がいた。佐伯綾乃だ。彼女だけはなぜか顔色が優れない。希は準備中からずっと気になっていたのだ。いつもならスタッフを和ませる彼女の素晴らしい笑顔も全く見えなかった。

 (佐伯さんの様子、やっぱりなんとなくおかしいわ。あれはいつからだったかしら? あれは、患者の名前を聞いてからだったかしら?)

 希は少し考えるように首を傾げてから、絵梨を呼んだ。

 「江本さん、ちょっといいかしら?」

 「はい?」

 絵梨を呼び寄せて別室に入ると、希はさっそく尋ねた。

 「佐伯さんの様子が、どうもおかしいような気がするんだけど…… 体の具合でも悪いのかしら?」

 「あ……いえ、あの……」

 絵梨の視線が惑う。やはり、と希は思った。ストレートに尋ねる。

 「島さん……って、佐伯さんの知り合い? もしかして、彼女の恋人?」

 「いえ……あの……」

 口篭もる絵梨に、希はさらに追及した。

 「今は緊急を要するの! 知っているのならきちんと教えて頂戴!!」

 その迫力に押されるように、絵梨は説明をはじめた。

 「はい、実は……恋人ではないんですけど、彼女、島さんのことが好きなんです。それももう何年も前からずっと……」

 それを聞くと、希はふうっと大きくため息をついた。

 「やっぱり…… そう、わかったわ、ありがとう。彼女、患者の名前を聞いて相当動揺しているみたいだったし、さっきも森さんに随分切迫した表情で尋ねてたものね」

 「はい……」

 絵梨が申し訳なさそうに答えた。希は再びため息をついて考え込んだ。

 「でも困ったわねぇ、彼女、この手術、冷静に対処できないんじゃないかしら?」

 「綾乃は大丈夫です! 彼女も彼を助けたくて必死に辛い気持ちに耐えてます。手術では私たちもフォローしますから……そのまま使ってください。お願いします!」

 必死に私情を堪えて準備をする綾乃を見ていた絵梨としては、ここで彼女をはずすのは忍びなかった。それは希も同じだったらしい。

 「ふうっ、そうね。今から他のスタッフを手配するとしても間に合うかどうかわからないし、そうするしかないでしょうね。
 でも個人的な感情が入ると、ミスを誘うことになるわ。彼女には、気持ちをしっかり持つように言っておいてね」

 「はい……」

 (2)

 18時30分、予定通り地球へ到着した冬月に患者を迎えに行った救急車から連絡が入った。

 「患者を乗車させました。約10分でそちらに入ります!」

 その報告を背中に聞きながら、手術用の看護服に着替えた綾乃は、震えが止まらない体を必死に押さえていた。

 (島さん、もうすぐ島さんが帰ってくる…… 必ず助けるって先生は言ったけど、きっと助かるって雪は言ったけど…… 本当に……本当に?
 もしも、島さんに何かあったら、私どうしたらいいの? 恐い! どうしようもなく恐い……
 どんなに重症の患者さんを待っていても、こんな気持ち今まで感じたことなかった。私……恐い……)

 そんな気持ちを察するかのように、両側から絵梨と千佳が綾乃を抱きしめた。

 「大丈夫よ、綾乃! ベストを尽くしましょう!!」

 二人の励ましに、綾乃は歯を食いしばって頷いた。

 (3)

 ほどなく静かな病院の廊下でガラガラガラという激しい音とバタバタと数人が走る音が響いた。
 そして、島を乗せたストレッチャーが手術室に到着した。

 手術室の入り口で待っていたスタッフ一同に緊張が一気に広がった。

 「お待たせしました!」

 ストレッチャーを押す救急隊員が叫んだ。そのそばには、佐渡と雪も付き添っている。
 数本の点滴につながれたまま、島は血の気のない顔で横たわっていた。一瞬見ただけでは呼吸をしているのかさえわからない。

 わらわらとスタッフがストレッチャーを囲み、希が一歩前に出た。

 「容態は安定してますか?」

 それに対して、佐渡が即座に答えた。その顔はやはり明るいとは言えなかった。雪も心配そうに島の顔を覗き込んでいる。

 「今は小康状態を保っておるが、予断は許さない状態であることには変わらん。後はなんとか、君の腕にすがる思いじゃよ!」

 希がこくりと頷く。そのひきしまった顔は、既に一流の外科医の顔になっていた。

 「わかりました。すぐに手術に取りかかります。佐渡先生もご一緒していただけますか?」

 「もちろんじゃとも!!」

 (4)

 佐渡が大きく頷いたその時、ガタンと音がした。

 「綾乃!」

 絵梨が叫んだ。綾乃が倒れそうになって後ろの壁に体をぶつけたのだ。
 その顔色は、島の顔色と変わらないほど青ざめていた。
 それを見た希は、悪い予感が当たったとでも言いたげに、眉をしかめた。

 「佐伯さんはここで待ってなさい。河合さん、地下都市の病院に連絡して代わりのスタッフを至急手配して!」

 希が即座に判断を下して厳しい声で指示を出した。するとそれを見ていた雪が叫んだ。

 「私が! 私が代わりに入ります!」

 希の瞳が、渡りに船とばかり輝いた。しかし確認は怠らない。雪は今まで激しい戦いの最中にいた戦士なのだ。

 「森さん、体調は大丈夫? 怪我はしてないのね?」

 「大丈夫です。私は負傷してません!」

 雪のしっかりとした返答振りに、希は安心したように頷いた。

 「ならお願いするわ。佐伯さんは、ここで休んでいなさい。島さんは私達が必ず助けるから、あなたは……」

 「いえ、入ります!!」

 希がそこまで言った時、綾乃が必死に叫んだ。自分を支えてくれていた絵梨をそっと押しのけ、自分一人で踏ん張りなおした。

 「すみません、でも私は大丈夫です!!」

 涙が沸いてきて潤みがちな目で、綾乃は希に訴えた。

 「あなたの気持ちはわかってるわ。でもね、途中で倒れられたら、それこそこっちが大変なのよ」

 優しく諭すように言う希の声に、かぶせかけるように綾乃は叫んだ。

 「大丈夫です!! 死んでも倒れませんから、お願いします!!降ろさないでください!」

 「綾乃……」

 絵梨が千佳がそして雪が、綾乃を見た。すると綾乃は再度叫んだ。

 「お願いします!!」

 希は、綾乃をそして周りに立つスタッフたちを見た。佐渡ももう一人の医師が頷いた。そして雪たちも綾乃を応援したいとその瞳が訴えている。

 「わかったわ。佐伯さんも入って…… その代わり、ポジションは森さんと交代して、あなたはデータチェックの方を担当して!それでいいわね」

 「はいっ!」

 綾乃が嬉しそうに答えると、皆が手術への行動へと動き出した。

 (5)

 手術室のドアが開き、島を乗せたストレッチャーは手術室へと入っていった。
 島を手術台に移すと、それぞれが様々な計器を取り付け始めた。
 すぐにデータがモニター画面に映し出され、それを綾乃が正確に読みとって報告し始めた。

 そして、隣室で手術着に着替えた佐渡と雪も程なく入ってきた。
 雪は部屋に入ると、モニターのそばに立っている綾乃の横にやって来て、そっと肩に手を乗せた。データを読み終わった綾乃に小さな声で話かける。

 「綾乃、ファイト!気持ちをしっかりもってね。このあいだのお返しよ。島君は絶対に大丈夫! 今度は私があなたの願いを叶えるために頑張るから!」

 先日、進が放射能を浴びて倒れた時、綾乃が進の手術を見守ってくれた。今度は雪が島の手術をしっかりと見守る……雪はそう言いたかったのだ。

 もちろん、それは綾乃には十二分に伝わっていた。潤みそうになる涙を必死に堪えて頷き、小さな声で「ありがとう」と答えた。
 二人はもう一度互いの顔を見て頷きあった。そして……

 「それでは、手術(オペ)をはじめます!」

 希が静かに宣言して、島大介の命を救うための手術が始まった。

 その頃、冬月から退艦した古代進は、ヤマトクルー達を励ましながら送り出した後、沈痛な面持ちで出迎えた藤堂らに帰還の挨拶を済ませた。
 そして、雪の両親に彼女が病院に直行した旨を伝え、自分も連邦病院へと急いでいた。

 (6)

 希ら3人の医師と、彼らに操られた最新鋭の手術機器が、島の命をかけて慎重に動き始めた。もう余計な言葉を発する者は誰もいない。
 医師らが必要な機器の用意を指示する声と、「はい」と返答する雪たち看護師達の声が響く。
 同時に島の鼓動を表すモニタのピッピッ……という音が規則正しく手術室に流れていた。

 島の体を開腹し、内臓の破損状況を目視して、希が眉をしかめた。
 希が険しい顔で向かいの二人の医師の顔を見た。彼らの表情も、希と同じくひどく険しい。

 伝えられたデータの状況から相当損傷は激しいだろうとは思っていたが、やはり予想通り、よくここまで持ちこたえられたと、島の体力とそれを支えた佐渡の尽力に驚くばかりだった。

 (思った以上にひどいわ。本当にこれで手術が終わるまで、彼の体力が持つのかしら?)

 大きな不安が沸きあがってくる。それが態度になって表れて、希は大きくため息をついた。

 「ふう〜っ……」

 その声にはっとして振り返ったのは、綾乃だ。

 (間宮先生…… お願いっ!)

 綾乃の祈るような視線は、希の背中に切々と感じられた。隣に立っている雪からも声がかかる。

 「間宮先生!」

 それは、ため息とともに消極的になりそうな希を叱咤激励するような、凛とした声だった。
 希はチラリと雪の顔を見た。雪がまっすぐに希を見つめ、小さく頷いた。

 (やるしかないのよね? 森さん、佐伯さん!)

 背中と隣からの二人の思いを受けとめて、希はブルッと体を振るわせた。

 (島さん、絶対あなたを助けて見せる。彼女達のためにも、そして古代君やヤマトの仲間のためにも…… だからあなたも最後まで負けないで頑張るのよ!)

 希は、目を閉じたままの島の顔をじっと見ながら、心の中で彼にそう励ました。

 (7)

 それからの希の動きは、目を見張るばかりだった。様々な複雑な機器を駆使し、見事な手際で処置を進めていく。指示を受けて助ける佐渡ら2人の医師も、必死にその動きについていった。

 そして3時間後…… 破損した内臓を切り離し、あらかじめ用意してあった人工内臓の移植が最後の一つとなった時だった。
 それまで順調に鼓動を打っていた島の心臓が突然動きを遅めはじめた。

 「心拍数が急激に低下しています!!」

 モニタを睨んでいた綾乃が、悲鳴に近い声で叫んだ。その声に、場が騒然となる。

 「間宮先生!!」

 綾乃のすがるような叫び声が飛ぶ。

 「大丈夫!手術は順調よ。あと少しで終わるわ! でももう少し、もう少しだけ、島君に頑張ってもらわないと!!」

 雪が綾乃に背を向けたまま、希の代わりに答えた。希の額からも汗が吹き出ている。雪は慌ててその汗をぬぐった。

 「森さんの言う通り、順調に処置は進んでいるわ。後は患者の体力勝負なのよ」

 必死に手を動かしながらも、冷静な声で希が答えた。希とて、これ以上他に何もしようがないのだ。これらの作業を1分1秒でも早く終えることが、希の今せねばならない唯一の任務なのだ。
 なんとかもう少しだけ、この手術に耐えて欲しいと願うしかなかった。

 しかし、島の鼓動はその願いもむなしく、少しずつその動きを弱めていった。
 心拍数を報告する綾乃の声が、どんどん震えを増し、涙声に変わっていく。

 「現在の心拍数40……」

 その声を聞きながら、雪も佐渡も歯を食いしばった。希はそれでも必死に手を動かし続ける。

 「35……」

 綾乃の震える声が報告する。雪は思わず耐えきれなくなって、島に声をかけた。

 「島君! お願い、頑張って! 島君!!」

 ビクン、とひとつ大きく鼓動が鳴った。雪の声が彼の心に届いたのだろうか?

 「あっ!」

 綾乃が期待を込めてモニタを見つめたが、その鼓動はたった一つ波打っただけで、再び力なく小さな鼓動に戻ってしまった。

 (8)

 (島さん……!!)

 綾乃の瞳が涙で潤む。だが、絶対に途中で倒れたりしない、迷惑をかけない。そう誓った。だから、ここで泣き崩れるわけにはいかない。
 綾乃は溢れ出る涙を必死にぬぐいながら、モニタを睨んだ。しかし、その弱まり続ける鼓動は戻りそうにない。

 (ああ、もうだめ……!!)

 とうとう綾乃は我慢しきれなくなって、振り返った。希と雪の背中が見える。持ち場を離れてはならないことは十分に知っていたが、どうしても動き始めた自分の体を止めることはできなかった。

 気が付くと綾乃は、雪の横まで駆け寄って、島に向かって大声でこう叫んでいた。

 「島さん!! お願い! 行かないで!!! お願い!一人で遠くへ行ってしまわないでぇっ!!」

 「綾乃っ!!」

 突然飛び込んできて島にすがりつきそうな綾乃を、雪が両手で必死に掴んで抑えた。それでも綾乃の叫び声は止まらない。

 「島さん!! お願いっ!」

 雪に必死に押さえられながらも、綾乃は首を左右に激しく振って叫んだ。しかし、酸素マスクをかけられた島の表情は、何も変わらない。
 希の手も止まらなかった。周りの雑音にも一切耳を貸さず、ひたすら作業に没頭している。

 「綾乃…… 持ち場に戻って」

 もう一度雪に静かに声をかけられて、綾乃はやっと大きく深呼吸をするようにふうっと息を吐き、雪を振りほどこうとしていた力も抜けた。

 「島……さん……」

 綾乃は力なく肩を落とした。

 (9)

 ピクン…… その時、誰も見ていないモニタで、再び島の鼓動が大きく波動した。そしてさらに、その波動は何度か繰り返され、今度は途切れることなく、徐々に緩まっていたスピードを再び速めていった。

 ピッピッピ…… モニタの音が響く。そのスピードが上がったことに気付いた絵梨が、誰もいないモニタの前に駆けつけた。

 「心拍数50! 先ほどより上がっています!!」

 その声に、全員がモニタの画面に振り向いた。皆の顔に希望の光が戻る。

 「あっ……」

 綾乃が嬉しそうに短く声をあげ、それから自分のいる場所に気付くと、はっとして我に帰った。

 「雪、間宮先生…… あっ、す、すみません! すぐに持ち場に戻ります」

 慌ててモニタの前にかけ戻った綾乃は、絵梨にしっかりと頷いた。

 「ごめんなさい。もう大丈夫よ」

 「うん、もうちょっと! 頑張ろう!!」

 絵梨も笑顔で頷いて綾乃の肩をぽんと叩くと、再び自分の持ち場に戻った。

 綾乃がモニタを再び睨んだ。モニタに映し出された島の鼓動は徐々に動きを早め、しっかりとしたものに戻っていった。
 島の心臓は、再び生きるための鼓動をしっかりと刻み始めたのだ。

 (島さん……よかった…… もう少しよ、もう少し頑張って!)

 祈る綾乃の思いが通じたように、その後島の容態は安定したまま、手術が続けられた。
 そして2時間後、島の手術は無事に終了した。

 (10)

 「オペ終了……」

 希の声が静かに響いた。その声に全員が一斉に安堵の吐息を吐いた。
 もちろん島には意識はまだなかったが、手術前より穏やかな顔で眠っているように見える。

 「お疲れ様でした」

 雪が希を見てニコリと笑った。希もそれに笑顔で答え、それから綾乃を振り返った。

 「佐伯さんのおかげかもしれないわね」

 「えっ? いえ、そんなことは……」

 希がさっきの島への呼びかけのことを言っているのだというのは、綾乃にもすぐわかった。
 あの直後、島の状態が回復した。彼女の思いが彼に通じたのだと、希は言いたかったのだろう。

 だが綾乃としては、取り乱さないと誓ったはずなのに、あんな風に乱れてしまった自分が、顔から火が出るほど恥ずかしかった。ましてや、島とは恋人同士というわけでもない。ただの片思いに過ぎないのだから。

 真っ赤な顔で微笑む綾乃を、希は涼しげな目で見たが、それ以上は何も言わなかった。その代わりに、背中を少しそらせるように小さな伸びをした。

 「う〜〜ん、さすがに疲れたわね」

 「いやぁ、本当に素晴らしい腕じゃったわい!」

 「私も感服しました」

 二人の医師からの賞賛の言葉に軽く微笑んで会釈してから、希は顔を引き締めた。

 「それじゃあ患者をICU(集中治療室)に移動して。手術は成功したけれど、彼の意識が戻るまでは予断を許さないわ。ここ1,2日が山になるわね。患者の様子のチェック怠らないようにね」

 「はい!」

 看護師達が歯切れのいい返事をした。無事に手術を終えた時の気持ちのいい返事だ。
 そして島をストレッチャーに移すと、絵梨と綾乃が前後についてゆっくりと押した。

 (11)

 ドアが開いて、ストレッチャーが手術室から出ると、外で待っていたらしい人が数人駆け寄ってきた。

 「大介!!」 「大介兄ちゃん!」 「島っ!!」

 綾乃が見ると、そこには島の両親と弟の次郎、そして親友でありヤマトの同僚である古代進が立っていた。

 地下へ避難していた家族にも、島の緊急手術の連絡が入ったのだろうと綾乃は思った。
 廊下に出てみると、院内でもあちこちに人の気配がする。アクエリアスの影響は割合少なくすんで、予想以上に早い段階で地下から職員達が戻ってきているようだ。

 綾乃は、白色彗星との戦いの後の島の入院時にも看護婦として勤務していた。その時に島の両親とも会っていて面識があった。
 それに次郎とは島や進たちに誘われて、みんなで彼のサッカーの試合の応援に行ったりしたこともある。それ以外にもプライベートで何度か会ったことがあった。
 次郎は、病院で初めて会った時以来、綾乃によく懐いていた。今のところは、兄大介よりも親近感を抱いてくれているように、綾乃には思える。綾乃も少年らしい素直な次郎が大好きだった。

 しかし、次郎を始め、横たわる島を見つめる今日の3人の様子は痛々しかった。
 真っ赤に泣きはらして腫れぼったい目をしている母親、険しい顔つきで眉をしかめ、口を真一文字に閉じたままの父親、そして必死な顔で、兄の顔を覗き込もうとしている弟。
 そしてその後ろでは、進も厳しい顔つきで立っていた。

 「ご家族の方ですね?」

 前方に立っていた絵梨が尋ねると、両親が頷き、父親が急くように尋ねた。

 「それで大介は……息子はどうなんですか!?」

 「今はまだ麻酔で眠っていますが、手術は……一応成功しました」

 綾乃が小さいけれどはっきりとした声でそう答えた。その言葉に、母親が「ああ」と小さく叫んで、父親の胸に倒れ込むように抱き付いた。父親も「うんうん」と嬉しそうな声で頷きながら、泣き崩れる妻をそっと抱きしめた。

 すると、その後ろから声がした。

 「綾乃さん!」

 進の声だった。後ろについている看護師が佐伯綾乃だとわかったらしい。
 その声に次郎がピクリと反応する。今まで看護師の顔を見る余裕もなかった彼も、初めて顔を上げ、視線の先に綾乃を見つけた。

 「綾乃お姉ちゃん!!」

 綾乃は、嬉しそうに自分を見る次郎に小さく頷いてから、島の両親にも会釈した。それから、進に視線を移した。

 「古代さんも、お疲れ様でした。あの、佐渡先生や雪にも手術手伝ってもらっていたんです。それで彼女はまだ中で後片付けをしてるので、もうすぐ出てくると思うわ」

 「うん、わかった」

 進がこくんと頷いて心から安堵したように微笑んだ。

 「それから……本当にありがとう」

 進が続いて感謝の言葉を述べる。

 綾乃は「いいえ、お礼は先生に……」と短く答えて笑みを返した。
 綾乃の目には、進はひどくやつれて見えた。戦いの疲れも相当あるだろう。しかし、なによりも今までともに戦っていたヤマトを失った彼の気持ちを思うと、綾乃の心はズキリと痛んだ。

 (古代さん……とっても疲れてるみたい。雪だってきっと…… それなのに、あんなに私のこと気遣ってくれて、手術の手伝いも頑張ってくれて…… 本当にありがとう、雪。
 島さんも…… 意識が戻ってヤマトのことを知ったら……辛い思いするんだろうな)

 綾乃がふとそんな思いに浸りそうになった時、絵梨が沈黙を破った。

 「では患者さんはICUに移しますので。間もなく執刀された間宮先生が出てこられると思います。ご家族の方には、先生から説明があると思いますので、こちらでしばらくお待ちください」

 綾乃も自分の雑念を振り払うように、顔を前へ向けると、絵梨にうなづいた。そして二人は再びストレッチャーを動かし始めた。

 3人の家族と進の前を通りぬけて、ストレッチャーはエレベータに向かう。すりぬける時に、次郎が綾乃を見上げてVサインをした。

 「綾乃お姉ちゃん! ありがとう!!」

 綾乃はそれにとても嬉しそうににっこりと笑って頷いた。

Chapter2 終了

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